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イギリスを2度目のロックダウンに追い込んだ「英国版GoTo」のツケ

プレジデントオンライン / 2020年11月5日 15時15分

イギリスのパブ「The Kings Head」の前を通り過ぎる市民(2020年11月3日、ロンドン) - 写真=AFP/時事通信フォト

■感染者数が「第1波」の5倍に拡大

英国が今週木曜日から12月2日まで、2度目のロックダウンに突入する。食料品や生活必需品を扱う店以外はすべて閉鎖され、外出は食料や生活必需品の買い出し、運動、在宅勤務が難しい人の通勤などに限られる。

※なお英国では地方政府が広範な自治権を有し、本稿のロックダウンはイングランドで実施されるものを指すが、他地域(スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)も類似のロックダウンや厳しい行動制限を課している。

3月23日から6月15日まで(飲食店などは7月4日まで)行われた1回目のロックダウンと違うのは、学校・大学は閉鎖せず、一部のスポーツは無観客で継続実施される点である。

英国では9月からコロナの感染者が急増し始め、現在の1日当たりの感染者数は第1波のピークの5倍という2万5000人前後まで膨らんだ。一方、1日の死者数は4月の1000人強に比べ、現在は300人程度だが、すぐ500~600人になってもおかしくない。

■クリスマスという最大のイベントがやってくる

このタイミングで英国がロックダウンに踏み切る最大の理由はクリスマスだ。英国の平均的な家庭は毎月約2500ポンド(約34万2000円)を消費するが、12月は800ポンドほど増える。クリスマス休暇、団欒(だんらん)、プレゼントなどのために、DVD・音楽関係、本、コンピューター、化粧品類、服、酒類、食料などが売れるのだ。

欧米のキリスト教国では、クリスマスは盆と正月が一緒に来るような一年で最大のお祭りで、消費者にとっても商店にとっても重要な時期である。

筆者は金融マン時代、サウジアラビア航空向けのリース契約書の交渉をしていたとき、担当の英国人女性弁護士が「わたしはまだクリスマス・ショッピングもしてないのよ!」と会議の場から慌てて飛び出して行ったり、商社マン時代に部下の英国人女性がセーターやマフラーを机の上に並べて、「これはダッド(父)に、これはハズバンドに」と嬉しそうに話していたりした姿を思い出す。

■「子や孫に会えない!」と猛反発は確実

クリスマスはまた老夫婦や独り暮らしのお年寄りが、子どもや孫に会える時期でもある。英国人(特に白人)は基本的に親と同居しない。子どもはだいたい18歳くらいになると家を出て、独り暮らしを始める。親のほうも、子どもの世話になろうとは考えず、住み慣れた自分の家で暮らす。「ナーシング・ホーム」(介護付き老人ホーム)や「ケア・ハウス」(共同生活施設)もあるが、可能な限りそういうところには入らない。

18歳以上の人間が親と同居している比率を見ると、日本は32.7パーセントだが、英国は6.8パーセント、フランスは11.4パーセント、ドイツは6.9パーセントである(「世界価値調査」2000年)。なお英・仏・独で同居しているのは、非白人(アラブ、インド、トルコ系等)が多いと思われる。

誕生日やクリスマスになると、子どもや孫が親を訪ねてくるので、老人たちはこの季節を楽しみにしている。この時期にロックダウンをやれば「子や孫に会えない!」「親に会えない!」と、政府への猛反発が起き、不満が爆発するのは確実だ(老人が独り暮らしなら、「サポート・バブル」という支援制度を利用できるが、その場合でも会えるのは同居している家族1組のみ)。

12月1日まで外出制限措置をとったフランスや、11月末まで飲食店や娯楽施設の営業を禁止したドイツも似たような商業的・社会的状況で、クリスマスのロックダウン回避の思惑があると考えられる。

■国営医療サービスは機能不全に陥っている

英国が2度目のロックダウンに踏み切ったもう一つの理由は、国営医療サービスNHS(National Health Service)の機能不全の問題だ。英国の医療は高額なプライベートの医療と外国人を含めて誰でもタダで受けられるNHSの2つがあり、コロナ対策をもっぱら担っているのはNHSだ。

ロンドン市内の日本食料品店にある張り紙。「NHS職員は2割引き」と書かれている。
筆者撮影
ロンドン市内の日本食料品店にある表示。「NHS職員は2割引き」と書かれている。 - 筆者撮影

プライベートの医療を利用できるのは金持ちか、勤務先が従業員のためにプライベート医療保険に加入している人たちに限られる。国民の大半はNHSを利用する。ところがNHSは慢性的な財政赤字と職員不足で、重症や命にかかわる疾患でない限り、なかなか診察や手術をしてくれない。

家内の友人の香港人の女性は、白内障でNHSに行ったら「もうちょっと悪くないと手術は受けられない」と言われ、仕方がなく香港に一時帰国して手術を受けた。筆者の知人にもNHSの診察の予約がなかなか取れず、疾患が慢性化してしまった人が複数いる。2016年から2019年の3年間で、NHSの病院の廊下などで6~11時間待たされているうちに亡くなった患者数は5449人に上る。

