世界中のマスコミが「アルメニア敗戦」を不気味なほど報じなかった理由

プレジデントオンライン / 2020年11月20日 15時15分

アルメニアの首都エレバンで、ナゴルノ・カラバフ地域へ向かうバスを待つ難民ら(2020年11月17日) - 写真=AFP/時事通信フォト

領土をめぐり激しい戦闘が続いていたアゼルバイジャンとアルメニアの紛争は、4度目の停戦合意でようやく決着した。だが、詳しい戦況はほとんど報じられなかった。ジャーナリストのさかいもとみ氏は「背景には、在外アルメニア人によるメディアへの強いロビー活動がある」と指摘する——。

■領土問題から本土への攻撃に発展

9月27日に衝突の火蓋が切って落とされた、アゼルバイジャンとアルメニアによる旧ソ連の係争地ナゴルノ・カラバフをめぐる戦闘。6週間余りにわたる闘いは、11月10日にロシアの仲介で結ばれた停戦合意により、ひとまず決着を迎えた。

この紛争は、アゼルバイジャン領として国際的に認められている同国南西部のナゴルノ・カラバフ地方に、アルメニア系住民が一方的に独立を宣言し、30年近くの間にとどまり続けたことが発端となっている。

今回の紛争では、ナゴルノ・カラバフ地方そのものでの衝突だけでなく、アルメニアがアゼルバイジャンの主要都市へのミサイル攻撃をしかける図式で進展。3度にわたり停戦合意が行われたにもかかわらず、互いが違反を繰り返す泥沼の様相を呈していた。

■メディアが隠したアゼルバイジャンの勝報

イスラエル製ドローンをはじめとする先進的な兵器を使って攻め続けたアゼルバイジャンが、戦意は高いものの時代遅れの装備で相対したアルメニアを圧倒。ついにはナゴルノ・カラバフの中心都市シュシャをアゼルバイジャンが奪還し、アルメニアが白旗を上げるタイミングで、すかさずロシアが停戦に向けた合意形成のための仲介に乗り出した。

ところが、今回の紛争をめぐる欧米の報道姿勢を改めて見直すと、「連日のアゼルバイジャンによる領土奪還、アルメニアの敗走」について、大手メディアが「報じない自由」を選択する異常な事態が起きていた。戦闘は泥沼化していたはずがその多くは報じられず、「アゼルバイジャンの勝利目前」という紛争の決着直前という状況になってようやく世界に向けて「事実」が発信されたのだ。

ここまでして隠し通された事情はなんだったのか。こうした「忖度」が行われてきた背景について分析してみたい。

■アルメニア人の強力なロビー活動が行われていた

停戦合意が整った6日後の11月16日、NHKは旧ソ連地域に詳しい石川一洋解説委員による「停戦成立後の両国に平和が訪れるか」という趣旨の論評を紹介したが、その中に気になるフレーズがあった。

・大統領選挙での勝利を宣言した民主党のバイデン氏はアルメニアに同情的で、アメリカの積極的な関与による停戦を訴えている。
・在米アルメニア人の“アルメニアロビー”は民主党の地盤のカリフォルニア州を中心に強力で、「(同じテュルク系民族の)トルコとアゼルバイジャンに制裁を」と要求している。

ここに出てくるアルメニアロビーとは何なのだろうか。

人口300万人に満たない小国のアルメニアは、「アルメニアディアスポラ」と呼ばれる、自国を飛び出して世界中に分散して住んでいる人々が多い。こうした傾向はユダヤ系の人々にもみられる。アルメニア系アメリカ人は各地にあるアルメニアディアスポラの中でも「最も政治的影響力が強い」とされ、メディア企業にも深く浸透している疑念がある。

■背景には「イスラム社会への潜在的な恐怖」

実際に、欧州2社とNHKの報道内容を拾ってみると、アゼルバイジャン軍がイラン国境沿いに猛攻を繰り広げ、次々と領土を奪還していたさなかの出来事は全くと言っていいほど報じられていないことが分かる。

紛争につきもののプロパガンダ合戦が続く局面で、「ナゴルノ・カラバフでアルメニアの敗色が濃い」という「事実」を報じないことは、メディア各社に入り込んでいるアルメニアディアスポラたちへの「忖度」ゆえ、記事化が避けられたのか。

