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「日本代表→医師・歯科医」文武両道アスリートのすごい目標の立て方

プレジデントオンライン / 2020年11月17日 9時15分

男子110メートル障害決勝で優勝した金井大旺(ミズノ)=2020年8月29日、福井県営陸上競技場 - 写真=時事通信フォト

ラグビーの福岡堅樹、柔道の朝比奈沙羅……日本代表クラスの実力を持ちながら、医師や歯科医を目指すアスリートがいる。スポーツライターの酒井政人さんは「陸上の110mハードルの金井大旺選手は、東京五輪後、歯科医になるべく練習しながら歯学部の受験勉強をしています」という。彼らの驚くべき文武両道力とは――。

■進学高→日本代表→医師・歯科医というキャリアの人の文武両道力

新型コロナウイルスの影響で2020年の東京オリンピックは2021年に延期された。長い人生でいえば1年という歳月はさほど長くないかもしれない。しかし、“適齢期”のアスリートにとっては、人生の「決断」を下す必要があるほどの時間になる。

昨秋のラグビー・ワールドカップで日本代表のウイングとして活躍した現在28歳の福岡堅樹(県立福岡高校→筑波大→パナソニック)は7人制ラグビーでの東京五輪挑戦を断念。祖父と同じ医師の道に進むことを選択した。

また、柔道の2018年世界選手権女子78キロ超級で金メダルを獲った、現在24歳の朝比奈沙羅(渋谷教育学園渋谷→東海大→パーク24)は、昨秋、独協医科大医学部に合格した。7歳から柔道を始め、高3時に柔道の強豪でもある東海大に入るべく医学部受験したが不合格となり、同大体育学部に入った。父親が医師、母親が歯科医ということもあり、彼女は現在、東京五輪と医師の両方を同時に目指すという。

一方、東京五輪を最後に、同じ医系のキャリアへと進むことを考えているアスリートがいる。9月28日に25歳を迎えた金井大旺(ミズノ)だ。

10月に開催された日本陸上競技選手権の男子110mハードルで2年ぶりの優勝。ちょっと長めの髪型もあり、見た目はチャラいが、福岡や朝比奈に負けず劣らず自ら“人生”を切り開いてきた。金井の挑戦はビジネスパーソンや夢を目指して生きている人の参考になると思うのでぜひ紹介したい。

■見た目はチャラいが、函館ラ・サール高校を卒業した秀才アスリート

金井のキャリアは日本陸上界のトップクラスでは異色だ。地元のクラブチームで競技を始めると、中学3年時には110mハードルで北海道中学記録をマーク。金井は北海道で代々歯科医を営む家庭に生まれたこともあり、当時から「歯科医師」になる夢を抱いていた。

そのため、高校は陸上強豪校ではなく、「地元で一番学力が高いところで勉強も頑張ろうと思いました」と名門ラ・サール函館高校に入学する。7割が寮生活を送る男子校で金井は自宅から通い、陸上部で汗を流した。

高校2年時はインターハイの男子100mハードルで6位に食い込むと、自ら指導力に定評のある法政大・苅部俊二監督にコンタクトを取り、法大の練習に参加している。しかし、3年時のインターハイは5位。優勝した選手は2年生で、その差は歴然としていた。

「中学生頃から歯科医師の道に進みたいなと思っていて、その気持ちが徐々に高まっていました。でも、インターハイで負けてしまい、大学でも競技を続ける決意をしたんです。どこで陸上をやるのか迷っていたんですけど、自分で調べて、よく考えた結果、法大に決めました。それが高校3年時の9月くらいです。スポーツ推薦はもう埋まっていたので、スポーツ健康学部のAO入試を受けて合格しました」

■社会人1年目で日本新記録を打ち立てた

法大に入学してすぐに取り組んだのが、スタートラインから1台目のハードルまでのアプローチを「7歩」にすることだった。日本人は「8歩」が主流だが、世界のトップクラスは「7歩」だった。

男子110メートル障害決勝で優勝した金井大旺(ミズノ)
男子110メートル障害決勝で優勝した金井大旺(ミズノ)=29日、福井県営陸上競技場(写真=時事通信フォト)

男子110mハードルはスタートラインから1台目のハードルまでが13.72mある。その後のハードル間は9.14mで、合計10台のハードル(高さは1.067m)を超えていく。ハードルとハードルの間は3歩で進むので、アプローチを1歩減らすことは大きな意味を持つのだ。

金井の身長は179cm。世界トップクラスのなかでは大きいほうではないが、すぐに7歩のアプローチに対応して、タイムを短縮させた。その後も、自分の動きを分析して、修正を重ねていく。そして社会人1年目(2018年)の日本選手権で驚きの快走を見せる。

前半でトップを奪った金井が、真っ先にフィニッシュラインに飛び込み、13秒36(追い風0.7m/秒)をマーク。この大幅な自己ベスト更新は、2004年のアテネ五輪で谷川聡が樹立した日本記録(13秒39)を0秒03塗り替えるものだった。

