欧州最高の知性が断言「コロナ退治のために民主的な戦時経済を復活させるべきだ」
プレジデントオンライン / 2020年11月17日 11時15分
※本稿は、ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■このような状況が続けば、独裁国家の思う壺だ
第二波が到来し、世界的な法の支配が強まり、バイオテロやサイバーテロ、エコロジーといった新たなパンデミックが引き起こされ、民主主義を軽視するような社会の状態が続けば、騒乱に向けて一直線に進むことになる。その原動力になるのは中産階級だろう。犠牲になるのは、最貧層と中産階級だろう。このような状態が続けば、独裁国家の思う壺だ。彼らは未来への準備を進めている。
たとえば、中国は巧妙に選ばれた七つの部門に焦点を合わせた計画を打ち出したところだ。その部門とは、5G(第五世代移動通信システム)、インターネット、都市間を高速で結ぶ交通手段、データセンター、人工知能、高電圧エネルギー、電気自動車の充電技術だ。これらは国民への監視強化を可能にする部門であり、石油を輸入しなくても発展可能な部門だ。
アラブ首長国連邦も六つの部門に注力する計画を発表したところだ。健康、教育、経済、食品衛生、社会生活、行政だ。
■子供たちを危機から守るにはどうしたらいいのか
状況を改善できるかどうかは民主主義にかかっている。できる限り迅速に行動しなければならない。
そのためには、民主主義国家はこれまでに述べた「命の経済」を発展させる必要がある。「命の経済」には、報道の自由と教育など、民主主義の道具が含まれている。
現世代は将来世代の利益を考慮しなければならないだろう。われわれは自分たちの過ちによって今日の子供たちが10歳のときにはパンデミックに、20歳のときには独裁政権に、30歳のときには気候変動の災害に苦しむようなことがあってはならないと肝に銘じるべきだ。
こうした考えは認められ始めている。一部の国や国際組織は脅威への懸念を抱くようになった。一部の企業は、「命の経済」の部門へと転換して将来世代の利益を考慮しなければ生き残れないと気づき始めた。
一部では、将来世代の利益を考慮する「命の経済」の条件について議論が始まっている。
しかし今のところ、大規模で組織的な変化はまだ見えていない。何より、民主国において将来世代の利益に焦点を当てると宣言した政府はまだ存在しない。融資、公共事業、イノベーションのための投資に関して「命の経済」の部門を優先的に扱おうとする政府も存在しない。
将来世代に発言権を与えるための組織化されたメカニズムをつくろうとした政府、選挙制度をより合法的にするための改革を試みた政府もまだ存在しない。
■「民主的な戦時経済体制」を敷いた国はなかった
今回の危機では、民主的な戦時経済体制を敷いた政府は存在しなかった。
しかしながら、歴史を振り返ると、アメリカは1917年〔第一次世界大戦に参戦したとき〕に民主的な戦時経済体制を敷いていた。国防総省が存在しなかった当時、エネルギーと食糧の生産を管理するための権限がアメリカ政府の各省庁に付与されたのである。この体制により、アメリカは民主主義を危機に晒すことなく2年間で経済生産を20%増加させることができた。
第二次世界大戦中、アメリカの戦時生産委員会は、戦時経済のために軍需産業への転換を指揮しただけでなく、それらの部門で生まれた利益や超富裕層への税率を上げることも是認した。検閲、敵国の出身者の逮捕、そして共産主義者の追放などがあったにせよ、アメリカの民主主義の機能が根底から揺らぐことはなかった。また、イギリスは戦時経済をさらにうまく機能させた。
■期待はずれとなったアメリカとイギリス
とはいえ、アメリカやイギリス以外の今日の民主国で戦時経済の響きがよくないのは当然だろう。たとえば、ドイツ、イタリア、日本などでは、忌まわしい記憶が甦る。フランスでも同様だ。フランスの戦時経済は、第一次世界大戦時はある程度の成功を収めたが、1940年以降は占領軍に資する役割を担ったからだ。
今回のパンデミックが始まったとき、私は民主的な戦時経済を熟知しているはずのアメリカとイギリスなら、すぐに経済体制を整えて、マスク、人工呼吸器、検出キットを大至急で生産するだろうと思っていたし、そう願っていた。両国は「命の経済」の利益を理解していると思っていたのだが、そのような動きは起こらなかった。
■戦略が欠如した各国の政策
アメリカ政府は今回、冷戦時に制定された法律である国防生産法(DPA)を適用した。これにより、民間企業を戦略的な部門へと誘導するための資源配分が可能となり、民間企業に医療物資を生産するように要請したり、これらの製品の輸出を禁止したりできるようになった。しかし、これは本腰を入れたものでも一貫性のあるものでもない。
オーストラリア政府は、新型コロナウイルス感染者数がまだ250人だった段階で「戦時内閣」を設置したが、これもまた一貫性と合理性に基づく全体計画を欠いたものだった。
