79歳の私がこの1年に9冊も本を書くことができた驚きの方法
プレジデントオンライン / 2020年12月4日 11時15分
■書くことは「大変な作業」ではない
文章を「書く力」は、著述業とか作家と呼ばれる一部の人たちだけが用いる特殊な能力ではありません。たとえば、ビジネスパーソンは事業計画のプレゼンテーションや会議のための報告書、議事録などの作成において、文章を書く力が必要とされます。また、ウエブに文章を発表するのは、いまではきわめて容易になっています。書く力を身につけることができれば、ビジネスにおいてもプライベートにおいても、発信力は強化されます。
私は、2019年には書籍を9点刊行しました。そして、現在ウエブ連載を5本書いています(うち4本は毎週、1本は隔週)。苦労の連続であることは事実ですが、執筆を「大変な作業」とは思っていません。それは本を書くという作業をIT(情報通信技術)、とくにクラウド技術の助けを借り、また、音声認識というAI(人工知能)の力を用いて行なう仕組みに組み上げているからです。
■テーマを探し出すことが文章執筆の第一歩
この仕組みの本質は、多くの人がこれまでやってきたことですが、新しい技術の助けを借りて明示的な仕組みとすることにより、「アイディア製造工場」といってもよいようなシステムを作ることが可能になるのです。これによって、魔法のように本を書き上げることができるようになりました。新しい技術の助けを借りた仕組みを用いれば、書籍のテーマさえ半ば自動的に設定されます。
既存の多くの「文章読本」は、文章をいかに正しく、読みやすく、印象に残るように書くかを論じています。たしかにこれらは重要なことですが、何もないところから文章を書き上げていくには、「テーマをいかにして探し出すか?」、「アイディアを逃さずに保存するにはどうしたらよいか?」、「それらを組み上げていくには、どのようにするか?」といった作業をより重視すべきです。
書籍のテーマが、あらかじめ決まっている場合には、執筆は比較的楽です。しかし、実際には決まっていない場合が多いでしょう。こうした場合に重要なのは、伝えたいメッセージを見いだすことです。「テーマを探し出すこと」が、文章執筆の第一歩です。
テーマは、基本的には「考え抜く」ことによってしか見いだせませんが、ここでは補助する仕組みを提案します。とくに重要なのは、「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」、すなわち「とにかく始める」ことです。
■適切なテーマと問題設定ができれば8割はできた
文章執筆においては、「何について書くか?」、「何を目的にするのか?」という「テーマの選択」、あるいは「目的の選択」こそ、最も重要です。適切なテーマが見つかり、問題を設定できれば、仕事は8割はできたといっても過言ではないでしょう。
物書きにとって、「テーマ」とは金鉱のようなものです。それをうまく探し当てられれば、そこを採掘することによって、大量の金を掘り出すことができます。
逆にいえば、金脈がないところをいくら掘っても、金は掘り出せません。採掘の努力は徒労に終わるのです。金鉱は、地表からはなかなか見つかりません。大量の金が埋蔵されている金鉱を見いだすことは、物書きにとって、最も重要なことです。
■「よい質問」に探求すべきテーマがある
組織の一員として仕事をしている場合、「何をすべきか」についてのおおよその方向付けは、上司の判断などによって決められている場合が多いでしょう。しかし、その枠内においても、それをどのような観点から見て、どのように処理するかということについては、あなた自身の判断が重要なはずです。
私がアメリカに大学院生として留学したときに最も印象的だったことの1つは、教授が学生の質問に対して、「それはよい質問だ」としばしば言ったことです。アメリカの学生はよく質問します。その質問がよい質問か、平凡な質問か、あるいは悪い質問かの評価をされるのです。
日本の学校では質問をする学生がそれほど多くないので、教師からこうした反応を聞くことはありません。そのため、「よい質問だ」というコメントは、大変新鮮な印象でした。「よい質問をした」ということは、「よい問題を捉えた」ということです。つまり、「探求すべきテーマを見いだした」ということです。ですから、「よい質問をする」のは、大変重要なことなのです。
教授自身が、学生の「よい質問」に触発されて、何かを思いついたこともあるのではないかと思います。私は、日本に帰ってきて大学で教えるようになったとき、学生からできるだけ多くの質問を受けるようにしました。そして、その質問をメモしていました。質問に触発されて私が思いついたことを、メモしていたのです。
■自分以外には書けないものを書く
書籍や論文のテーマであれば、需要が大きいもの、つまり、多くの人が必要であると考えているもの、あるいは多くの人が関心を持ちそうなものを選ぶというのが、多くの著者の選択です。
しかし、そのようなテーマに対しては、供給も多いのが普通です。そこで、供給側の条件、つまりあなた自身の相対的な位置を考える必要があります。多くの人が書けるようなものを書いても、大量の供給の中に埋もれてしまうでしょう。その逆に、あなた以外の人には書けないものを書くことができれば、大変有利な立場に立つことになります。
■「いいね」に振り回されずにチャレンジする
現代の世界では、インターネットの反応を全く無視するわけにはいかないので、ツイッターなどの「いいね」の数を無視するわけにはいきません。霞を食って生きている仙人であればともかく、世の中の動向を全く無視して超然としているわけにはいかないのです。しかし、私は、それに振り回されることがないように努力しています。
需要が大きいものに対応することは必要です。しかし、それだけでなく、自分がどのような供給ができるかを考えることも重要です。この両者の調和が必要なのです。なお、多くの人が関心を持っていることについて、一般にいわれていることが間違いであるとか、観点を変えれば全く別の結論が出てくるといった場合があります。多くの人の考えをただ受け入れるのではなく、それにチャレンジすることが必要です。
事実に関する2次情報を、あなたが書く必要はありません。リンクすればよいだけのことです。しかし、その事実の意味、背景、解釈、あるいは将来における予想などを述べるのであれば、価値があります。そうしたことにこそ、力を注ぐべきです。
なお、「問題の設定こそ重要」というのは、書籍や論文の執筆に限ったことではありません。「何をしたらよいのか?」、あるいは、「そもそもどんな職業に就いたらよいのか?」ということこそ、最も重要な選択なのです。これらの選択に関しても、先に述べたこと(需要、供給の両面を考慮する必要がある)がいえます。
■テーマの掘り下げは昔よりはるかに容易になった
ITの進歩によってもたらされた大きな変化は、テーマさえ見つけられれば、それに関する情報を探し出すのが簡単になったことです。
30年ほど前までであれば、テーマを見つけたとしても、それを掘り下げていくための情報を得るのは、容易なことではありませんでした。そのためには、書籍や雑誌などを参照しなければならなかったのです。
しかし、いまでは、そうした情報は、ウエブを検索することによって簡単に集まるようになっています。とくに統計データについて、そのことがいえます。また、海外の論文へのアクセスも、グーグルスカラーによって可能となっています。
■AI時代に著者が決めるテーマの重要性は高まる
ただし、ウエブで得られる情報は断片的なものが多く、ものの考え方、とくに基本的なものの考え方について、ウエブが適切な情報を提供してくれるのかどうかは、大いに疑問です。AIによって自動的に文章を書くアプリも、すでにインターネットで提供されています。実際、スポーツ記事などについては、AIが書いた記事が配信されています。一般的な文章については、現在のところ性能が悪く、ほとんど実用にならないのですが、将来は進歩するかもしれません。
しかし、こうした機能を利用するためには、「何について書くのか」というテーマを与える必要があります。「何について書くのか」、「どのような観点から書くのか」は、著者が決めなくてはならないことです。それについての重要性は、AIの時代に高まるでしょう。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機――日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する―AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。 ◇野口悠紀雄Online
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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