「転勤なしだが給与は低い?」 流行のジョブ型雇用はサラリーマンに得なのか
プレジデントオンライン / 2020年11月10日 9時15分
※本稿は、島津翔『さよならオフィス』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。
■疑問①今、はやりの「ジョブ型雇用」って何?
「ジョブ型雇用」には様々な定義があるが、一般的には、従業員に対して職務領域やその具体的な内容を明確に定義し、その職務に対する成果を評価する雇用形態を指す。
政府は2020年7月17日に閣議決定した「骨太方針2020」(経済財政運営と改革の基本方針2020)の中で「ジョブ型正社員のさらなる普及・促進に向け、雇用ルールの明確化や支援に取り組む」とし、ジョブ型雇用について、「職務や勤務場所、勤務時間が限定された働き方などを選択できる雇用形態」と定義した。職務=仕事の内容を自ら選択し、その仕事のプロフェッショナルレベルや成果によって給与が決まる雇用形態と言える。
そもそもジョブ型は、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏が提唱した言葉である。濱口氏は、終身雇用制度や年功序列を特徴とする日本型雇用システムを「メンバーシップ型雇用」と名付け、それに対比する形で「ジョブ型雇用」を定義した。日本型雇用システムは、新卒者を一括で採用し、具体的な職務を決めぬまま契約するのが一般的。仕事の内容ではなく、会社という共同体の一員=メンバーシップであることを重視する。「職に就く」という厳密な意味での「就職」ではなく、この雇用形態を、会社に就くという意味で「就社」であると揶揄(やゆ)する声もある。
■「職能」「役割」「職務」で評価する給与制度の違い
ジョブ型を取り入れる企業は、その前提として従業員の専門性を認め、尊重する必要がある。本人の意思に反した異動や職務変更を極力減らし、その職務と専門性のレベルによって従業員を評価することになる。
当然、給与もそのレベルによって決まる。企業が従業員の給与を決める方法は大きく3種類に分かれる。1つ目は多くの日本企業が古くから取り入れてきた「職能資格制度」である。「職能」とは従業員が持つ職務遂行能力を指し、「その人の能力」に給与を支払う方式だ。職能をいくつかの等級に分け、その等級に応じて給与を決める。課長、部長などの役割と等級は必ずしも一致しない。日本型雇用システムでは職能の定義がややあいまいで、多くは経験によって職能等級が上がるため、年功序列につながるという批判の声もある。
2つ目は「役割等級制度」で、ミッショングレード制とも呼ばれる。役職などに応じて事業目標や部下の育成などのミッションを与え、その役割のグレードに合わせて給与額を決める制度だ。
■「職務等級制度」では異動で給与が上下することがある
3つ目は「職務等級制度」で、職能資格制度が「人の能力」に給与を支払うのとは対照的に、その人の「職務=ジョブ」に給与を支払う。ジョブ型雇用では一般的に、この職務等級制度による給与・評価体系を採用する。
例えば、A氏という従業員がいたとしよう。職能資格制度は「その人の能力」に給与を支払うので、A氏が経理部からマーケティング部に異動した場合でも給与は原則として変わらない。A氏という人が持つ経験による職能は変わらないと考えるからだ。
一方で職務等級制度では、A氏の「仕事」を評価する。ジョブ型の雇用形態ではそもそも異動の可能性は低いが、例えばA氏が経理のプロで、初めてマーケティングを担当する場合は給与が下がることになり、マーケティングに精通し、経理よりも高いレベルの仕事ができる場合は給与が上がることになる。
ジョブ型は従業員の職務=ジョブを評価する雇用形態である。「ジョブ型の人事制度」とは、従来の正社員雇用のまま、ジョブ型の特徴を取り入れた評価制度などを差し、ジョブ型雇用とは異なる。最近になって多くの日本企業が検討しているのは、ジョブ型の雇用形態ではなく人事制度だということをここに付記しておく。
■ジョブ型がはやり出した2つの理由
それでは、なぜ最近になって多くの企業がジョブ型人事制度の検討を始めたのか。そこには2つの理由がある。