■練習はあまりしない「究極のイメトレ」で頭の中で走る

日本選手権で刻んだ13秒36という記録は、金井本人も予想していなかった。当初のターゲットは、「13秒4台」だったという。その目標を達成するために、金井は日本選手権で“大胆な戦略”をとっていた。決勝の当日と前日には刺激(強めの調整メニュー)を入れずに、イメージトレーニングで仕上げるというものだ。

「これまでの日本選手権は決勝に進出したところで、疲労もありましたし、満足しちゃっていたんですよ。前日刺激などで、ハードル練習は2本と決めていても、いい動きができるまでやってしまうことがありました。経験上、これは負の連鎖だと思ったんです。それで、直前のハードリングは極力減らして、いいイメージだけを持って、本番に臨むようにしました」

イメージトレーニングは目を瞑って行い、スタートからフィニッシュまでを頭の中で映像化するというものだ。それを何本も繰り返すが、「心臓がバクバクする」というほどの興奮状態になるという。かなりリアルにイメージを膨らませるために、心拍数も上がるのだ。

金井は普段からイメージ作りを大切にしている。日々の練習もハードルを跳ぶ機会は少なく、イメージトレーニングで補ってきた。

「ハードル練習は週に2回。多くても4~5本しか跳びません。他の選手と比べると圧倒的に少ないと思います。でも、跳ぶときは必ず課題を持ち、何を意識するのか。それをイメージしてから跳ぶようにしています。ガムシャラに何本もという練習はしないです。少ないときは2本で終わってしまうくらいですから」

まずはイメージを高めて、それから実際にハードルを跳ぶ。1本1本集中するというスタイルだ。その目的は調子の浮き沈みをなるべくなくすことにあるという。

「できない状態の日は、何をやってもうまくいきません。そういう日の練習は何も収穫がない。どんな練習もそうですけど、いい感覚でやることが総合的に見るといい練習になってきます。そのため調子の浮き沈みをなくすようにしています。感覚を重視しているので、スピードやタイムというよりは、自分のイメージしている走りや動きを、その日の練習でやるという目標を立てています」

イメージトレーニングはビジネスシーンでも応用できるだろう。通勤時や商談に向かう道など、自分がこれからすることを具体的にシミュレーションすることで、作業はスムーズになり、イメージ通りのパフォーマンスを発揮できるようになるかもしれない。

■メダルも可能、日本の男子110mハードルは「世界に近い種目」

今年10月の日本選手権は金井が再び、王者に返り咲いた。昨年は準決勝で不正出発(フライング)のため失格したが、今年は2年前の優勝記録(当時の日本記録)に並ぶ13秒36(向かい風0.1m/秒)で完勝した。

競技場に並ぶハードル
写真=iStock.com/technotr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/technotr

「2年前は調子が合って、120%の力が出た限界の走りでした。でも今回はこれ以上いけるという感覚があるなかで出したタイムなので、2年前とはまったく違う13秒36だと思います」

男子110mハードルは金井が14年ぶりに日本記録を塗り替えたのが突破口となり、好タイムが連発している。昨年は日本選手権で高山峻野(ゼンリン)と泉谷駿介(順大)が13秒36の日本タイ記録(当時)をマークすると、高山が日本記録を13秒25まで短縮。昨秋のドーハ世界選手権では高山が決勝進出にあと一歩に迫るなど日本のレベルは急騰しているのだ。

その一方で、世界のレベルは停滞気味だ。1981年にレナルド・ニアマイア(米国)が初めて13秒の壁を突破する12秒93をマーク。以来、40年近い月日が経とうとしているが、世界記録は2012年にアリエス・メリット(米国)が樹立した12秒80と0秒13秒しか更新されていない。

ハードルという競技はスプリント(スピード)が上がると、ストライドが伸びるためにハードル間が詰まってしまう。ハードル間は決まっているので、足を置く位置を変えることは難しい。そのため記録的には限界にきている種目だといわれている。逆を言えば、体格やスピードで劣る日本人でも戦える可能性が十分にあるのだ。

■歯学部受験を見据えて、五輪へ向けた練習の合間に受験勉強も

金井は今季13秒27(日本歴代2位)まで自己ベストを伸ばしている。来季はもっと記録を短縮することができるだろう。ただ、だからといって、その後も競技を続けていくことは考えていない。

「自分が他の職業に就くことを想像してみても、会社員は向いてないし、歯科医師が一番合っているなと直感的に感じました。今は陸上をやっていますけど、東京五輪で区切りをつけて、そちらの道に進みたい。だから、僕には時間がないですし、それがモチベーションにもなっています」

目標を立てるだけでなく、リミット(期限)を設けることで作業はより効率化していく。そのうえで、金井は背伸びすることなく、一歩一歩を大切にしてきた。

「大きい目標を立ててそこに向かうのではなく、小さい目標を一つひとつクリアしていくことに重点を置いています。その積み重ねが、東京五輪のファイナルという舞台につながるんじゃないかと思っているんです」

金井はハードラーとしての最終目標を東京五輪に設定。その後は歯学部のある大学に入り直す予定だ。そのため練習の合間に受験勉強もしている。

アスリートだからといって、スポーツだけをやっていればいいという時代ではない。セカンドキャリアを考えながら、スポーツの道を極めていく。金井のような人生設計がアスリートの常識になっていくのかもしれない。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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