バイデン大統領就任が日本経済にとって大チャンスである理由
プレジデントオンライン / 2020年11月24日 18時15分
2020年11月19日、デラウェア州ウィルミントンで知事との会合後に話すジョー・バイデン米次期大統領。新型コロナの感染者が急増しても、全米規模のロックダウン実施しないと表明。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■世界的な株価上昇が起こった理由
11月7日、バイデン氏の勝利確実と報道されると、米国の株価上昇は一段と勢いづいた。11月16日、ニューヨークダウ工業株30種平均株価は最高値を更新した。翌17日には日経平均株価が29年ぶりに終値ベースで2万6000円台を回復した。
世界的な株価上昇は、米大統領選挙が終わったという不確定要素の解消と、米国を中心に世界的な低金利環境が続くとの期待に支えられた。それに加えて、米国でワクチン開発への期待が高まったことも大きい。
その結果、これまでの株価上昇をけん引したIT先端銘柄の利益を確定する一方、ワクチン開発によって需要回復への期待が先回り的に高まった航空やエネルギー、観光関連などの銘柄を買う動き(セクターローテーション)が活発化し、既存産業の株価が押し上げられた。
大統領選挙前後の株高は、バイデン氏の政策期待とは異なる要素に影響されている。見方を変えれば、バイデン氏の政策運営には確認すべき点が多いといえる。外交・経済政策に関してトランプ大統領とバイデン氏の違いなどを確認し、それがわが国経済にどういった影響を与えるか、今後の展開を考察したい。
■米国のリーダーシップの修復を目指すバイデン
共和党のトランプ大統領の政策運営スタンスの特徴は、トップダウンだったことだ。同氏は、専門家の意見に耳を傾けるよりも、自らの判断に基づき上意下達で外交政策などを進めた。
良い例が対中制裁関税の重視だ。それによってトランプ氏は対中輸出を増やし、“ラストベルト(さび付いた工業地帯)”を中心に白人労働者層の支持獲得を狙った。また、トランプ大統領はキリスト教福音派の人々の支持を得るために、イスラエルを重視した中東政策を進めた。
そうした政策をトランプ氏は“米国第一”と呼んだが、実体は点数稼ぎを目指した“トランプ・ファースト”の政策だったといえる。その結果、国際社会において米国は孤立し、米国内では人種問題の深刻化など社会の分断が深まった。
また、トランプ氏の政策運営スタンスは、全体として世界経済に負の影響を与えたと考えられる。同氏が重視した対中制裁関税が世界のサプライチェーンを混乱させ、中国向けを中心に韓国の輸出が大幅に減少したのはその良い例だ。
一方で、民主党のバイデン氏は実務家の協議の積み重ねによる“ボトムアップ型”の外交政策を重視し、国際協調と米国のリーダーシップの修復を目指している。対中政策に関して、民主党内には共和党以上の対中強硬論者がいる。
バイデン政権になっても米国は中国に厳しい姿勢で臨むだろう。誰が国務長官になるか不確定な部分もあるが、基本路線として米国の対中強硬姿勢は続き、米中対立は先鋭化する可能性がある。
ただし、米国の対中戦術は変わる可能性が高い。バイデン氏は対中制裁関税に反対だ。次期政権は、非関税障壁(人種問題に関与する中国企業との取引禁止や、対中輸出規制の強化など)によって中国に圧力をかける可能性がある。
そのために、わが国など同盟国政府との実務家協議の重要性は増す。ボトムアップ型の国際協調を重視した米国の外交政策の推進が、国際世論に与える影響は小さくないはずだ。
■「再生可能エネルギーの利用を増やす」
経済政策に関しても、トランプ氏とバイデン氏の政策方針は違う。特に、環境面への取り組みは対照的だ。一方で、経済政策の先行きには読みづらい部分もある。
トランプ政権は、石油などエネルギー産業の成長を重視し、クリーンエネルギーの利用促進や、国際社会が重視する気候変動への取り組みに消極的な姿勢をとった。背景には、リーマンショック後から2014年の年央まで、シェールガス開発が進み、鉱工業生産や雇用が増加したことがある。それは、米国の緩やかな景気回復を支えた要因の1つだ。
