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「身内にやさしく、よそ者に厳しい」世界中でグローバル化の反対運動が起きる根本原因

プレジデントオンライン / 2020年12月8日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ManuelVelasco

生活が苦しくなったのは、グローバル化のせいなのか。早稲田大学政経学術院の戸堂康之教授は「人間は損失回避的なので、グローバル化にともなって所得が下がってしまうことを恐れるあまり、グローバル化の利益を過小評価しがちだ。分断が進むいまこそ、『よそ者』とつながるメリットに注目するべきだ」という――。

※本稿は戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■グローバル化による利益は過小評価される

グローバル化に限らず、人間は一般的に利益よりも損失を過大評価する傾向があります。その理由は、人間には「損失回避的」な性質があるからです。

損失回避的とは、2002年にノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のダニエル・カーネマンらが提唱したプロスペクト理論に基づいた概念です。簡単に言えば、人間は得をすることで感じる幸せよりも損をすることで感じる不幸せを強く感じるので、なるべく損をすることを避けようとするということです。

グローバル化に関する選択も同じです。グローバル化が進行すれば国内経済全体は成長していくので、その恩恵を受けて個人の所得も上がっていきます。しかし、新興国や途上国との競争のために、自分の所得が伸び悩む、もしくは実質的には引き下げられることもありえます。

人間は損失回避的ですから、グローバル化にともなって所得が下がってしまうことを恐れるあまり、グローバル化の利益を過小評価し、グローバル化に不安や反発を覚えるのです。

グローバル化に対する反感に結びつくもう一つの人間の本能的な性質は、格差を嫌うことです。1万年前に農業が出現するまでの狩猟採集時代には、群れのメンバーが獲得した食糧は全員に平等に分配されたといいます。このような平等主義は、現代でも主に狩猟採集によって生活している民族にも見られます。

これは生存のために有効な戦略です。獲物がたくさん取れたときに独り占めしてしまっては、あまり取れなかったときに誰にもわけてもらえないでしょう。常に食料を平等にわけあったほうが、集団の中の個人個人にとってもむしろ生存の確率が高まります。

■身内にやさしく、よそ者に厳しい

さらに重要な反グローバル化に結びつく人間の本能は、人間が閉鎖的な集団をつくり、集団外の「よそ者」に対しては排他的になりがちであることです。

オフィス
写真=iStock.com/mediaphotos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mediaphotos

このような性質は、人間だけではなく、チンパンジーなどの霊長類やオオカミ、ヒツジなど多くの動物に本能的に備わっています。進化心理学によれば、社会性を持って集団を形成することのできる個体が他者からの攻撃に耐えて生き残ることで、このような本能が長い進化の過程で構築されたと考えられます。

イエール大学で政治学・社会学講座の教授だったウィリアム・サムナーは1906年の論文で、自分が帰属していると感じる集団を「内集団(ないしゅうだん)」、他者と感じられる集団「外集団(がいしゅうだん)」と呼んで区別しました。そのうえで、人間が外集団よりも内集団に対して好意的である「内集団ひいき」と呼ばれる性質を持っていて、それが戦争や他民族蔑視や排斥の原因になっていると考えました。

このような内集団ひいきは、社会心理学では「最小条件集団実験」と呼ばれる実験によって確かめられています。この実験では、被験者に二種類の絵を見せて好きなほうを選ばせることで二つのグループにわけます。その後、各被験者に一定の報酬を渡し、それを二つのグループの人たちに分配するように求めました。

すると被験者は、二枚の絵で選んだその場限りの集団に属しているだけにもかかわらず、自分の所属するグループの人により多くの報酬を配分ました。つまり、密接な人間関係を基に構築された集団でなくても、内集団をひいきする気持ちが簡単に生じてしまうのです。

