「三軍は生きる価値ない」そう話していた"一軍の中学生"が三軍に転落した理由
プレジデントオンライン / 2020年11月20日 9時15分
■空気とは曖昧な掟である
新型コロナ禍において、日本は諸外国と比べてきわめて緩い規制しか国民に強いることができませんでした。法的な縛りはほとんどなかったと言っても過言ではありません。一方でほとんどの国民は率先して自粛生活を送りました。
規制が緩いのに自粛を続けられる理由として、しばしば「空気」の存在が挙げられます。私自身、空気を読んだ末に経営している学習塾を休業したので、空気が原因だとする主張に共感できます。
しかし、空気の正体は分かりにくい。誰しもが感じる存在でありながら、それを明快に説明できる人は少ないのではないでしょうか。
新著『空気が支配する国』で、私は空気のことを「曖昧な掟」と定義しました。法律や戒律のような「明確な掟」が見当たらないとき、私たちは何となく読んだ空気を掟とするからです。明確な掟が不足すると、たちまち曖昧な掟である空気が生じるとも言えます。
流行語大賞にノミネートされた「自粛警察」とされる人たちは、率先してこの曖昧な掟を世に広め、他人に守らせることに情熱を傾ける人たちと言えるでしょう。あるいは「曖昧な掟」を「明確な掟」だと強く主張する人たちです。
こうした空気の支配について、私たちはコロナ以前からよく知っています。会社などで物事が決められる際に、精緻な論理をもとにした議論の末、ということはあまりありません。何となく「その場の空気」で決まることのほうが多いのではないでしょうか。
子供の世界でも同様です。学習塾の生徒たちに聞くと、学校もまた空気に支配されていることがよくわかります。近年よく話題になるスクールカーストを支えているのも空気だ、と考えるとこの不思議なシステムが理解しやすくなるでしょう。
■時として自分自身も縛られる
学校の話に入る前に、この空気について理解するうえで役に立つのが、評論家の山本七平の考えです。山本は「実体語」と「空体語」という、大変ユニークな考えを提示しています。
私なりに解釈すると、実体語は「現実そのものを表す言葉」であり、空体語は「掟を守るための言葉」です。
例えば、戦時中「日本は戦争に必ず勝つ。敗戦の可能性を口にしてはならない」といった空気がありました。が、戦争が進むにつれ、戦況の悪化という名の現実(実体語)が見えてくると掟の妥当性が危ぶまれます。敗戦が迫ってきたのですから当然です。
ところが、ここで掟を守るかのごとく「欲しがりません、勝つまでは」「一億玉砕」といった空体語が、どこからともなく生じます。こうした言葉が、まるで厳しさを増す現実に蓋をするかのような働きをし、掟は守られてしまうわけです。このことから、敗戦のようにどんな空体語でも擁護できない現実(実体語)が現れないと、なかなか空気が消えないことも分かります。
3.11以前の原発立地地域でも同様のことが起きました。原発のリスクが報じられても、地域住民自らが空体語を発することで「原発は安全。事故の可能性を口にしてはならない」という空気が守られたのです。電力会社の思惑通りに事が進んでいるように見えます。
ところが、空気が地域住民のみならず、電力会社をも拘束しだすという予期せぬ現象が生じます。原発は既に絶対安全だという掟があるため、追加の安全対策を取ることが論理的にできなくなっていったのです。
法のような明確な掟であれば、誰に・いつ・どのような掟が課せられるかが明らかなので、こんなことは起きようがありません。つまり、これは曖昧な掟である空気だからこそ起きる現象です。空気を利用して誰かをコントロールしようとしても、時として自分自身も縛られることがあるのです。
■スクールカーストを支える空気「一軍は善。何をやっても許される」
さて国家や大企業だけでなく、私たちの身近な世界でも空気は暴走します。学習塾の生徒が通うクラスのなかにも、空気によって支離滅裂な事態が発生したケースがありました。
例えば、スクールカーストが強い力を持ったクラスです。スクールカーストとは、一軍・二軍・三軍といった、生徒たちに与えられる格付けのことです。このランクに応じてクラス内での発言力や扱いが変わってきます。
まず確認ですが、一軍は何をしても許される存在です。クラス替えの後、はじめて一軍になった生徒が「もう本当に何でもできて超楽しい!」と話し、実際に思うままに振る舞い、そしてクラスの空気を作っていったように、「一軍は善」であり何でもできるのです。
その反対に、三軍には発言権がありません。クラスの方針を意のままに操れる一軍とは対照的に、その存在感は皆無に等しいわけです。だから、一軍の意思やその時々のクラスの空気によって、容易にいじめのターゲットにされてしまいます。
