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出口治明「日本人が起業を避けてサラリーマンを続ける根本原因」

プレジデントオンライン / 2020年11月12日 11時15分

写真提供=APU

なぜ日本は起業家が少ないのか。立命館アジア太平洋大学(APU)に学生起業を支援する「起業部」を立ち上げた同大学学長の出口治明氏は、「日本社会全体に旧弊な価値観や考え方が根強く残っている。そこに日本で起業家が育たない最大の問題点がある」という——。

■「有名企業はやがて下り坂になる」が留学生の考え方

僕が立命館アジア太平洋大学(以下、APU)に、学生の起業やNPOの立ち上げを支援する「APU起業部」を立ち上げたのは、学長に就任した直後の2018年夏のことです。ベンチャーやNPOに関心を持つ学生の存在が「APU起業部」発足のきっかけとなりました。大学として、学生のニーズに応えたいと考えたのです。

「APU起業部」の一期生は12の国と地域出身の32組46名。二期生は11の国と地域出身の30組43名。起業を志す学生に対して、僕を含めた7人のメンターが夢を実現できるようにお手伝いをする。いまAPUが把握しているだけで、123名の卒業生が既に起業しています。

なぜ、APUに起業を志す学生が多いのか。

その答えは、いたってシンプルでAPU学生の約半数が外国人留学生だからです。歴史を振り返ってみても、多様な背景を持つ人が集まり、異なる価値観や考え方を知ることで、ケミストリーが起き、イノベーションが生まれてくる。それこそが、他大学にないダイバシティを持つAPUの強みです。

日本人学生たちは、グローバルな環境に身を置くことで、新たな気づきをえられている。

たとえば、一般的に日本人学生は、大企業や安定した会社への就職を希望するケースが多いのですが、留学生は違う。彼らは、有名企業はいまがピークで、やがて下り坂になると考えている。下り坂の会社に入社しても面白くない。だったらスタートアップ企業に入社し、会社とともに自分も成長した方がやりがいを感じ、楽しいに違いないと素直に思っている。

キャンパスには、そんな留学生がたくさんいます。加えて、APUの一回生は原則全員が寮に入るのですが、日本人学生と留学生の相部屋もあります。毎日顔を合わせる友人が、起業について学び、具体的なプランを立てている。そんな姿に刺激を受けた日本人学生たちが「自分も」という気持ちになってくるのです。

■日本で起業家が育たない最大の問題点

しかし残念ながら日本では、新たな価値観と出合う場所はまだまだ少ない。加えて、日本社会全体に旧弊的な価値観や考え方が根強く残っている。そこに日本で起業家が育たない最大の問題があります。アンコンシャス・バイアス——自分自身でも気づかないうちに身についた無意識の偏見や、先入観が、起業家や社会起業家の輩出を阻んでいるのです。

その最たるものが、大企業信仰でしょう。親世代のほとんどは、いまだに高度成長時代の幻影を引きずり、子どもに対して、いい大学に入り、大企業に就職してほしいと考えている。社会がどんどん成長し、企業もそれに応じて成長し続けられるのなら、大企業信仰もいいかもしれませんが、いまは時代が違う。にもかかわらず、親世代は大企業に入れば、一生安泰だという思い込みを捨てられずにいる。

大学でも、何人が東証一部上場企業に入社したといった就職実績を掲げているでしょう。学生たちも、何の疑いもなく大企業への入社がメインストリームだと思い込んでしまっている。だから起業が、いつまで経っても傍流として扱われているわけです。そんな閉鎖的な社会では、起業を志す若者が増えるはずがありません。

日本の閉鎖性を象徴するのが、ある地方の超有名進学校の事例です。その高校から地元の難関国立大学に進学する男子生徒は50人から60人。女子生徒は60人から70人。一方で、東大か京大に進学する男子学生は10人から20人。女子学生は0人から10人。

男子学生のうち20人から30人は浪人を経て難関大学に進みますが、浪人する女子学生は一桁に過ぎません。

出口治明氏
写真提供=APU

この数字が何を示すのか。

21世紀になっても、女性は実家を離れられない。浪人もさせてもらえない。昨年の世界経済フォーラムで発表された「ジェンダーギャップ指数」で、日本は153カ国中、121位でした。この結果が日本の女性差別の現実です。

