国産ジェットを「1兆円空回り」に終わらせた三菱重工の"変に高いプライド"
プレジデントオンライン / 2020年11月13日 11時15分
■「技術的なブランクへの心配」は当初からあった
「半世紀の溝は埋められなかった」——。小型ジェット旅客機「スペースジェット」(SJ、旧MRJ)事業開発を凍結することになったとき、三菱重工業の幹部は肩を落としながらこう漏らした。
三菱重工がスペースジェットの開発に着手したのは2008年。経済産業省が音頭をとり、官民で「日の丸ジェット」を実現しようと立ち上げた。「国内市場が縮小、若者の車離れが進む中、自動車一本足の産業構造だと日本のものづくりはおぼつかない」(経産省幹部)。
自動車1台に使う部品数は2万~3万。航空機になるとその数は2桁増える。それだけにその幹部は、「産業の裾野の広さは車とは比べものにならない。雇用確保にも大いに貢献する」と期待していた。
そんな大きな期待を持ってスタートした日の丸ジェット開発だった。しかし、当初から不安がなかったわけではない。民間ジェット機の開発は1962年の「YS11」以来のこと。YS11は1973年に生産を終えていた。それだけに三菱重工の幹部は「技術的なブランクへの心配がなかったかといえばウソになる」という。残念なことにその不安が的中してしまった。
■ANA調達担当幹部「戦闘機を造っているんじゃないんだぞ」
これまで6度も納期を延期するなど累計1兆円の開発費を投じながら空回りが続き、新型コロナウイルス禍の打撃で窮地に陥った。「技術への過信がなかったかといえば、それはないとはいえない」(三菱重工幹部)。自前主義にこだわり傷を深くした姿は、三菱重工、ひいては日本の製造業に重い教訓を投げかけた。
三菱重工が航空機製造の経験が薄いとは単純にはいえない。米ボーイングなどとは常に取引がある。しかし、納入するのは部品が主力で、約100万点にも及ぶ航空機製造で部品の調達や工程管理は、部品メーカーの発想では限界があった。
「こんな狭いラゲッジスペースはあり得ない」「こんな堅いシートは使えない」。経産省の要請で初号機の受領を待つ全日本空輸(ANAホールディングス)の調達担当幹部はSJの立ち会いで何度も三菱重工の開発陣に声を荒らげた。「戦闘機を造っているんじゃないんだぞ」(同)。
防衛省の戦闘機などの製造も請け負う三菱重工だが、予算や納期は民間航空機のほうがシビアだ。乗客のさまざまなニーズを反映させないといけない民間航空機の開発は「官公庁向けの航空機よりも数倍も手間がかかる」(同)ものだ。
■開発の足を引っ張った「変に高いプライド」
中国、韓国勢に追い上げられ、青息吐息だった造船業の復権を狙って立ち上げた大型豪華客船事業でも三菱重工は2400億円もの損失を計上している。特に豪華客船は「海に浮かぶホテル」とも呼ばれ、内装など凝った設計が要求される。「駆逐艦や巡洋艦を造っていた感覚でやられたらたまらない」(海外大手船会社の担当者)。
結局、船主から何度も設計変更を迫られ、なんとか完成にこぎ着けたが、赤字を垂れ流したまま客船事業からの撤退を余儀なくされた。
SJの開発では、三菱重工の技術者の「変に高いプライド」も開発の足を引っ張った。相次ぐ開発の延期に自前主義を捨て、打開を目指すべく着手から10年が経過した2018年、カナダの航空機大手などから外国人の技術者を多数集めた。しかし、三菱重工の技術者とそりが合わず、現場で対立が続いた。
日当10万円を超える「お雇い外国人」を雇ったものの開発のスピードは上がらず、相次ぐトップの交代で現場の士気は落ちていった。
■戦艦「武蔵」や「零戦」を生んだプライドは崩れ去った
SJの開発と同時期にブラジルの航空機メーカー、エンブラエルも次世代の小型ジェット旅客機の開発を進めていた。民営化したこともあり経営や財務状態は安定していなかったが、実際に開発に先行したのはエンブラエルだった。苦戦する三菱重工を尻目に2018年に初号機の納入にこぎ着けた。
一方のSJは現在も商業運航に必要な認証の「型式証明」を取得できていない。すでに6度も開発を延期、2008年当初1500億円としていた開発費は1兆円規模に膨らんだ。
