バイデン氏の得票数が米国史上最多になった「たったひとつの理由」
プレジデントオンライン / 2020年11月9日 15時15分
■国民皆保険、公立大学の無料化、最低賃金の引き上げ…
空前絶後の大接戦となった2020年の米国大統領選挙。
民主党のバイデン候補は、予備選で戦っていたサンダース上院議員の撤退と引き換えに、彼と政策協定を結んだ。その政策とは、国民皆保険、公立大学の無料化、最低賃金の引き上げ、そしてグリーンニューディール(ガソリン車の販売中止など、エネルギーのゼロエミッション化)などだった。まさに、社会主義でありエコ主義だったのだ。
米国では今、社会主義が若者の間に広がっている。人種や年齢の差を超えて、社会主義の人気が高く、民主党在籍の議員たちの中に、社会主義を支持する人も少なくない。米国では、そんな彼らを「進歩主義者」と呼ぶが、その実態はと言えば、「社会主義者」である。
サンダース上院議員は新婚旅行でソ連を訪れた生粋の社会主義者で、ソ連型共産主義を米国民主主義で管理する「民主社会主義」を信条としてきた。全米が彼の存在に注目したのは、2016年の大統領選挙の民主党予備選で、ヒラリー・クリントン元国務長官と最後まで指名を競った時のことだった。
■社会主義者が民主党の枢要を握りつつある
現在は、民主党の副大統領候補であるハリス上院議員や、大統領候補として大企業の増税などを主張したウォーレン上院議員など、社会主義者が民主党の枢要を握りつつある。
2008年に女性イスラム教徒として初の下院議員となったタリーブ氏、2018年の選挙で彗星のごとく登場したオカシオコルテス氏、そしてソマリア出身のオマール氏という3人の注目を集める民主党議員も、サンダース信奉者であると表現して、間違いない。
しかし、長年の歴史でソ連をはじめとする共産主義国や社会主義国と戦ってきた米国に、なぜ社会主義が浸透してきたのか。米国を同盟国とする日本としては、ここを押さえておく必要がある。
■民主党内は、すでに真っ二つに分かれている
佐藤和男青山学院大学名誉教授は、「極左は極右につながる」「真ん中も、左から見れば右」という名言を残している。コロンブスが西に向かえばジパングに到達できると考えたのと同じだ。
サンダース上院議員は、基本的にはバイデン候補を嫌っているが、それはバイデン候補がイラク戦争などの開始を支持したからだ。
上院議員は戦争をしないという点で、トランプ大統領と似た発想を持つ。エコ主義も、化石燃料を否定していけば、現状のほとんどの武器を使えなくできる、というところに行きつく。なお、トランプ大統領の最大の功績を歴史的に見るならば、戦争の種をなくす努力をしたことと言えるだろう。
ところが、伝統的な価値観にこだわる共和党と民主党は、こうした考えを受け入れなかった。
大統領選挙の終盤になって、バイデン候補がオバマケアの維持を叫び、バレット最高裁判事候補の公聴会で民主党上院議員が異口同音に「オバマケア」を守るのかと質問したのは、公的機関による国民皆保険への反論でもあった。既に民主党内は、真っ二つに分かれている。
■共和党と民主党は「弱者の守り方」が違う
日本のメディアは、前回の大統領選挙で、トランプ大統領に投票した人が、今回はバイデン候補に投票したという例を報道している。ここで大切なことは、米国民が、自分たちの生活を守るためには、トランプ大統領の掲げた政策よりも、サンダース上院議員が掲げ、バイデン候補が引き継いだ政策の方が優れてると考えた点だ。今回の大統領選挙で共和党と民主党の掲げた政策の最大の違いは、「弱者の守り方」にあった。
今回の大統領選挙では、前回ならば圧倒的に赤色(共和党)に染まったラストベルトの州でも、化石燃料廃止を訴えて地元産業を否定したバイデン候補が、トランプ大統領と接戦を演じている。それほど、サンダース上院議員の政策に対して、地元が期待しているということだ。
米国の民主党内で、社会主義が浸透したことの典型例は、民主党中道派の期待の星である39歳のケネディ下院議員が、ペロシ下院議長などの支持を受けて上院へのくら替えを目指したものの、73歳の現職に予備選で敗れ、上院議員へくら替えできなかったことに象徴される。
ロバート・ケネディ元司法長官の孫という知名度であっても、オカシオコルテス下院議員などの支援を受けた、民主党現職のマーキー上院議員に敗れてしまうのである。それほど、社会主義を支持する層が増えているというわけだ。
■「自家用ジェットで遊説」も可能にするバイデンの資金源
今回の大統領選挙の特徴の一つは、バイデン候補の選挙資金額が2020年10月というたった1カ月だけで、2020年9月までの2倍となる9億5200万ドルとなったことにある。
これはトランプ大統領や、過去最高の選挙資金を集めたオバマ大統領の6億ドル超の、5割増しにもなっている。
この選挙資金の出所には、「イデオロギー」に分類されるものが約半分も含まれる。なお同様の資金は、共和党の上下院での有力議員の対抗馬である民主党候補のところにも寄付されていた。
