大阪都構想が2度も否決された「たったひとつの理由」
プレジデントオンライン / 2020年11月4日 18時15分
■府と市の「二重行政の解消」が目的だったはず
いわゆる「大阪都構想」が11月1日の住民投票で否決された。なぜ大阪都構想は再び否決されたのか。ひとことで言えば、市民の間から盛り上がった「草の根運動」ではなく、どこまでも政治色の強い運動だったからである。
沙鴎一歩は9月11日付の記事「吉村市長と松井市長は、なぜそこまで『大阪都構想』にこだわるのか」で、「公明党の政治的思惑で決まったことなのである」と指摘した。政治的思惑で決まった住民投票は盛り上がりに欠けるため、再び否決されるだろうとみていた。
本来、大阪都構想の目的は、大阪府と大阪市の二重行政の解消だった。具体的には東京都をモデルに交通基盤整備などの広域行政を大阪府に一元化し、福祉や子育てなど身近な住民サービスを特別区に担わせる構想だった。
■公明党の方針転換がなければ今回の住民投票は行われなかった
大阪都構想は、日本維新の会が旗印にしてきた政策である。地域政党の大阪維新の会を創設した元大阪市長の橋下徹氏によって提案され、2015年5月に住民投票が実施された。だが、そのときも僅差で否決され、橋下氏が政界を引退するきっかけとなった。
初めから政治的な産物だった。しかも橋下氏という勢いがあって発言力の強い政治家から生まれた構想だった。
昨春、後を引き継いだ大阪維新の会代表の松井一郎氏と代表代行の吉村洋文氏が、知事・市長のダブル選を仕掛けてともに当選した。これもかなり強引な手法だったと思う。
さらに驚かされたのが、公明党だった。公明党は松井・吉村コンビの圧勝を見て大阪都構想賛成に方針を転換し、その結果、賛成多数で今回の2度目の住民投票が決定した。
公明党の方針転換がなければ今回の住民投票は行われなかった。大阪府内の衆院小選挙区で全国最多の4議席を持つ公明党は、次の衆院選挙で大阪維新の会(日本維新の会)と対決して票を減らすことを避けようとしたのである。維新は次期衆院選で対抗馬擁立をちらつかせていた。公明党はこれを恐れ、維新と手を結んだ。維新以外の全政党が反対した前回の住民投票での構図が一変したのである。
■連立を組む自民党の大阪府連が反対するなかで異例の応援
松井氏ら維新の幹部にとっての最大の誤算は、公明党の支持母体である創価学会の反発だろう。告示後の10月18日には、公明党の山口那津男代表が大阪入りし、松井氏らと街頭で都構想への賛成を訴えた。国政で連立を組む自民党の大阪府連が都構想に反対するなかでの異例の応援だった。
松井氏が学会幹部に働きかけ、公明党がすり寄ってきた結果だったが、これまで維新と敵対してきた創価学会の反発は根強かったようだ。維新も公明党も、政治的思惑から大阪都構想を推進したツケだろう。
大阪市長の松井氏は1日深夜に記者会見し、「2度負けたことは政治家としての力不足に尽きる。僕自身のけじめをつけなければならない」と語り、政界引退を明言した。一方、大阪府知事の吉村氏も記者会見を行い、「市民の判断を率直に受け止める。都構想再挑戦を僕がやることはない」と話した。
■「『説明が不十分』との声は最後まで消えなかった」と朝日社説
11月2日付の朝日新聞の社説はこう解説する。
「大阪市が担う施策のうち、大型のインフラ整備など広域にわたるものを大阪府に移し、特別区は教育や福祉など身近な行政に集中する。そうして、過去に見られた府と市による二重行政や主導権争いを防ぐ。これが都構想のねらいだった」
「だが市民の間には、特別区に移行した後、行政サービスはどう変わり、どれだけの負担を求められるのか、疑問と不安があった。再編後の財政見通しについて試算が乱立したこともあって、『説明が不十分』との声は最後まで消えなかった」
大阪市民は東京をライバルとみているわけではないだろう。大阪の文化や歴史は東京よりもずっと古い。「大阪市」という名称は、そんな大阪市民にとってかけがえのないものなのである。
政治的思惑が優先され、本来の狙いがあやふやになったことで、住民投票で問われていることもわかりづらくなった。朝日社説が指摘するように大阪市民にとっての「疑問と不安」が解消されなかったのだ。
■大阪市民は判断に迷い、翻弄され続けた。責任は政治にある
朝日社説は続けて書く。
「残念だったのは、これだけの労力と費用をかけながら、地方自治の本質に迫る議論が深まらなかったことだ。行政への参加を住民にどう促し、地域の特性に応じた街づくりを、いかに進めるかという課題である」
「人口270万人余の大阪市に対し、新設予定だった四つの特別区は約60万~75万人。区長と区議会議員は選挙で決まり、独自の制度を設けたり、施策を講じたりできるようになることが利点の一つとされていた」
「きめ細かく施策を展開するという考えも、都構想とともにお蔵入りということではあるまい。『大阪市』の下でどう工夫を凝らすか。引き続き検討してもらいたい」
労力と費用だけではない。少なくとも5年以上の時間が費やされた。その間、大阪市民は「大阪市をなくすべきか。それとも存続させるべきか」と判断に迷い、翻弄され続けた。責任は政治にある。その責任を取る意味でも朝日社説が主張するように大阪市長や大阪府知事、そして維新には、工夫を凝らしてほしい。
■「大阪市民の結論は示されたと受け止めるべきだ」と産経社説
同じく11月2日付の産経新聞の社説(主張)は「平成27年の前回に続く否定である。大阪市民の結論は示されたと受け止めるべきだ」と訴え、こう分析する。
「都構想は大阪維新の会が主導し、大阪の自民党などが反対してきた。賛成派と反対派の言い分は正面から対立し、都構想の長所と短所は分かりにくかった」
「住み慣れた市をなくすことへの抵抗は強かったとみられる。大きな権限を持つ政令指定都市であればなおさらだ。住民サービスや財政面での先行き不透明感もふくらんだのだろう」
「分かりにくい都構想の長所と短所」「強い抵抗」「先行き不透明感」。どれも今回の住民投票が政治的思惑を優先したことに由来する。大阪市民という「草の根」から生まれた住民投票であれば、こうはならなかったはずだ。
■問題の本質が「政治ショー」にあることを忘れてしまったのか
産経社説はさらに訴える。
「結果は出たといっても、反対派はこれでよしとしてはならない。投票運動では市がなくなることへの不安を強調してきたが、ならば市を残してどうするかという前向きな議論こそもっと必要だ」
「賛成票も相当数が投じられた。全体を見れば単なる現状維持でよいということにはなるまい。地盤沈下が言われてきた大阪を改革せよという声が強いことを、反対派も直視しなければならない」
産経社説は、反対派にも賛成派にもこれまでの道のりを振り返り、大阪のこれからを見つめる「前向きな議論」を求めている。いわば喧嘩両成敗である。朝日社説がよく使う手法だ。スタンスが明確ですっきりする産経社説らしさが失われている。がっかりさせられた。
社説はその新聞社らしさが出てこそ、読みごたえがある。読者はそれを期待している。産経社説は9月4日付でこう主張していた。
「大阪の将来を決める住民投票である。推進、反対派の動きも加速しようが、丁寧な説明によって市民の冷静な判断を仰ぐべきだ。住民投票を政治ショーの場としてはならない」
産経社説は、問題の本質が「政治ショー」にあることを忘れてしまったのか。残念である。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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