「ちゃんと歯を磨いてない人」は新型コロナにかかりやすい
プレジデントオンライン / 2020年11月12日 11時15分
■新型コロナの死亡者から「歯周病菌」が大量に見つかった
新型コロナウイルス感染症が初めて報告されてから、まもなく1年になる。
世界で約5000万人が感染し、死者数は125万人を超えたが、いまだに感染の勢いは衰えていない。多くの犠牲者を出し続けているものの、一方でこのウイルスの正体も少しずつ解明されつつある。
今、あらためて話題になっているのが7月に英国の医学雑誌「ランセット」オンラインで公開されたリポートだ。リポートのタイトルは「The role of oral bacteria in COVID-19」(COVID-19での口腔内細菌の役割)。英国リーズ大学歯学部などの研究チームの報告だ。
新型コロナウイルス感染症の死亡や重症化リスクを高める要因として、これまで言われていた心臓病、高血圧、糖尿病などだけではなく、口腔内細菌(歯周病菌など)も関係しているというのだ。
研究チームが新型コロナウイルス感染症で死亡した人を調べると、歯周病菌が大量に見つかったという。口腔内の衛生状態が悪い、つまり口の中が汚れていて歯周病などがある人は、感染した場合に重症化リスクが高まる可能性があることがわかった。
■歯周病が感染リスクを高めることは「常識」
歯周病がインフルエンザの感染リスクを高めることは以前から知られていたが、このリポートによると、新型コロナウイルスでも同じことが言えるのだという。
歯周病研究の第一人者で日本歯周病学会元理事長の伊藤公一・日本大学名誉教授によれば、「歯周病がウイルスや細菌の感染リスクを高めることは、歯周病研究者や臨床医にとって、"常識"と言えます。多くの論文もあり、古くは100年前のスペイン風邪(インフルエンザ)でも、むし歯や歯周病のある患者はインフルエンザに感染しやすいという報告があるくらいです」という。
では、なぜ歯周病がウイルスや細菌の感染を助長するのだろうか。
■子どもが新型コロナに感染しにくいのも「歯周病」がないから
伊藤名誉教授によると、主な原因は歯周病菌が出す毒素や酵素、さらに歯周病による歯ぐきの炎症が関係しているという。
「歯周病菌はプロテアーゼという酵素を出しますが、これが粘膜を傷つけてウイルスを侵入しやすくしています。また、歯周病で歯ぐきに慢性的な炎症が起きていると炎症物質(IL-6)が産生され、ウイルスによる感染を促進するのです」(伊藤名誉教授)
子どもが新型コロナウイルスに感染しにくく軽症や無症状ですむのも、子どもには歯周病がほとんどないことが理由のひとつだという。
日本では、歯周病は20歳代で約7割、30~50歳代は約8割、60歳代は約9割がかかっているとされる「国民病」だ。世界で最も多い感染症としてギネスブックにも登録されているほどで、世界中で流行を繰り返すインフルエンザ患者数よりも多いとされている。
新型コロナもインフルエンザも歯周病が原因で感染しやすく重症化しやすいなら、口の中を清潔にして歯周病治療や予防をすれば、インフルエンザや新型コロナ感染症予防にもなるわけだ。
■口腔ケアで口の中を清潔にするだけで予防できる
歯周病が口の中だけの病気ではなく、心臓病、糖尿病、肺炎、認知症、早産、がん、肝炎などの病気のリスクを高めたり悪化させたりすることは、1990年代から知られていた。
特に心臓病が多い米国では歯周病と心臓病の関係を示す研究も多く、1998年、米国歯周病学会ではいち早く歯周病が循環器系疾患や糖尿病、低体重児出産の大きな危険因子になっていることを発表し、当時大きな反響を呼んだ。
高齢者に多い誤嚥性肺炎が歯周病や口腔内細菌と関係があること、さらに歯科衛生士による口腔ケアで口の中を清潔にするだけで予防できることも、この頃から次第に明らかにされてきた。
■避難所で高齢者が誤嚥性肺炎を起こしやすいのも口の中が汚いから
誤嚥性肺炎は食物や唾液などを気管から肺に誤って吸い込んでしまい発症する。睡眠中に唾液の誤嚥で起こることが多く、唾液に含まれる細菌やウイルスなどが肺に入って炎症を起こす。
口腔ケアが不十分で口の中が汚れていると、肺炎を何度も繰り返すことになり、この肺炎で亡くなるのはほとんどが高齢者だ。