バイデン候補が2020年9月に予定した電車行脚を、翌10月に入り、大型の自家用ジェットでの遊説に切り替えたのは、この選挙資金額が得られたためだ。資金源としては、中東系や中国系、ロシア系の米国人・組織なども出てくるが、個人を含むさまざまな人や組織に支えられていた。
■米国社会主義は「人類の最後の理想」なのか
米国は自由と平等を標榜する民主主義のリーダーである一方、貧富や人種、宗教の差別といった社会問題も、多く抱えている。
しかし、最近では黒人差別問題が際立ってきた一方、米国で地方議員となったイスラム教徒が議会で「アラー・アクバル」と叫ぶ事例も出ている。差別を受けることが分かっていても、子供の頃からの文化的・宗教的慣習を押し殺すことが難しいということだろう。こうした社会課題を、これまでの米国民主主義では、完全になくすことができない。
対して、米国社会主義は、米国政治の伝統を無視し、一つのイデオロギーを共有するので、宗教や人種による差別を乗り越えることが可能だと言われている。ハリス副大統領候補が初の上院議員選挙の際、インドの伯父にヒンズー教で祈願を依頼したことは有名だが、彼女が社会主義にひかれた理由も、このような寛大さがあるからだろう。
これまで虐げられた側にいた人々、米国の敵国として扱われてきた国々にとって、米国社会主義は、ある意味で「人類の最後の理想」なのかもしれない。各種の資金が集まる理由もここにある。
■「国民皆保険」は一度始めたら戻れない
日本の手法を取り入れれば、国民皆保険や公立大学の無料化などを、米国が実現することは可能だろう。ゼロエミッションも可能で、課題となる巨額の財政資金の調達も、70年強の日本国債発行額の増加を達成してきた実務に学べば、可能となるはずだ。
一方、例えば全米の州立および市立大学が無料になることを喜ぶ学生と、「無料化=学区化」として、州や市を超えた有名公立大学に入学できないリスクを不安視する学生がいる。かつてのソ連のように、「税金で大学に行く学生は遊ぶべからず」という考え方もはびこるかもしれない。その場合には、社会が混乱する種となるはずだ。
つまり、どの政策にも光と影があるわけだ。
それも社会主義は資本主義と異なる経済構造となるため、4年ごとの大統領選挙によって、行ったり来たりすることは不可能である。例えば、一度、米国健康保険庁を作ったのなら、それを廃止するのは容易ではない。つまり米国が国民皆保険を実践するとなると、それは不可逆的な政権選択であることを覚悟しなければならない。
■米国民に見えていない「ゴールとなる世界の姿」
既に、共産主義化への一歩は始まっている。例えばワシントンD.C.では、今回の大統領選挙で、93%がバイデン候補に投票した。この事実は、まさしく共産主義の幕開けとも言えるだろう。中国や北朝鮮で行われている選挙に近いと言わざるを得ないからだ。
今春の下院でワシントンD.C.の州への変更法案が可決された。その後、トランプ大統領の反対と、州への変更によるコスト増などの問題等で滞っている。だが仮に承認されると、民主党の上院議員が2人増える。これによって、米上院は民主党が過半数を占める機会が生まれるのだ。
過去のすべての暴力革命と同じように、サンダース上院議員は民主社会主義の国家像は示していない。だから、米国民のほとんどは、ゴールとなる世界の姿が分からないでいる。
スタンフォード大学の会議で「歴史上の成功例がない社会主義に若者がひかれる理由」という議論があった。そこでは、「もし理想が実現するならば」といった仮定を、誰も否定できないからだという結論に落ち着いた。
夢のような理想郷を求める米国社会主義は、若者や生活最優先主義者たちによって、着々とその実現に向かっている。だが果たしてその先が理想郷なのかどうかは、誰にも分からない。
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中部大学経営情報学部教授
1985年日本銀行入行。営業局、考査局をへて信用機構室調査役。2000年より米国野村証券シニア・エグゼクティブ・アドバイザー、日本政策投資銀行シニアエコノミスト、米シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)主任研究員なども務める。2012年より中国清華大学高級研究員、東京大学総長室アドバイザー。日本、米国、中国の企業などの顧問や取締役を務める。ジョージ・W・ブッシュ(子)大統領時代から共和党に知己が多く、共和党全国委員会(RNC)大統領選挙アドバイザリーボードメンバー。米国務省や米財務省、連邦準備制度理事会(FRB)、トランプ政権の政策や中国の政治経済に詳しい。ニューヨーク大学MBA、ボストン大学犯罪学修士。
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(中部大学経営情報学部教授 酒井 吉廣)
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