なぜハリウッド映画には「世界を操る悪の組織」がたびたび出てくるのか
プレジデントオンライン / 2020年11月12日 11時15分
※本稿は、筒井淳也『社会を知るためには』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです。
■陰謀論者は“なんとなく”を考えない
もし社会が明確で体系的な「目的と手段の関係」で構成されているのならば——たとえば女性の職場進出という目的のために、手段として法律を制定する——、要因間の関連はすべて意図されたものであり、意図せざる結果は生じない、ということになります。
こういった場合、その関係に緩さはなく、きっちりとしたものになります。意図した結果を阻むものがあるとすれば、それをよしとしない価値観を持つ人の別の意図による、ということになります。
つまり、女性の職場進出を進めようとする立場と、それを阻もうとする立場の対立です。
この世にたくさんある陰謀史観あるいは陰謀論というのは、このような「目的と手段の緩みのない関係」の世界を想定しています。何か悪いことが生じたときに、「なんだかよくわからないけどこういう結果が生じた」と考えるのではなく、その結果を引き起こそうという明確な意図をもって行動した者が必ず背後にいる、と考えるのです。
映画ではしばしば陰謀論が登場しますが、それは陰謀論と善悪二元論の相性が良くて、物語の題材にしやすいからでしょう。
■「人気のある陰謀論」という矛盾
映画『カプリコン・1』(1977年、監督ピーター・ハイアムズ)では、「NASAが有人火星探査を行ったと発表したが、それが実は捏造だった」というストーリーが展開されます。
この映画は、アメリカで根強い「アポロ計画陰謀論」を題材としています。アポロ計画陰謀論とは、1969年にアメリカが達成した人類の月面着陸が実は捏造だった、月面着陸に成功していないのにアメリカ政府がそのようにみせかけた、というものです。
ここで興味深いのは、陰謀論がある種の緩みのない世界、つまり強い力を持つ人や集団の存在が、その力によって特定の意図した結果を、誰にも気づかれずに導こうとする世界を想定しているのに対して、実際には「陰謀」を実に多くの人が活発に語り合っていることです。
アポロ計画陰謀論については、非常に多くの書籍やテレビ特番がこれを題材として取り上げてきました。日本でも、どこまで本気かはわかりませんが、多くの有名人が陰謀説を支持する、と表明しています。
陰謀を主導した者が本当に力を持っているのなら、そもそも陰謀論の語りも目立たなくなるはずです。そういう意味では、陰謀論が活発であること自体が陰謀論自身への反証にもなっているのです。
■人は誰かのせいにしたがる
陰謀論が「ハリウッド受け」するということは、それが人々のある種の快楽に訴えるところがあるのでしょう。アドルフ・ヒトラーが人種差別政策を展開する上で「シオン長老の議定書」から影響されたといわれていることからもわかるとおり、陰謀論は政治の世界で深刻な影響力を持つことがあります。
ヒトラー率いるナチ党の政策が、その残虐性にもかかわらず一定の共感を得てしまったことの背景には、人々が陰謀論に惹かれやすいという事実もあるはずです。
また、オックスフォード大学の政治学者ジェイムズ・ティリーは、「Why so many people believe conspiracy theories(なぜ多くの人が陰謀論を信じているのか)」というBBCへの寄稿記事のなかで、人々が何らかの悪い結果をすぐに政治家のせいにする、そしてそれは「政治の日常(everyday politics)だ」と論じています。
そこでは、1916年にアメリカのニュージャージー州で次々に人がサメに襲われた、という事件をあげ、なんとこの地域で、当時の大統領ウッドロウ・ウィルソンの支持率が下がってしまったという例が出されています。
■ジャーナリストvs権力者という構図
陰謀論の魅力とは、「人々が知らない何か(人や集団)が結果を左右している、あるいは世界を動かしている」ということを暴露することにあります。「知らないこと」が結果に影響しているという点では、本章で説明している構造化理論と一緒に聞こえますが、内実は全く逆です。
