牛丼を出せなくても吉野家が黒字を確保できた「たったひとつの理由」
プレジデントオンライン / 2020年11月17日 11時15分
※本稿は、安部修仁『大逆転する仕事術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「牛丼一筋」吉野家から牛丼が消えた日
「振り返ると、BSE(牛海綿状脳症)のときの取り組みも、その前後に二回、大きな改革を行いましたが、やはり活きたのは、吉野家の組織風土・体質でした」と吉野家会長の安部修仁氏は言う。
2003年12月24日、アメリカでBSEが発生し、米国から牛肉の輸入が全面停止となった、と同時に、当時吉野家の社長だった安部修仁氏は牛肉の在庫かぎりで販売を停止することを発表した。
「BSEがアメリカで出たのは2003年の12月ですが、日本ではその2年前の2001年にBSEが出ていました。当時、吉野家の牛丼の牛肉はほぼ100%アメリカ産でした。BSEが欧州で発生して広がった1980年代後半から『もしアメリカでBSEが出たらどうするか』というリスクヘッジの調達を目指して、三井物産の最も優れた肉のエキスパートをスカウトし、米産以外のビーフでの牛丼研究プロジェクトを発足し、オージー、南米産あらゆる可能性を2年半かけて研究、実験しました。その結果、穀物飼料で育っており、品質がよく、しかも均一のものを大量に出荷できるのはアメリカしかないという結論に至りました。ほかのところの牛肉ではやはり吉野家の味には程遠いといったことが分かったのです」(安部、以下同)
牛肉には大きくわけて牧草飼育のものと穀物飼育の2種類がある。オージーなどは、牧草を飼料として育っている一方、アメリカは穀物飼料である。その2つでは、味も臭いもまったく違うという。
■「牛丼なしでもやっていけることを証明しよう」
吉野家の牛丼は穀物飼料で育った米国産牛肉としての味付けであり、それを牧草飼育のものに変えるというのでは、“吉野家の牛丼”としてお客様が愛してくださっているものを、“いつもと違う味の牛丼”という形で提供することになる。
「それでは、長い目で見たときに、吉野家ブランドへの信頼を失ってしまう」
「牛丼一筋」の吉野家が牛丼販売を停止する。
多くの吉野家ファンはもとよりメディアも心配の声が広がった。
「吉野家が培ってきたナレッジとこの組織なら、この危機も乗り越えることができる、克服できる、そう思ったのです。何の傷も負ったこともない組織がいきなりあれに遭遇したら、すくんでたじろいだり、ひるんでしまうでしょう。でも、少なくとも私と幹部たちは、それまでの逆境を何度も乗り越えたことがあり“どんなことであれ乗り越えられる”ということが確信としてありました。それに同じ取り組むなら後ろ向きで取り組むより前向きのモチベーションで取り組んだほうがいいに決まっています。だったら、“牛丼なしでもやっていけることを証明しよう”というチャレンジをすることにしたのです」
安部氏はあらゆる部署からの意見を吸い上げ、朝令暮改でメニューを変えた。そうして試行錯誤を重ね、牛丼が停止した初動こそ赤字になったものの次年度にはメインの牛丼がないまま吉野家単体では黒字化を達成した。
■危機が一転「牛丼一本足打法」からの脱却
「うちはメニューさえ決まればクオリティであれ、コストダウンであれ、改善力と継続力は強い。必ず黒字化できると根拠はないが妙な確信があった」(安部)
吉野家は安部氏の主導のもと、議論を重ね、試行錯誤を繰り返しながら動いた。現場での判断も尊重し、いざ決まると、一致団結してそれに向かう組織力が発揮していった。
「うちは牛丼単品でやっているからうまくいっていると思われがちですが、もちろんそれも最大の条件ですが、それだけではない。他のものを売ってもうまくいく。うちの連中はそれだけの力を持っている」
そのことを、このBSEの機会に証明した。
それまでの吉野家は牛丼一本足打法で来ており、ちょっとのマイナーチェンジでも現場では大騒ぎになるほど、すべてが牛丼をいかに早く提供するかということのために組み立てられていた。そこをいったん壊し、一から作り直した。
「ひとつ新しいメニューができると、それにマニュアルをつけて作り方を教え、備品や設備を整えても、4、5日もするとまた新しいメニューができ、最初から教え直した」
現場で不具合がおきたときはかなりの部分は現場での状況判断に任せ、事後報告であってもよしとした。
「例えば一時的に出していた『いくら鮭丼』は吉野家の白いごはんでは環境的に耐えられない。だから、すぐに廃止しました。これは営業部と商品部が打ち合わせして決めたことで、僕らには事後報告でした。何しろ時間の余裕がないから」
こうしたやり取りを続けたのち、業績は回復し、牛丼以外での戦いもできるようになったのである。
■逆境に勝つ組織の要諦は「わかるまで聞く」
