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日本人がクラシックは敷居が高いと感じてしまう根本原因

プレジデントオンライン / 2020年11月13日 15時15分

ヴァイオリニストの宮本笑里氏 - 撮影=原貴彦

クラシック音楽はヨーロッパではポピュラーだが、日本では敷居が高い。なぜ同じ音楽でこのような差が生まれるのか。中学時代をドイツで過ごしたヴァイオリニストの宮本笑里さんに、イーオンの三宅義和社長が聞いた——。(第1回/全2回)

■癒やし効果で、観客が目の前で居眠りすることも

【三宅義和(イーオン社長)】宮本さんの演奏を聴いていると、日常の心の疲れがサーと流されていくような感覚を覚えます。

【宮本笑里(ヴァイオリニスト)】ありがとうございます。私自身、音楽に勇気づけられたり、落ち込んだときに助けてもらったことがあるので、「人の心に寄り添うような音楽」を奏でることは10代の頃から一貫して目指していることです。

【三宅】クラシックの演奏会などに行くと、演奏家の緊張感が伝わってくることがたまにあるのですが、生演奏をされるときも癒やしなどを意識されているんですか?

【宮本】私の場合はマイクでお話しする時間を結構とるようにしているのですが、会場の反応を見ながらできるだけリラックスした雰囲気がつくれるように、かなり意識しています。たまにお客様が癒やされすぎて寝ていらっしゃることもありますが、「きっとお疲れなんだな。いま心が休まっているのかな」とプラスにとるようにしています。

【三宅】優しい(笑)。宮本さんの人柄が音楽にそのまま表れているんでしょう。

■父の反対を押してヴァイオリンをはじめたきっかけ

【三宅】そんな宮本さんのお父様は、長年ドイツで活躍された超一流のオーボエ奏者で、東京音楽大学で教授も務められていた宮本文昭さんでいらっしゃいます。ただ、ヴァイオリンはご自身の意思ではじめられたそうですね。

【宮本】はい。小さい頃は父が家で練習をしたり、音楽仲間が家に来てアンサンブルをしたりという環境で育ちました。生の演奏に触れる機会はどの家庭より多かったと思いますが、実は小学校に上がるまで楽器に触ったことがなかったのです。

【三宅】それは意外ですね。

【宮本】1年生になって周りの友達がいろいろな習い事をするようになり、「このままでは会話についていけなくなる」と思って、お教室をいろいろ見て回ったんですね。そのとき、一番先生が優しそうだったのが、スズキ・メソードのヴァイオリン教室の先生だったんです。

【三宅】そういう理由ですか(笑)。お父さんは喜ばれたのでは?

【宮本】むしろ反対されました。音楽の世界の本当の厳しさをわかっていたからだと思います。私には直接言わず、母に「下手な音が聞こえる」「やめさせなさい」と言っていたそうなんですけれど、私も頑固なところがあって、「いまはこれがやりたいことなの」と言って続けました。

■使い込むだけ音色が変わるヴァイオリン

【三宅】楽器といってもいろいろありますが、ヴァイオリンの魅力とはどのようなものなのでしょう。

【宮本】いっぱいあります。ひとつは、同じような形、材質、サイズであっても、それぞれの楽器に個性があることだと思います。たとえば、私がいまお借りしている楽器は300年ほど前に作られたもので、人から人へと渡ってヴァイオリンがいろんな経験をしてきたからこそ出せる、音の味わいや深さというものがあります。

イーオン社長の三宅義和氏
撮影=原貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原貴彦

【三宅】古い楽器は衰えていくのではなく、さらに良くなっていくと。

【宮本】そうですね。また、ヴァイオリンはピアノなどと違って、音をとぎらせることなくずっとつなげることができます。そこを自由自在に操ることができるのも、魅力の1つだと思います。

【三宅】なるほど。好きなヴァイオリニストはいらっしゃいますか?