こうした状況について、北海道大学で教鞭をとっており、領土問題に詳しい在日アゼルバイジャン人のアリベイ・マムマドフ氏は「欧米各国には、潜在的にアゼルバイジャンやトルコといったイスラム社会に対しての恐怖感がある」とした上で、「各国で活動するアルメニアディアスポラの力は強く、メディアをコントロールしていることは疑いない」と指摘。アメリカだけでなく、ロシアやフランス、カナダ、オランダでもこうしたディアスポラたちの活動が活発だと分析している。

こうした背景もあって、今回の紛争報道ではさまざまな「アルメニア側に同情感を持たせるニュース」が優先される傾向が強かった。

■ディアスポラはなぜここまで関与するのか

アルメニア系住民は19世紀末から20世紀初頭に、オスマン帝国の少数民族であったことから、強制移住、虐殺などにより死亡した歴史を抱える。そうした背景からアルメニア系の人々にとって、アゼルバイジャンなどのテュルク系民族は絶対的な敵対勢力として相容れない存在だ。アルメニアロビーが海外で積極的に活動しているのは、虐殺からの名誉回復を訴えるためという大義がある。

今回の紛争をめぐってはこうしたディアスポラ、つまり在外アルメニア系の人々が足を引っ張った、という見方もある。海外でお金を作っているディアスポラたちの発言力は小さくなく、母国政府は彼らの期待に応えるためにも乏しい戦力でアゼルバイジャンに相対するしかなかった事情もあるようだ。

ただ、アルメニアディアスポラの多くはアルメニア本国に行ったことがないという。「戦いの現場を知らないディアスポラが後押しするばかりに、アルメニアの多くの若者が無駄死にしたかもしれない(アリベイ氏)」。

このタイミングでの停戦について、「プーチン大統領は(トルコの)エルドアン大統領と停戦に向けて裏で手を握った(NHK石川一洋解説委員)」という見方もある。これは、コーカサスという歴史上でみても政治的に難しい地域を、ロシアとトルコで覇権を二分しようという考え方によるものだ。9月下旬、米大統領選を前にアルメニア寄りのバイデン氏が優勢という流れのタイミングで、ナゴルノ・カラバフで衝突が始まり、ついにはその勢力図に大きな変化が訪れたのは歴史の必然なのだろうか。

■約2000人のロシア軍が駐留することに

アルメニア系住民が“建国”したナゴルノ・カラバフ共和国の“首都”ステパナケルトからわずか10キロの高台にあるシュシャをアゼルバイジャン軍が奪還、“首都”の陥落も間近、という局面でようやくロシアが仲介へと乗り出した。

11月10日の停戦協定に基づく新たな地図
露紙コメルサント電子版を基に筆者作成
11月10日の停戦協定に基づく新たな地図 - 露紙コメルサント電子版を基に筆者作成

停戦合意の結果、2000人近いロシアの軍人が当面5年間、アゼルバイジャンの領土内に残るのは同国民にとっては不本意だろう。一方、ロシアとしては紛争当事国の2カ国に存在感を見せつけられるメリットがある。また、アゼルバイジャンはこれまで空路に頼りがちだった飛び地のナヒチェバンへの交易路が今回初めてアルメニア領内に道路として通ることとなった。これは大きな戦果だといえる。

■完全解決までの道のりは遠い

ともあれ、アルメニアの人々は絶望的な敗北感に襲われているだろう。世界の主要メディアに「伝えない自由」を選択させ、敗色が濃いことを隠し通したものの、自国民の死傷者は民間人との合計で4ケタに達し、占領下にあった“領土”を大幅に失った。今や、首都エレバンは合意に署名したパシニャン首相の辞任を要求するデモ隊で溢(あふ)れ、議事堂にまで暴徒が乱入。首相は「自分の携帯電話まで盗まれた」と嘆いている。17日には、とうとうサルキシャン大統領が内閣の総辞職と議会の繰り上げ総選挙実施を要求した。

一方、領土返還の日が迫る地域に住むアルメニア系住民らは引き渡しを前に、家からあらゆるものを取り外して持ち出しの準備を進めながら、最後にその家を燃やしてアゼルバイジャン人に使わせないよう処分しているという。

いったんは停戦に持ち込まれたナゴルノ・カラバフ紛争。ただ双方の住民が抱える恨みはただならぬものがある。中期的には平穏が訪れるかもしれないが、完全解決までの道のりは遠そうだ。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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