「大人の男を変えるのはあきらめた」男の子の育て方に目を向ける母親たちの達観
プレジデントオンライン / 2020年11月20日 11時15分
※本稿は太田啓子『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)の一部を再編集したものです。
■今から父親・夫世代を変えるのはあきらめた
【太田】小島さんは息子さんが2人いらして、現在はご家族でオーストラリアのパースにご在住なんですよね。
【小島】はい。私はもっぱら日本に単身赴任ですが、家族の生活の拠点はオーストラリアで、私が「出稼ぎ」先の東京からときどき家族の元に戻るという生活スタイルです。
【太田】近年、性教育に注目が集まっているようで、テレビの情報番組や女性誌でもたびたび特集が組まれています。その中で、男の子の性についてのトピックや、男性学の知見が紹介されたりすることも増えていると感じています。
そういう変化を見ると、もしかするとこれは、根深い性別役割分業意識の解消については、父親や夫の世代についてはあきらめて、次世代に期待しようということかもしれないな、と。日々の生活の中で根気強く働きかけることで、ある程度変わる夫もいるでしょうし、現にそういう話も聞くことはありますが、しかしあまりにコスパが悪い(笑)。そこにエネルギーを割くより、限られた時間とエネルギーを息子たちへの教育に振り向けて、彼らのパートナーになるであろう次世代の女の子たちの負担をできるだけ減らすほうがいいんじゃないか、ということじゃないかと。
【小島】私も最近、完全にそんな心境です。
■母親の刷り込みが、息子や娘たちを束縛してきた
【太田】私たちの親の世代では、「外で働くお父さんと専業主婦のお母さん」という性別役割分業が圧倒的多数だったので、そもそも息子を男性性から自由に育てようという発想自体がもちづらく、父親と同じく働いて稼げるように、というモデルが強かったんだろうと思います。
【小島】そうですね。母親たちも多くがそこに疑問をもっていなかった。私は常々、ジェンダー問題を語る上で、「女性が一方的に被害者で男性は加害者」といった単純な二項対立で考えるのはよくないと思っています。家父長制に基づく性差別的な男らしさ・女らしさの規範というミーム(文化的遺伝子)があるとすれば、これまで女性自身も無意識に、その運び手になってしまう面があった。それは自覚すべきだと思うんです。
その最大のものが男子の育て方で、私たちの親世代の母たちも、息子たちに強烈に「良き稼ぎ手であれ。身のまわりの世話は女性にさせればいい」という男性役割を刷り込んできた。よかれと思って。彼女たちがそのようにしか生きられなかったことも事実だと思うので、非難もできないのですが。
【太田】その通りですね。時代の限界というか、その世代の女性たちを非難するのは酷だとも思うけれど、結果としてはそれが息子や娘たちを強く呪縛してしまったわけですよね。同じ性別役割分業意識も、息子と娘への影響のあらわれ方はやはり違って、息子たちは素直に内面化して「男」に育つけれど、娘たちは「学業や職業での成功」と「女としての成功」というふたつの価値に引き裂かれていく。
■呪縛を“アンインストール”し、子どもたちを自由にする
【小島】母たちの本音って、言ってしまえば「自分の娘には男に従属しない自立した生き方をしてほしい。でも自分の息子には、どこかの女がちゃんとお仕えしてくれないと困る」。
【太田】そうそうそう!! 受けとめる娘側には、大変な引き裂かれを生じる願望なんですよね。それも抑圧された世代の女性たちの切なる願いではあったと思いますけど……。
【小島】痛ましいけれど、私たちの世代はそれをアンインストールしていかないといけないですよね。
【太田】たぶん世代ごとの課題と宿題があって、私たちの世代は、上の世代が囚われていた呪縛をアンインストールして、次世代を自由にしてあげることが宿題なんでしょうね。そのときに、男の子の育て方が大きなポイントになるだろうと思います。
【小島】大きいですよね。
【太田】そのためには、過去に先例が乏しいことをしなければいけないし、それもまっさらな地点からではなくて、上の世代や社会に強固に根付いているものを、いちいち「これはなし」と遮断しながらなので……。あちこちの方向に、同時並行で目配りしなきゃいけないからけっこう忙しい(笑)。
【小島】そうですね。何をアンインストールするのかを明確に意識していなくてはできない。いま男性学が注目されているのも、これまで何も問題なく見えていたことが、ジェンダーの視点で見ると激しく歪んでいたとわかってきたからだと思います。その中では、男性から女性だけでなく、女性から男性に対しても、無意識に押しつけていたことがあると気づくべきフェイズに来ているんでしょうね。
【太田】私もそう思います。体感的には、ここ1、2年でそんなふうに思う人が急激に増えて、波が来ているなと。
【小島】「どっちが悪い」という糾弾合戦ではなくて、「あなたと私がこんなことになってしまったのは、何のせいなのか」という認識を共有していく必要があるんですよね。
【太田】共通の敵としての性差別構造があって、それとたたかうために男性とも手を携えていきたいのに、なぜかこちらを敵認定して撃ってくる人もいる(笑)。でも、そういう人の誤解を解くには時間とエネルギーが要る割に、得られるものも多くないという気がしているので、防御は最低限程度にして、多少は撃たれながらも次世代の育成に注力するしかないなと思っています。
■「“オバサン”を悪口だと思ったのはなぜ?」
【太田】子育ての中で気になった発言や、それに対して小島さんが伝えたことはありますか。
