格差拡大、排外主義、感染症…前世紀の大戦前夜と現在は怖いぐらい似ている
プレジデントオンライン / 2020年11月26日 15時15分
1914年7月31日、ドイツ・ベルリン市内で、戦争勃発を告げる号外が配られる様子。この翌日、ドイツはロシアに宣戦布告。8月3日にはフランス、4日にはイギリスと戦争状態に突入する。 - 写真=dpa/時事通信フォト
■先進国には「後進国の勃興」によって奪われる職がある
何故「今」第一次世界大戦を知る必要があるのでしょうか。それは、現代の国際社会の状況は第一次世界大戦前と、とてもよく似ているからです。
実は19世紀後半も現代と同様でした、蒸気機関などの技術革新によって交通機関が発達し、貿易が盛んになりグローバリゼーション(第一次グローバリゼーション)が進展しました。これは、ちょうど日本が開国した頃に重なります。
それぞれの国が得意なものを作って貿易を盛んにすれば世界中の人々が恩恵を受ける、というデヴィット・リカードの貿易における比較優位の概念がまさに実現したかのように見えた時期でした。しかしグローバリゼーションは、産業革命に遅れた国に恩恵をもたらす一方で各国国内での貧富の差を拡大していきました。先進国には後進国の勃興によって奪われる職もあるのです。
■戦争で平準化された格差が再び拡大
この格差は第一次、第二次の2つの世界大戦で一旦は平準化されました。国力の総てをかけた戦争では富裕層の過剰な冨も徴収され、さらに戦後の民主化、社会主義化が冨の平準化を促しました。
ところが近年、コンテナ船による海運の合理化、規制緩和やジャンボ・ジェットの出現による航空運賃の低廉化、インターネットによる通信コストの劇的な低下、東西冷戦の終焉などによりグローバリゼーション(第二次グローバリゼーション)が進展すると、貧富の差は再び拡大して、今や抜き差しならぬものになっています。
現代は技術革新によるグローバリゼーションの進展とそれに伴う貧富の差の拡大、貧しい者たちに蓄積される不満、という点で第一次世界大戦開戦前と非常に似た状況にあるといえます。米国大統領選におけるラスト・ベルト地帯、トランプ支持者の増大、日本や欧州の右傾化などはこの現象と無縁ではありません。だからこそ今、第一次グローバリゼーションから第一次世界大戦に至る過程を知るべきなのです。
■覇権国と勃興国が陥る「トゥキュディデスの罠」
現代と当時の類似点はグローバリゼーションだけにとどまりません。国際的な覇権争いという点でも同様です。第一次世界大戦では英仏露に米国を加えた連合国と、ドイツ、ハプスブルク、オスマン帝国を加えた同盟国が戦いました。背景には新興国だったドイツが覇権国イギリスに挑戦するという、覇権交代の可能性がありました。
紀元前5世紀、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスは『戦史(ペロポネソス戦争の歴史)』を著しました。このペロポネソス戦争とは、当時の覇権国スパルタに対して勃興する都市国家アテネが挑戦した戦争です。
米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授(政治学)はこれまでの多くの覇権交代を研究して、「台頭する国家は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力(利益)と敬意(名誉)を求めるようになる。そしてチャレンジャーに直面した既存の大国は状況を恐れ、不安になり、守りを固める」と分析しました。
アリソン教授はこのような“覇権国に対する勃興国の挑戦”を「トゥキュディデスの罠」と呼び、覇権交替期の戦争発生のリスクに警告を発したのです。彼の近著によると過去500年間のうちでこうした覇権交代のケースは16回あり、そのうち12回で大きな戦争になっています。
■急激な経済成長を果たしたドイツの「権利意識」
19世紀のグローバリゼーションの進展は、産業革命に遅れた国に先進国からの技術移入など恩恵をもたらしました。当時もっとも恩恵を受けた国はドイツでした。小さな国家に分かれていたドイツはやがて統一し(日本の明治維新よりも後のことです)、人口増加も相まって、20世紀に入る頃には国内総生産(GDP)でフランスを抜き、当時の覇権国イギリスに迫ります。
そして台頭するドイツは自国の権利を強く意識し、より大きな影響力と敬意を求めるようになりました。その帰結が第一次世界大戦だったのです。
■米中覇権競争の歴史と展望
第二次世界大戦後、パクス・アメリカーナ(覇権国アメリカの下の平和)の時代が続いてきましたが、ご存知のように近い将来には、高度成長を続ける中国が経済力でアメリカを追い抜くと予想されています。
中国は永らく自らを途上国として「韜光養晦(とうこうようかい)」、すなわち爪を隠し、才能を覆い隠し、時期を待つという戦術できました。途上国であるという理由で国際的な責務を逃れ、海外から資本を呼び込み技術移転を促進しました。安物の代名詞であった「中国製」はいつしか品質の証になり、今や世界は中国製のハイテク製品に囲まれています。
しかしそうした控えめな姿勢も、2010年にGDP第2位の日本を追い抜いた頃から変わり始めました。中国は「一帯一路」の経済外交政策でユーラシア大陸の中央部に進出し、海洋では南沙諸島に人口島を建設し、我が国との間では尖閣諸島を牽制しています。またインドとは国境線策定でもめています。
習近平国家主席はいよいよ「中国の夢」として「中華民族の偉大なる復興」を掲げて、これは現在の中国共産党の統治理念ともなっているのです。「台頭する国家は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力と敬意を求めるようになる」――。この現代の世界覇権を巡る国際社会の状況はまさに「トゥキュディデスの罠」のケースであり、現代は第一次世界大戦前夜に非常によく似ているといわれるのです。