■人間にとっての「身内」は150人

外国人に対する本能的な排他性を解決する一つの方法は、人間にとっての内集団を大規模化していくことです。つまりグローバル化によって外国人との交流が増えることで、地球全体を自分の内集団だと感じれば、外国人に対して排他的な気持ちを持つことはないはずです。

実際、進化心理学の大家であるオックスフォード大学のロビン・ダンバーの研究で、人間(ホモ・サピエンス)を含めた人類は、進化の過程で脳が大きくなるとともに群れの規模も大きくなったことがわかっています。その結果、人間の基本的な集団は、150人ほどで構成されるようになりました。しかも、基本的集団の規模は時代や社会的環境によってはあまり変化しません。

しかし、現代の地球上の人口は75億人に達しています。地球全体が一つの共同体であり、自分はその共同体のメンバーだと考えることは、人間がアフリカで出現して以来、20万年間にわたって数百人、数千人の集団に帰属意識を持ってきた人間にはなかなかできることではありません。

日本の社会心理学者の山岸俊男と行動生態学者である長谷川眞理子は、社会のサイズの激変にヒトの脳が対応できていないと述べています。

■敵対心は世代を超えて伝わる

人間の閉鎖性は、集団の間の競争や紛争によってますます増幅されていきます。このことは直感的にも理解できますが、社会心理学や行動経済学の実験でも確かめられています。

神戸大学の後藤潤は19世紀から定置網によるエビ漁をしている南インドのケーララ州の漁村で興味深い分析を行っています。この村では100年以上続く伝統的なルールがあって、毎年漁師一人ひとりがくじを引いて、20ほどある定置網の一つを割り当てられます。

しかも詳細な記録が村に残っていて、誰がどの網を割り当てられて、エビを何匹獲ったか、さらには村の誰と誰がいさかいを起こしたかまでわかります。後藤はこの記録を利用して、その村の歴史的な出来事が現在の漁師たちの利他性にどのように影響しているかを調べました。

利他性を測るためには、独裁者ゲームと呼ばれる実験がよく使われます(図表1)。AさんとBさん二人をペアにして、Aさんにたとえば1000円を渡して、そのうちいくらかをBさんに渡すように言うというゲームです。

【図表1】独裁者ゲーム
出所=『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』

AさんがBさんにいくら渡したかでAさんのBさんに対する利他性を測れます。この実験では誰が誰にいくら渡したかは被験者同士ではわからないようになっていますので、村の中での自分の評判を気にしてお金を渡すという可能性は低いでしょう。

このような調査と過去の記録を照らしあわせて分析した結果、現代の漁師AさんとBさんの先祖が同じグループにいて、しかも先祖が他のグループのメンバーといさかいを起こしていた場合には、AさんはBさんに対してたくさんのお金を渡すことがわかりました。さらに、先祖が他のグループのメンバーといさかいを起こしていた場合には、その子孫に対してはあまりお金を渡していませんでした。

つまり、他のグループとの紛争によって、同じグループ内のメンバーに対する利他性も他のグループに対する敵対心も強化されること、そしてその気持ちは世代を超えて伝わることがわかります。

■ルールや制度によって信頼を醸成する

もし、私たちが本能的に排他的であるとすれば、人々がグローバル化に反対し、保護主義的な政策に賛同する気持ちを止めることは難しいということになります。

しかし、人間はよそ者に対して排他的なだけではありません。よそ者と共存共栄していくための本能も兼ね備えています。

マサチューセッツ大学のサミュエル・ボウルズと中央ヨーロッパ大学のハーバート・ギンタスがその著書『協力する種』で主張するように、「人々は自己利益のみを求めて協力するのではなく、心の底から他者の幸福を気にかける」という純粋に利他的な面を持っています。これも進化によって説明できます。利他性を持った集団のほうが互いに協調することで、そうでない集団よりも生き残りやすかったのです。

