オードリー・タン「台湾がアジアで初めて同性婚を認めた国となった理由」
プレジデントオンライン / 2020年12月1日 9時15分
※本稿は、オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■政府の価値観を確立することの大切さ
私の仕事は非常に明確で、様々な異なる立場の人たちに対して、共通の価値を見つけるお手伝いをすることです。いったん共通の価値が見つかれば、異なるやり方の中から、みなさんが受け入れられるような新しいイノベーションが生まれます。それは共通の価値と実践の価値のイノベーションです。
こうした仕事は、私が政務委員になる前から行ってきたことです。もちろん現在は政務委員として中央政府の支援を受けつつ、部会間の価値観を調整する仕事を進めています。部会間で価値観が異なる場合、あるいは価値の調整が難しい場合、民間の力を入れてイノベーションを進めることもあります。とくにイノベーションの分野では、民間企業がすでに多くの革新的なアイデアを出しているにもかかわらず、政府内ではまだ気づいていない部分もたくさんあるからです。
そのためには、まず政府の価値観を確立し、その後に同じ価値観を持った民間企業や個人を引き入れる。そうすれば「ゼロから何かを作り出す」ことをする必要はありません。これが私の現在における仕事と政治の関係です。
■男性でも女性でもない「性別無し」と書く理由
私の成長期において、男性ホルモンの濃度は八十歳の男性と同じレベルでした。そのため、私の男性としての思春期は未発達な状態でした。二十歳の頃、男性ホルモンの濃度を検査すると、だいたい男女の中間ぐらいであることがわかりました。このとき、自分はトランスジェンダーであることを自覚しました。
私は十代で男性の思春期、二十代で女性の思春期を経験しましたが、今述べたように一回目の思春期のときは、完全に男性になるということはなく、喉仏もありませんでした。また、男性としての感情や思考を得ることもありませんでした。二十代で迎えた二度目の思春期には、完全ではないけれどもバストが発達しました。
結局のところ、私は男女それぞれの思春期を二~三年ずつ経験しているのですが、一般的な男性や女性ほど、完全に男女が分離しているわけではありません。そのため、行政院の政務委員に就任する際、性別を記入する欄には「無」と書きました。
私は人と人とを区別する「境界線」は存在しないと考えています。これは性別についても同じです。もともと両親が「男性はこう、女性はこうあるべき」という教育を行っていなかったため、私は性別について特定の認識がありませんでした。また、十二歳の頃に出会ったインターネットの世界でも、性別について名乗る必要はなく、聞かれることもありませんでした。
■改名の後押しになった日本人友人の言葉
二十四歳になって、私は自分がトランスジェンダーであることを初めて明らかにしました。そして、二十五歳のときに、名前を唐宗漢から唐鳳に変えました。私の選択を両親は支持してくれ、英語名をオードリー・タンにしました。
実は名前を変えるとき、この「オードリー(Audrey)」という英語名を先に決めました。オードリーは男女どちらにも使えて、ニュートラルな名前であると感じたからです。そのあと、漢字の名前を考えているときに、まず「鳳」という字を選びました。
台湾では漢字三文字の名前が一般的なので、もうひとつ何か良い字と組み合わせてから役所に改名申請をしようと思っていたのですが、そのうち、ある日本の友人が「『鳳』という漢字は日本語で“おおとり”とも読むから、オードリーの日本語発音と似ているね」と教えてくれたのです。そこで私は、「だったら新しい名前は『鳳』だけにしよう」と思い、そのまま役所に「唐鳳」と申請したのです。台湾では漢字二文字の名前は少数派ですが、決して珍しくはありません。
■「男女」の枠にとらわれない自由
このようにして、私はトランスジェンダーとしての生き方を選択しました。トランスジェンダーは、物事を考えるときに「男女」という枠にとらわれることがなく、その分、自由度が高いように感じます。また、自分はいわゆる少数派に属していますから、すべての立場の人々に寄り添うことができます。これはトランスジェンダーのよさだと思っています。
私は子供の頃、左手で字を書いていました。みんなが右手で字を書いていることには気づいていたので、その頃から「自分はマイノリティである」という経験をしています。「マイノリティであるからこそ、他の人には見えない視点を持つことができるかもしれない」とも思います。
大事なのは、マイノリティかどうかに関係なく、その人の貢献を社会が認めるかどうかです。仮にマイノリティだとしても、その貢献を社会が認めてくれれば、自分が先駆者になったような気分になるでしょう。
■「おせっかいでうるさい」がある台湾のよさ
前述したように、台湾には「鶏婆」という言葉があります。これは「母鶏のようにおせっかいでうるさい」という意味で、台湾においては重要な価値観になっています。マイノリティにとって、この「鶏婆」という概念が、非常に大事だと思うのです。
