85歳、角野栄子さんが語る「閉塞感のある日常に面白さを見つけるたった一つのコツ」
プレジデントオンライン / 2020年12月8日 17時15分
■日常の変化にどう向き合うか
——2020年はライススタイルや働き方が大きな変化を求められた1年でした。ブラジルに移民されたり、語学留学されたりと、たくさん旅をしてさまざまな暮らしや価値観に触れてきた角野さん。ライフスタイルの変化にどう向き合っていますか?
【角野栄子さん(以下、角野)】私は幸いなことに家の中で1人で仕事をする人間なんです。ずっとそうだったから、コロナの影響で我慢を強いられたことは、ほかの人に比べて少なかったかもしれない。でも、コロナによる日常の変化に抑圧や閉塞を感じるのであれば、今は「自分はどうしたいのか」ということを自分で考える時機なのかなと、考え方を変えてみみたらどうでしょうか。
もちろん、「誰かと一緒にいたい」「誰かと話したい」というのは人間の性(さが)なんだけど、1人でいれば、自分で考えなきゃいけない。「友達が素敵な格好をしてるから、同じにしよう」「みんなと同じものを持とう」と誰かと比較して自分の行動を決めがちだった人も、「自分」がどう考えるか、「自分」がどう選択するかを考えるように自然と変わってくると思う。そうすると、暮らしに知恵と工夫が湧いてきますよね。
■「ここではないどこかへ行きたい」つらい気持ちが生きる力に
——角野さんと同じ世界的な児童文学者であるジュディス・カーさんの自伝的映画『ヒトラーに盗られたうさぎ』を見ました。ナチスの迫害を逃れて移民として欧州各地を転々とし、先の見えない日々を送る主人公の少女アンナ(ジュディスさんがモデル)は、本や物語に触れることで心を守っているようでした。同じく戦時下で少女時代を送られた角野さんは、不安に覆われた世の中で、物語が果たす役割をどう考えていますか?
【角野】よく戦争と例える人がいるけど、このコロナ禍とは全然違うと思う。戦時中はまず食べ物がありませんでした。これは悲惨です。それに、戦争は明らかに対するものがありますよね。でもコロナは目に見えないものを相手にしなければならない。
(『ヒトラーに盗られたうさぎ』の主人公の少女)アンナは本を読み、絵を描くことが好きな女の子で、そこに心の開放を感じたのだろという印象を持ちました。「ここではないどこかへ行きたい」と思う気持ちは、きっと人より大きかったと思うの。子供時代の私にもそういうところがありました。
戦争の抑圧の中で、彼女はそのような気持ちをどんどん育んでいった。物語を読む、絵を描くということが想像力を育て、生きる力になっていったのでしょう。のちに絵本作家として花開くことになります。
私も集団疎開の時、冷たい雪がしみるわら靴で、学校に通うという暮らしは子供ながらにつらかった。つらい時に「ここではないどこかへ行きたい」という気持ちは誰しも持つと思うけど、幼い時は余計にそう。現実的にそれが無理だということは、子供なりに分かっているわけだけど。
本がなくても、「どこかへ行きたい」と空想することは、心の中に物語を作っていくことですよね。言い換えれば旅に出かけるということ、それが心の中の旅でも。「旅」と「物語」ってものすごくよく似ている。旅も本も、扉を開けて違う世界に連れて行ってくれますよね。そこには何に出会うかわからないわくわく感がありますね。
■仕事を辞めたいと思ったことはない
——今年で作家生活50年。今まで、仕事を辞めたいと思ったことは?
【角野】ないです。私はこの仕事が相当好きですね。もちろん、編集者からチェックが入ることもありますよ。でも私、直すのも嫌じゃないの。指摘してくれるのは、私の作品が気になるから。私はもう新人ではないから、気にならなかったら「これでいいですよ」と言われると思うの。だから指摘してくれたときは、「この人は私の作品を愛してるんだ」と思っちゃう。愛の言葉だと思うのよ。
■書き続けるための、毎日のルーティン
——まだまだ書き続けるために、普段から心がけていることは?
【角野】瞬発力で書く人もいるけど、私はコツコツ派。だから1日のルーティンが決まっています。仕事をする時間も、食事の時間も決めていて、毎日11時から午後3時か4時までが仕事の時間。前は仕事を終えてから買い物に行ったり、コーヒーを飲みに行ったりしたけれど、コロナでできなくなったでしょ。だけど、もう85歳だから歩かないと動けなくなると思って、なるべく人のいない静かなところを選んで散歩しています。同じ道を歩いていると、「新しい家が建った」とか「ハーブのお庭をつくってる」とか気がついてだんだん面白くなってくるのよ。
「面白がる」ということをしたほうがいい。みのむしがたった1つ、うちの壁にぶら下がっていたことがあったの。壁だから、身を隠す葉もなければ、オスとメスとの出会いもないだろうなと思いながら大事に見守っていたら、だんだんとうちの壁の色になってきたのよ。いつ手を出して壁のかけらを自分の蓑(みの)にくっつけているか知らないけれど、イノベーションをやってるわけ。擬態する生き物はいっぱいいるけど、あの知恵ってすごいと思わない? 彼だか彼女だか知らないけど、最大限の工夫をしてるのよ。退化したけど、人間にもそういう力はある。今こそそれを見つけるというのはどうですか?
「何かを作る」というのは、喜びだと思うの。お話を作る、絵を描く。自分の気持ちを形にしてみるという行為は、自分も人も幸せにすると思う。
■本当のキャリアアップとは
——読者にはキャリアアップに積極的で、長く働き続けたいという女性が多いです。先輩としてメッセージをお願いします。
【角野】私は、キャリアアップを目指せと押し付けないことが大事だと思う。それは子供を育てるときもそうですよね。
日常的にわくわく、生き生きしている人って魅力的よね。私も編集者さんとか、会社で偉くなった女性を大勢見ていますけど、「こうしたらいいのよ」と押し付けてくるのではなく、お話が面白くて「おっ」と思わせてくれる人は魅力的で、まわりを引き付ける。そういう人に「この本、笑っちゃいました」なんて読んだ本を紹介されると、すぐ買いたくなっちゃう。
本当のキャリアアップというのは、その人自身が生き生きとして、自分で考えて工夫をして、何かを生み出していくということ。それに尽きるのではないかしら。
■『ヒトラーに盗られたうさぎ』
シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開中
公式HP
![映画『ヒトラーに盗られたうさぎ』](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/1/300/img_71128f0032757c5a528f742ac2b88da8156719.jpg)
1933年、ドイツ・ベルリンで暮らす9歳のアンナは、突然一家でスイスに行くと告げられる。ユダヤ人で演劇批評家の父親が新聞やラジオでヒトラーを批判していたため、弾圧を受けると予想しての逃避行だった。大事にしていたピンクのうさぎのぬいぐるみや、優しいお手伝いさんら、大好きなものに別れを告げて家を離れたアンナは、長い亡命生活の中でたくましく成長していく。2019年5月に95歳で亡くなった絵本作家ジュディス・カーの実体験がもとになっている。
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児童文学者
東京・深川生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに描いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で、1970年作家デビュー。代表作『魔女の宅急便』は舞台化、アニメーション・実写映画化された。産経児童出版文化賞、野間児童文芸賞、小学館文学賞等受賞多数。その他、「アッチ、コッチ、ソッチのちいさなおばけ」シリーズ、「リンゴちゃん」「ズボン船長さんの話」。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。2016年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、18年3月に児童文学の「小さなノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞を、日本人としては3人目に受賞。
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(児童文学者 角野 栄子 構成=新田理恵)
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