「むしろトランプ以上」中国通のバイデンが企む"中国包囲網"というヤバい戦略
プレジデントオンライン / 2020年11月21日 11時15分
■「反中タカ派」としてのバイデン
「バイデン新政権は中国に対して弱腰になる」という観測が一部にあるようだが、これは正鵠を射たものとはいえない。「中国に弱腰」とみなされること自体、バイデンは避けなければならないからだ。
大統領選挙に臨むにあたって、バイデンは習近平を「悪党」と呼び、中国との対決姿勢を鮮明にした。香港などでの人権問題を念頭に置いたものだが、これはバイデンにとって大きな軌道修正だった。バイデンは長年、中国政府の要人と幅広い人脈を持ち、中国通として知られてきたためだ。
その彼が「反中タカ派」としてイメージチェンジした大きな背景には、香港問題やコロナ禍をきっかけに、アメリカで党派を超えて反中感情がこれまでになく高まっていることがあった。そのうえ、大統領選挙でトランプは「バイデンが当選すればアメリカ人が中国語を学ばなければならなくなる」と述べ、バイデンに「親中」のラベルを貼ろうと躍起になった経緯もある。
冒頭に述べた観測は、このトランプのイメージ戦略に乗ったものだろう。しかし、その善しあしはともかく、政治家として世論に敏感になるのは当然であり、むしろバイデンはトランプ以上に「反中タカ派」にならなければ立場が保てないのである。
■結果的に孤立を生んだトランプの対中政策
とはいえ、中国に対抗する手法で、バイデンはトランプと大きく異なるとみられる。そこでまず、トランプの中国との対決について確認しておこう。
トランプ流の外交とは、中国に限らず、相手が誰であれ、いきなり一撃を加えて自分のペースに持ち込もうとするものだ。さらに、根回しもなしに単独で突然アクションを起こすのも大きな特徴だった。それは人目を引く効果も大きかったが、相手に「何をするか分からない」と恐怖を覚えさせるのがトランプ外交の真骨頂といえる。
ただし、これが中国を相手に効果をあげたかは疑問だ。それまでほぼ不問に付されていた問題、例えば中国進出を目指す外国企業に中国当局が技術の公開を求めるといった不公正な慣行をとりあげた点でトランプに功績を認めるとしても、問題はそれが結果的に中国を追い詰められなかったことにある。
その最大の原因は、「アメリカ第一」を掲げるトランプが味方を増やすことに関心をもたず、アメリカ製品の関税引き下げなどを、相手を選ばず一方的に要求するなどしてきたため、多くの国からひんしゅくを買ってきたことにある。
それは結果的に、中国ではなくアメリカが孤立する状況を生み、中国への圧力を中途半端にした。コロナ対策への不満からトランプが世界保健機関(WHO)脱退を宣言したことが、WHOにおける中国の影響力を増す効果しかなかったことは、これを象徴する。
■中国の足場を切り崩す
こうしたトランプと比べて、バイデンの手法は対照的なものになるとみられる。一言で言えば、それは中国包囲網を築くことにある。
バイデンは選挙中から「アメリカが世界をリードしなければならない」と強調してきたが、ここからは多くの国を仲間に引き込む方針がうかがえる。その一方で、トランプはWHOや地球温暖化に関するパリ協定から脱退し、国際的な孤立を深めたのに対して、バイデンはこれらに復帰すると明言している。国際的なルールや仕組みに積極的にかかわることは、これらが中国主導になることを防ぐためとみられる。
そのためにバイデンにとって重要な課題の一つとなるのが、途上国とりわけアフリカなどの貧困国の囲い込みだろう。中国は冷戦時代から途上国との関係を重視してきた。国連加盟国の過半数を占める途上国からの支持は、中国が大国として振る舞ううえで欠かせない足場になっている。
ところが、トランプは貧困国に対してもアメリカ製品への関税引き下げを強要しただけでなく、援助額も減らすなど、途上国を囲い込むためのコストをしぶってきた。2月から6月までにトランプ政権がアフリカに提供したコロナ関連の支援が約3億ドルだったのに対して、同じ時期に中国が28億ドル以上を提供したことは、途上国囲い込みレースでのアメリカのビハインドを象徴する。
バイデンは選挙期間中から、援助を外交の柱にする方針を打ち出してきたが、そこには人道的な目的だけでなく、戦略的な目的も見いだせる。つまり、貧困国向けにアメリカ版「マスク外交」などを積極的に展開することは、中国の足場を切り崩すことにつながる。
さらに、バイデンが副大統領候補としてアフリカ系、アジア系のハリス氏を起用したことは、この観点からも理解できる。つまり、ハリス氏の起用はアメリカ国内向けには人種差別的な言動の目立つトランプ氏との違いを鮮明にしたが、国際的にはやはり反人種差別感情の強いアフリカなど途上国との関係修復の一つのステップにもなり得るからだ。
■中国包囲の糸口としての香港問題
バイデンが中国包囲網を形成する場合、途上国の囲い込みとともに重要なのが同盟国との関係修復だ。トランプ政権の下で、アメリカ製品の関税引き下げや駐留米軍の経費負担の問題をめぐって同盟国との関係がギクシャクしたことは、アメリカが中国に圧力を加えることを難しくした一因といえる。
