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やさしげで礼儀正しく人当たりのいい夫は、なぜ妻や子供を殴るのか

プレジデントオンライン / 2020年11月19日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/cyano66

警察に対するドメスティック・バイオレンス(DV)の相談件数は、ここ数年右肩上がりに増えている。加害者のほとんどは男性だが、彼らはなぜ暴力をふるうのか。長年、DV加害者の暴力克服プログラムに携わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏は「彼らを駆り立てているのは“恐れ”の感情だ。自分の優位性が揺らいだとき、恐れを否認するために暴力を使う」と説く——。

■性犯罪に関しては加害者の99.8%が男性

先日、クラブチームでサッカーをしている小学生の長男から「パパ、知ってる? 昨日、JリーガーがDVで逮捕されたよ。いくらいいプレーをしてても女性にDVをしていたらだめだよね」という話を聞きました。私はその話を聞きながら、プロスポーツ選手がDVをしていたという話にはさほど驚きませんでしたが、長男がDVという言葉を知っていて、小学生ながらその言葉の使い方や認識が的確だったことにとても驚きました。

DVは親密な関係性の中で起きる暴力であり、いくら優秀なスポーツ選手でも、仮に社会的地位がある人でも、絶対に許されない人権侵害行為です。

私は約15年前から、性犯罪者の再犯防止プログラムやDV加害者の暴力克服プログラムに携わってきました。性犯罪もDVも加害者の大部分は男性です。特に性犯罪に関しては、法務総合研究所の調査によると、加害者の99.8%は男性で、被害者が男性であってもその加害者のほとんどは男性が占めています(法務省「平成27年版 犯罪白書~性犯罪者の実態と再犯防止~第6編 性犯罪者の実態と再犯防止」より)。

■DVをする男性たちは一見してそうは見えない

私自身が、加害者臨床の中で一貫して向き合ってきたのが男性の「加害者性」です。加害者性とは、他者を意識的、無意識的にせよ傷つけてしまう人間の内面にある攻撃性を指しています。これは誰もが内面化している特性で、特に力の強い者(立場)から弱い者(立場)へ表出しやすいといえます。その典型例がDVなのです。

そして、この男性の加害者性を支えている価値観が日本社会に根強く残っている「男尊女卑」です。すべてのDVは、根底に男尊女卑的な思考パターンがあります。男尊女卑とは、男性を尊ぶべき存在として社会の上位に置き、女性を下位に置くことです。上にいる者が下にいる者を支配する構図となり、女性は多くの不自由や不利益を強いられています。その結果として大きなひずみをはらんでいるのが、現代の日本社会です。

パートナーに暴力を振るう男性たちは、一見“それっぽく”は見えません。外面はやさしげで礼儀正しく、人当たりがいい。暴力とは無縁というイメージです。なのに、パートナーを殴ったり蹴ったり、言葉で罵ったり、経済的に追い詰めたり、交友関係を制限するのです。また、避妊に協力しない、大切なものを破壊する、子どもを殴っている姿を妻にあえて見せるなどの間接的暴力も含まれ、DVのバリエーションは多岐にわたります。

■「恐れ」から自己防衛するために暴力で心の安定を得る

では、彼らを暴力に駆り立てるものとは一体何なのでしょうか。

それは「恐れ」である、と私は考えています。

自分はパートナーのことを下に見ていたのに、彼女はそう思っていなかった。対等である、それどころかパートナーが自分のことを下に見ているかもしれない。彼女があからさまにそういう態度をとったわけではなく、彼らがそう感じたというだけかもしれません。しかしいったんそう感じてしまったなら、優位性によって担保されていた自尊心が揺らぎ、みずからの男性性を見失いそうになり、内面が恐れで満たされます。

そしてその恐れの感情を防衛する形で、暴力によってパートナーをおとしめ、支配し心の安定を得るのです。暴力を通してみずからの恐れの感情を否認し、優位性を取り戻そうとするプロセスが、DVの本質といえます。

■「今は女性のほうが強い」と思う人ほど要注意

そこで、こんなふうに思う人たちがいます。

「男尊女卑なんて古い時代の話で、いまはそんなものなくなっているじゃないか」
「男女雇用機会均等法ができたのだって、いまから30年以上前だ」
「最近は、むしろ女性のほうが強いぐらいだからねぇ」