【宮本】曲によって違うのですけれど、小さい頃から憧れの存在だったのは、やはり五嶋みどりさん。マキシム・ヴェンゲーロフさんも情熱的な演奏をされる方で憧れていました。あとはヤッシャ・ハイフェッツさんやクリスチャン・フェラスさん……。挙げたらキリがありませんね。

■なぜ、音楽家は外国語の習得が早いのか

【三宅】中学時代はドイツで過ごされたそうですね。現地ではインターナショナルスクールに行かれたそうですが、授業は英語ですよね。それまで英語の勉強はされていたのですか?

【宮本】いえ。中学1年生の一学期だけ日本の学校で過ごしたのですけれど、そこで習った英語だけです。自分の名前を書くことすら怪しい状態でしたので、最初はかなり戸惑いました。

【三宅】家庭教師をつけたりして勉強したのですか。

【宮本】とくにはつけていません。学校にいるときはESL(English as a Second Languageの略。英語が母国語でない学生のために設けられた英語プログラム)という、英語が苦手な子どもたちのためのクラスがあったので、しばらくはそこで勉強していました。自主的な勉強としては、毎朝必ず『BBC』や『CNN』のニュースを観るようにしていました。とにかく耳を慣らすことが大事だと先生にも言われていたので。

【三宅】そうしているうちに、少しずつクラスメイトとの会話もできるようになったわけですね。

【宮本】はい。でも最初は本当に探り探りで、お互い「さて、どうやってコミュニケーションをとろうか」みたいな感じでしたけど、そうやってコミュニケーションを積み重ねているうちに自然と話せるようになっていました。

【三宅】「音楽をやっていらっしゃる方は、外国語の習得が早い」とよく言われますが、どう思われますか?

【宮本】海外留学した音楽仲間を見ていても、それはたしかにあると思います。やはり耳が発達しているからリスニングの上達が早いということもありますし、あと、自分の発する音に敏感ということもあるので、正しい発音に近づこうと自然と意識が向くのかもしれません。

■クラシック音楽を学ぶなら本場ヨーロッパで

【三宅】宮本さんは14歳のときにドイツ学生音楽コンクール・デュッセルドルフで1位を取られています。ヨーロッパでの生活体験は音楽家として影響するものですか?

【宮本】大きく影響すると思います。クラシックは楽器や曲自体がヨーロッパで生まれています。その土地や文化に根づいた独特のリズム感というのは、日本だけにいたら、なかなか自発的に生み出すことが難しいかもしれません。

【三宅】面白いご指摘ですね。外国語を学ぶためにその国に行くのはわかりますが、音楽も本場で学んだほうがいいということですね。

ヴァイオリニストの宮本笑里氏とイーオン社長の三宅義和氏
撮影=原貴彦

【宮本】そう思います。本場のオーケストラを見て、聴いて、感じとる経験を積むと、音楽的な世界観が本当に変わってきますし、普通にカフェに行ってボーッと通りを眺めているだけでも学びになると思うんです。

【三宅】というと?

【宮本】作曲家がかつて見て、何かを感じとっていた風景がそこにあるからです。それを演奏家自身も見て感じることで、演奏が本当に変わってくると思います。

■「いかに心で歌えるか」

【三宅】宮本さんがテーマとされる「人に寄り添う演奏」をするためには何を学べばいいのでしょうか。

【宮本】人によって好みが分かれると思いますが、私としては「いかに心で歌えるか」だと思います。演奏家自らの人生体験、それは喜びだったり、悲しみだったりするわけですけど、それを、自分が奏でる音楽にどれだけ投影できるか。そういった演奏は聴いていればすぐにわかりますし、私自身、そのような物語を感じる演奏を聴いているほうが救われる気がします。

【三宅】日本人は技術偏重ですか?

【宮本】いまはだいぶ状況が変わったと思いますが、少なくとも私が中学生の頃に観た日本とドイツのコンサートを比べると、胸がギュッとなるような演奏家は海外のほうが多かった印象があります。

【三宅】正確さと表現力は違うという話は、外国語を使ったコミュニケーションにも通じますね。やはりヨーロッパの音楽家は表現力が高いですか?