1つは事業環境の変化だ。日本企業は古くから、企業の複数の部署をローテーションさせながら長い時間をかけて共通の知識やスキルを身に付けた「ゼネラリスト」を育成しようとしてきた。総合的な知識が管理職としての条件であり、リーダーシップやコミュニケーション能力などを重視して幹部候補を選定してきた。
しかし、その人材育成や評価手法が通用しない時代がやってきた。人材マネジメントが専門で、内閣府参与なども務めたリクルートフェローの大久保幸夫氏は次のように解説する。
「この20年ほどでグローバル化が進み、日本企業も欧米企業と競争する必要が生じてきた。加えて、1つの技術によって一気に事業環境が変わる『テクノロジーの時代』になった。この変化によって、ある領域に特化したプロフェッショナルの価値が高騰した」
大久保氏の言うように、ゼネラリストよりもプロフェッショナルを育てなければならないという危機感を日本企業が持つようになった。しかし、「これまで日本企業はプロフェッショナルを冷遇してきた。1980年代に生まれた専門資格制度の名残であり、ゼネラリストである管理職の下に専門家が配置されるのが一般的で、専門性が低い管理職のほうが専門家より給与が高いという状況が普通だった」(大久保氏)。
■ジョブ型雇用はテレワークと相性がいい
こうした危機感から、日本企業の中には新型コロナウイルスの流行前からジョブ型に転換しようとする動きは既に始まっていた。経団連は2018年にまとめた「Society 5.0」でもジョブ型を取り上げ、積極的に推進してきた。中西宏明会長は2019年5月に「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と発言し、日本型雇用からの脱却を掲げ改革を進めてきた。
そのタイミングで、新型コロナの感染が拡大した。緊急事態宣言による外出自粛要請は、テレワークという半強制的な働き方改革をあらゆる企業に迫った。
ジョブ型が流行するもう1つの理由はそこにある。リクルートの大久保氏はテレワークがうまく機能する条件として、「従業員1人ひとりにある程度の権限が委譲されており、責任を持って自律的に働いている状態」を挙げる。上司にその都度、指示を仰ぎ、繰り返し報告と上司のチェックを待っているような働き方は、テレワークで生産性が極端に落ちる傾向があるからだ。
ジョブ型雇用を導入すると、従業員は自らの職務に応じて自律的に働き、プロフェッショナリズムを高めようとする。その働き方は、テレワークと非常に相性が良いとされる。新型コロナによる新しい働き方が求められている中で、ジョブ型の人事制度に積極的になる企業が多いのはこのためだ。
■疑問②「ジョブ型雇用」のメリット・デメリットは?
具体的にジョブ型雇用にはどんなメリットとデメリットがあるのか。それを企業側、従業員側の双方から見ていこう。
企業側のメリット・デメリット
疑問①で見た通り、企業にとってはグローバルに戦えるプロフェッショナル人材を育成・採用しやすくなる点が最大のメリットとなる。業務範囲や勤務地などを限定することで、グローバルに戦えるプロの採用が可能になる。メンバーシップ型雇用では、職歴や入社年次などによって給与が固定化しがちだったが、ジョブ型雇用では高い専門性を有しているエンジニアなどに有利な条件を出しやすい。
一方で、従業員を異動させにくいというデメリットがある。欧米企業と違って日本では客観的に見て合理的な理由がない場合、従業員を解雇することが難しい。ある事業部門を縮小したりその事業から撤退したりする際には、従業員を解雇せず他部門に異動させるなどしてバランスを取ってきた。
「多くのプロを抱えることで企業主導の異動がこれまでよりやりづらくなる中で、日本の法体系でも企業経営が成り立つのか。雇用をきちんと守れるのか。その点はまだはっきり見えていない」とリクルートフェローの大久保氏は言う。
企業にとっては、より待遇の良い企業へ人材が流出してしまうという恐れもある。
■“名ばかりジョブ型雇用”には要注意
従業員側のメリット・デメリット
