「初の女性大統領は誕生するか」カマラ・ハリスとヒラリー・クリントンの決定的な違い
プレジデントオンライン / 2020年11月30日 11時15分
■2016年の“トランプショック”
2016年の大統領選挙では、多くの大手メディアがヒラリー・クリントンの勝利を予測していた。実際にヒラリー(ビル・クリントンと識別するために、ここではヒラリーと表記する)は投票数では対立候補のドナルド・トランプより300万票も多く獲得し、これは、大統領候補としてアメリカ史上最高記録だった。それにもかかわらず、アメリカ独自の「選挙人制度」によってヒラリーは敗北した。これは、ヒラリー個人だけではなく、「初めての女性大統領の誕生」を夢見ていた高齢女性たちにとって大きな打撃だった。
アメリカの憲法に婦人参政権を認める改正(憲法修正第19条)が批准されたのは1920年8月のことで、そう昔のことではない。2016年の大統領選挙では、母親が参政権を得るために戦った世代の高齢女性たちが「自分の生きている間に、女性が大統領になるという歴史的な瞬間を体験したい」とヒラリーに票を投じるニュースをよく見かけた。ゆえに、仕事で実力を示してきた女性候補が「スターだったら何でもやらせてくれる。女性器をわしづかみにすることもできる」と発言した男性候補に敗北したのは、何重にもショックなことだった。彼女たちにとっては、女性として差別され、抑圧されてきた自分たちの人生から希望を奪い取る出来事でもあったのだ。
■知られざる、アメリカのヒラリー人気
ネガティブな報道ばかりが伝えられているせいで特に日本で誤解されているところがあるが、ヒラリーは決して「人気がない政治家」ではない。情熱的な支持者が多い大スターだ。ヒラリーが書いた本は、必ずといって良いほど記録を塗り替えるベストセラーになり、本のサイン会には情熱的なファンが何時間も長蛇の列を作る。特に黒人女性の間でのヒラリーの人気は高く、彼女の政治集会で、「ゴー、マイガール!」と大声で声援を送っていた黒人女性たちをみかけた。
大統領選に敗北した後でも人気は続いており、ヒラリーがハイキングしているところに遭遇した子連れの若い母親が一緒に記念撮影をしたことがニュースになったことがある。その時にヒラリーが着ていたパタゴニアのフリースジャケットまでもが話題になり、誰かが過去のヒラリーの写真を検証したところ、彼女が少なくとも21年同じジャケットを着続けていることが判明した。それに続いてパタゴニアのジャケットを欲しがる人が増えた。パタゴニアは収益の一部を環境保護団体に寄付することで知られる「地球に優しい企業」だが、このヒラリーのニュースのおかげで、約10億円の資金を集めることができたという。
■ハリスだけが持つ、他の女性候補にない魅力
27人の候補が乱立した2020年の民主党の予備選では、女性候補が6人いた(カマラ・ハリス、エリザベス・ウォーレン、エイミー・クロブチャー、カーステン・ギリブランド、トゥルシ・ガバード、マリアンヌ・ウィリアムソン)。私はクロブチャーを除く上記5人の女性候補の政治集会に行って言葉も交わしたが、ヒラリーほど情熱的なファンが多い候補はいなかった。
とはいえ、将来ヒラリーに匹敵するようなカリスマ性を発揮する可能性を示した候補はいた。それはハリスだ。ニューハンプシャー州での少数限定の政治集会のステージにハリスが現れたとき、多くの人が口々に「大統領の風格がある」とささやいた。ここまではヒラリーに似ているが、他の女性候補にないハリスの魅力は、女性のみならず男性にも「一緒にビールを飲んで語り合いたい」と思わせる「親しみやすさ」だった。深刻なテーマについての質問には素早く鋭利な回答をするが、家族や趣味の話などになるとまるで長年の友人のように笑顔でおしゃべりをする。この「人懐っこさ」は、ヒラリーに欠けていたものだ。
だが、それ以上に、2人は大きな違いがある。それは、ヒラリーが「ビル・クリントン」という大きな荷物を抱えていたことだ。
■もし、ビルに出会わなければ……
ヒラリーがビルに出会ったのは、イェール大学のロースクール(法学大学院)でのことだった。当時のロースクールは男性中心で女性に対して差別的だったのだが、ヒラリーはエリートが集まっていたこのロースクールで「最も優れた学生」として名が知られていた。ヒラリーに惚れ込んで何度も求愛して断られ、それでも諦めなかったのはビルのほうだ。もしヒラリーがビルに出会わなければ、彼女自身が著名な政治家、あるいは大統領になっていたのではないかと想像する人は少なくない。
だがそれはパラレルワールドのヒラリーである。現実ではヒラリーはビルに出会い、結婚し、南部のアーカンソー州で州知事夫人になり、大統領夫人になった。その後、ニューヨーク州選出の上院議員になり、2008年には大統領選挙の予備選でバラク・オバマと激戦して破れ、オバマ政権で国務長官になり、2016年には民主党指名候補として再び大統領選挙に出たがトランプに破れた。上院議員以降のヒラリーのキャリアは、彼女自身が作ったものである。だが、男性政治アナリストから「大統領夫人でなかったら上院議員になんかなれなかった」と揶揄(やゆ)されたりもした。
■妻の足を引っ張り続ける夫
それ以上にヒラリーの足を引っ張ったのは、ビルのセクハラと不倫のスキャンダルだ。自分自身がスキャンダルを犯したのでもないのに、ヒラリーは妻としての責任を問われ続けた。1998年にホワイトハウス実習生のモニカ・ルインスキーとの不倫で、ビルが大統領弾劾裁判に追い込まれたときにも、ルインスキーを擁護しなかったことで「それでもフェミニストなのか?」と責められた。2016年の大統領選挙の時も、トランプはビルをセクハラで訴えた女性たちをディベートの場に招いてヒラリーにプレッシャーを与えた。