■インフルエンザ流行を前に食い止めなければ

NHSの機能不全は国民にとって重大な問題で、2016年に行われたEU離脱の是非を問う国民投票の際にも、離脱派が「EUを離脱すれば、毎週EUに払っていた3億5000万ポンド(約478億円)をNHSに回せる」とあおった。

しかし、離脱派は離脱決定後「3億5000万ポンド全部がNHSに回せるわけではない」と言い訳し、中心人物だった現首相のボリス・ジョンソンは一時雲隠れし、父親に「ボリスよ、出て来い」と呼びかけられていた。

こうしたNHSがコロナ対策の最前線に立たされたために、一般の診療はコロナ禍以前の43%しか行われていない。治療の順番待ちをしている患者数は400万人(2020年7月末時点)に達し、1年以上待っている患者も11万1000人以上いる。

そこに9月から新型コロナの感染者数急増が追い打ちをかけ、コロナによる入院患者数は約1万1000人となり、“戦争状態”だった4月の約6割にまで達した。冬のインフルエンザの季節を前に、コロナの感染者数に歯止めをかけないと、医療崩壊が確実に起きる状況である。

■英国なら罰金になる日本の「密」ぶり

ロックダウンに対しては、飲食業者などから強い反発の声が上がっており、経済活動全体にブレーキがかかるのは確実なので、英国政府としても苦渋の選択だった。

日本は感染者数や死者数は非常に少なく、ロックダウンもしていないので、経済もなんとか回っている。しかし、バーなども営業しており、居酒屋で口角泡を飛ばして飲んでいる大人数のグループもよくいると聞く。「食べログ」で、筆者が時々行く門前仲町の大衆居酒屋の最近の投稿写真を見ると、コロナ禍以前と同様で満員に近く、もし英国であれば店主は1万ポンド(約137万円)、数十人の客は各人500ポンドの罰金である。

一方、英国ではロックダウンに加え、公共交通機関や商店内でのマスク着用が法律で義務付けられており、違反している人はあまり見ない(なお首都のロンドンであっても日本ほど過密ではなく、2メートルのソーシャル・ディスタンスを容易にとれるので、屋外でのマスク着用は義務付けられていない)。動物園、博物館などの施設への入場はすべて予約制で、入場者数が厳しくコントロールされ、商店やレストランでも入店者数を制限しているところが多い。

乗客同士のソーシャルディスタンスを求めるバスの様子
筆者撮影
乗客同士のソーシャルディスタンスを求めるバスの様子 - 筆者撮影

日本で感染者数や死者数が少ないのは、日本人の清潔好きやマスク着用の習慣だけでは説明がつかず、他に理由があるとしか思えない。

■ばらまき施策はやがて日本を崩壊させる

日本のコロナ対策で恐ろしいのは、野放図に金をばらまいていることだ。

英国も8月に「Eat Out to Help Out」という月曜から水曜まで外食費の半分(一人上限10ポンド)を政府が補助するキャンペーンをやったが、予算は5億ポンド強(約683億円強)にすぎない。ヴァージン・アトランティック航空が政府に5億ポンドの緊急融資を求めたが、政府は自助努力を促し、結局、民間債権者に救済パッケージを組ませた。

これに対して、日本は一人一律10万円の給付(予算総額12兆7300億円)をやったり、「Go Toキャンペーン」に約1兆7000億円を使ったり、“兆円単位”のばらまきを平気でやっている。GDP比で約240%という、巨額の公的債務を抱える国がである。

コロナ関連の経済対策費の各国比較でも、日本はGDPの21.1%という、世界で群を抜く巨額の資金を使っている(米国13.2%、ドイツ10.7%、フランス9.3%、英国5%)。これらはすべて税金であり、将来、増税、消費税率引き上げ、医療費負担増、年金減額等の形で国民に跳ね返ってくるものだ。

■来春に3度目のロックダウンが来る?

英国のゴーヴ国務相は、状況次第では12月2日以降もロックダウンを続ける可能性があると発言している。しかし筆者は、多少延長するとしても、よほど重大な状況にならない限り、クリスマスの前後は回避し、来年春くらいに再びやるのではないかと思っている。

英国の外食喚起策「Eat-Out-to-Help-Out」の看板
筆者撮影
英国の外食喚起策「Eat-Out-to-Help-Out」の看板 - 筆者撮影

有効な治療薬やワクチンの開発もまだだいぶ先のようであり、今後2年間くらいは、ロックダウンを繰り返しながら、時間かせぎをするしかないのではないか。幸い英国は日本と違って、街には緑地や公園が多く、家も広いので、ストレスはあまりたまらない。最近はZoomなどを活用して、リモートで仕事や会議もできるようになった。散髪は自宅でやれば結構できる。

経済や産業の構造も徐々に変わりつつあり、政府がいつまでもゾンビ企業を税金で支えることはないはずだ。今は「アフター・コロナ」という新たな世界への過渡期かもしれない。いずれにせよ欧州は長期戦の様相である。

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黒木 亮(くろき・りょう)
作家
1957年、北海道生まれ。早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院(中東研究科)修士。銀行、証券会社、総合商社に23年あまり勤務し、国際協調融資、プロジェクト・ファイナンス、貿易金融、航空機ファイナンスなどを手がける。2000年、『トップ・レフト』でデビュー。主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。ロンドン在住。

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(作家 黒木 亮)

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