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気象庁が決めた「ウグイスやセミの観測中止」に、お天気の森田さんが心配すること

プレジデントオンライン / 2020年12月1日 15時15分

観測対象から外れるモズ - 撮影=高橋和也

気象庁は、ウグイスやセミなどを観測する「動物季節観測」を完全に廃止すると発表した。植物を含めても約9割の観測をなくすという大幅な削減だ。気象予報士の森田正光氏は「観測はできるだけ長く行わなければ意味がない。効率重視で先人の積み重ねを捨てていいのか」と訴える——。

■予算規模は54年間で3分の1に激減

私は気象解説者としての仕事を50年ほどしているが、50年前の当時から気象庁の予算はコーヒー予算と言われていた。昭和30年代(人口1億人の頃)、喫茶店のコーヒーが50円の時に予算は約50億円、一人当たりに換算するとコーヒー1杯の値段と同じというのが言葉の由来だ。1966年(昭和41)の予算は約88億円で、やはりコーヒー並み。国家予算は約4兆3000億円なので、気象庁予算はほぼ0.2%だった。

そして今年度は、595億円。国民一人当たりにすると約500円だ。相変わらずコーヒー予算のままで、昔より圧倒的に作業量は増えている。さらに驚くのは、国家予算、約100兆円との比率である。なんと0.06%で、1966年の0.2%から比べると3分の1の激減である。

そんな「お金のない」気象庁が、11月10日「生物季節観測の見直し」を発表した。扱いはそれほど大きくなかったので、つい見逃してしまいそうだが実はこれは観測継続の重要性からすると、将来に禍根を残す恐れがあると私は考えている。

■動植物57種のうち、9割の観測を廃止へ

生物季節観測とは、身近な動物(昆虫を含む)を観測する“動物季節観測”と植物を観測する“植物季節観測”の2種類があり、季節の進み具合や長期的な気候の変動を把握するための重要な観測である。

現在行われている生物季節観測は、サクラやウメなど植物34種とアブラゼミやウグイスなど動物23種。ところが今回の見直しでは植物6種を残すだけで、動物季節観測は完全廃止。これまでの57種からすると約9割がなくなってしまうのだ。

見直し自体はこれまでにも何度かあり、時代によって観測種目が変わることはやむを得ない。かつて中央気象台(気象庁の前身)では、人々との生活に関わる現象、例えば火鉢や炬燵(こたつ)を多くの人がいつ使用するかなどを、生活季節観測として行っていたが、さすがに時代の変化になじめず、その後1953年1月から現在のような生物季節観測が開始されたという経緯もある。

だから今回の見直しも仕方がないとする向きもある。しかし問題は来年1月から、すべての動物季節観測を完全に廃止してしまうという事だ。これは「見直し」ではなく、限りなく「廃止」に近いだろう。

■サクラやセミの観測はなぜ必要なのか

観測がなぜ重要かというと、観測がないと変化も予測も何も分からなくなるからだ。

観測対象から外れるシオカラトンボ
撮影=高橋和也
観測対象から外れるシオカラトンボ - 撮影=高橋和也

1952年(昭和27)に制定された気象業務法では、第一章が総則、そして第二章が観測で第三章が予報及び警報となっている。つまり観測は予報や警報の規定より上位で、業務法は縁の下の力持ちである観測の重要性をはっきりと謳(うた)っている。

また、生物季節観測は「防災」に直接関係がないので天気や気圧の観測とは違うのではないかとの見方もあるが、実はそうではない。今、地球規模で問題になっている温暖化や都市気候などの環境変化は、温度や湿度だけ測っていれば分かるというものでもない。例えば、サクラは暖かければ早く咲くと思われているが、冬の気温が高すぎると逆に花芽が成長できずに開花が遅れたりする。すでに鹿児島や高知などは、開花が東京より遅くなることが普通になってきており、将来は枯れることも心配されている。

またもう一つ例を挙げるとすれば、クマゼミだ。

クマゼミは現在、石垣(※)、沖縄、高知、大阪などの7カ所で観測されている。これに東京が含まれていないのは、もともとクマゼミは温暖な地方の生物で、観測が開始された頃は首都圏にほとんどいなかったからだ。ところが近年、首都圏でも普通に鳴き声が聞かれるようになってきた。ではいつから首都圏に生息するようになったのか。継続的な観測がどこにもないので、正確なところが分からないのだ。