さて、学習塾の生徒が所属していたクラスでも、先ほど紹介した実体語・空体語のメカニズムが機能し、クラスを支配している空気が維持されていました。一軍が三軍に心無いあだ名をつけた(実体語)としても、それは決していじめだとは認識されません。「三軍だから仕方がない」といった空体語が生じることで、「一軍は善。何をやっても許される」という空気が保たれるのです。
それどころか、「中指を立てた画像を送り付ける」「三軍のターゲットだけクラス会に呼ばない」といった酷い仕打ちさえあったようですが、「三軍は生きる価値ないし」などという空体語が瞬く間にクラス内で生じ、やはり空気は維持されていたようです。
■膨れ上がった空気は、破滅するまで消えない
外から見ればいじめにしか思えない数々の悪行も、その空気の下では掟を守った普通の行動に過ぎないため、どうしても加害者意識を持ちにくい。悪意のない悪事を止めるのは難しく、一軍は向かうところ敵なしの感さえあります。
しかし、この世の春を謳歌していたかに見えた一軍にも危機が訪れます。
自らが作り上げた空気「一軍は善。何をやっても許される」が自分たちに降り注いだ結果、一軍から三軍に転落する生徒が現れだしたのです。「何をやっても許される」の掟通り、気に入らない行動をした一軍の生徒を、他の一軍たちが罰してしまったわけです。
その罪状は、一軍同士の会話を二軍や三軍の生徒に漏らしてしまったという、相当に些細なことでした。この会話は一軍内の秘密であるという空気があったにもかかわらず、その空気を読み間違い外部に漏らしてしまったのです。
こうなると、もはや同じ一軍と言えど仲間とは言い難い。自分は安全と思っていた一軍たちにも、他の生徒と同様に転落の恐怖が襲います。
最終的に、一軍同士の仲間割れによって空気は消滅します。対等な敵が現れた一軍は絶対的な存在ではなくなり、必然的に一軍は絶対とする空気もなくなったのでしょう。
空気が膨れ上がり、支離滅裂な方向に組織が進んでいっても、破滅的な事態に発展するまでは終わらない。かつて日本を国難に陥れた事件と、何ら変わらない構造が見て取れます。
■視点を変えた時に空気は消えている
このクラスに在籍していた生徒には後日談があります。ファクトチェックがてら原稿を一部読んでもらい感想を聞いてみたのです。生徒は中学校を卒業し、高校生になっていました。
「なにか間違いとかありましたか?」
「ないけど、会話を漏らして三軍に落ちたってやつ、恥ずかしいから変えてください」
「なんで?」
「だって、こんなことで三軍に落ちるなんて話、馬鹿らしいじゃないですか」
「それは中学校の外に出たから馬鹿らしく思えるんであって、当時は深刻だったでしょ? 空気って、その場・その時で生じるルールだから、外から見れば理解不能だったりくだらなかったりするわけ」
「うん」
「ところで、最近は一軍と会ってるんですか?」
「この間会いました。今はみんなハッピーな感じで仲いいです」
この生徒が三軍に落ちたわけではありませんが、今振り返るとあまりに馬鹿らしく思え、恥ずかしさを覚えたようです。教室から離れた結果、当時流れていた空気がくだらない掟に過ぎなかったことに気づいたのです。
どれほど支配的に思える空気でも、一歩外に出てみれば力を失うという事実は、大人にとっても有効な視点です。
その場の空気が、まるで普遍的な法であるかのような錯覚をしがちですが、決してそんなことはないのです。理不尽な空気を変えようとしたり我慢したりするのではなく、居場所そのものを変えることで空気を一新するという手段だってあります。
■空気の危険性を把握し、第三の道を進もう
たしかに、空気を読まなければ平穏な日々は過ごせません。多少非合理的に思える程度ならば、大人しく空気を守った方がよいとも思います。空気のおかげで秩序が保たれるというメリットもあります。
一方、空気を読んだら破滅しそうなのに、それでも読んでしまっては病気です。そして、そんな病を患ったがために、大変な事態を招いてしまった過去が日本にはあります。
空気を無視しては生きにくい。しかし、何が何でも空気に従っては危ない。空気を意識することが多くなった今、その危険性を把握し第三の道を進むことが大切ではないでしょうか。
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著述家
1985年福島県生まれ。2008年、早稲田大学理工学部社会環境工学科を卒業後、東北電力株式会社に入社。2011年2月、同社を退社。松下政経塾を経て、現在は地元・福島で塾を経営する傍ら執筆にも取り組む。著書に『ネトウヨとパヨク』など。
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(著述家 物江 潤)
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