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「まずは政治部出身者を一掃」NHK改革を豪腕で進める前田会長が次に狙う積年課題

プレジデントオンライン / 2020年11月28日 9時15分

衆院予算委員会で答弁する政府参考人の前田晃伸NHK会長=2020年2月5日、国会内 - 写真=時事通信フォト

■ネット事業費は「受信料収入の2.5%を上限」のルールを突然撤廃

前田晃伸NHK会長の「NHK改革」と対峙する民放界や監督する総務省には反発と混乱が広がっている。“暴走”ともいわれる「殿」の一挙手一投足に、NHK局内もハラハラドキドキの連続だという。

前田会長は歴代のNHK会長が手をつけてこなかった積年の懸案を矢継ぎ早に持ち出し、「新しいNHKらしさの追求」を掲げて猛進する。その決意は、どこまで実現するだろうか。

その前田会長が豪腕ぶりを見せたのは、まず、NHKのネット事業をめぐってNHKと民放界の間で激しいせめぎ合いが繰り広げられる中、焦点のネット事業費についてこれまでNHKが「受信料収入の2.5%を上限」とするとしてきた現行の基準を撤廃し、「当面、200億円を上限」とする新たなルールの打ち出しだった。

これを受けて、武田良太総務大臣は11月13日に「受け入れるべきではないか」と容認する考えを表明、民放界の反対を承知の上でNHKに軍配を上げた。

■すったもんだの末、4月に再確認されたばかりだったが…

受信料収入の割合に基づいて上限を設定したネット事業費の「2.5%ルール」は2015年、ネット事業進出による肥大化批判をかわすため、NHKが自らに課したもので、総務省が認可し、民放界も受け入れてきた経緯がある。さらに、20年4月のネットによる「常時同時配信」のスタートにあたっては、すったもんだの末に再確認されたばかりだった。

ところが9月15日、NHKは前ぶれもなく、「インターネット活用業務実施基準」に明記されているネット事業費の上限を撤廃する旨を一方的に宣言した。

ネット事業の根幹にかかわる改変だけに、民放界は「費用を抑制する指標として自ら定めた上限をわずか1年で撤廃するとは。民業圧迫そのもの」と猛反発、新聞界も「上限を撤廃すれば、放送の補完であるはずのネット事業が際限なく拡大しかねず、到底認められない」と反対意見を表明した。

こうした批判を踏まえ、NHKは11月10日、事業費の上限を総額で提示することとし、「2021年度から3年間は200億円を上限」とする新基準を総務省に申請したのだった。「2.5%ルール」撤廃の発表から武田総務大臣の新基準容認発言まで、わずか2カ月というスピード決着だった。

■「ネット事業の本来業務化」はNHKの本音であり悲願

ネット事業費の方針転換を決断したのは、1月に就任したばかりの前田晃伸会長だ。

「公共放送」から「公共メディア」への進化を掲げるNHKにとって、ネット事業の拡大は、その中核といえる。前田会長は、事業費の上限撤廃を発表する直前の9月10日、「現在、ネット事業は放送の補完となっているが、本来業務という位置づけのほうが実態に合っている」と、ネット事業の位置づけを根本的に見直すべきと公言していた。事業費の基準変更は、その具体的一歩といえる。

NHK
写真=iStock.com/mizoula
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mizoula

ちなみに、NHKが見込んでいる2021年度のネット事業費約190億円は、受信料収入の約2.9%に当たる。

放送が本業のNHKだが、ネット時代の進展とともにネット事業の本来業務化は、まさに本音であり、悲願でもある。だが、3年前の総務省の有識者会議で、当時の専務理事が「将来的には(放送同様に)本来業務とさせてほしい」と口走ったところ、民放各局から袋だたきにあい、発言を撤回せざるを得なくなるという「事件」があった。

以来、ネット事業の位置づけをめぐる論議はタブー視されてきたが、前田会長は大きく踏み出し、実際に大ナタを振るい、成果を得たのだ。

■歴代会長が着手できなかった課題に踏み込んだ辣腕ぶり

前田会長は、みずほフィナンシャルグループの元社長、元会長で75歳。最近のNHK会長は、福地茂雄・アサヒビール元会長、松本正之・JR東海副会長、籾井勝人・元三井物産副社長、上田良一・元三菱商事副社長が相次いで就任、5代続けての経済界出身者となった。

だが、4氏はいずれも1期3年で交代した。畑違いの放送界に落下傘で舞い降りて巨大組織NHKのかじ取りをするのは容易でないことを物語っている。

前任者たちの足跡を踏まえ、前田会長は、就任にあたって「軸のぶれない組織運営を行い、先頭に立って改革に取り組んでいく」と、短期決戦を意識し、トップダウンでNHK改革を断行する覚悟を示した。

その意欲が形になって表れたのが、就任から半年余の8月に公表した次期中期経営計画案(2021~2023年度)だ。

・BS放送とAMラジオのチャンネル数削減
・予算をチャンネル別からジャンル別に組み替え
・3年間で制作費含め630億円程度の支出を削減

いずれも拡大路線からの歴史的転換が列挙された。民放界の肥大化批判や高市早苗総務大臣の意向を汲み取った計画案にすぎないとも指摘されるが、歴代会長が着手できなかった課題に踏み込んだ辣腕ぶりが浮き彫りになった。