※石垣島はリュウキュウクマゼミ

生物季節観測を見直すというのなら、むしろこのように生息域を広げつつあるクマゼミなど、地域に合わせて観測種目を増減するといった方法もあるだろう。

■富士山の目視観測を20年以上続けた男性

今から約30年前(1992年)の冬、「大田区に、毎日、消防署の屋上に上って富士山をスケッチしている人がいる」と聞き、取材に伺ったことがある。

その方は小谷内栄二(こやうちえいじ)さん、当時84歳。20年以上にわたって消防署の屋上に上り続け、スケッチをしていたという。近所にはビルが建ち富士山を見るには近くの消防署の屋上に上るしかなかったが、気象庁の天気相談所職員の計らいにより、一般には開放されていなかった消防署の屋上で“富士山の目視観測”を始めることができたのだ。

小谷内さんは毎朝7時45分に家を出ると、ゆっくり歩いてちょうど午前8時に消防署の屋上に着く。もちろんエレベーターはない。華奢な身体で、しかも足を引きずるようにして消防署の階段を一歩一歩と上がっていくのである。台風だろうが大雪だろうが決して休んだことはない。

■「見えない事を確認する。それが観測でしょう」

「雨で富士山が見えないと分かっていても屋上に上るのはなぜですか?」と聞くと、小谷内さんは「見えない事を確認する。それが観測でしょう」と静かに答えられた。そして「身体が動き続ける間はスケッチをやめない」「自分が死んだら、このスケッチブックは気象庁(図書室)に寄贈するつもりだ」とも付け加えられた。

その後、1995年に小谷内さんが亡くなられたことを人づてに知り、気象庁の図書館に行ってみた。すると、何冊もの水彩画の富士山が本当に気象庁の書庫に収められていたのである。私は感激した。もちろん、現在も閲覧可能である。

ここで小谷内さんの思い出話を書いたのには理由がある。ひとえに「観測の精神」が小谷内さんの行動に凝縮されているからだ。

観測というと、気温や気圧を測器で測るイメージがあるが、本来の観測というのは、何かの事象を継続して観察することである。そして長期間の観察によって得られた自然現象の移り変わりや変化を、さらに応用して未来予測に繋げるのが観測の目的である。

したがって観測はできるだけ長期にわたって行われなければ意味がなく、逆に言えば観測期間の長いものほど資料的価値を生むわけである。

■防災を建前に先人の積み重ねを捨てていいのか

ではなぜ、気象庁は60年以上も続けてきた動物季節観測を廃止しようとしているのだろうか。電話取材によると、直接の理由は観測動物がいなくなっているとか動物の出現が季節の変化を表していないからとの事だったが、私は予算が関係しているのではと推察している。気象庁ホームページに広告を載せる試みも、そうした事情からだろう。

2000年 648億円 6133人
2010年 620億円 5347人
2020年 595億円 4554人

これは気象庁予算と職員数の10年ごとの推移である。20年前に比べると予算は53億円ほど、人員は約1600人減っている。一方で、水害による被害額はここ20年で5.5倍増の約1兆3600億円。少ない予算や人員を、昨今、多発する気象災害への対策にかけたいという考えは分からないわけではない。

しかし、防災を建前に観測という先人の積み重ねを捨ててしまっていいものだろうか。ウグイスの初鳴きやセミの声など小さな季節の移ろいに気が付かなくなり、昆虫の激減や植物の変化にも鈍感になるであろう。そして、果ては温暖化や異常気象などの気候変動にさえ無関心になるのではないだろうか。

先に述べたように、気象庁予算は50数年前に比べて3分の1に激減している。この予算の縮小は、ボディーブローのように日本の気象業務の衰退を招くのではないかと危惧する。その始まりが生物季節観測の見直し(動物季節観測の廃止)のように思える。

<参考文献>
気象年鑑他(予算)/e-stat(職員数)/沼田英二『クマゼミから温暖化を考える』(岩波ジュニア新書)/片平敦氏 個人ブログ/気象庁ホームページ

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森田 正光(もりた・まさみつ)
気象予報士
1950年名古屋市生まれ。財団法人日本気象協会を経て、1992年初のフリーお天気キャスターとなる。同年、民間の気象会社 株式会社ウェザーマップを設立。親しみやすいキャラクターと個性的な気象解説で人気を集め、テレビやラジオ出演のほか全国で講演活動も行っている。2005年財団法人日本生態系協会理事に就任し、2010年からは環境省が結成した生物多様性に関する広報組織「地球いきもの応援団」のメンバーとして活動。環境問題や異常気象についての分析にも定評がある。

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(気象予報士 森田 正光)

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