従業員にとっては、キャリア形成を自ら考えやすくなるというメリットがある。メンバーシップ型雇用の場合は、会社主導による異動が一般的で、「キャリアは会社が決めるもの」「与えられる仕事が数年で変わるから専門性を高めようがない」という諦観を抱くビジネスパーソンも多かった。ジョブ型では従業員の専門性を重視するため、望まない異動をすることなく自分の専門性を高めることができる。
また、磨いたスキルが評価や給与に直結するという分かりやすさもある。職務だけでなく、働く時間や勤務地を限定できる点もジョブ型雇用のメリットになる。子育てや介護などとの両立がメンバーシップ型と比較して容易になる場合がある。
加えて、高いスキルを有していれば転職しやすくなる点も従業員のメリットの1つだ。年齢や学歴ではなく、職務遂行能力が採用基準のため、スキルがキャリアアップに直結する可能性が高い。
ただし、従業員にとっては「危うい点もある」というのが大久保氏の見解だ。1つは、日本企業の脱終身雇用につながりかねないこと。「まだ現実に起こっていることではないが、事業撤退などで部署がなくなった場合、ジョブ型の雇用形態では職を失う可能性がある」(大久保氏)
もう1つは、ジョブ型とは名ばかりで、古くからある「専門職員」「地域限定社員」のように、職務や勤務地を限定することで給与を低く抑えられてしまう可能性があることだ。ジョブ型の給与制度が、「その仕事を評価する」という原則に基づいているかどうか、転職の際にはきちんとチェックする必要があるだろう。
■疑問③「ジョブ型雇用」になると個人の働き方はどう変わる?
ジョブ型雇用の採用でまず変わるのは、「仕事の範囲の明確化」だ。メンバーシップ型を採用する多くの企業では、従業員1人ひとりの仕事が実は細かく定められておらず、上長に任せられているのが実情だ。ジョブ型では「ジョブディスクリプション」と呼ばれる職務記述書が職務ごとに用意されており、職務内容が明確化されている(ただし、ジョブ型を取り入れたばかりの企業では、あいまいな記述書が多いという問題点もある)。
従業員は与えられた職務の中で、ある程度の権限を委譲され自律的に働く。より自由度の高い働き方になるだろう。
一方で、プロフェッショナルのレベルを評価するジョブ型は、逆に言えばレベルが上がらなければ評価や給与が上がらないということになる。評価の透明性が高まることで働く人にとってはフェアだがシビアな制度とも言えるだろう。
評価や給与を上げるためには、学び続けることで自分のスキルを研さんする必要がある。「欧米では一般的だが、職務外で自分に投資し、専門性を身に付ける動きがポピュラーになると考えられる。少なくとも20代のうちに自分の専門性を確立する必要があるだろう」(大久保氏)
■管理職も「マネジメントのプロ」へ
メンバーシップ型では管理職の下に専門職が配置されることが多かったが、ジョブ型では管理職も「マネジメントのプロフェッショナル」と定義される。これまでの日本型雇用のように、現場のプレーヤーで優秀だった従業員が出世コースとして管理職に就くのではなく、組織運営のプロとして自分の専門性を高めていく必要がある。ゼネラリストとしての総合力は評価されないからだ。
マネジメントのプロフェッショナルにキャリアチェンジするのか、それとも、営業なら営業、マーケティングならマーケティングといった自分が培ってきた専門領域をプレーヤーとして極めていくのか。これまでは会社に一任されていたこの選択肢を、働く個人が持つことになる。
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日経クロステック副編集長
2008年東京大学大学院工学系研究科修了。建築家・内藤廣に師事。同年、日経BPに入社。日経コンストラクション、日経アーキテクチュア、日経ビジネスの記者を経て、2020年4月から日経クロステック副編集長。分野横断の新領域を担当する。
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(日経クロステック副編集長 島津 翔)
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