なぜ日本の野党は「誰からも相手にされない問題追及」しかできないのか
プレジデントオンライン / 2020年11月23日 11時15分
※本稿は、倉持麟太郎『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■安保法制可決、敗北でわかった「修正提案」の必要性
2015年9月19日に、いわゆる安保法制が参議院で可決された。法案審議のほぼ全過程にわたる4カ月間、私は、毎日朝から晩まで国会議論の分析にあたり、この法案の質疑にあたった野党議員たちと質問を作り続け、終盤には地方公聴会の参考人として自ら「違憲」の立場から陳述にも立った。忘れられない4カ月だっただけに、法案成立後は無力感に襲われた。
と同時に、後悔の念が払拭できなかった。それは、こちらが法案の欠陥を指摘・批判するだけに終始し、セカンドベストとしての修正提案ができなかったことだ。法案の欠陥をすべて改善し修正した条文を具体的に起案して、「政府の答弁を前提にするなら、本来こうした条文になるはずだ」と提示するべきだった。そのことによって、安保法制が抱えていた政策判断と政府答弁と条文の齟齬という大問題を可視化できたはずだし、法律家だからこそ可能な作業だった。
つまり、「条文上はできてしまうが、やりません。安心してください」といった類の答弁を連発していた政府に対して、「やるかやらないかがあなたの意思に左右されること自体が問題だ。誰が権力者であっても、できないことはできない法律にしてください」と迫るべきだったのだ。
■不特定多数を「動員」するには、シビック・テックを使え
しかし、野党からそうした提案がされることはなかった。野党は、「対案シンドロームに陥るな」「相手の土俵に乗る必要はない」「問題点を追及すれば十分だ」という姿勢を貫いており、残念ながらその姿勢を変えることはなかった。その意味で、与党と野党とは、安全保障政策の方向性は違えども、「法の支配」の軽視、立法府としての役割不全という点では同じ穴のムジナだった。
いくら高度で正しい議論がなされていても、建設的な提案のないところに、人々は寄ってこない。裏を返せば、より魅力的な提案が出れば、人々は関心を持ち集まってくるのだ。具体的行動に結び付けることなしに政治は動かない。
組織に頼らずとも不特定多数を「動員」できるのがオンラインやソーシャルメディアの強みだとすれば、自らコンテンツを作っていくためのプラットフォームの構築に、デジタル動員の力を使わせてもらえばよい。
そのためには、シビック・テックの力が必要だ。シビック・テック(Civic Tech)とは、シビック(Civic:市民)とテック(Tech:テクノロジー)をつなげた造語である。市民自身が、テクノロジーを活用して、行政サービスを始めとした「公」の問題や、様々な社会課題を解決する取り組みのことを指す。
■オンライン討論プラットフォームの星「v台湾」とローメイキング
近時シビックテックの方法論であるクラウドローで頻繁に言及されるのが、台湾で構築されているオンライン討論プラットフォーム「v台湾(vTaiwan:ブイタイワン)」だ。
2014年のひまわり学生運動で主導的に役割を担った台湾テックコミュニティ「ガブ・ゼロ(g0v)」によって構築された。クラウドロー(CrowdLaw)とは、ローメイキング(ここでは「立法」だけでなく、広く地方自治体も含めたルールメイキングを指す)の質を改善・向上させるために、当該ローメイキングの過程に市民参加を可能にするサービスのことだ。
彼らのホームページには「vTaiwanは、政府(各省庁)、選ばれた代表者、学者、専門家、ビジネスリーダー、市民社会集団と市民を一つにする、オンライン・オフラインの協議プロセスです。このプロセスは、代表者が決定を実行するのにより大きな正当性を付与するのに役立ちます」とある。市民、市民団体、専門家、そして選ばれた代表者らは、v台湾の使用を通じて、v台湾のウェブサイト、対面での会合やハッカソン(分野間で専門家が集中的に集まってプロジェクトを議論するイベント)など、様々なチャネルを通じて提案された法案について討論できる。
■御用インフルエンサーだけの「永田町的」磁場を飛び越えよ
v台湾が討論の開催に使用しているデジタル・プラットフォームのひとつが「ポリス(Pol.is)」だ。アメリカ「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」抗議運動や「アラブの春」革命運動の後に、シアトルのコリン・メギルCEOとその友人が開発したという。特定の討論のためのトピックがアップロードされ、アカウントを持っている人は誰でもそのトピックにコメントでき、当該コメントにそれぞれ賛成票や反対票を投じることができる。
ネットはこのように時間と場所を飛び越えることで、特定の政策や法案について、意見を交換することができる。ここでいう「時間と場所」とは、すべて「永田町的な」時間と場所という磁場をも飛び越えられるということであり、それこそが重要である。
日々弁護士業務をしていると、様々な業種が存在し、それぞれに実務的な専門家が存在する。その人々の知見こそが、おそらく現状直面している問題解決への最短ルートを示してくれるのに、永田町にはそうした知見は上がってこない。業界団体や、「御用インフルエンサー」が入れ代わり立ち代わり出入りしているばかりで、その顔ぶれは固定化するばかりである。
■ミドル・シニア層の「ジャマおじ」がいない空間だからできること
こうした永田町の磁場を飛び越えて、当該テーマに対する様々な実務レベルでの専門家たちの意見を集約できるのは、インターネット社会ならではの利点である。そこでは当然、テーマ設定した主体が想定もしていない批判や反対論もあろうが、それこそが、当該テーマの解決策を逞しくするプロセスだ。非生産的な「ためにする」批判や、「シャンシャン」の賛成ばかりで構成される議論から独立した、実のある議論が期待できる。
