「家族による殺人増加」家にいるほど身内への憎しみが増幅するメカニズム
プレジデントオンライン / 2020年11月9日 9時15分
■意外? コロナ禍の社会不安の中で減少している犯罪件数
新型コロナウイルス感染症の流行でわれわれの生活は大きく変貌を遂げている。
感染防止のためにマスクを常用し、また外出を控え、人との触れ合いを極力避けるようになった。自宅にいることが多くなり、リモートワークが増える一方で、自宅で何でも済ませる巣ごもり消費が拡大している。
今回はこうしたコロナ禍による生活変化がどのような側面で社会不安を高めているのかを警察の統計などからフォローしてみよう。
図表1には、「社会不安」関連の主要指標を4つ掲げ、対前年同月増減を2019年1月から2020年9月あるいは10月まで追った。
まず、外出を控える行動パターンは経済面での萎縮を全体的に惹起することとなり、めぐり巡って国民の経済不安、生活不安を高めている。
今後、半年間の展望について全国の世帯に聞いた「暮らし向き意識」の結果を見ると、昨年10月の消費税引き上げに向けて毎月「悪化」が続いていたが、2019年11月からは何とか回復への方向が見られた。ところが、コロナの流行が本格化した2020年3月から悪化が目立つようになり、緊急事態宣言が発せられた4~5月には、消費税引き上げに伴うマイナスを大きく超えて悪化した。
もっとも6~7月には暮らし向き意識は改善し、9~10月には昨年と比較してプラスに転じている。あまり深刻になりすぎないというウィズ・コロナの意識へと転換しつつあるものと見られる。
■自殺者数は4~5月は対前年比で減ったが、7~9月は増えた
しかし、経済の実態は、飲食店や観光、運輸の分野を中心に落ち込みが続いており、この点が失業者数の動きにみられる。失業者数は前年と比較し本年5月から大きく増加しており、8月には50万人の増となっている。
警察がとりまとめている自殺者数については減少する月が多く、緊急事態宣言が発せられていた4~5月はさらに減少幅が大きくなっていたが、その後、経済の悪化も影響して、改善から悪化へと傾向が逆転し、7~9月には3カ月連続で対前年増となっている。
失業者数と自殺者数の動きは相関する場合が多いが、実は、月別の動きが連動したのは、1997年秋の三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と立て続けの大型金融破綻事件をきっかけに両方とも激増して以降はじめてである。例えば、リーマンショック後の不況の際も、失業者数は増加したが自殺者数は増加しなかった。
以上のような指標の推移は、明らかにコロナ禍で社会不安が高まっていることを示しているが、社会不安の最も代表的な指標である犯罪件数の動き(認知件数の動き)を追うと、実は、コロナの流行と並行して、むしろ、減少している点が目立っている。
昨年の1月から今年の3月までは、ほぼ、対前年5000件の減少で推移していた犯罪認知件数は、緊急事態宣言が発せられた4~5月以降はほぼ1万5000件の減少と大きく治安の改善を示しているのである。
この点は、マスコミでも報じられることが少ないが、重要な動きと見られるので、次に、どのような犯罪が減っているのかを調べてみよう。
■減った「窃盗」、一時的に減った「暴行・傷害」、減らない「殺人」
図表2には、代表的な犯罪の認知件数(一般に発生件数と見なされる)について、前図表と同じ対前年同月増減で推移を示した。犯罪の種類によって、コロナの影響はかなり異なっていることがうかがえる。
![コロナ流行の下で減った犯罪・減らない犯罪](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/670/img_ef127a1a92598b8c62ecf6abb23b154f518893.jpg)
明確に減っている犯罪は「窃盗」である。もともと窃盗は減少傾向が続いていたのであるが、今年の4月以降になって、減少幅が5000件レベルからその3倍の1万5000件レベルへと一気に拡大していることが分かる。これは、外出自粛が一般化し、自宅で過ごす時間が増えている影響が端的にあらわれたものと見なせよう。興味深いのは緊急事態宣言が解除された6月以降も減少幅は縮小していないという点である。コロナの影響は「窃盗」に関しては、なお、持続していると言える。
実は犯罪件数の総数に占める割合は「窃盗」がほぼ7割と大半を占めている。上で示した犯罪件数の減少は、実際のところは、窃盗の件数の推移を大きく反映したものだったのである。
なお、「窃盗」ほど端的に減少幅が拡大してはいないし、件数もずっと少ない犯罪であるが、「強制性交等」(かつて強姦と呼ばれていた犯罪)についても、5月以降は概して減少幅が大きくなっている。
