落語家にダジャレを仕掛けるタクシー運転手は、一体なにをしたいのか
プレジデントオンライン / 2020年11月26日 15時15分
■体育会系出身60代広告代理店の人に腕相撲を仕掛けられた
「マウンティング」という言葉が広まっています。
他者を見下ろす位置に立ち、自分の優位性をアピールしようとする言動のことを指します。
主として若い人たちがそうなりがちだとのことですが、先日、そうともいえない場面に接しました。
私が55歳の落語家なのにベンチプレス125キロなどとツイッターの自己紹介欄にも記入しているせいでしょうか。大学の先輩に当たる体育会系出身で面倒くさい60代前半の広告代理店の人に、落語イベントの楽屋にて腕相撲を仕掛けられましたっけ。
屋外イベントでの落語会だったので「全集中の呼吸」をしなければならないナーバスなひとときであり、とはいえその人が企画した仕事でもあり、複雑な立場をテキトーにやり過ごしました。こんな愚痴を仲良くしている若い力士さんに言うと、「いやあ僕らにも腕相撲を迫ってくる人がいますよ」とのことでした。
相手はアスリートです。万が一怪我をさせたらどうしようという意識が働かないのもすごいことです。かように人より秀でたい、「俺は相撲取りに腕相撲で勝った」などと威張りたいという意識、つまりマウンティングとは年齢問わず誰もが奥底に抱いている欲望のようなものなのかもしれません。
前座の頃でしょうか、某地方都市で、談志と一緒に乗った落語会の会場にまで向かうタクシーの運転手さんがやたらとダジャレを吹っ掛けて来る人で談志はとても難儀していました。
「こないだ談志を乗せたけど、俺の方が面白かったよ」とでも言いたかったのでしょうなあ。
■優劣二元論の具体的な数値化が「偏差値」となった
さて、この「マウンティング現象」、話をわかりやすくするため日本の歴史に特化して振り返ってみましょう。
現代文明は、「優と劣」「正義と邪悪」「美と醜」「健康と病気」などなど二元論の中、発展してきました。
特に日本の場合は、幕末あたりからそのムードが高まり「日本は欧米に比べて遅れている」という発想が植え付けられ、「このまんまだと植民地化されてしまう」という強迫観念とともに、一気に明治維新が行われました。
劣等意識が国家権力と一体となった形での変革は、常にスピード感をもってなされてきたのです。
「優が善で、劣が悪」というのは言ってしまえば分断的発想そのものです。これは特に産業面での志向と親和性を持ちますます発展してゆきました。そしてそんな優劣二元論の具体的な数値化が「偏差値」となって、序列化された大学から輩出される学生が機械的に日本経済の下支えをし続けてゆくことになります。
つまり二元論的思考は、この国の社会システムを安定させるために機能的に作用したのです。これは非常に効率的で、この仕組みに沿うように、右肩上がりの経済成長、つまり世界史的にも稀有な「高度経済成長」が成し遂げられました。
■日本は昭和63年で定年退職、今は95歳のおじいちゃん
さてここでいったん話を変えてみます。
みなさん、日本が人間だとしたら何歳だとお思いでしょうか?