英国の政治家で哲学者エドマンド・バークは「歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返す」と言いました。第一次世界大戦と、戦争に至るまでのドイツ国家の国際社会における行動は、中国が台頭する今こそ学んでおきたい歴史なのです。
■日本人一般の歴史観における空白
司馬遼太郎はベストセラー小説『坂の上の雲』で日露戦争での日本の勝利を描いた後、それ以降の作品を書きませんでした。一朶(いちだ)の雲を追い坂道を駆け上った日本人は、その後自分に相応しい目標を見失い破滅への道を辿ります。
下り坂はストーリーとして面白くないから物語が少ない。日本人一般の歴史に関する知見は、栄光の戦艦「三笠」の後はいきなり悲劇の戦艦「大和」でありゼロ戦の世界になっているのではないか、そう私は思いました。そしてその欠落した空白こそが第一次世界大戦であると考えたのです。
■産業の発展が歴史を動かす
日本人にとって第一次世界大戦のような世界規模の大戦を理解するには、鎖国日本の海外との接触、つまり開国や明治維新の頃から振り返る必要がありました。するとそれはちょうど欧米の産業革命の進展と深い関係にあることがわかります。
例えば黒船のペリー艦隊は4隻でやって来ましたが、蒸気船は2隻だけ、他の2隻はまだ帆船でした。風向きに頼らずに蒸気機関で航海できるようになったのも、大砲から発射される砲弾が単なる鉄の塊から着弾地点で炸裂するようになったのも、世界を結ぶ電信網が完成したのもこの時期だったのです。だからこそ欧米諸国は東の果ての日本に開国を迫ることができたのです。
本書ではこうした従来の日本史全般の中ではあまり扱われなかった第一次世界大戦にまで至る技術史や産業史、メディア史、あるいは兵器や戦争の歴史にページを割きました。何故ならこうした戦争技術の進歩や産業の発達こそが世界規模の戦争発起の必然性へと繋がっていくからです。またこのように歴史を俯瞰することで世界史に占める日露戦争の位置づけも明らかになってきます。
■第一次大戦を機に「列強」の仲間入りをした日本
もう一つ大事なことは、日本は第一次世界大戦時、連合国の一員として戦い戦勝国の側にあったということです。第一次世界大戦で日本はドイツの租借地であった青島要塞を攻略したことはよく知られています。一方で海軍はドイツのUボートに対抗するために地中海に対潜護衛艦隊を派遣して活躍したことはあまり知られていません。この時の日本海軍は連合国の一員として非常に高い評価を頂戴しています。
日本は戦争で不足しがちな船舶や戦時物資の輸出で外貨を稼ぎ、日露戦争の戦費のためにできた海外からの借金も返済して、急激に経済力もつけました。連合国側にいた日本は第一次世界大戦中に世界5大国のひとつとして認められるようになります。それまで欧米人が主体だった国際社会の中で有色人種の国が大国として勃興したのです。
■日米開戦の原因も内包されている
アジアに勃興する日本は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力と敬意を求めるようになりました。どうでしょう、歴史はまったく同じことを繰り返すわけではありませんが、似たような状況はよく起こります。
日露戦争で「10万人の英霊と20億円の戦費をかけて獲得した満洲」とは戦前の陸軍軍人が大陸侵攻を正当化するためによく使ったフレーズですが、ポーツマス条約で日本が得た権利は期限が短い満洲鉄道の租借権でしかありませんでした。日本ではこれを「中国問題」と呼びました。
その解消のために日本は第一次世界大戦で手薄になった欧米諸国の隙をついて「対華21カ条要求」を突きつけ、中国権益に対して強気な態度で臨みます。そしてこれ以降中国と、中国利権に関心がある米国は近づき、日本に敵対していくことになります。ここにはやがて第二次世界大戦に至る重要な要素が内包されていたのです。
■『日本人のための第一次世界大戦史』に作者が込めたこと
第一次世界大戦にはスペイン風邪が関係します。今回のコロナ禍ではスペイン風邪の数少ない記述のひとつとして本書が注目されました。また資金調達や戦中の日米の株価動向などこれまで余り注目されてこなかった金融と戦争の関係や、ケインズがからんだ戦後のドイツの賠償問題、陰謀論のせいでわかりにくくなっているユダヤ人金融家の動向、それと関係したイスラエルの建国、オスマン帝国の終焉とそれが現在の中東情勢にもたらしたもの等々、一般的な第一次世界大戦史には描かれない項目が多数取り上げられているのも『日本人のための第一次世界大戦史』の特徴です。
また関連した映画や参照文献を細かく取り上げていますので、この本を第一次世界大戦史のガイドブックとして、より深く次の思索や専門書へと進みやすくしたつもりです
第一次世界大戦では炸裂弾の開発や蒸気機関の発達、戦車や航空機、潜水艦が戦争の様相を変えてしまったように、核兵器に人工衛星、通信や情報処理の技術が桁違いに発達した現代において、昔と同じような戦争が生起するはずもありません。しかし今から100年以上も前に今と似たような歴史があったのであれば、それは知っておくべきだと思うのです。
文庫が主体の小さな町の本屋でも、学術文庫のコーナーにきっとおいてあると思います。是非手にとってご覧下さい。
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作家・コラムニスト
1955年、兵庫県西宮市生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、石川島播磨重工業入社。その後、日興証券に入社し、ニューヨーク駐在員・国内外の大手証券会社幹部を経て、2006年にヘッジファンドを設立。著書に『日露戦争、資金調達の戦い 高橋是清と欧米バンカーたち』『金融の世界史 バブルと戦争と株式市場』(ともに新潮選書)。
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(作家・コラムニスト 板谷 敏彦)
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