事業を担う三菱航空機は2020年3月期に4646億円の債務超過に陥った。三菱重工が債権放棄と増資引き受けに応じて資金支援したが、新型コロナ感染拡大で航空機需要が蒸発、事実上の事業断念に追い込まれた。
「開発力が落ちている」——。SJの開発を引き受けた宮永俊一会長はグループの会合でこう漏らした。豪華客船に民間航空機。戦艦「武蔵」や「零戦」を生んだプライドは跡形もなく崩れ去っていく。
造船は規模に勝る中韓勢に水をあけられ、昨年12月には専業の大島造船所に長崎造船所に2つある工場のうち主力の香焼工場を売却することを決めたのだ。
■連結売上高は4兆円前後で伸び悩んだまま
祖業にもメスを入れた。注力していた液化天然ガス(LNG)運搬船から事実上撤退した。商船を大幅に縮小し、安定需要のある艦船に集中する改革に踏み切った
ジェット旅客機事業はSJを成長事業と位置づけ、火力発電設備などで稼いだ資金をつぎ込んできた。しかし、事業化もままならぬまま、開発を凍結。連結売上高も4兆円前後で伸び悩んだままだ。そこに新型コロナウイルス禍による発電設備の工事遅れなども加わり、2020年4~9月期の連結最終損益は570億円の赤字だった。赤字幅は同期間として過去最大だ。
この状況下、三菱重工はどう立ち上がるのか。このほど発表した中期経営計画では2024年3月期に連結売上高4兆円(2021年3月期予想は3兆7000億円)、本業の儲けを示す事業利益は2800億円(同500億円)を目指すという。まずMSJ事業の費用削減で1200億円を捻出するほか、人員削減や拠点の統廃合なども進める。
成長戦略としては経営資源を次世代エネルギーなどの分野に振り向ける。脱炭素社会を見据え、水素を使って二酸化炭素(CO2)排出を抑えるガスタービンやCO2回収などの分野でグループの製品や技術を使う。再生可能エネルギー分野の製品や技術開発も強化し、2050年にカーボンニュートラル(炭素中立)達成を目指す。次世代エネルギーなど成長領域には1800億円を投じ、2031年3月期には1兆円規模の売上高を目指すという。
■重電大手外国勢や日立は三菱重工の先を行く
しかし、世界の重電大手は火力発電設備などの構造改革で一歩先を行く。
独シーメンスもガス・電力部門を分社化し、9月に「シーメンス・エナジー」としてフランクフルト証券取引所に上場した。石炭火力は撤退を視野に縮小する方針で今後は風力発電機や新興国でのガス火力、メンテナンスなどのサービス事業を強化する。
米ゼネラル・エレクトリック(GE)も石炭火力発電設備の新設からの撤退を決め、再生エネルギーの分野にシフトする。
同じ日本勢でも日立製作所は過去最大の7500億円を投じてスイスのABBの送配電事業を買収した。今後は太陽光や洋上風力発電など再生エネルギーの拡大をにらみ、発電事業より収益拡大が見込める送配電事業にシフトする。
三菱重工も日立から火力発電事業を取り込み、9月に「三菱パワー」と改名してスタートを切ったが、経済産業省は低効率の石炭火力発電所の廃止を打ち出すなど、主力に据える事業は厳しい状況に追い込まれている。
■三菱グループの「長兄」は次の150年間も生き残れるのか
環境政策では欧州連合(EU)の欧州委員会が7月、「水素戦略」を発表。2030年までに、水素生成の水電解装置に最大420億ユーロ(約5兆2000億円)、同装置と太陽光発電・風力発電との接続に最大3400億ユーロ(約42兆円)を投じる計画を打ち出した。すでに普及する洋上風力などで生まれた電気を使って水を電気分解し、水素を生成する。生成過程でもCO2を出さない「100%純粋」の水素生産構想を掲げる。
三菱重工もLNG(液化天然ガス)火力発電所を水素発電所に改修しながら水素の活用の拡大に乗り出しているが、「再生エネから水素を作れる欧州と違って水素の生成にコストがかかる」(大手証券アナリスト)ため、競争力が保てるか、懸念が残る。
再生エネへは大手石油メジャーである英BPや米エクソン・モービルなど異業種も名乗りを上げ「資金力の差が競争力の差となる」(同)心配もある。
八方ふさがりの三菱重工。今年、創業150周年を迎えた三菱グループの「長兄」は次の150年間も生き残れるのか。正念場を迎えている。
(経済ジャーナリスト 矢吹 丈二)
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