小学生女子までからめとろうとする呪いの言葉「合コンさしすせそ」

プレジデントオンライン / 2020年11月22日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SergeyNivens

ナンパ塾をめぐる連続レイプ事件、小学生女子向け書籍の「モテ」テク指南……。弁護士の太田啓子さんが、これらの中から、多くの男女がとらわれている「モテ」の呪縛と勘違い、そしてその背景にある差別意識について探ります。

※本稿は太田啓子『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)の一部を再編集したものです。

■非モテ男性の「自分たちが割を食っている」という思い込み

安定した職業と異性関係、その帰結としての「幸せな家庭」……高度成長の時代なら、ある程度「普通」の男性であれば望むことができた成功のモデルが、低成長の時代には希少なパイになり、そこからこぼれ落ちる男性が出てきます。男性どうしのヒエラルキーの中で「勝者」になれなかった自分たち、という自意識が、ネットスラングでいうところの「弱者男性」や「非モテ」といった自虐的な自己表現にあらわれるのでしょう。そういう自虐的な表現で自分のことを認識している男性のすべてが、女性に対して攻撃的なわけではもちろんないでしょうが、自分の「男はつらいよ」という意識、鬱屈を「女性が優遇されているせいで自分たちが割を食っている」という反感に結びつけてしまうと、明らかにこれは有害です。

ほんとうに自分を苦しめているのは女性ではなく、性差別社会における「有害な男らしさ」の呪縛だ、ということが往々にしてあると思います。自分の生きづらさを女性叩きでごまかさず、ほんとうの原因を見極めて「有害な男らしさ」の呪いを解けたら、いまより救われる男性は多いのではと思います。

■なぜ彼らは「セックスの人数=モテ」と勘違いしたのか

これもネットスラングのようなものかもしれませんが、「女嫌いの女体好き」という表現があります。女性蔑視意識が強い一方で、女性との性的関係には固執するような一部男性のメンタリティをあらわすものです。

2017年から18年にかけて、ナンパ術を指南するという触れ込みの「リアルナンパアカデミー」の関係者が、女性を泥酔させてレイプする性犯罪をくりかえしていた事件が発覚し、複数の「塾生」と「塾長」が実刑の有罪判決を受けました。

「塾長」を名乗る40代の被告人は、「ナンパ術」「モテ術」を指南するという名目で20代の「塾生」たちを従えていました。でも、現実に彼らがしていたことは、女性に罰ゲームの名目で強い酒を飲ませ、泥酔したところで集団強姦することでした。

彼らの中では「ナンパ術」「モテ指南」とは、女性と仲良くなって関係性を築くプロセスではなく、むしろ逆に、いかに女性の意思を無視して多数回セックスできるかを教えることでした。そこでは、相手の女性の意思や同意の有無はまったく無視されていたわけです。

「モテ」を多数の女性と肉体的関係をもつことと同一視していた塾長と塾生は、「ナンパ」を通じて女性とセックスした回数を競いあっていました。女性とコミュニケーションをとって関係性を築いた上でのセックスという発想はなく、泥酔させることによって意思を奪い、女性の肉体をモノのように扱い、その獲得数を男性どうしで得点のように競いあう。恋愛においていちばん重要な、コミュニケーションを通じて互いの信頼関係をつくるというプロセスはまったくなかったとみえます。どうして彼らはこれを「モテ」と混同してしまったのでしょうか。

■対等な関係をないがしろにする「有害な男らしさ」

この事件を取材したライターの小川たまかさんは、彼らの動機がたんに性欲ではなく、塾長をカリスマとあがめる集団の中で「逆らうと村八分にされる」という不安から、疑問を感じても拒否できなかった塾生たちの姿を描き出しています(※1)。そして、塾長は「女好き」を自称しながら、女性に対する不信感や軽蔑をくりかえし口にしていたとも書いています。

女性を強引にセックスに持ち込んだ回数を比較して「お前、すごいな」と評価しあう。犯罪だと薄々わかっていながら、共犯関係を通じて集団から逃げ出せないようにする。ホモソーシャルな関係性の中で、優位に立つ手段として女性の体が扱われていたことに、ぞっとします。