ある年齢以上のアメリカ人女性は、こういった「夫の罪を妻が負う」ことの理不尽さを、自分自身の体験にも重ねて同情した。だが、若い世代の女性はそうではなかった。いつまでも妻の足を引っ張り続ける夫と縁を切らないヒラリーに対する同情心はほとんどなく、大学生くらいの若い女性のフェミニズムのアイコンになることができなかった。
その点、ハリスは50歳を過ぎて結婚するまで独身で子供もおらず、キャリア一筋だった。46歳の若さで、女性として、黒人として、南アジア系として初めてのカリフォルニア州司法長官に選ばれて歴史を書き換えた(ハリスの父はジャマイカ出身の黒人で、母はインド出身の南アジア系)。2017年に上院議員になってからは、大統領選挙での「ロシア疑惑」に関する上院司法委員会でトランプ支持者の司法長官ジェフ・セッションズに鋭く切り込む勇姿に対して多くのファンが生まれた。トランプから連邦最高判事に指名されたブレット・カバノーが過去の性暴力を追求されたときには、公聴会で怒りや涙を交えて感情的に自己弁護するカバノーに対し、冷静かつ厳しく問い詰めるハリスの姿はさらに印象的だった。
■ヒラリーとハリスを分かつ決定的な違い
ヒラリーとハリスは、どちらもカリスマ性がある女性政治家だが、ハリスのキャリアには夫やパートナーといった「男性」の姿がつきまとわない。その身軽さは、ハリスの利点だ。
むろん、ハリスにはヒラリーにはない「黒人」というスティグマ(差別や偏見の対象となる属性)がある。アメリカで最も差別されているグループは「黒人女性」だ。雇用や賃金だけではない。地域によっては生命を脅かされるほどだ。
だが、ハリスは「黒人」という自分のアイデンティティを堂々と示したうえで、自力でこの地位にたどり着いた人物である。オバマ元大統領は、アイビー・リーグ大学のコロンビア大学を卒業してハーバード大学ロースクールで学んだが、ハリスは最初から名門の黒人大学である「ハワード大学」を選んだ。ハワード大学の卒業生には、黒人として初めてノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンや俳優のチャドウィック・ボーズマンなどがいるが、副大統領は初めてのことだ。ここでもハリスは歴史を書き換えた。
■初の「黒人女性大統領」は誕生するのか
次期大統領のジョー・バイデンは、就任時には78歳になる。そこで、「バイデンが引退してハリスが大統領になる」というシナリオを想像する人は少なからず存在する。オバマが大統領になったときには、黒人の地位が上がるよりも、黒人に対する偏見や差別が噴出する「バックラッシュ」が起こったこともあり、「黒人女性大統領」の誕生によるバックラッシュを心配する人もいる。ハリスが大統領になったら、バックラッシュは起きるだろう。オバマ大統領に続いてトランプ大統領が誕生したように、「マッチョな白人男性」への支持が噴出する可能性は大いにある。
2016年には白人女性の53%がトランプに票を投じたのだが、それについてレベッカ・ソルニットは『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)で「アメリカ合衆国に住む女性の多くがフェミニストではないということに、わたしは驚かない。フェミニストであるためには、自分たちが平等であり、同じ権利を持つと信じなければならない。だが、自分が属している家族やコミュニティや教会や州がそれに同意しない場合には、日常生活で居心地が悪くなり、危険にもなる」と書いている。ハリスは、そういった女性にとって、ヒラリーよりも「居心地の悪さ」や「危険」を感じさせる存在だろう。
それは、100年前に女性が参政権を得る前に多くの勇気ある女性が戦い、その女性たちに対して多くの女性が非難や批判をした状況とも似ている。私たちは、勇気ある女性を支えるのか、それとも「居心地の良さ」のために不平等に耐え続けるのか、選ばなければならない。
アメリカの女性にその選択を迫るのが、カマラ・ハリス次期副大統領の誕生なのだ。
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エッセイスト
助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、1995年からアメリカ在住。現在はエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長編新人賞受賞。翻訳書に糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』など。著書に『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』など。洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。
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(エッセイスト 渡辺 由佳里)
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