「LGBTQへの差別は死後も続く」タブー視されてきたお墓と戒名の大問題
プレジデントオンライン / 2020年11月13日 9時15分
■LGBTQの人への差別は「死後」も続いている
仏教界でにわかにLGBTQ(性的少数者)をめぐる議論が活発化してきている。
11月5日、59の宗派などで構成する伝統仏教界の連合組織・公益財団法人全日本仏教会は、公開シンポジウム「〈仏教とSDGs〉現代社会における仏教の平等性とは 〜LGBTQの視点から考える〜」を開催した。
SDGsの具現化を目指し、企業や自治体のLGBTQへの社会的な取組みを背景にして、保守的な日本仏教界が重い腰を上げた形だ。だが、家墓の承継や戒名など、江戸時代から続く慣習を変えていくのは一筋縄ではいかないのも事実だ。
日本は欧米各国に比べて、LGBTQに対する法整備や社会保証制度が遅れている。同性婚は法律上まだ認められておらず、財産相続をはじめ、さまざまな障壁が立ちはだかっているのが現状である。
「今」のことだけではない。LGBTQの人への差別は「死後」も続いているのだ。
「人間社会が始まってから、常に同性愛はありました。仏教は性差、社会的地位、制度などにかかわらず、誰もが救いの道が開かれると説いています。しかし、仏教界ではLGBTQについて、これまで(タブー視して)公には語ってきませんでした。平等であるべき仏教界の教えと、実際のあり方が違っているのです」
全日本仏教会の戸松義晴理事長はシンポジウムでこう語りかけた。日本仏教の連合組織のトップが仏教界のLGBTQ問題について公に言及し、これまでの仏教的慣習を問い直すのは珍しいことだ。
ここで少し歴史をさかのぼって問題点を整理してみよう。
■仏教の教えには、そもそも性の差別は存在しないが……
古代インドで仏教をひらいたお釈迦さまは、身分にかかわらず、誰でも悟りの境地に達することができると説いた。お釈迦さまは女性の修行僧も認めていた。そもそも仏教の教えには、性の差別は存在しないのだ。
しかし6世紀、仏教が日本に入ってくると、状況が変わる。土着的な神道と、外来の仏教とが混じり合う(神仏習合)ことが契機になり、性による区別を始める。比叡山や高野山など仏教聖地で女人禁制が敷かれるようになった。
江戸時代に入り、檀家制度が導入されると庶民への弔いが一般化する。そこでは、性の区別がより明確化されていく。
例えば戒名。戒名(位号)は基本的には男女分けだ。宗派にもよるが浄土宗の場合、男性なら「信士」「居士」など、女性なら「信女」「大姉」などだ。LGBTQを考慮した戒名はない。
檀家制度の下では、「イエ」を単位として、弔いが継承されていく。つまり「先祖供養」である。男系長子が菩提寺の檀家になり、墓や仏壇を継承していく。祭祀の男系長子継承の慣習は今でも続いている。
■LGBTQの割合は8.9%、うち35%がカミングアウト
近年まで、現場の寺院でLGBTQの話題が持ち出されることはまずなかった。ところが近年、SNSの普及なども相まって、LGBTQの権利が社会で共有されはじめると、仏教界にも変化の兆しが表れる。
近年、同性やトランスジェンダー同士の婚姻を承認し、独自の証明書を発行する自治体独自の「パートナーシップ宣誓制度」が広がり始めている。2015年11月に東京都渋谷区と世田谷区で同時に施行されたことがきっかけだ。私が住む京都市では本年9月から始まった。今月5日には群馬県が茨城、大阪に続き、3例目の導入を発表している。
企業などでも、LGBTQへのガイドライン策定が進むなど、理解を深める取り組みが広がりをみせている。
電通ダイバーシティ・ラボによれば、LGBTQの割合は8.9%。これは、ほぼ左利きの人口に匹敵する。うち35%がカミングアウト(実名で自分のセクシュアリティを他人に伝えること)しているという。つまり、僧侶や檀信徒の中には一定数LGBTQが存在する。
仏教界のLGBTQへの対応は「待ったなし」といえる。
■「同性愛者でも(僧侶として)大丈夫でしょうか」
シンポジウムにはLGBTQの啓発活動に関わる3人が登壇した。
そのひとり、浄土宗僧侶の西村宏堂さんはメイクアップアーティストとしても国際的に活躍している人物だ。まさに西村さんはLGBTQの当事者でもある。
西村さんはシンポジウムで、自分自身のセクシュアリティに苦しみながら修行に入ったことや、修行仲間からLGBTQを蔑むような発言を受けたことなどを赤裸々に明かした。
