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欧州最高の知性の提言「看護師、清掃員、レジ係、教員の賃金を上げよ」

プレジデントオンライン / 2020年11月13日 11時15分

新型コロナウイルスの検査をするフランスの看護師(フランス・パリ近郊マントラジョリー)=2020年9月21日 - 写真=AFP/時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で、テレワークは身近な働き方になった。「欧州最高の知性」と称されるジャック・アタリ氏は「テレワークはこの先、自然な労働形態になる。そのため、看護師、清掃員、レジ係、教員といった職業の賃金を上げるべきだ」という――。

※本稿は、ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■感染症対策が企業の利益につながる

世界のほとんどの地域では、人々は危機後も数世紀前から続く形態で働きたいと思っている。資本家は子供と女性を搾取し続け、過酷な労働条件を課し、労働者の命にまったく配慮しようとしないままだろう。

パンデミックを通じて、われわれはすべての生命が相互に依存していることを学んだ。今回の世界規模の危機が発生したのは、中国の武漢市の生鮮市場の衛生状態が劣悪だったからであり、また多くの野生動物の生息環境が破壊されたからだ。ようするに、世界のどこであっても誰かが伝染病に感染しないことは、全員の利益なのだ。

よって、収益の追求を最大の目標に掲げ続ける民間企業であっても、従業員の間で感染症が広がらないよう労働環境を改善し、従業員との関係性を再編することは、企業の利益につながる。作業現場での密集をなくし、「オープンスペース」を見直し、組み立てラインでの流れ作業を根本的につくり替え、さらなる予防策、衛生管理、検診、治療などを充実させて労働安全衛生を改善すべきだろう。たとえば、従業員は出社前に必ずあらゆる感染症の検査を受け、また自身の健康状態を全員に通知しなければならない、という法律を制定することも考えられる。従業員は消費者と同様に、少なくとも自分たちの健康に深く関わることについては、取締役会の決定にもっと関与すべきだ。

■過小評価されている職業:看護師、清掃員、レジ係、教員

さらに、今回の危機により、一部の職業の重要性が、多くの人の間で認識されるようになるのではないか。たとえば、これまで注意を向けられてこなかった看護師、清掃員、レジ係などの職業だ。そして多くの親たちがようやく、学校の教師は苦労の絶えない職業だと気づくようになるのではないか。

人々がこうした認識をもち続けられるようにするには、称賛したり感謝の念を示したりするだけでなく、これらの職業の賃金を上げ、労働の手段や環境を整備し、雇用を増やす必要があるだろう。こうした業務に従事しているのが公務員なら、さらなる税金を投入すべきだ。それは税金の使い道として申し分ない。民間の枠組みで運営されているのなら、これらの職業はすばらしい大市場をつくり出すだろう。これは企業と民間資本の双方にとって利益と成長の源泉になるはずだ。

■テレワークは自然な労働形態になる

自宅待機時に幅広く導入されたテレワークは、重要性を増してより自然な労働形態になるだろう。

危機後も企業は従業員に対して、少なくとも一部の業務についてはテレワークの続行を奨励するだろう。アメリカでは、60%の職業は自宅で遂行可能だと見積もられている。デジタルインフラが整備されている国では、ほとんどのサービスが遠隔化可能であり、ほとんどの会合、会議、シンポジウムなどは、ヴァーチャルで開催できるだろう。

2035年ごろには、10億人がノマド化し、自宅など、事務所以外の場所で働くようになるかもしれない。

このような傾向により、求人のあり方も変化するはずだ。アメリカでは、求人情報サイト「ZipRecruiter」が提供する仕事のうち在宅勤務が可能な仕事の割合は、2020年3月以前は1.3%に過ぎなかったが、2020年5月には11%以上になった。

在宅勤務の割合が増えれば、事務所に必要な面積は大幅に縮小する。企業は地価の高い都市部のオフィス街に密集して活動する必要がなくなるので、事務所面積の縮小傾向は加速するはずだ。

■偶然の発見を促す交流の場が必要だ

しかしながら、いくつか留保すべきことがある。顔の見えないヴァーチャルな社員が単に集まっただけでは企業は成り立たない。在宅勤務へと拙速に移行すれば、あまりにも多くのものが失われるだろう。商取引にとって不可欠な渉外の仕事は、仕入れ先や顧客との打ち合わせ、会合、昼食、ディナー、同僚との飲み会をともなう。また、ほとんどの創造性は、偶然の出会いや不意の会話から生じる。これらのことは偶発性に乏しいヴァーチャルな会合からは生まれない。

ビデオ会議
写真=iStock.com/filadendron
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/filadendron

また、学会、会議、シンポジウム、サロン、フォーラムの利点の大きな部分を占める「出会い」〔新規の取引や人材発見のきっかけ〕が失われる。聴衆に自らを知ってもらい、ヴァーチャルに出会うことができるのは発表者だけだ。

企業における最も重要な場は、しばしばコーヒーマシンの前やカフェテリアだ。こうした事情を心得ている通信社、ブルームバーグのニューヨーク本社では、事務所の環境がカフェテリアさながらだ。こうした職場がなくなると、仕事上の人間関係は冷え切った人間味のないものになり、社員は忠誠心を失い、これまで以上に金銭にしか関心を示さなくなるだろう。つまり、遠隔会議は社会的つながりを徐々に分断していく要因の一つとして、集団構造を緩やかに解体していくのだ。

