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「日本に貢献したい」専門外でもマスクとガウンを作ったトヨタの決意

プレジデントオンライン / 2020年11月11日 9時15分

アルゼンチン・ブエノスアイレス州のトヨタ生産工場が再稼働した5月27日、視察に訪れたフェルナンデス大統領ら。 - 写真=AFP PHOTO/BUENOS AIRES’ PROVINCE GOVERNMENT/MARIANO SANDA/時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車は直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第9回は「医療現場への支援」――。

■部品を納入する会社は数万社に上る

災害、感染症の蔓延などに際して、トヨタは自社だけを平常体制に戻すことを復旧と定義していない。

協力会社、販売会社、危機に際して困っている人たち、そして、社会全般へ支援を行い、それがひと段落してからがトヨタにとっては復旧だ。他者へ支援を行うことは同社の危機管理では忘れてはならないことなのである。

なぜ、他者への支援が計画のなかに組み込まれたかと言えば、それは自動車産業がすそ野の広い業種だという事情がある。

自動車の部品は約3万点でその7割は協力会社から仕入れるものだ。小さなねじを作る会社まで入れるとトヨタに部品を納入する会社の数は数万社に上る。しかも、世界各国にある。また、販売会社は国内だけで約5000店舗。さらに、部品、完成車を運ぶ物流会社の存在もある。

自動車を作り、運び、売るにはさまざまな人々が関わっていて、誰ひとりとして欠けては事業が立ち行かない。

それでトヨタは自社だけではなく、さまざまな会社を支援する。支援する対象は年々、増えていると言っていい。

■「自分にできることは何でもやる」

社長の豊田章男は新型コロナ危機のさなか、自工会(日本自動車工業会)会長として記者会見で次のようなことを語った。それは「私たちはモノ作りで社会に貢献していく」という意思だ。

「終戦時の話ですが、戦争で人も減り、工場も失ったトヨタは、それでも、なんとか生き延びていくために、作れるものは、なんでも作ったそうです。鍋やフライパンをつくり、さらには、工場周辺の荒地を開墾して芋や麦まで作っていました。

スバルでも、農機具や乳母車、ミシン、バリカン等、あらゆる生活品を作っていたとも聞きました。新型コロナ危機の今はやるべきこと、自分にできることは何でもやっていく」

その後、トヨタ幹部のひとりはこう補足した。

「豊田はコロナ危機に際しすぐにふたつのことを決めました。ひとつは喫緊の問題である医療の現場を支援すること。最前線で戦っている人たちのためにできることをやりたいといって実行しました。

もうひとつは東北大震災でもそうでしたけれど、危機の時に必要なのは事業をやり続けることだ、と。自動車産業は波及効果が大きい産業です。働く人も多い、部品会社も多い、その周りのサービス産業の人たちも大勢います。みんなの生活を守るためには事業を継続する。そして、工場が動く音、日常の音がみんなを元気にすると言っています。

当社が日本に生産拠点をできる限り残しているのは危機の時、日本に貢献するためでもあります」

■マスク、フェイスシールド、医療用ガウンまで

この言葉通り、新型コロナ危機に際しては工場や設備が壊れたわけではないので、トヨタは社会への支援を優先した。

マスクを生産し、市場から購入しないでいいように自給自足体制に入った。また、フェイスシールド、医療用防護ガウンを作ることにした。地元で雨合羽などを作る企業7社に生産調査部と保全の人間を送り、増産するための指導、機械の補修をした。

当初、政府から「人工呼吸器を作れないか」と打診されたが、医療機械は命にかかわるものだから、生産すること自体は断った。ただし、人工呼吸器を作る会社へ人材を送り、生産効率を上げるためのサポートをしている。

加えて、ホンダとともに、新型コロナの患者搬送用車両を寄付している。その車両はドライバーが感染しないよう、改造したものだ。

自動車産業は裾野が広いから、社会支援をするのが当たり前だ、という考えではいけないと思う。企業活動は健康な社会があるから成り立つものだ。危機の時に自分の会社のことだけを考える行動をしたら、人はその瞬間を見逃さない。困った時は相身互いだ。自分が困っていても、弱者を助ける気持ちを忘れてはならない。人は人のために尽くす時、もっとも力を発揮する。他者を助けることは自らの地力を高めることにつながる。