また、高齢者がネット空間へのアクセスに消極ということも、好転的に作用するかもしれない。既得権益と規制を振り回すミドル・シニア層の「ジャマおじ」がいない空間での開かれた議論は、いまだかつてない新鮮な空気での議論となるのではないか。
台湾だけでなく、スペイン、アイルランド、エストニアなどの国々も、デジタル空間での熟議に関する先進的な取組みがしばしば紹介される。私も現在、シビック・テックを牽引しようとする同世代の人々と、新しい取り組みを模索している。日常的なサウナの問題から、香港デモをきっかけとした日本版香港人権法まで様々なコンテンツを題材に、Zoomシンポジウムやクラウドローなど、新しいプラットフォームでの議論の可能性を模索中だ。
■「官僚・政治家」と「スタートアップ経営者」がつながる
新たな試みとして、一般社団法人PMI(Public Meets Innovation)の取り組みが参考になる。彼らは、パブリックセクター(官僚・政治家・弁護士・政策関係者等)とイノベーター(スタートアップやベンチャー経営者、テクノロジー技術者等)がつながる新しいコミュニティを提供している。
いわゆるミレニアル世代を中心に、社会が抱える様々な分野での課題に対して、イノベーションの可能性と社会実装を議論する場の構築を試みているのだ。彼らのアウトプットとしての目標は、ITやテクノロジーなど新技術やアイデアを用いて、こうした社会問題の解決のために官民プレイヤーがなすべきことの提言である。
そんなPMIが、今回「コロナを危機で終わらせない」プロジェクトとして、「新型コロナ危機をアップデート機会に変えるアイデア・提言」を募集した。コロナをきっかけに、多くの人々が「日々の生活でこうした方がいいんじゃないか」という様々な点に気づいたはずだ。コロナが政治を日常化したのだ。
■「Stay home」とは、まるで飼い犬へのしつけじゃないか
そうしたアイデアを「againstコロナ、withコロナ、afterコロナ」という時的カテゴリーおよび「仕事・生活・娯楽・教育・医療・その他」という分野カテゴリーに分けて募集し、これらを具体的な政策提言として整理分析し、関係する省庁や民間企業などとつなぐのである。数日で数百件のアイデアが集まったという。
今回のコロナはあまねく全国・全世代の人々に影響を与え、それぞれがフラストレーションや不便や不満を感じただろう。緊急事態宣言真っただ中の5月に、検察官の勤務延長を内閣が個別に認めることを可能にする法案の審議をめぐって、その「不要不急」さに対して有名芸能人を含んだ500万人を超える人々が「#検察庁法改正案に抗議します」とのハッシュタグをつけてツイートするという異例の拡がりを見せた。安保法制への反対ですら3~12万人規模のデモだったことや、普段政治的発信をしない芸能人も参加した点で、これまでに類を見ない現象だった。
私はこの現象を、法案の中身というよりも、人々の不公平感に火がついたことが原因だったと見ている。多くの国民が「不要不急」のスローガンのもと、犬が飼い主からしつけられるがごとく「Stay home」して自粛しているにもかかわらず、政府は不要不急の法案を自粛せずに強行するなどおかしいんじゃないか、という不公平感だ。
バスの中で携帯電話が鳴っているときの苛立ちとも似ている。具体的不利益が生じるわけではないが、「自分は守っているルールをなぜお前は守らないのか」という不公平感による怒りの表出である。あわせて、デモ参加のように強い態度表明が求められる発信とは違い、Twitterは身体性を伴わない簡易な発信手段であったことも、拡散理由の一つであろう。オンラインの強みが十二分に生かされた。
■政策ベースなら「セレンディピティ」と化学反応が起こる
PMIの取り組みは、コロナをテコにコンテンツを収集するという発想と、その手段としてオンラインを利用するという点において、2020年コロナ禍での民主主義の勘所をおさえている。現在、PMI代表理事の石山アンジュ氏とともに、集められたアイデアから法制化による実効性が高いと思われるものを抽出し、民間法制局的機能でのコラボレーションを企図している。
「政策」ベースで人が集うと、自ずと「党派性」は溶解していく。しかも、多面的に専門家が携わって政策的に深い議論が行われるため、政局好きなプレーヤーは淘汰されていく。
こうした政策ベースでのコミュニティの再構築と専門性の発露は、あらゆるテーマでの集団形成の可能性を示す。アイデンティティを超えたテーマに集うので、そこには「差異」や「壁」は存在しない。そうすると、人々は、テーマ横断的に様々なコミュニティに参加することが可能となる。
テーマ横断的にコミュニティに参加する人たちは、新たな視点を提供してくれるだろう。ぞれぞれの専門家が、今まで自分がいた領域を出て新たなテーマや領域に触れることによって生まれる「セレンディピティ」(偶然的に今までとは違う何かに出会うこと)は、テーマと人のそれぞれに化学反応を起こす。テーマで人が領域を越えて交差し、人でテーマがブラッシュアップされる。
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弁護士
1983年、東京生まれ。慶応義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。弁護士法人Next代表弁護士・東京圏雇用労働相談センター(TECC)相談員として、ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」等について専門的に取り扱う。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店、2015)、『時代の正体2』(現代思潮新社、2016)。
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(弁護士 倉持 麟太郎)
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