■「生き残りの経済」から「命の経済」へ
70年間にわたるウルトラリベラル漬けにより、国が断固として行動し、計画を立てようとする意欲と手段はすべて失われた。そして数年来の監視テクノロジーの進化、ノマディズムの進行、不安定な生活を送る社会層の増加により、民主主義を保護する必要性、そして民主主義のもとで包括的な計画を立てようという動きが疑問視されるようになった。即時の成果、不安定な生活、利己主義が世の中の規範になったのである。
しかしながら、今は「生き残りの経済」から「命の経済」へと移行すべきときだ。今こそ、「放置された民主主義」から「闘う民主主義」へと移行すべきである。
■「闘う民主主義」の五原則
「闘う民主主義」が掲げるべき五つの原則は以下の通りだ。
1.代議制であること。
選出される議員と指導者は、国の社会層全体を反映していなければならない。
2.命を守ること。
そして、国民の生命を守るには、「命の経済」へと移行する必要がある。
3.謙虚であること。
今回の危機から明らかになったのは、いかなる権威であってもわからないことはあるという点だ。当局は自分たちが全知全能でないことを認め、疑問と疑念、とくに未来に関することを国民と共有しなければならない。批判的な意見や対立する提案が盛んに巻き起こるのを妨げず、耳を傾け討論すべきだ。こうした謙虚な姿勢の必要性は、野党、ジャーナリスト、コメンテーター、専門家(自称「専門家」も含む)にも当てはまる。
4.公平であること。
あらゆる危機は最貧層に最大の影響をおよぼす。そして政治は、現状と今後訪れる状況を耐え得るものにするために、社会正義の必要性をまずもって認めなければならない。まずは税負担の公平性だ。とくに、超富裕層に重税を課すことを拒否するようでは、民主主義は生き残れないだろう。超富裕層のなかには、今回の危機で資産を増やす者さえいるだろう。
5.将来世代の利益を民主的に考慮すること。
将来世代にはまだ選挙権がない。そのため、現世代は将来世代の利益をどのように考慮すべきかを把握し、下すべき判断の緊急性を加味して、これらの見解を巡って議論する必要があるだろう。
これらの原則は各国の事情に応じて異なる形で適用しなければならないだろう。
■命について、人生について熟考する時だ
今回の自宅隔離は、単にわれわれがこのパンデミックを理由に閉じこもっているというだけのことではない。われわれはこのパンデミックによって閉じ込められているのだ。パンデミックはわれわれを空間的に閉じ込めているだけでなく、精神的にも閉じ込めている。
危機後の世界を考えることは、俯瞰的に考察することであり、命について、そして人類の置かれている状況について思いを馳せることだ。かくも儚く脆弱であり、驚きに満ちた自分たちの人生をどのようにしたいのかを熟考することだ。人生はまた、稀有なものでもある。
それは他者の命について考えることであり、人類と生きとし生けるものについて思考を巡らせることだ。
死の恐怖ではなく、生きる喜びのなかでこれらのことを考える。一つ一つの瞬間を快活に生きる。われわれは全員が死を宣告された存在である。その顔には死刑囚の笑みが浮かぶ。その心は、未来を可能にする人々への感謝に包まれ、惨事に対して充分な備えのある世界をつくろうとする大志に満たされる。間違いなく不可避であるこれらの惨事に対し、準備が万全であるがゆえに、事前の不安も、渦中での心配も必要がなくなる世界をつくるのだ。われわれ自身、われわれの子供たち、われわれの孫たち、そしてその孫たちのために。
もし、われわれが今、彼らに配慮するのなら、彼らには数多くのすばらしい出来事、胸躍る出来事が待っている。
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経済学者
1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン大統領顧問、91年欧州復興開発銀行の初代総裁などの、要職を歴任。政治・経済・文化に精通することから、ソ連の崩壊、金融危機の勃発やテロの脅威などを予測し、2016年の米大統領選挙におけるトランプの勝利など的中させた。林昌宏氏の翻訳で、「2030年ジャック・アタリの未来予測』(小社刊)、『新世界秩序』『21世紀の歴史』、『金融危機後の世界』、『国家債務危機一ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?」、『危機とサバイバルー21世紀を生き抜くための(7つの原則)』(いずれも作品社)、『アタリの文明論講義:未来は予測できるか」(筑摩書房)など、著書は多数ある。
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(経済学者 ジャック・アタリ)
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