■愛知の老舗メーカーが病院から受けた依頼

医療用防護ガウンについて、トヨタは地元、愛知県にある老舗の雨合羽メーカー、船橋を始めとする7社とともに生産量を増やした。

使い捨て可能な外科用ガウン
写真=iStock.com/ergeyryzhov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ergeyryzhov

そもそものきっかけは新型コロナ危機のさなか、船橋の社長が地元の病院から相談を受けたことだった。

「あなたの会社、雨合羽を作っているなら、防護ガウンもやってくれませんか?」

船橋の社長が相談を受けた3月は患者が増える一方だった時期である。病院の担当者は防護ガウンが手に入りにくくなり、思い余って相談したのだという。

そこまで言われたら、引き下がることはできない。船橋では試行錯誤して防護ガウンを作り始めた。だが、初めての経験だ。頑張ってもせいぜい1日当たり500枚しか作ることができなかった。

4月初め、船橋に経済産業省から電話がかかってきた。

「日本全国で防護ガウンは不足しています。できれば1日あたり1万着は作ってほしい。政府は何枚でも買います」

自社で1万枚も作るのは無理だと思ったので、船橋の社長は新聞に「支援先求む」といった記事を書いてもらった。

■作ったことがない企業から支援の手が

すると支援の手が挙がった。

三重県の水着メーカー、トーヨーニット、岐阜県の婦人服メーカー垂光などから「生産協力したい」と申し出があったのである。他に、宝和化学(自動車シートカバーの縫製)碧海技研(自動車シートの縫製)、フタバ産商(輸送用/イベント用シート製造)・岡川縫製(婦人服の製造)の各社が協力を買って出た。

そして、トヨタは生産調査部の人間と保全の人間を各社に派遣し、工程改善と機械の補修をして、生産性を向上させたのである。

1カ月後、工程を改善した結果、1社で1日500枚だったのが7社で1日に5万枚を作るまでになった。そして、さらにこの数字はなお増えているという。

重要なことは各社とも初めて防護ガウンの製造に挑んだことであり、しかも、この仕事は各社にとって新事業にもなりうる。防護ガウンは今後も必要になるし、これまでは中国からの輸入品が大半を占めていた。何より上記各社が防護ガウンを作る態勢を整えたことは、感染症危機に対処できることになる。

■生産はしないが、別の形で支援する

医療用防護ガウンとともに、トヨタが生産性向上の支援をしたのが人工呼吸器だ。

医療用人工呼吸器
写真=iStock.com/HRAUN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HRAUN

人工呼吸器には大きく分けて2種類ある。ひとつはマスクを口に当てるタイプ。もうひとつは気管に挿管して使うタイプ。気管に挿管するためには手術が必要となる。

なお、人工呼吸器とエクモ(ECMO)は違うものだ。ECMOとは体外式膜(まく)型人工肺のことで、血液を抜き出し、体外にある人工肺で二酸化炭素を除去し、それとともに赤血球に酸素を付加して体内に戻す医療器械である。

危機のさなか、政府はトヨタに「人工呼吸器は作れないか」と打診した。政府の人間の頭にはアメリカのGMが人工呼吸器を作ったという事例があったのだろう。

だが、トヨタは「それはやめておきます」といったん返事をする。

「人の命にかかわることですから、ノウハウもないものにチャレンジして、かえってご迷惑をかけると大変です」

しかし、まったく協力しないわけにはいかない。

「ただし、現在、生産しているところへ行って、品質を上げる、量がたくさん出るようにすることはできます」

そこで、生産調査部のスタッフは他社も参加した混成チームを編成し、群馬にある日本光電という人工呼吸器を作る会社へ支援に出かけたのである。(つづく)

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月17日に刊行予定です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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