■政治部出身者を一掃して、社会部・経済部出身者を登用

前田会長の決意は、NHKの幹部人事にも表れた。

就任早々の2月、自らを補佐する副会長に、最年少理事の正籬聡氏を任命し、「異例の抜擢」と周囲を驚かせた。

4月の定期人事では、編成局、広報局、関連事業局などの主要な局長ポストに社会部畑や制作畑の出身者を起用、報道局長も経済部出身者を指名し、NHKの中核を担ってきた政治部出身者が一掃された。

さらに、10月初めには、政界とのパイプ役を務める経営企画局長を在任わずか半年で大阪拠点放送局長代行に移し、後任には就任以来すぐそばで補佐し信任の厚い社会部出身の秘書室特別主幹を就けた。

「人事制度は、ほぼ全部変えたほうがいい」という一連の人事は、武田総務大臣のネット事業費の新基準の早期容認につながったともいわれる。

従来の人事慣行を打ち破る手法は、単なるショック療法にとどまらず、内からの変革を迫る即効薬でもある。大幅な予算削減や異例の人事で吹き荒れる「前田旋風」に、NHK局内はテンヤワンヤの大騒動になっていると伝えられる。

「放送にはド素人」と揶揄する声も聞こえてくるが、放送界と縁の薄かったことが、逆にしがらみのない改革にまい進する原動力になっているともいえそうだ。

■「切り札」として打ち出したテレビ設置の届け出義務化

一方、前田会長の思いがあえなく頓挫した「改革」もある。受信料徴収の「切り札」として打ち出したテレビ設置・未設置の届け出義務化だ。

ネット事業費のルール変更という難題を突破した前田会長は、余勢を駆って、これまで誰も手をつけてこなかった新たな受信料不払い対策を持ち出した。

・テレビを設置した場合に届け出を義務づける
・テレビを持っていない人には未設置の届け出を義務づける
・未契約者の情報を自治体などに照会する

というセットの制度改正である。

約1300万件の未契約世帯のテレビ設置の有無を特定し、設置者には放送法に定められた受信契約を結んで、受信料を半ば強制的に徴収しようというもくろみだ。実現できれば、年間約300億円に上る受信料の徴収経費を劇的に削減できるうえに、受信料の大幅な増収が期待できる。

「公平負担の徹底」を錦の御旗にした前田会長の肝いりで、NHKは、10月16日の総務省有識者会議に提案した。ところが、その場で、委員から「届け出義務に法的整合性がない」「個人情報の侵害になりかねない」「未設置者に不利益を与える」などと、否定的な意見が相次いで出された。

■総務省提案の「受信料支払いの義務化」をNHKが拒否したワケ

とりわけ未設置者の届け出義務化について、武田総務大臣が11月7日に「まったく話にならない問題だ」と一蹴。NHKは、ほどなく撤回に追い込まれた。

さらに、設置者の届け出義務化についても、「徴収の効率化よりも改革が先」「国民の理解が得られておらず時期尚早」など反対意見が続出し、ネット上でもNHKへの批判が噴出。総務省も困惑し、展望が開けない事態に陥った。四面楚歌の中、NHK内でも「やはり無理筋だったか」とぼやきも聞こえてきた。

とはいえ、実は、受信料をめぐる綱引きは、複雑さを増している。

NHKのテレビ設置・未設置の届け出義務化の要望と同じタイミングで、総務省が受信料支払いを法律で義務化することを提案したのだ。

受信料の100%徴収に道を開くものだけに、NHKは総務省案にもろ手を挙げて歓迎するかと思いきや、逆に「NHKが要望したものではない」と拒否したのだ。

これには、かつて菅義偉総務大臣が支払い義務化とセットで受信料の2割値下げを迫ったため、法制化が実現しなかったというトラウマがある。一見、おいしそうにみえる総務省の提案の裏には大幅な受信料値下げ圧力があるとみられるだけに、安易に飛びつけないというわけだ。

■NHKの実利より国民のメリットが成否を分かつ指標に

そして、11月20日。総務省の有識者会議がとりまとめた報告書では、NHKが要望したテレビ設置の届け出義務化も、総務省が提案した受信料の支払い義務化も、見送られた。世間の耳目を集めた前田提案は、わずか1カ月でお蔵入りになったのである。

受信料制度を巡っては、2017年の最高裁判決が合憲と判断。その影響は大きく、支払い世帯の割合は2009年度の70%から2019年度には83%に増加。受信料収入は、2018年度に過去最高の7122億円にまで膨れ上がった。それだけに今、ことさらに受信料徴収の強化策を講じようという姿勢は賛同を得られにくい。

次々に繰り出される「前田砲」には目が離せないが、「豪腕」と「強引」は紙一重。

NHK改革は、「受信料制度の見直し」「業務のスリム化」「ガバナンス改革」の三位一体改革を抜きにして、国民の支持は得られない。NHKにとって実利があるかどうかではなく、国民にとってメリットがあるかないかが、成否を分かつ指標になることは言うまでもない。

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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学法学部新聞学科で政治行動論、日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。

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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)

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