災害時の避難所で高齢者が誤嚥性肺炎を起こしやすいのもよく知られている。被災地では歯みがきが十分できないこともあり口の中の状態が悪化するからだ。
誤嚥性肺炎を減らす手段として効果的なのが口腔ケアだ。専門的な口腔ケアで誤嚥性肺炎やインフルエンザの罹患が激減する例が数多く報告されている。
■正しいブラッシングや舌磨きでインフルエンザ発症率が10分の1に
中でも有名なのが、21年前の1999年に「ランセット」誌に発表された米山武義・米山歯科クリニック院長と東北大学医学部の佐々木秀忠教授(当時)らの研究だ。
全国11カ所の高齢者施設で2年間にわたり行われたもので、口腔ケアが高齢者の誤嚥性肺炎を減らす効果があることを実証した。この場合の口腔ケアは歯科衛生士による専門的な口腔ケアのことだ。専用の器具などを使って口の中を徹底的にきれいにする。
このプロの口腔ケアを行うと高齢者の誤嚥性肺炎が40%減少し、さらに発症しても軽症ですみ、死亡者数も減少。認知症の進行まで抑えられたという。
他にも国内で同様の臨床研究がたくさんあり、たとえば、正しいブラッシングや舌磨きを行うと、インフルエンザ発症率が10分の1に減った例や、歯科衛生士が週1回、口腔ケアや歯のクリーニングを実施したところ、インフルエンザの発症率が87%も減少し、風邪の発症率も24%減少した例などが挙げられる。
■ドライマウスの人は、インフルや新型コロナに感染しやすい
もう一つ、感染症予防で忘れてはいけないのが、唾液の効用だ。
唾液には天然の抗生物質といわれるラクトフェリンや免疫物質IgA抗体など細菌やウイルスの侵入を防ぐ物質が含まれ、傷ついた粘膜を修復する働きがある。また、発がん物質の毒性を消す酵素の存在も確認されている。
唾液が減少すると口腔内細菌が繁殖しやすく、口の中の粘膜も傷つきやすくなる。そうなるとインフルエンザや新型コロナウイルスが侵入しやすい環境になってしまうのだ。
つまり、唾液が減少して口の中が乾くドライマウスの人は、インフルエンザや新型コロナウイルスに感染しやすいといえる。
唾液量は年齢を重ねるとともに減少していく。ストレスや生活習慣病、自己免疫疾患(シェーグレン症候群)、薬の副作用なども原因になる。口が渇く人は一度自分の健康状態をチェックしてみたらどうだろう。
唾液の分泌を促すには、唾液腺のマッサージや口腔ケアも効果がある。
■舌を磨いて「舌苔」を落とせばこれもまた感染予防につながる
また、口腔ケアで舌の汚れを落とせば、新型コロナウイルスの感染予防になるということもわかってきた。
新型コロナウイルスは細胞表面のタンパク質ACE受容体にくっついて細胞に侵入する。このACE受容体は口腔粘膜にも存在しているが、特に舌の表面に多いという。
唾液の研究で知られる槻木恵一・神奈川歯科大学副学長は「歯と口の健康シンポジウム2020」(日本歯科医師会主催)で、舌に付く細菌の塊である舌苔(ぜったい)には新型コロナウイルスが感染しやすくなる酵素が大量に存在すると話している。
口の中が汚れていて舌苔が多い人は新型コロナウイルスに感染しやすいということになる。逆に、口腔ケアで舌を磨いて舌苔を落とせばこれもまた感染予防につながるわけだ。
新型コロナ感染症やインフルエンザ予防の基本は「ワクチン、マスク、手洗い」とされているが、ここに口腔ケアを加えると効果はより高まる。ワクチンや治療薬の効果も限定的だ。まずは手軽にできる予防から始めてみてはどうだろう。
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医療ジャーナリスト
長野県生まれ。明治大学大学院修士課程終了。医療・健康・女性問題を中心に新聞、雑誌などで取材・執筆。また、テレビ、ラジオなどで医療問題についてコメントや解説も行っている。著書に『医療事故』『あなたの歯医者さんは大丈夫か』『医療事故防止のためのリスクマネジメント』などがある。
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(医療ジャーナリスト 油井 香代子)
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