■差別されている側も、その価値観に縛られている

また東大に通う女子学生が次のようなレポートを書いている。

高校時代、自分より優秀な女子生徒がいましたが、東京での一人暮らしを両親が許してくれず、東大を諦めて地元の国立大学に泣く泣く入学しました。会う都度友人は「地元の大学では勉強したい科目もないし、教わりたい教員もいない」と愚痴をこぼしている。それに対して、
「自分は一浪しましたが、東大に入れてよかった。両親には本当に感謝している」。

これが何を意味するか。女性が東大を目指して浪人することは、本来、親に感謝すべきことなのか、と。以上は瀬地山角『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社新書)という本に書かれていたことですが、彼女の言葉の背景には「女性の浪人なんてとんでもない」「女性は家に残るべき」という古い価値観がある。差別されている女性自身も、その価値観に縛られているからついつい「両親に感謝している」と言ってしまうのです。日本の女性差別の根深さを考えさせられました。

■「世界をよりよくする」ことに起業の本質がある

大企業信仰に、女性差別……。実は、こうしたアンコンシャス・バイアスを乗り越えていくのが、起業家の役割なのです。

大企業に進む道をすべて否定するつもりはありませんが、既存の企業や役所につとめるだけでは社会を変えることは難しい。

そもそも起業とは、新たなものをつくり出すこと。いまの社会にないものを自分がつくってみたいという思いが原動力となり、リスクがあっても一歩を踏み出す。人間は、昔から誰かが新しいものをつくり出して、社会の枠組みを変え、世界をよりよくしてきた。そこに、起業の本質があるのです。

「APU起業部」では、株式会社もNPOも同じだと考えています。株式会社は事業利益をベースに経営しますが、NPOは利益に頼らずに社会貢献する。違いはそこだけだと考えています。株式会社にしても、NPOにしても資金調達も、優秀な人材の雇用も、広報活動も必要になってくる。

出口治明氏
写真提供=APU

最近の心理学では、何かを学んでも、本人に興味がなければ、すぐに忘れてしまうという研究成果があるそうです。

いい大学、いい会社に入るために猛勉強しても、その学問に関心がなければ記憶は定着しない。とするなら、大学は何かを教わる場ではなく、学生が新たな価値観を学び、自分が関心をもって取り組める対象を見つける場所だととらえるべきです。だからこそ、APUでは休学も否定していません。休学期間中の在籍料は半年毎に5000円。その間にさまざまな体験を通して、知見を広め、起業や、新たなチャレンジに結びつくような活動をしてほしいものです。

■70歳でも80歳でも起業はできる

もちろん、やりたいことは簡単には見つけられません。僕自身も、いまだにやりたいことが分からない。大学も就職も起業もご縁に任せて、川の流れに流されてきました。流れ着いた場を面白い環境にできるように、と一所懸命にやってきただけです。

それに、すべての起業家が高い志を持っているわけではないでしょう。金を稼ぎたい、格好をつけたい。異性にモテたい……。動機はどうであれ、起業家が増えて、イノベーションが起これば、世の中の新陳代謝が高まり、社会が活気づく。

何より、いまは人生100年時代でしょう。

チャレンジする権利を持つのは、若者だけではありません。極論すれば、70歳でも80歳でも起業はできる。

世界の潮流となっているダイバーシティ・インクルージョンの原則として、個人差は、性差も、年齢差も、国籍も越えます。よく耳にする「若者らしさ」「女らしさ」「男らしさ」「日本人らしさ」などのグルーピングは無意味です。それぞれの個性を持つ人たちをグループに分けたら「らしさ」に合わない人への抑圧につながり、社会の閉塞感を強めてしまう。

高齢者だから、と新たなチャレンジを躊躇する必要はありません。何歳の人であろうと、いま、この瞬間がもっとも若い。明日になれば、1日年を取るわけですから――思い立ったが吉日です。

まずは、われわれ大人が、アンコンシャス・バイアスから自由になり、起業をはじめとする、新しいチャレンジを前向きに受け止めていく社会をつくっていく必要があるのです。

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出口 治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険に入社。2006年、ネットライフ企画(現・ライフネット生命)を設立、社長に就任。12年に上場。18年からは立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。ベストセラーの新刊『還暦からの底力』など著書多数。

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(立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明 構成=山川徹)

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