「トイレに腰かけたまま白骨化」父母を亡くした30代女性はなぜ孤独死したのか
プレジデントオンライン / 2020年11月27日 11時15分
※本稿は、高江洲敦『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
※ご遺族と故人への配慮から、文中の設定は一部変更してあります。
■仕事の7割は「孤独死」関係
現代は無縁社会といわれ、かねてより孤独死が問題となってきました。事実、私が特殊清掃の仕事で出会うのも、7割は孤独死です。
孤独死とは、一般的には誰にも看取られずひとりで死亡することをいいます。しかし、これまでさまざまな現場を経験する中で、私は孤独死を「故人の死を誰ひとり偲ぶ人がいない状態」だと解釈するようになりました。
ある日、私のもとに行政から一本の電話が入りました。閉鎖され、長年使われていなかった団地の一室を清掃してほしいという依頼でした。団地を解体して土地を売却することになり、査定のために現地を訪れたところ、その一室で身元不明の男性が亡くなっていたとのこと。
団地を訪れると、1階部分は窓やドア、階段の入り口などすべてにコンパネが釘で打ち付けられ、一見すると内部に入ることができない状態でしたが、人目につかない敷地奥の一室だけはコンパネが剥がされ、誰かが出入りしていた形跡がありました。
空き家の「行旅死亡人」。当初は押し入れの穴から床下に入り生活していた形跡があった。
■床下で生活していた“元”住人
玄関から室内に入ると、死臭と食べ物の腐敗臭に加えて、糞尿の臭いに襲われました。便器からあふれた大便と、風呂場に垂れ流された小便。さらに奥の部屋には、飲み終えたペットボトル、ビールの空き缶、コンビニ弁当のトレーやおつまみの袋、そして、たくさんのマンガ雑誌や成人向け雑誌……。生活ゴミの山が、人の背丈ほどうず高く積まれていたのです。
空き家ですから、当然、水道も電気もガスも通っていません。そんな中、なんらかの仕事で賃金を得て、コンビニで酒や食べ物、雑誌などを買い、ろうそくを灯してここで何年間か暮らしていたのでしょう。
清掃作業を進めていく中で、意外な形跡も見つかりました。部屋の大量のゴミをおおむね片付けたあと、押し入れを開けてみると、その床面に大きな穴が空いていたのです。もしやと思い中を覗いてみると、床下一面にゴミが溜まっていました。
つまり故人は、それなりの期間を床下で生活をしていたのです。おそらく、最初は押し入れを入り口としてひっそりと床下で寝泊まりしていたのが、だんだん周囲に見つからないことがわかってきたので、床下から出て空き部屋のほうを住処として利用するようになったのでしょう。
■助けを求めるも玄関で息絶えた男性
ここで生活していた男性は、玄関で亡くなっていました。特殊清掃では玄関まわりが主な作業場所になることが多くあります。それは、突然の体の異変に恐怖を感じ、助けを求めるからなのですが、おそらくこの男性も同じだったのではないでしょうか。死後半年程度経ってから発見され、一部は白骨化していたそうです。身元がわかるようなものは何ひとつありませんでした。
生活に困っていたときにこの団地を見つけ、当初は怯えるように床下に出入りしていたものの、徐々に大胆に室内で暮らすようになり、最後には玄関先で行き倒れた。
名前もわからない故人の、そんな晩年の様子が思い浮かびました。
■孤独死の受け入れ場所になりつつある空き家
この現場は、私の中に非常に強い印象を残しました。それは、数多くの凄惨な現場を経験してきた中でも、身元不明のまま空き家で孤独死した事例に触れたのが初めてのことだったからです。
「行旅死亡人」という言葉があります。これは、氏名、住所などが判明せず、かつ遺体の引き取り手が存在しない死者を指す言葉で、自治体が火葬を行い、遺骨は無縁仏として埋葬されます。
字面から連想するように旅先で亡くなる場合もあれば、山林や河川といった場所で発見されることもあり、その死因は病気、事故、自殺、他殺などさまざまです。私は今後、この団地の事例のように、空き家で人知れず亡くなる人が増えていくと考えています。
日本では今、この「空き家」が大きな問題となっています。
人が住まなくなった家は、更地にするにせよリフォームするにせよ多額の費用がかかるため、固定資産税を払うほうがコストが低いと判断され、放置されがちです。そして、これから日本が人口減少の局面を迎えると、住み手はさらに減っていき、およそ10年後には一般住宅の4戸に1戸が空き家になるという予測さえあります※1。
この空き家の住人は、すべての関わりを拒絶するようにひっそりと生き、誰にも看取られることなく亡くなり、誰であるかもわからない状態で発見されました。
人は、ひとりで生まれるわけではありません。どんな人にも父と母がいて、世の中とつながっています。それなのに、故人を偲びたいと思っても、何者かもわからず偲ぶことさえできないのです。いわば究極の孤独死だといえるでしょう。
この「誰も偲ぶ人がいない」という意味での孤独死は、生涯未婚率が高まっていることを考えると、今後増加していくはずです。
そして、私が特殊清掃を手掛ける多くの現場で触れるのは、生前、人との関わりを拒絶し、誰にも看取られることなく亡くなっていく、悲しき人々の人生なのです。
■トイレで亡くなることは珍しくない
精神疾患に苦しむ人々のケアは現代社会における大きな課題ですが、特殊清掃の現場にも、精神疾患によって苦しんでいるたくさんの人たちがいます。たとえば、自立して生活を送ることが難しいほどの精神疾患を抱えた人が、支援してくれる人を失って孤立無援となってしまった場合、果たしてどんな事態が起こるのでしょうか?