マイノリティであるからといって否定され、それによって自信を失う必要はまったくありません。むしろ、マイノリティであるからこそ、多数派の人たちに対して「私たちはみなさんとは異なる見方をしている」「みなさんには見えない問題が見える」ということを訴えることができるわけです。その内容に説得力があれば、あるいはその視点が合理的と受け入れられれば、社会はより良いものになっていくはずです。
■「ピンク色を笑われた」男の子に、コロナ対策の指揮官は…
台湾では先日、「自分の息子がピンクのマスクをしていたら、学校で笑われて恥ずかしい思いをした」という母親の悩みが新型コロナウイルス対策のホットラインに寄せられたことがありました。その訴えを聞いた中央感染症指揮センターの指揮官たちは、翌日の記者会見に全員がピンクのマスクをして臨みました。そして、「ピンクは良い色ですよ」と報道陣に向かって語りかけたのです。陳時中指揮官は「私は小さい頃、ピンクパンサーのアニメが大好きだったよ」とも付け加えました。
その結果、SNS上では、多くの台湾企業や個人が起業ロゴやプロフィール画像の背景をピンクに塗り替えて、政府を支持する動きまで出てきました。これにより、誰もがピンクのマスクを受け入れるようになったのです。
このように、台湾には寛容とインクルージョン(包括)の精神があります。「マイノリティの人たちが多数派に対して具体的な提案を行えば、多数派は喜んで耳を傾ける」という土壌が存在するのです。このピンクマスク事件は、私にとっても、社会がどのような動きをするのか、どのような仕組みを持っているのかを理解する良いきっかけになりました。
■なぜ、同性婚が法的に認められたのか
共同の経験を重ね、お互いの理解が深まることにより、それ以前と関係が変わってくることがあるように思います。こうした変化は一つの国の中でも起こり得ることです。
最近の台湾における最大の対立は、婚姻の価値についてのものでした。具体的に言えば、二〇一八年に行われた住民投票で、結婚は「家と家の問題」か「個人と個人の問題」かで意見の対立が起こりました。さらに私の記憶では、同性婚に関する対立が最も大きかったように思います。
年配の世代にとって、結婚の価値とは個人と個人の関係ではなく、家と家の関係によって生まれるものでした。そこに同性婚の問題が入ってくると、さらに意見の対立は大きなものになります。当時、その対立は簡単には埋まらないと思われていました。
しかし、その後、私たちは知恵を出し合って、問題の解決を実現しました。たとえば、同性婚を望むカップルがいた場合、婚姻の平等を保障するために個人同士の結婚は認めることにする一方、家族同士に姻戚関係は生じないことにする方法が生み出されました。これであれば、社会にとっても受け入れやすいのではないかと考えたのです。
■「各世代の価値観を犠牲にしない」という方法
その結果、同性婚が認められて一年が経過しましたが、異なる世代の間でも、この考えがだんだんと受け入れられるようになっています。二〇一八年の住民投票のときには、賛成派と反対派が一触即発の状況でしたが、現在の世論調査によれば、同性婚の支持者が当時より一〇%増えているという結果が出ています。この方式が受け入れられたのは、少なくとも各世代の人間が持っている価値観のどれも犠牲にしなかったからでしょう。結局、誰もがそんな大した問題ではないと気づいたのです。
このように婚姻の問題に関して最も難度が高いと思われた同性カップルの結婚でも、端緒をつけてしまえば、それほど害のあるものではないと多くの人々が気づくのです。この問題が先に解決してしまえば、他の婚姻に関する問題も自然に解決に向かうと思います。もちろん、家族同士の姻戚関係発生の部分、国際結婚、子供の養育に関すること、人工生殖など、まだまだ障壁は多く残っていますが、これらは一般的な問題と同じように、あとからゆっくり片づけていけばいいのです。
私は、「こうした問題は社会の自然な一部分に過ぎないのだ」ということを広く伝えていくことが大事だと思っています。その意味では、このような「意見対立」という地震がたまに起こるのも、決して悪いことではないかもしれません。地震が起こる度に、玉山(台湾最高峰の山、日本統治時代は「新高山」と呼ばれた)は、高さを増していくのです。
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台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、12歳でPerlを学び始める。15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。2005年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を始める(現在は「無性別」)。米アップルのデジタル顧問などを経て、2016年10月より史上最年少で台湾行政院に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。
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(台湾デジタル担当政務委員(閣僚) オードリー・タン)
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