「議論をするところでは自分はこう思うということを主張してかまわない。そのかわり、議論を尽くしたうえで決まったことならば、たとえ自分と違う意見であっても、今度はそれを達成するために100%の力を発揮することができる」
また、いいことはいい、悪いことは悪い、分からないことは分からないこととしてちゃんとコミュニケーションを取り、自分の中で意見を持つ。
「議論はとても白熱するし、そのときには上司だとか年上なんて関係ない。それぞれの主張のロジックを戦わせているだけで、人格は別です。意見が違うときも、しっかりと『私はこう思うと言うように』と言っています」
「また、解らないことは『解らない』、『なぜですか』と聞くことをよしとします。ふつう、日本の会社では『なぜ』を三回も続けて上司に言うと、『お前失礼だ、生意気だ』とか『そんなことごちゃごちゃ言うな、めんどくさいやつ』というようになりますが、吉野家では、わかるまで聞くことをよしとします」
議論をするということにおいて、また分からないことを分かるように説明を求めることにおいては、「生意気なくらいであるほうがいい」とするのだ。
■「生意気をよしとする企業風土」はピンチに強い
しかし、どこまでいっても見解が異なるときはどうするのか。
「組織図というのは業務的な機能体を表す図面というふうにだけ思いがちですが、加えてあれは決定のシステムを表してあるものです。この部門の長はこれで、その部門の部下はこれでということで、その中の決定権者の順位が示されているのです。なので、その部門の中でのテーマはもちろん是々非々の議論はやるんだけれども、最後に決めるべき立場の人が決めたら、あとはそれに従ってそれを成立させるためにどうするか、全員が全力を発揮するだけです」
だからこそ、不満分子を抱えることなく、100%の組織力を発揮できる。
「だいたい、会社とか上司のやることに対しては悪口のほうが多いのが普通でしょう。単なる悪口や愚痴も建設的ではありませんが、それと同時に、決定したことに対して『自分はそうは思わないからやらない』というのでは組織の硬直・閉塞で、そういった組織では前へ進みません。組織運用は持っているエネルギーをいかに歩留まり高く同じベクトルに向かわせることができるかということで、リーダーの仕事はまさにそれです」
■疑問は絶対に放置してはいけない
ではどうすればよいか。
「まず、ある時期、マストとネバーを誰も見ていなくてもやりとおすという習慣性を徹底的に身につけることが第一です。次に、いいことはいい、悪いことは悪い、分からないことは分からないこととしてちゃんとコミュニケーションを取り、自分の中で意見を持つ」
吉野家には、創業者の松田瑞穂氏が作り上げたマストとネバーを徹底するという企業文化に加え、倒産から再建に導いた増岡章三弁護士に叩き込まれた数多くの選択肢を提示し、遠慮のない議論を戦わせ、その中から最善を選択するという二つの組織文化がある。
「今のリーダーたちも共通して、若い時は疑問を放置せず、言わば、先輩・上司にしつこく食らいつく生意気な若者だった人たちです。ですから、会社の方針やあり方にどうしても納得がいかない、何度、上司と話しても埒があかないし、それでも自分の意見が正しいと信じるならば、さらにその上の上司に『なぜですか?』と意見具申しなさいと」
数々の逆境を乗り越える原動力は、そんな吉野家の自由闊達な意見を言い、議論を戦わせることができる、「生意気をよしとする組織文化」から生まれている。
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株式会社 吉野家ホールディングス会長
1949年福岡県生まれ。1967年福岡県立香椎工業高等学校卒業後、プロのミュージシャンを目指し、上京。バンド活動の傍ら、吉野家のアルバイトとしてキャリアをスタート。1972年吉野家の創業者 松田瑞穂氏に採用され、正社員として吉野家に入社。1980年に倒産した吉野家の再建を主導し、1992年に42歳の若さで社長に就任。2000年には東京証券取引所第1部に上場を果たす。在職中はBSE問題、牛丼論争と呼ばれる熾烈な競争を社員の先頭に立って戦い抜き、元祖牛丼屋である“吉野家の灯り”を守り続けた。2014年5月に吉野家ホールディングスの代表取締役を退任し、若い後進に道を譲る。この勇退劇は後継者不足に悩む企業経営者に衝撃を与えた。現在は若い世代に自身の経験を伝えるため、精力的に活動している。著書に『吉野家 もっと挑戦しろ! もっと恥をかけ!』(廣済堂出版)、共著に『吉野家で経済入門』(日本経済新聞社)などがある。
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(株式会社 吉野家ホールディングス会長 安部 修仁 文=プレジデント社書籍編集部)
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