実は、こう思った人ほど要注意です。顔を上に向ければ自分の頭上は見えますが、顔を下に向けても自分の足の下に何があるかは見えません。自分が踏みつけているものの存在には気づかないままでいられるのです。実態はともかく、日本は建前としては男女平等を謳っている社会です。男性というだけであからさまに優遇を受けることは表向きにはなくなりましたし、女性にも男性と同じチャンスが用意されているように見えます。

向かい合って着席し、話し合う男女
写真=iStock.com/Martin Barraud
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Martin Barraud

いってみれば“わかりやすい”男尊女卑は絶滅しつつあるのです。けれど、世界経済フォーラムが毎年発表している「ジェンダーギャップ指数」の2019年版で、日本は153カ国中121位でした。例年、最下位クラスをキープしているという不名誉な状況です。

■当たり前すぎて「麻痺」していないか

昨今は“男性と女性は決して対等ではない”ことを示す事象が次々と明るみに出ています。2018年には、東京医科大学や順天堂大学医学部の入試試験で女性受験生だけ一律減点していた事実が明らかになりました。共働き家庭は増加する一方なのに男性の育児休暇取得率は約6%ですし、いまだに夫婦別姓が認められていません。国会中継を見れば、ほとんどが男性議員だとわかります。

男性が優遇され女性が不利益をこうむるシーンが日常にあふれすぎているため、われわれはすっかり麻痺しているのだと思います。男性が履かされているゲタが透明化しているのも、その現象を後押ししています。当たり前のようにそこに存在しているものに、人は意識を向けません。男尊女卑依存症社会のほころびはすでにそこかしこに見えているのに、それに依存している人は視界に入れようとすらしません。だから、鈍感なままでいられるのです。

■自分も加害者臨床に携わらなければわからなかった

私も含め、日本社会で男性として生きてきた人の目に映る光景と、女性として生きてきた人の目に映る光景は、大きく異なると思います。もしかすると私自身も、加害者臨床に携わらなければ、女性の目にこの社会がどんなふうに映っているのかを想像する機会はなかったかもしれません。仕事をするうえでも家庭生活を営むうえでも優位でいられたのは自分が男性であるからというのも大きいのに、それを自分の力だけで勝ち取ったものと信じて疑わなかったでしょう。

男性の中で日ごろから「自分は女性に対して支配的な立場でいる」と自覚している人は少ないはずです。しかし、多くの男性のなかに男尊女卑の思考パターンは確実に根付いていて、自分でも意識しないまま女性に対して支配的な態度で臨んでいる人がまだ多くいます。

それはすべてこの日本社会から学習したものです。男尊女卑という言葉を知らない頃から、両親や祖父母の関係から、または学校教育から、さらにテレビなどのメディアから、「男性は女性より優位だ」というメッセージを受け取り、その考えに慣れ親しんでいきます。男性だけとは限りません。多くの女性にも男尊女卑の考えは刷り込まれており、内面化しています。

■誰もが持つ「加害者性」と向き合うしかない

長い時間をかけて身につけてきた価値観をひっくり返すのはむずかしいものですが、声を上げる女性たちの声を社会がこれ以上無視することはあってはならないでしょう。男性と女性とは対等であり、男性というだけで有利になる、あるいは女性というだけで不利になることがあればそれはただちに是正されるべきことです。

われわれは古い価値観を手放し、新たな価値観をインストールすることができます。人間はよりよい人生にしていくために学習することができるのです。男女平等の実現というと壮大な話だと思われるかもしれませんが、誰もが自分より立場の弱い者や力の弱い者を尊重することがその第一歩だと思います。そのためには、自分の中にある「加害者性」と向き合う必要があります。それは目をそらしたくなるような痛みを伴う作業かもしれませんが、その変化に伴う痛みこそが尊重される社会であってほしいと願っています。

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士
大船榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年にわたってアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまアディクション問題に携わる。その後、2020年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(共にイースト・プレス)、『小児性愛という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、最新刊に『セックス依存症』(幻冬舎)がある。

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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)

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