この事件は相当特異なものかもしれませんが、「有害な男らしさ」が極端な形であらわれたものであるように感じます。「女性とセックスはしたいがコミュニケーションはとりたくない」というのは、女性を尊重する意識が完全に欠如しており、支配欲しか感じません。

『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』より
『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』より(イラスト=マシモユウ)

私は、この「コミュニケーションの省略」こそが、「有害な男らしさ」とリンクする大きな問題なのではないかと考えています。そうであるなら、逆に、いろいろな局面において相手との丁寧なコミュニケーションを意識させることは、男の子たちが「有害な男らしさ」の罠に落ちないためのトレーニングになるような気がします。

「モテ」ではなく、相手を尊重し、対等な関係に立ってコミュニケーションをとることこそ本質的に大事だということを、これからの男の子たちには意識的に理解してほしいと思います。

■男子をおだてることが「モテ」テクなのか

少し前に、『おしゃカワ! ビューティー大じてん』(成美堂出版)という小学生の女子向けのファッション指南書がTwitterで話題になったことがありました。背伸びしたいお年頃の女子に、おしゃれの方法を解説するという趣向自体はほほえましい内容だとも言えると思います。

でも、読んでいくと「カレとのデートはうるうるナミダぶくろメイクがカギ」とか、「ボクたちこんな女の子が好き トップ5」「これでカンペキ! モテしぐさ12連発」などと続きます。「おしゃれ」するのは男子に「モテ」るため、という価値観が一貫しているのです。

極めつきは、モテるための「キュートな会話テクニック」として「男の子はホメられるのが好き!」と、男子を喜ばせるためのあいづちを「さしすせそ」で説明している箇所。「さしすせそ」とは「さすが!」「知らなかった!」「すごい!」「センスいい!」「そうなんだ!」の五つのフレーズで、「心からホメることが大切だよ!」と念を押しています。

ちなみに、この「さしすせそ」は大人の世界で「合コンさしすせそ」と呼び習わされてきたものです。意味をわかった上で自覚的にしている大人ならともかく、小学生にまで男子をおだてることを「モテ」テクとして指南するのはどうかと、Twitterで批判が沸き起こりました。

■「さしすせそ」が男性の幼稚さを許してしまう

恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表で、ジェンダーに関する執筆も多い清田隆之さんは、「男性はなぜ『さしすせそ』をされると気持ちよくなるのか」こそが問題の根幹であり、「男の子はホメられるのが好き」というより「ホメられないと機嫌を損ねる」というほうが実態に近い、これは男性が自分自身では自尊感情を供給できないことのあらわれではないか、と喝破しています(※2)

太田啓子『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)
太田啓子『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)

漠然とした不安を他者からの賞賛で満たすことは女性にもあるでしょうし、時おりやお互い様なら構わないでしょう。しかし本来、自分の機嫌は自分でとるのが大人の態度で、子どもにもそうできるよう育ってほしいものです。ところが「男性を立て、手のひらで転がすのが賢い大人の女性」といった言説があるように、なぜか男性が女性に機嫌をとってもらえることを許容する風潮が一部にあります。そうするとそれに甘え、自分で自分の機嫌をとる訓練をせず(したがって上達もせず)、それどころか女性が男性の機嫌をとることを自明としてしまう男性が生まれるということなのでしょう。これは男性の幼稚さを許容してしまう悪しき文化だと思います。近年知られるようになった「マンスプレイニング」も、男性が女性に対して上からものを教える態度を通じて、女性を利用して男性が気分がよくなるという現象なのでしょう。

女性の側も、「男を立てる女のほうが一枚上手」などと、男性を褒めて気分よくさせてあげることを肯定的に語ることもあります。しかし、その労力をとってあげるケア役割が常に女性側に固定化してしまうのは、やはり対等な関係性とはいえません。性差別意識が強い社会では、女性のそういう立ちまわり方が処世術のように機能することも実際にあるでしょうから、状況によっては女性を非難するのは酷かもしれません。でも、やはり対等な関係性ではないということを女性も直視すべきでしょう。少なくとも、次世代に引き継ぐべきものとは到底思えませんから、『おしゃカワ! ビューティー大じてん』のような発想のものが子どもの周囲にあったら、娘にも息子にも、要注意であることをきちんと伝えたほうがいいと思います。