あくまでも私の仮説です。
新刊『落語はこころの処方箋』(NHK出版)にも書きましたが、「日本の年齢=昭和○○年」ではないかと私は提案します。
昭和元年に、この日本という国が生まれたのだと置き換えると、非常につじつまが合うのです。
そしてさらにくだらない仮説ですが、「軍国主義化=ヤンキー化」と簡略化してみましょう。
他国との関係性を顧みず「自分の美学こそがすべて」と偏狭な価値観を有するという意味ではまさに軍国主義は国単位のヤンキー化でもあります。
16歳で粋がったこの国は、当時日本が地方のヤンキーならば指定暴力団並みの勢力を持つアメリカという国にケンカを吹っ掛けたのが太平洋戦争です。調子のよかったのは最初だけであとはとことん追い詰められ、アメリカは核兵器というヤンキーレベルで言うならば銃を出してきて日本は瀕死の重傷に陥ります。そこでアメリカに謝罪して、その門下に入るのが弱冠20歳=昭和20年のことでした。
そして立派に自動車修理工として更生のキッカケをつかみます。25歳の昭和25年に隣の家での火事があり、その修復に自動車が頻繁に使われることになり、自動車修理工としての需要が高まり一気に潤ってゆきます(「朝鮮戦争」)。
その後はアメリカに支えてもらったこともあり、「高度経済成長」を迎えることになります。48歳の時、働き過ぎから来る体調不良などがありましたが(「オイルショック」)、定年まで勤めあげ、60過ぎにはご褒美というか「老いらくの恋」に花を咲かせることもありました(「バブル崩壊」)。日本は昭和63年で定年退職をしたようなかたちでしょうか。以降、平成、令和という老後を穏やかに過ごす、つまりいま日本は95歳のおじいちゃんともいえるわけです。
以上、強引ですがざっと日本の歴史を振り返りながらこの国が「優こそすべてで劣がダメ」という二元論思考になり、そこから脱却できていない背景を述べてみました。
■窮屈な社会を生き抜く際の涙ぐましい作法
さてここで、話を元に戻します。
つまりまとめると「マウンティング」とは、特にこの国においては長年うまく行ってきた構造の根本を表象する言葉でもあり、だからこそ老後95歳の今でも非常に出現しやすい現象なのではないでしょうか?
まして令和の今は、昭和期のように勝ち負けのはっきりした指標が浮かび上がってこないからこそ余計にあらゆるジャンルでマウンティングが浸透し、若い世代のほうもそれに即してより敏感になっているのかもしれません。
さらにはSNSによって促進された情報社会が迫ります。少しでも情報をキャッチすることに遅れると「情弱」などというレッテルが貼られてしまう過酷な環境下で生きざるを得ないのがわれわれなのです。
では、どうすればいいのか?
そんな窮屈な社会を生き抜く際の涙ぐましい作法が、実はあります。
![便座に座ってスマホを使用する男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/1/670/img_618f883154dc684a313e17bbe2c79086150989.jpg)
それが「知ったかぶり」やら「知識のひけらかし」です(ある意味SNSの功と罪の部分でもありますが、「トイレに行くふりをしてググったり、ウィキのコピペをする」などで「知識のひけらかし」がしやすい状況にもなっています)。
つまり「マウンティング」を裏付け、補強する行為が現代の情報化社会においては「知ったかぶり」やら「知識のひけらかし」なのだとも言えるのではないでしょうか。
いやはや、なんだかほんとに窮屈ですよね。そこまでして評価されたいのかなあと。なんとなく「生きづらさ」すら感じませんか?
■「おなら」を「盃」と知ったかぶりをした和尚の顚末
さあ、そこで登場するのが落語なのです!(なんだか通販番組みたいになってきましたな)
かような知ったかぶりを笑うのは実は落語の専門分野でして、知識のひけらかしによって露呈された愚かさこそ笑いの対象だと言わんばかりに古今東西の落語家たちは多数のネタを受け継いできたのです。
「転失(てんし)気(き)」という前座ネタがあります。あらすじはこうです。
![立川談慶『学びのきほん 落語はこころの処方箋』(教養・文化シリーズ NHK出版学びのきほん)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/c/200/img_1ca80f4a026e9d00b1133e9de6601642181624.jpg)
わかりやすい前座ネタですが、この落語のほかにも、「千早振る」という落語では、「千早振る神代も聞かず竜田川からくれないに水くくるとは」という歌の訳を問われた方が、「竜田川は江戸時代に活躍した相撲取りだ」などと強弁をしたり、豆腐の腐ったのを「ちりとてちんという台湾の名物だ」などとしたりと枚挙に暇がありません。
もしかしたら、令和の現代のみならず江戸時代からこの国は「知らないことが恥になる」という情弱が侮蔑される社会だったのかもしれません。だからこそ知ったかぶりが笑われるような風土というか合意形成が培われているのだとしたら、まさにこんな時代こそ落語を聴き直すべきなのではと確信します。
「マウンティング」は昔から実はあったのです。そう思うことで、する方・される方にも優しくなれるかもしれません。
ギスギスした現代社会に生きる人にこそ、落語を。そして私の本を(笑)。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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