陰謀論では、世界を動かしているのはあくまで誰か(たとえばユダヤ人、ロスチャイルド家、大統領、NASA)の「隠された意図」なのです。
ですから、陰謀論が想定する意図と結果のつながりを明らかにするのは、隠された情報へのアクセスとその暴露です。映画『カプリコン・1』では、NASAの有人火星探査の捏造という陰謀を暴き出したのは科学者ではなく、ジャーナリストでした。
権力を持つ者が策謀し、権力に抗う存在の象徴であるジャーナリストがそれを暴く、という構図です。
■わかりやすさの罠
陰謀論では、権力によって人・組織の意図と結果の強いつながりは隠されていますが、その構図は非常にシンプルでわかりやすいものです。ここに陰謀論が映画でも政治でも人気である理由があります。
人々は、わかりにくい緩いつながりを地道にがんばって認識し理解するよりは、わかりやすい善悪二元論を好むからです。これはシンプルに合理的な傾向であって、要するに人々は「考えること」「調べること」にかかるめんどうくさい作業をしたくない、つまり「思考にかかるコストを削減したい」わけです。
もちろん、社会科学はこのわかりやすい図式から慎重に距離を取るべきです。なにしろ、研究者とはまさにこの思考コストを支払うことが仕事なのですから。
■「意図的でない原因」を説明するのが科学
20世紀を代表する哲学者の一人、カール・ポパーもしばしば陰謀論の問題を取り上げています。ポパーは、陰謀論的な考え方と社会科学の関係について、次のようにクリアに論じています。
……もちろん、われわれはある目標を心に描いて行動する。しかし、これらの目標とは別に、我々の行為の欲せざる結果がつねに生じる。……なぜそのような結果を除くことができないかを説明すること、これが社会理論の主要な課題なのである。カール・ポパー『推測と反駁』(藤本隆志他訳、法政大学出版局、1980年)。(邦訳200ページ)
このように述べつつ、ポパーは社会科学者に向けて「出来合いの陰謀論で社会科学に接近する人々は、そうすることによって、社会科学の課題が何であるのかを理解する可能性をみずから否定してしまっている」(201ページ)という警告を発します。
このメッセージは、間違いなく重要なものです。ですが、ここではもう一歩踏み込んでみたいと思います。
■「緩い」説明のほうが実は科学的
ポパーが先程の引用で指摘しているのは、意図せざる結果のうち、意図を貫徹できなかったパターンです。少し前のところで、日本の雇用安定化や研究における「選択と集中」の例で説明したものですね。しかしすでに述べたとおり、むしろ見えにくいのは「意図は達成されているが、副次的結果が見通しにくい」パターンでしょう。
私たちは無数の制度・構造が絡み合っている社会という環境に投げ込まれていますから、思いもかけない出来事は常に発生します。私たちはその絡み合いのほんの一部しか認識できません。意図と構造の関係は、直接的なものではありえず、緩みのある関係で結ばれています。
そのため、社会を説明する理論も、ある程度緩みを含みこんだものであったほうが、説明力が高くなることがあるのです。
逆説的に聞こえますが、こと社会的現象や社会変化についていえば、一定の緩みをその中に含みこんでいる知見の方が、全体としては適切な説明を与えることがあるのです。
■社会は「意図せぬ結果」でできている
それは、一つには、結果の原因として誰かあるいは何らかの組織の意図を必ずしも想定しないからです。この世の誰も意識していないようなつながりの連鎖で、社会は動いています。
意図せざる結果が紡ぎ出す関連性を暴き出すのは、ジャーナリストが陰謀論を暴くよりも、ある意味でもっと大変な仕事です。たいへんなわりに、陰謀論を暴くよりもずっと地味な作業です。しかし間違いなくこの作業は重要なのであって、決して軽視してはならないのです。
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立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。
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(立命館大学教授 筒井 淳也)
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