人間の閉鎖的な本能を抑えて、行き過ぎた保護主義、世界経済の分断を止めるためには、さまざまな工夫が必要です。

一つは、ルールづくりです。多様な個人や集団が互いに信頼して行動し、双方にとって利益が得られる「ウィン-ウィン」の関係を築くには、ルールや制度が整備されている必要があります。

握手
写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GCShutter

■ゼロサム・ゲームではなくウィン-ウィンになれる枠組みをつくる

先ほどの信頼ゲームでは、集団の中で非協力的なメンバーに対して罰を与えるというルールと制度が存在している場合には、相手を信頼して多くのお金を渡すことが多いことが知られています。

泥棒洞窟実験では、二つの少年グループを、野球などの「ゼロサム・ゲーム」、つまり一方が勝てば一方が負ける枠組みで競争させると、集団内の仲間意識と他の集団に対する敵対心が強まりました。

しかし、双方が協力しなければ達成できないような目標を与えられると、二つのグループは敵対することをやめて協力しました。つまり、ウィン-ウィンの関係が築けるような枠組み、ルールが与えられれば、よそ者に対する排他性は緩和されるのです。

現代のグローバル化についても同じことがいえます。1930年代には世界恐慌後に関税引き上げ競争が起き、経済のブロック化が進んだことで、破滅的な第二次世界大戦が起きました。戦後は、そのような反省を踏まえて、アメリカが中心となってGATT(関税及び貿易に関する一般協定)を制定し、貿易に関するルールを定めるとともに、締約国が集まって多角的貿易交渉を実施して関税を引き下げていきました。

戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)
戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)

GATTは1995年にWTO(世界貿易機関)に引き継がれて、モノの貿易だけではなく、金融などのサービスの貿易や知的財産権に関する国際ルールを主導して、自由な国際貿易や投資を支えてきました。しかし、WTOのドーハ・ラウンドは2001年の立ち上げ以来、先進国と途上国の対立などにより合意できないままで、十分に機能していません。

ですから、近年では新しい貿易投資のルールは、WTOではなく、CPTPP(アメリカ離脱後のTPP)、日米貿易協定・日米デジタル貿易協定など、多国間や二国間の自由貿易協定(FTA)で決められることも増えてきました。

今後、世界では広域のFTAの交渉がさらに進展することが期待されています。

■教育や社会経験によってオープンな作法を身に付ける

人間の閉鎖的な本能を抑えるには、こうした制度づくりのほかに、心理学的、行動経済学的なアプローチも有効です。西南学院大学の山村英司らの最近の行動経済学的な研究は、教育や社会経験によって閉鎖性を抑えることができることを示しています。

山村らは、日本人1万人に対する調査を基に、TPPを支持する人はどういう人かを調べました。すると、小学校で団体スポーツやコミュニティ活動、グループ学習、運動会の徒競走を経験した人は、TPPを支持する傾向にあることがわかりました。また、このような人々は、グループ活動や競争、相互に助けあう関係に対する評価が高く、他人に対する信頼感が強くて、いわゆる非認知能力が高かったのです。

つまり山村らの研究は、幼少期にさまざまな社会交流を通じて他者と関わることで、他者を信頼し、よそ者をも許容できるオープンな人間に育ち、長じてはグローバル化の恩恵を正しく評価できるようになることを示しているのです。

コロナ感染で、国際交流をはじめとする様々な社会交流が止まっています。この状況では、各国で排他性が増幅して、ますます世界の分断が進行しかねません。コロナ禍で分断が進んでいる今こそ、オンラインやコロナに対処した上での対面での社会交流を活発にしていくことが不可欠です。

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戸堂 康之(とどう・やすゆき)
早稲田大学政治経済学術院 教授
東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・専攻長などを経て現職。著書に『途上国化する日本』(日経プレミアシリーズ)、『日本経済の底力』(中公新書)、『なぜ「よそ者」』とつながることが最強なのか』(プレジデント社)など。

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(早稲田大学政治経済学術院 教授 戸堂 康之)

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