その現場となった部屋の住人は知的障害者で、トイレで便座に腰をかけたまま亡くなっていました。孤独死する場所としてトイレは珍しくありません。体調に異変を感じてトイレに駆け込み、用を足している最中に脳溢血などで亡くなることは多くあります。
しかしこのケースでは、単にトイレで亡くなっていただけでなく、遺体が便座に腰掛けたままの姿で白骨化していたのです。
依頼者は、故人の叔父です。その方に聞いた話をまとめると、つまりはこんな状況でした。
■徐々に追い詰められていった故人
故人は30代の女性で、父親を病気で亡くして母子ふたりで暮らすようになり、その数年後には母親も亡くなりました。
ところがそのとき、故人は怖くなって家を飛び出してしまい、母殺しの容疑者として警察に捕まったのだそうです。しかし法に触れるようなことは何もしていなかったため結局は家に戻され、ひとりで暮らすようになりました。遺体が発見されたのは、それから1年半後のことです。
自治体から派遣されたケースワーカーは死後も定期的に部屋を訪問していたようですが、不在だったと判断され、とくにそれが問題視されることもなかったのでしょう。また、亡くなったトイレが部屋の中心にあり、死臭が部屋の外に漏れ出ることがなかったため、近隣住民も臭いに気づくことはありませんでした。
やがて遺体の腹が割れて噴き出た体液が階下の部屋の天井に達して、ようやくその死が発覚したことで、私の出番となったのでした。
■置き去りにされた「白骨化した右腕」
現場となった部屋は、意外にもきれいなものでした。しかし、遺体があったというトイレのドアを開けると、床には黒ぐろとした染みが全面に広がっていて、トイレのスリッパは、ちょうど便座に腰を掛けたときの位置のまま、流れ出た体液を吸った状態ですっかり固まっていました。
便座に腰掛けた状態の遺体がそのままの姿勢で腐敗していき、ドロドロと肉が崩れ、体液とともに流れ出ていく様子が私の脳裏に浮かびました。
さらに清掃を進めていくと、意外なものが出てきました。それは、乾ききって完全に白骨化した右腕でした。体液や血液には慣れている私でも、遺体そのものに触れることはほとんどありません。このときばかりは清掃を中断し、警察に連絡をしてその右腕を引き取ってもらいました。
トイレ以外はとくに大変なことはありませんでしたが、寝室には2組の布団が敷かれていて、そのうちのひとつに遺体の跡がありました。故人がトイレで亡くなったということは、この布団で亡くなったのは故人の母親です。悲しいことに、その部屋はずっと、母親が亡くなったときのままだったのです。
知的障害を持って生まれ、父を亡くし、母を亡くし、誰も助ける人がいなくなって、徐々に衰弱して誰にも気づかれることなく亡くなる。私にはこの故人が、瞑想状態のまま死んでミイラになる即身仏のように思われました。障害を持った子どもと、その親の末路を見た思いでした。
■親の遺産を誰も受け取れないという悲しい現実
そして、実は話はここからが本番です。故人には、両親が子どものためにと一生懸命働いて残した、それなりの金額の貯金がありました。しかし本人にその貯金を使う能力はなく、ほぼ手つかずのままだったのです。この現場の依頼主は、前述したように故人の叔父で、当初、資産は依頼主が相続するという話でした。
しかし、法定相続人になれるのは、故人の配偶者、子ども、両親、きょうだいだけと決まっています。しかし、今回のケースでは、故人は結婚をしておらず、きょうだいもいません。
叔父である依頼者は、もしも故人の親が生きていれば相続できる可能性があったのですが、父も母も故人より先に亡くなっています。この場合、故人の遺産は相続する者がいないことになり、国庫に収納されるのです。
おそらく相続はできないであろう旨を依頼主に伝えると、「そんなはずはない」となかば怒った様子で反論しましたが、やはり遺産は国庫に収納されることになりました。
子どもの行く末を案じて、一生懸命財産を残しても、結局はそのお金を使うすべを知らずに、子どもが孤独死してしまう。しかも、遺産は子どものために使われることなく、そのまま国に収められるのです。こんな悲しい話があるでしょうか。
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事件現場清掃人
1971年沖縄県生まれ。料理人、内装業者、リフォーム会社等を経て、自殺・孤独死・殺人などの現場の特殊清掃、遺品整理、不動産処分を行う「事件現場清掃会社」を設立。2010年に著書『事件現場清掃人が行く』(飛鳥新社、現在は幻冬舎アウトロー文庫)を発表。知られざる事故物件の実態を世に知らしめた。これまでに立ち会ってきた事件現場は3000件以上。孤独死をなくすことを自らの使命に課し、今日も活動を続けている。
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(事件現場清掃人 高江洲 敦)
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