【小島】家庭内では常に性差別的な発言をしないよう注意していますが、保育園とか学校に行くようになれば当然、いろんな偏見に染まってきますよね。保育園の年中くらいで「ピンクは女の子の色でしょ」と言いだしたり。小学校に入ると今度は「オバサン」という言葉を悪口として使いはじめる。「ママはオバサンじゃないよね?」とか。なるほど、侮辱の言葉として「オバサン」を学習してしまったんだなとわかったので、「いまだ!」と思って(笑)。
【太田】(笑)
【小島】「オバサンというのは人の状態を指す言葉で、ママも30代後半の女性だからオバサンです。でもそれは状態だから良くも悪くもない。だけど君は“オバサン”を悪口だと思ったんだね。それはどうして?」「年齢を重ねることは悪いことではないのに、歳をとった女性は若い女性よりも劣る存在だと、君は言ったことになるんだよ」と。小学1年生にわかる言葉を選んで、じゅんじゅんと説きました。
【太田】素晴らしい。
■無邪気で無意識な性差別、疲れるけど見逃さない
【小島】中学生になると別のフェイズが来て、つまり女性の性をモノとして扱う価値観がインストールされはじめる。アートの授業で、写真やモノをコラージュして作品をつくる課題があったんです。長男が、友達とふざけてこんなの作ったんだよと見せたのが、女性の股間の部分に標的のマークを貼り付けたものでした。息子は、単なる友達どうしのおふざけとして話したんですが、「私はこれはすごく嫌だ。君たちが女性の体をモノ扱いしておもしろがっているのが不快だし、怖い。性器の位置に標的マークを貼り付けるって、どういうことかわかっているのか。暴力的で、女性の尊厳を傷つける表現だと思う」と、やはりじゅんじゅんと説明しました。
【太田】そういうのは無邪気にやってるんですよね。
【小島】そう。性差別的なバイアスって、無邪気で無意識なところにみごとに滑り込んでくるから油断ならない。
【太田】そういう教育って、一般論として体系的にできるわけではないので、日常の中で飛び込んでくる発言やできごとをすかさず捉えて、その都度やるしかないですよね。常にアンテナを張っていると、気が抜けなくて疲れますが。
【小島】疲れます(笑)。でも、しょうがない。
【太田】やるしかないですよね。
■夫が、まさかのクソ発言
【小島】もうひとつ、次男が小学校高学年のとき、ほんとにほほえましいレベルなんですけど、ガールフレンドができたんです。で、それを次男が話してくれたときに夫が「あーあの子か。学年でいちばんかわいいよな、お前さすがだな」ってクソ発言を。
【太田】うわー(笑)。
【小島】ごめん、どこから話せばいいかなー? って呆れましたね。女性を見た目で品評して、一級品をゲットしたとはでかした! って褒めたんですからね。“有害な男らしさ”の最たるものを、この大事な時期に刷り込みやがって! と、2人を前に怒りまくりました(笑)。でも、夫はいまひとつ腑に落ちていない感じで。
【太田】(笑)。うーん、でも、多くの男性には「え、何がまずかった?」という感じで、それが「普通」な気がしますね。
■偏見を指摘されて直す経験、子どものうちに
【小島】知性の問題と別に、たぶん弱さと向きあう勇気の問題があるんだと思います。成長の過程で、差別や偏見を指摘されて早めに軌道修正する経験がないと、大人になってから指摘されたとき異常に傷ついたり、自己正当化のために逆上したりする。
【太田】ありますね。全人格を否定されたかのような極端な反応をする。差別や偏見に基づく当該そのふるまいを変えればいいということだけなのに。
【小島】そうなると学べないんですよね。人間誰しも、偏見にとらわれて無意識に誰かを傷つけることがあるんだと成人する前に気づけば、そこから気をつけようと学習もできるんですが。その経験がないまま成長して、いきなり自分の偏見を指摘されると、なんだかすごい攻撃を受けたかのように感じてしまう。
【太田】ことに性にまつわる偏見の場合にそうですよね。なぜそんなにデリケートなのか……。でも小島さんは、そうしてパートナーとぶつかりながらも伝え続けていることは偉いなあと思います。
【小島】夫も少しずつ変わってきましたが、あまりにも進捗が遅いので最近はもうあきらめて、息子たちへの連鎖を断つことに注力してます。ほんとうは、夫自身から伝えてほしかったんですよね。自分が身につけてきた偏見や、しでかしてしまった愚行を開示して、息子たちがそうならないよう彼自身の口から伝えてほしかった。
【太田】その壁を越えるのはすごく難しいんでしょうね。
【小島】だから、そういう弱い父親の姿から学びなさい、と息子たちには伝えるつもりです。
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弁護士
2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった! 超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)。
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タレント、エッセイスト
1972年生まれ。タレント、エッセイスト。第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞受賞。95年より15年間、放送局アナウンサーとして勤務。2010年に退社後は、ラジオ、テレビ、雑誌など多様なメディアで活躍中。『女子アナ以前』(大和書房)、『絵になる子育てなんかない』(養老孟司との共著、幻冬舎)、『女たちの武装解除』(光文社)、『失敗礼賛』(KKベストセラーズ)など著書多数。最新作『コスプレ上手は、仕事上手!』が集英社より発売中。2人の男の子の母親でもある。
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(弁護士 太田 啓子、タレント、エッセイスト 小島 慶子)
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