■「No」と言える力が、女の子への呪いを解く

男の子への「呪い」について書いたので、女の子への呪いをどう解くかということについても、思っていることを少しだけ書きます。

私には娘も姪もいないので、若い女の子と直接話す機会はなかなかないのですが、もし娘がいたら、やはり性差別構造のことは早い時期から教えると思います。女性のほうがどうしても、社会の構造によって強いられる被差別性を自覚しやすいと思うからです。

弁護士の太田啓子さん
弁護士の太田啓子さん(写真=本人提供)

私自身も何度も被害を経験していますから、女性が性被害に遭いやすいということも、やはり早い時期に伝えるでしょう。社会に対する信頼を育ててほしい子ども時代に、そんなことを伝えるのはほんとうに胸が痛むことですが。

なるべく被害に遭わないための工夫も教えると思いますが、同時に、もし被害に遭うことがあったとしても、絶対あなたは悪くない、悪いのは加害者だ、とくりかえし教えるでしょう。

女の子は男の子に比べて、けんかを避けるよう、いつも笑顔でいるように教えられがちで、個性もあるにせよ、嫌なことをされたときに、すぐに「何をする!」と怒れないことが多いと感じます。その「闘い慣れ」していないところにつけこまれてDV被害に遭う女性をたくさん見てきました。相手が異性でも同性でも、好きな人ができてつきあうことになったら、どんなに好きな相手からでも、嫌なことをされたらちゃんと怒れるように、「嫌だ」と言えるようにエンパワーしてあげたいと思います。

そして、「あなたは性差別に屈しなくていい。私たち大人が可能な限り守るから、あなたもいずれ一緒にたたかう大人のひとりになってくれたら嬉しい」とも伝えたいと思います。

■私も呪いと戦いながら生きてきた

私自身が10代のころを思い出すと、いろいろな葛藤がほんとうに強い時期でした。「男の子に好かれたい」という思いはあって、しかし世間でいうところの「モテる」タイプではなかったので、「モテる」タイプに擬態しようとしてみたり、それが上手くいっても葛藤し、いかなくても落ち込み、ということをくりかえしていたような気がします。女性誌で「愛されメイク」とか「モテ力」などの言葉が並んでいるのを見ると、あのころの自分の葛藤を思い出して複雑な思いになります。私自身も「女の子」への呪いにかかって、それに苦労しながら生きてきたと思います。いまは前より呪いを自覚し、うまく折り合えるようになっていますが、それでも完全に解けているかはわかりません。

仮に娘がいたら、「男の子に好かれるためにバカなふりをするのはやめておきなさい」ということは、くりかえし伝えたいと思います。私もかかったことがある罠ですが、これは女の子をほんとうに不幸に、不自由にしますから。

そして、俳優のエマ・ワトソンが2014年に国連でおこなったスピーチを彼女に読ませるかもしれません。

もし、男性として認められるために男性が攻撃的になる必要がなければ、女性が服従的になるのを強いられることはないでしょう。もし、男性がコントロールする必要がなければ、女性はコントロールされることはないでしょう。

男性も女性も、繊細でいられる自由、強くいられる自由があるべきです。今こそ、対立した二つの考えではなく、広範囲な視点で性別を捉える時です。 (※3)

こんなふうに視野を広く持って、自分を自分らしく表現して素敵に生きている女性が世界にたくさんいるんだと知る機会を、なるべくつくってあげたいと思います。

※1 小川たまか「『リアルナンパアカデミー事件』裁判で見えた、犯行の奇妙な構図」『現代ビジネス』2019年2月15日。
※2 清田隆之「女子小学生にまで求められる“モテ技”。男はなぜ『さしすせそ』で気持ちよくなってしまうのか」『QJWeb』2020年5月16日。
※3 山光瑛美「エマ・ワトソンが国連スピーチで語ったこと。『なぜ、フェミニズムは不快な言葉になってしまったのでしょうか?』」『Buzzfeed News』2017年10月6日。

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太田 啓子(おおた・けいこ)
弁護士
2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった! 超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)。

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(弁護士 太田 啓子)

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