それに対して、選挙戦の中からバイデン氏は、EV(電気自動車)の充電ステーションなど、環境に配慮したインフラ投資を進めることによって雇用の創出を目指すと主張してきた。バイデン氏はパリ協定への復帰も重視している。
10月22日に実施されたテレビ討論会は、両者の経済(産業)政策の違いを確認する良い機会だった。討論会の中でバイデン氏は石油産業への補助金を止め、再生可能エネルギーの利用を増やすと述べた。
トランプ氏は、バイデン氏の政策が実行されれば石油産業の雇用が失われると批判した。現在の米国にとって、雇用環境の悪化は何としても避けなければならない。雇用環境の悪化は個人消費の下振れだけでなく、経済格差を拡大させ社会心理を悪化させる。
■経済政策は外交政策よりも不透明
環境対策は中長期的な取り組みだ。目先の所得・雇用環境の安定のために、バイデン氏にとっての財政支出の重要性は増すだろう。ただし、財政政策の詳細判明には、2021年1月20日に予定されている大統領就任と、その後の議会での政策議論を待つ必要がある。
金融政策面ではFRBが低金利環境を重視するだろうが、ねじれ議会の継続が想定される中、財政政策に関しては今後の議論を確認すべき点が相対的に多い。
それに加えて、2016年の大統領選挙でトランプ氏を支持した有権者にも、バイデン氏は配慮しなければならない。今回の大統領選挙では、ラストベルトに含まれるペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン州にてバイデン氏が勝利した。
大統領選挙後、バイデン氏がTPPに言及していないのは、ラストベルトの有権者への配慮があるからだ。11月下旬の時点で、バイデン氏の経済政策には、外交政策よりも不透明な部分がある。
■米国を多国間の経済連携に巻き込む意気込みで
米大統領選挙におけるバイデン氏の当選は、わが国経済にとって重要だ。安全保障を米国に頼るわが国にとって、国際協調を重視する人物が米国の最高意思決定権者に就くことは大きい。それを足場にして、わが国は、米国をより大きな多国間の経済連携に巻き込むほどの意気込みをもって、アジア新興国など国際世論との関係強化を目指すべきだ。
経済面で重要なのは、わが国が米中をはじめ、世界から必要とされる技術を生み出すことだ。現状、中長期的に需要の拡大が期待される半導体やバッテリーなどを支える素材分野を中心に、わが国は競争力を保っている。
例えば、韓国のサムスン電子などはDRAMなどの世界販売シェアは高いが、その生産に不可欠な半導体製造装置や高純度のフッ化水素はわが国に頼っている。中国も同様だ。そうした強みがあるうちに、政府は企業の取り組みを支援して、環境対策や次世代の高速通信を支える技術やソフトウエアの創出を目指す必要がある。それが、わが国の競争力向上を支える。
■バイデン当選は日本にとって大チャンス
そうした取り組みは、外交面においてわが国が世界経済の中で重要性高まるアジア新興国との連携強化に資するだろう。わが国政府は、インフラ開発支援などアジア各国との関係強化に必要な取り組みを積極的に進めるべきだ。
アジア新興国との信頼関係の強化は、わが国の国際社会における発言力向上につながり、国際連携を目指すバイデン次期政権との関係の深化に寄与するだろう。このように考えると、米国大統領が国際連携を重視するか否かは決定的だ。
足元、国内外で新型コロナウイルスの感染者が増加し、世界経済の先行き不透明感は高まっている。ワクチン開発の期待は高まっているが、実際に接種した際の副作用や供給体制への不安は残る。
また、わが国には米中の大手ITプラットフォーマーに匹敵する企業がなく、景気回復には数年の時間がかかるだろう。実体経済に比べて国内外の株価は高すぎる。今すぐではないにせよ、いずれ株価の調整は避けられないだろう。わが国の金融政策も限界だ。
そうした懸念材料がある中、わが国にとってバイデン氏の当選確実は自力で国際世論との関係を強化し、経済の安定を目指す重要な機会といえる。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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