また、途上国向けの支援を増やすにしても、同盟国の協力がなければ、大きな効果はあげにくい。そのため、バイデンがかねて同盟国との関係修復を掲げてきたことは不思議ではない。
アメリカとの関係修復には同盟国からの期待も大きい。ヨーロッパ連合(EU)は11月14日、エアバス社製品に対する関税をトランプ政権が約75億ドル引き上げたことへの対抗措置として、ボーイング社製品などへの関税を15%引き上げると発表したが、それと同時に「バイデン政権の下で状況が改善されることを期待する」とも表明している。
トランプ政権時代、アメリカの多くの同盟国が中国包囲網への参加に及び腰であった背景には、それにともなう経済的リスクだけでなく、アメリカ自身が同盟国の経済的リスクになっていたことがあった。そのため、バイデンにとって同盟国との貿易摩擦を解消することは、中国包囲網の形成に欠かせない条件といえるだろう。
同盟国の協力を取り付けようとするバイデンが、中国包囲網の糸口にするとみられるのが香港問題だ。バイデンはトランプの始めた米中貿易摩擦がアメリカ経済にも悪影響を与えると主張しており、中国が貿易慣行を改めるなどの約束と引き換えに、関税引き上げの措置を取り下げるとみられる。
その一方で、トランプは「香港人権・民主主義法」に基づき、香港政府要人の往来禁止、中国本土と異なる香港の優遇措置の停止、輸出規制などを実施してきたが、バイデンはこれらを不十分と批判しており、往来規制の対象となる要人を増やすなど、これまで以上に香港問題で中国を追い詰めようとする構えだ。それは伝統的に人権問題に熱心な民主党支持者の支持を得やすいだろう。
■日本は中国包囲網に加われるか
ただし、バイデンが香港問題を重視することは、日本政府にとって居心地の悪さを覚えさせるものとなる。制裁の効果をあげるためバイデンは同盟国にも協力を求めるだとうが、一方の日本政府は中国に限らず外国の人権問題にかかわらないのが基本方針だからだ。実際、日本政府はこれまで香港問題について、制裁はもちろん批判さえしてこなかった。
日本政府の静けさは、アメリカの同盟国のなかでも際立っている。ヨーロッパ連合(EU)、オーストラリア、カナダなどは、アメリカほど突っ込んだ制裁を行わないまでも、公式に中国政府を批判してきた。これらを中国包囲網に巻き込む場合、バイデンはアメリカとの貿易問題などである程度譲歩し、トランプ政権の下で悪化した同盟国同士の関係改善を進めるとみられる。いわば「アメ」だ。
ところが、日本はバイデンから大きな「アメ」を期待しにくい。なぜなら、安倍前首相の下、日本政府はトランプ政権とつかず離れずでつき合い続け、結果的にアメリカとギクシャクした度合いが最も小さい国のうちの一つだからだ。もともとアメリカとの関係が悪くない以上、バイデンからすればことさら日本を特別扱いする必要はない。
むしろ、日本政府は領土問題を除き、中国ともつかず離れずでつき合い続けてきたが、これに踏ん切りをつけさせるため、バイデンが「ムチ」で臨むことすら想定される。例えば、バイデンは環太平洋パートナーシップ協定(TPP)復帰を否定しているが、その一方でTPPに近い多国間の自由貿易協定を改めて成立させることを提案している。その場合、再交渉の過程でこれまで以上に日本が農業分野などの開放を求められても不思議ではない。
つまり、バイデンの下でアメリカが同盟国対中国の構図をさらに鮮明にした場合、日本政府はこれまでより立場を鮮明にするよう求められることになる。だとすれば、バイデン新政権の誕生は日本政府にとって、これまでよりかじ取りが難しくなることをも意味するのである。
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国際政治学者
1972年生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、日本大学大学院国際関係研究科博士後期過程単位取得満期退学。国際政治、アフリカ研究を中心に、学問領域横断的な研究を展開。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『対立からわかる!最新世界情勢』(成美堂)、共著に『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)。他に論文多数。政治哲学を扱ったファンタジー小説『佐門准教授と12人の政治哲学者 ソロモンの悪魔が仕組んだ政治哲学ゼミ』(iOS向けアプリ/Kindle)で新境地を開拓。
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(国際政治学者 六辻 彰二)
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