「僧侶の戒の中には、装飾品や化粧をつけてはいけない、という内容のものもあります。私が僧侶になることで仏教の秩序が崩れるのではないか、と悩みました」
西村さんは修行中、ある高僧に「同性愛者でも(僧侶として)大丈夫でしょうか」「メイクもハイヒールも好きなのですが……」と打ち明けたという。
すると、「同性愛者でも問題ないですよ。教えが正しく伝わるなら、キラキラするものをつけても問題はないでしょう。みんなが平等に救われることのメッセージを伝えていってほしい」と促されたことで、救われたと明かす。西村さんは修行を終えた後は、僧侶兼メイクアップアーティストとして精力的に活動している。
西村さんのように、LGBTQの僧侶は決して少なくない。しかし、多くがカミングアウトできずに「我慢して」きたと思われる。
■「戸籍上女性だが男性として生きてきた。戒名は男性用にしてほしい」
仏教界は極めて前時代的な文化・習慣が残る世界だ。「男僧・尼僧」という性差をはっきり分けてしまう呼び方や、男僧・尼僧とで儀式のやり方が異なるケースもある。
僧侶だけではない。檀信徒の中にも多くのLGBTQが存在する。近年、各地の寺にLGBTQに関する相談が寄せられてきている。特に、「戒名」は個(故)人のアイデンティティに関わる大事な問題だ。
戸松さんは、シンポジウムで戒名問題にも踏み込んだ。
「お坊さんが良い戒名だと思って付けても、LGBTQの当事者はそうは思っていなかったということもあるかもしれない」
例えば、「戸籍上女性として生まれたけれど、男性として生きてきた。だから戒名は男性につけるものにしてほしい」といったケースだ。だが、この場合、生前に住職や家族にカミングアウトすることが前提となる。
戒名だけではない。
■「ゲイやレズビアンのパートナー同士で墓に入りたい」
「ゲイやレズビアンのパートナー同士で墓に入りたい」——。
先述のように日本の慣習では婚姻届を提出した男女の夫婦でしか、イエを継承できないことが多い。一族の墓に入れるのは、イエを継承した者に限るとする規定を設けている霊園も少なくない。法的に認められない同性愛の「夫婦」は、夫の一族墓に入ることができないのだ。
理解のある住職であれば、施主の要望に応え、戸籍上の性別とは異なっていても個人の願う戒名を付けてくれたり、パートナーとの墓も認めてくれたりすることだろう。しかし、前時代的な思考に凝り固まった住職が対応した場合、悲劇が起きる可能性がある。
仮に住職が、「戸籍上の性別の戒名を付けるのが当たり前。一族墓には、ゲイ同士は入れないよ」などと答えようものなら、LGBTQの人を苦しめることになりかねない。
それは仏教者としての資質を問われかねない問題にもなると同時に、いま増えている「墓じまい」や「離檀」を加速させる要因にもなりうる。
■LGBTQを積極的に受け入れる寺院や僧侶も出てきた
そうした状況の中で、LGBTQを積極的に受け入れる寺院や僧侶も出てきている。東京都の證大寺では、LGBTQカップルが一緒に入れる墓を埼玉県内の霊園に整えた。
シンポジウムで西村さんと一緒に登壇した臨済宗妙心寺派の僧侶川上全龍さんは、副住職を務める京都の春光院で、LGBTQの結婚式を積極的に受け入れているという。
川上さんが開催する坐禅会の常連だったスペイン人から、「女性同士の仏前結婚式ができないか」と頼まれたことがきっかけ。同寺はホテルグランヴィア京都と提携して、LGBTQのための仏前結婚式のパッケージツアーを用意している。
「お寺では『ウェルカミングアウト(カミングアウトを歓迎する)』という態度が本当に大事になってきます。お寺はLGBTQにとって安全地帯だということを可視化していくべきです」(川上さん)
戸松さんはそれに応えた。
「そうした寺にはレインボーステッカーを貼れるような、具体的な仕組みを整えていきたい」
西村さんらLGBTQの人が投じた一石の波紋は、今後、大きなうねりとなっていく可能性がある。各寺院がその変化を機敏に察知し、柔軟に対応し、マイノリティーの人々のアジール(安全地帯)になれるか、否か。そこに仏教の未来がかかっていると言っても過言ではない。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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