次に、緊急事態宣言が発せられていた4~5月に件数が激減したが、その後、以前と同じ水準に戻ってしまった犯罪として、「暴行・傷害」と「強制わいせつ」を挙げることができる。こうした犯罪ではコロナの影響は一時的だったのである。
■コロナ禍で、殺人と詐欺だけが増えていることの深い意味
最後に、コロナの影響で件数が減少しなかった犯罪として特筆すべきなのは「殺人」である。もともと「窃盗」や「暴行・傷害」などと比較して件数レベルが圧倒的に小さいので、対前年同月増減についてもかなりブレがある。
しかし、コロナの影響で特に減少幅が広がったとは見られず、むしろ、5~8月は連続して件数が増加している点に注目したい。次項で見るように、外出を控え自宅にいるようになるとむしろ増加してしまう犯罪なのではないかと考えられるのである。
「殺人」とともに「減らない犯罪」としてさらに「詐欺」を挙げることができる。「詐欺」の件数は減少傾向をたどっていたのであるが、本年3月ごろから、むしろ、減少幅が縮小する傾向に転じている点が目立っている。コロナ禍による社会不安に乗じて詐欺に引っ掛かりやすい人が増えているともみなせるのである。
コロナの流行で多くの犯罪で件数が減ったのは日本だけの現象ではない。
シカゴやロサンゼルスなどの米国の大都市ではロックダウン(都市封鎖)により、3月から4月にかけて、殺人やレイプ、窃盗といった犯罪が大きく減少したことを、英国の経済誌『エコノミスト』が報じている。「ニューヨークでは対前年比で犯罪が3分の2も減っている住宅地区がある」のである(4月18日号)。外出禁止令で街頭での犯罪が減っているためであるが、「ロックダウンは公共の場での犯罪を減らすが屋内での犯罪は逆に増やす可能性がある」ことなどから犯罪の長期的減少につながるかは疑問という評で記事は締めくくられている。
日本はロックダウンのような強制措置は行われず、あくまで外出自粛にとどまったためもあって、米国ほど大きな影響はなかったと見られるが、同様の傾向は犯罪認知件数の動きに認められるのである。なお、米国の「殺人」は、銃を振り回しての喧嘩という側面があるので、コロナによるロックダウンで減少したのであるが、日本の場合はそういう要素は小さいので、減少もしなかったものと考えられる。
■自宅にいると憎しみが募るのか「殺人事件」の被疑者の半数は親族
最後に、犯罪の種類によってコロナの影響が異なっている点を理解するため、犯罪によって犯人と被害者との関係がどう違っているかを示すデータを紹介しよう。
図表3のグラフは、犯罪不成立、訴訟・処罰に至らないような事件を除いた検挙件数について、被害者と被疑者との関係別に構成比をみたものである。
![親族・顔見知りの犯人が多い「殺人」、少ない「窃盗」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/8/670/img_0831525bc335b1c40485354ef4fce299446175.jpg)
「殺人」と「傷害」は、親族およびその他の面識のある者に対する犯罪である比率が高い。特に「殺人」は5割以上が親族に対して犯されている。
一方、「窃盗」などの財産犯、および性犯罪は、面識のない者に対して犯される場合が多い。ただし、財産犯のうち「恐喝」、性犯罪のうち「強制性交等」については、面識のある者に対して行われる比率が高い。
「殺人」が親族間で多くなるのは歴史的趨勢であり、これを「ヴェルッコの法則」という。家族の間には深く根差した利害の葛藤があり、家族同士がお互いに腹を立てる割合は時期や場所にかかわらず一定している。これに対して、男性の知人同士のマッチョな暴力を激化させるのは支配権争いの要素が強いため社会環境による影響を受けやすく、また、治安の改善でそうした要因で起こる殺人は減少する。このため、この法則が成り立つものと考えられている。
親族、顔見知りの犯行が多い「殺人」は、コロナの流行で外出を控え、自宅にいることが多くなればなるほど、発生する可能性は高くなると思われる。コロナで「殺人」が減られないのはそうした要因が働いていると考えられる。
一方、もっぱら面識がない被害者に対して犯されることが多い「窃盗」は、留守家庭が減り空き巣に入りにくくなったという影響だけでなく、見知らぬ者同士の触れ合い自体がコロナで大きく縮小したので、それにともなって犯罪件数も全体として大きく減少していると見られる。
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統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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