これを部分的に補うには、ヴァーチャル会議においても各自が自由闊達に発言できるようにし、交流の質を保たなければならない。つまり、偶然の発見を促す彷徨を推進するための方法を見つけ出す必要があるのだ。ヴァーチャルなカフェ空間をつくるのも一つのアイデアだ。一部の出会い系サイトなどですでに運用されているこうした仕組みを、企業やヴァーチャル化した会議に取り入れるのだ。こうした方法は、専用アプリとともにすでに黎明期にある。

■「ポジティブな企業」に優秀な人材が集う

企業が優秀な人材を保持するには、社員の仕事に意義を付与することが何よりも重要だ。そのためには、企業の成績を評価するうえで、株主の利益以外にも基準を定めなければならない。企業は、自社の従業員、顧客、労働環境の保護、そして、将来起こり得る危機への備えに関して責任を負うべきだろう。企業にはこれらのことに対し、少なくとも株主の利益に対するのと同等の配慮が求められる。より一般的に言えば、企業は将来世代の利益に資する、昨今言うところの「ポジティブな企業」になる必要があるのだ。

こうした概念を理解しつつも利益を追求することしか頭にない経営者の空虚な演説に、われわれは騙されてはいけない。彼らはかつての「グリーンウォッシング」〔環境に配慮する振り〕から「ライフウォッシング」〔生命に配慮する振り〕という態度に鞍替えしただけだ。株主たちまでもがこうした経営者の嘘に納得しなくなったとき、変化は訪れる。将来的な危機への準備を怠る企業に投資するのは危険だからだ。

■2025年には10億人がテレワークで働く

国が生き残るには、居心地のよいホテルのような振る舞いをしなければならない。国民はその従業員である。国は世界に自国の文化、アイデンティティ、特異性を知ってもらうために尽力し、自国に投資する人、自国で消費する人、あるいは専門的な能力を自国にもたらす人を全力で歓待する。

企業もまもなくホテルのような存在でなければならなくなるだろう。その理由を記す。

企業の組織形態は、パンデミックによるテレワークの推進によって一変した。企業の組織形態が過去の状態に戻ることはないだろう。

一つめの理由は、パンデミックが終息とは程遠い状態にあるからだ。完全な都市封鎖の決断が新たに下されることはないとしても、多くの従業員はデスクがびっしりと並ぶ職場に戻って働くリスクをとりたがらないはずだ。

二つめの理由は、パンデミックにより、複合型経済(サービス部門がGDPの70%にまで達することもある)では大半の業務はテレワークでこなせることが明らかになったからだ。2025年には少なくとも10億人がテレワークで働くという見通しさえある。

オープンプランオフィス
写真=iStock.com/alvarez
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alvarez

■テレワークの「導入しすぎ」には要注意

しかし、テレワークがあまりに広く浸透して一般化したり、オフィス外でのフルタイム就業が長期化したりするようになると、われわれは、それが企業と従業員の双方にとってよくないことだと気づくだろう(企業にとっては、従業員は自己愛に満ちた不誠実な傭兵のような人物だけになってしまい、力を合わせて働く協力者がいなくなってしまう。従業員にとっては、外出したり、同僚と意見を交換したりする機会が失われる。そして、従業員はテレワークで孤立しているので解雇されやすいと思い、企業の価値観に違和感を覚えるようになる)。

パソコンでの作業中
写真=iStock.com/Rawpixel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawpixel

結果として、社内のあらゆる階層でテレワークを導入しすぎる企業は、社員で共有すべき企業精神、事業計画、固持すべき価値観を維持できなくなり、消滅するだろう。

■観光業にとっての新たな市場は「オフィス」だ

したがって、企業を守るには、次に掲げる二つのことをなすべきだ。

ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)
ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)

一つめは、従業員が企業への帰属意識を感じられるようにする方法を探すことだ。そのためには、共通の価値観を練り上げ、従業員が誇りをもって取り組める、短くとも10年単位での計画を打ち立てることだ。こうした取り組みを「企業の社会的責任(CSR)」に関する曖昧な演説や、単なる定款の変更によって取り繕うことはできない。一部の「Bコーポレーション〔公益に資する事業を行っていると民間の認証団体に認められた企業〕」や「社会的な使命を果たす会社」が、従業員を搾取して消費者に有害な製品をつくっているのは周知の事実だ。

二つめは、職場、とくに本社を、従業員が働きやすい雰囲気にすることだ。より具体的に言うと、従業員に出社したいと思わせるためには、社内のレストラン、会議室、作業場は、居心地のよいホテルのような雰囲気にすべきだろう。

これはパンデミックで壊滅的な被害を受けた観光業にとって新たな市場になるだろう。

観光業には、企業の本社やサービス産業の職場を改装および新設するためのノウハウがある。同様に、観光業は、患者とその家族を丁重に迎える快適な環境を提供するなど、病院のサービス向上にも貢献できるだろう。また、ホテル業のノウハウは高齢者施設の開発にも適用できる。高齢者施設が実際のホテル業界のノウハウから得られるものは多岐にわたり、さらには、供給過剰のホテルを高齢者施設に転用することも考えられる。

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ジャック・アタリ(Jacques Attali)
経済学者
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。林昌宏氏の翻訳で、「2030年ジャック・アタリの未来予測』(小社刊)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機一ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?」、『危機とサバイバルー21世紀を生き抜くための(7つの原則)』(いずれも作品社)、『アタリの文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。

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(経済学者 ジャック・アタリ)

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