【宮本】私がドイツで現地のコンサートをはじめて見たときに驚いたのが、演奏しているときの表情が本当に豊かであることと、オーケストラなのに体がよく動くことです。

【三宅】日本だと真面目な表情でカチッとした演奏をすることが多いですよね。

【宮本】それはそれで格好よさがありますが、「一緒に音楽を楽しむ」というモードに入りづらいのかなと思います。私としてはしっかり技術を身につけたうえで、より歌心があるというか、表現力の高い演奏のほうが好みですし、そういう音楽家を目指しています。

■日本で「クラシックは敷居が高い」とされる理由

【三宅】日本では「クラシック音楽は敷居が高い」とか「クラシックは教養として身につけるものだ」といったお堅いイメージが強いですが、なぜでしょうか?

【宮本】日常からの距離が遠いからだと思います。ヨーロッパに行くとクラシック音楽が生活に溶け込んでいますよね。街中で普通にカルテットを演奏している人たちがいたり、電車の中でヴァイオリンを弾いている人がいたり。たとえば、向こうにいると楽器を背負っているだけで知らない人が「ヴァイオリンやってるんだね」とか「どんな曲やってるの」と聞いてくれたりするのですが、日本だとまずありません。日本では情報として耳に入ってくる量が圧倒的に少ないからだと思います。

ヴァイオリニストの宮本笑里氏とイーオン社長の三宅義和氏
撮影=原貴彦
イーオン社長の三宅義和氏(左)とヴァイオリニストの宮本笑里氏(右)。衣装提供:ドレス10万円 ADEAM 東京ミッドタウン店(TEL:03-3402-1019) - 撮影=原貴彦

【三宅】本来は教養のためでもなんでもなく、「音を楽しむ」のが目的ですからね。

【宮本】そうなんです。

【三宅】「街の違い」みたいなものもありませんか?

三宅 義和『対談(4)! プロフェッショナルの英語術』(プレジデント社)
三宅 義和『対談(4)! プロフェッショナルの英語術』(プレジデント社)

【宮本】それもあると思います。ヨーロッパに行くとあまり時計を気にしないというか、ゆっくり時間が流れますね。日本はその逆で、それはドイツから帰ってきたときに痛感しました。そうした時間の取り方の違いが、心の余裕みたいなものに表れ、それが日々の行動の選択に反映されるということはあると思います。

【三宅】とくに東京はせわしないですからね。だから小さな時からクラシックに親しんで育った人か、年配の人しかクラシックに興味を持ってくれない。普通の若い人は「クラシックのコンサートに行くヒマがあったら、他のことをしよう」みたいな。

【宮本】はい。私がいろいろなジャンルのアーティストとコラボをしたり、ポップス曲を作曲したりするのも、いまクラシックに興味がない人にクラシックをより身近な存在として捉えてほしいからです。「ヴァイオリンっていいな」「ヴァイオリンってこんなこともできるんだ」「何気なく耳にしていたあの音楽、クラシックだったんだ」みたいに、ヴァイオリンという楽器やクラシック音楽に意識を向けるきっかけを作りたいと思いながら活動しています。

【三宅】素晴らしい。宮本さんの活躍でクラシックがもっと日常に根づくことを願っています。

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。1985年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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宮本 笑里(みやもと・えみり)
ヴァイオリニスト
生後すぐに渡独し、帰国後の7歳でヴァイオリンを始める。14歳で独学生音楽コンクールデュッセルドルフ第1位入賞。小澤征爾音楽塾・オペラプロジェクト、N響、都響定期公演などに参加。ドラマ『のだめカンタービレ』オーケストラへの参加やCM、TV出演などで注目され、2007年に『smile』でデビュー。ジェイドとのデュオ“Saint Vox”でも活動。2018年の『classique』までオリジナル・アルバム8枚を発表。2020年にミニ・アルバム『Life』をリリース。2021年1~2月に東京・横浜・大阪でビルボードライブツアーを開催予定。

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(イーオン社長 三宅 義和、ヴァイオリニスト 宮本 笑里 構成=郷 和貴 衣装提供:ドレス10万円 ADEAM 東京ミッドタウン店(TEL:03-3402-1019))

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