強固なサプライチェーンが"脱中国"でも"国内回帰"でも実現できないワケ
プレジデントオンライン / 2020年12月9日 11時15分
※本稿は戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■金融危機、震災、洪水、パンデミック
グローバル化によって経済的な悪影響が世界に波及した一つの例は、リーマン・ショックに端を発する世界金融危機の世界的な拡大です。
2008年に世界的な大手投資会社リーマン・ブラザーズ社が経営破綻したことで、リーマン社の債権を保有していたアメリカ国内外の金融機関が資金繰りに行き詰まると、その影響は瞬く間に世界各国の金融機関に波及しました。
さらに、金融機関が資金不足に陥ったことで、世界の多くの国で景気が後退しました。なかには震源のアメリカよりも大きな割合で一人当たりGDPが縮小した国もありました。
経済ショックは、金融ネットワークだけではなく、サプライチェーンを通じても波及します。そのことは、東日本大震災後に世界が実感することになりました。震災前の東北地方は、自動車や電機電子産業のサプライヤー企業が多く立地していました。
これらの工場が震災で破壊されたため、被災地からの部材の供給がストップしてしまいました。その結果、震災の被害を直接受けなかった地域でも、部材不足から生産を停止したり減産したりせざるを得ない企業が多く出たのです。
震災前の2011年2月から震災直後の3月にかけて、東北地方の工業生産は3割以上も急減しましたが、同時に全国の工業生産も15%程度減少したのです(図表1)。さらに、その影響は海外にもおよび、アメリカのゼネラル・モーターズ、フォード・モーター、トヨタ自動車、ホンダ技研、韓国のルノーサムスン、タイの日系自動車会社などが減産に追い込まれました。
■中国が2カ月閉鎖されるとGDPは3.5%減少する
兵庫県立大学の井上寛康と私が日本の国内のサプライチェーンのデータを使って分析した結果、東日本大震災によって生産設備が破壊されたことによる直接的な付加価値生産額の減少は約1000億円でGDPの0.02%でした。
直接被害は地域的には東北地方および関東の一部に限られていましたが、被災地からの素材や部品の供給が止まり、被災地での需要が急減したことで、その影響はサプライチェーンを通じて全国に広がっていきました。
図表2は、震災当日から60日目までに通常よりも生産を減らした企業を、点で示したものです。最も濃い点は8割以上生産を減らした企業を表しています。これを見ると、震災から20日後の段階で、全国の多くの企業が大幅な減産を強いられていたことがわかります。その影響は、震災後60日経った後でも全国で持続していたのです。
震災後のサプライチェーンの途絶によって間接的にもたらされた生産減少の総額は11兆円、GDPの2.3%と直接的な影響の100倍に上りました。
東日本大震災から約10年後、グローバル・サプライチェーン途絶の問題は、コロナで再びクローズアップされることとなりました。ある推計によると、中国が2カ月間経済封鎖されると、その影響は全世界に波及してGDPは3.5%減少するといいます。
■「スモールワールド・ネットワーク」は波及効果が大きい
このような波及効果はサプライヤーからの部材の供給が途絶したときに他社への代替が容易であればあるほど、小さくなります。たとえば、供給が途絶した部材をどの企業からも調達できると仮定すれば、波及効果はほとんどゼロに近くなります。
日本のサプライチェーンにおいて、これは深刻な問題です。最終財メーカーとそのサプライヤーが「系列」と呼ばれる長期的な信頼関係で結ばれているからです。最終財メーカーはサプライヤーと特殊な部品を共同開発して安定的に調達するために、あるサプライヤーからの部材の供給が途絶えても、すぐに他のサプライヤーから調達するということがなかなかできません。
その結果、サプライチェーンを通じた波及効果はより深刻になってしまうのです。
また、サプライチェーンが「スモールワールド・ネットワーク」を形成していることも波及効果を拡大します。「スモールワールド」というのは、メンバー同士が直接つながっていなくても、幾人かの知り合いを介して間接的につながっていることが多いネットワークです。
ほとんどの企業には主要なサプライヤーや顧客企業が数社しかありませんが、なかには数千社の企業とつながっている企業もあります。自動車産業では、トヨタ自動車や本田技研、電機電子産業では日立製作所やパナソニックなどがそれにあたり、これらの企業をサプライチェーンのハブと呼びます。
ネットワークにこのようなハブが存在した場合、全員が間接的には近い関係でつながっていることが知られています。実際、日本のサプライチェーンをたどっていけば、ある企業から別の企業まで平均的に約5社目でたどりつけるのです。
このような構造の場合、ある企業からの部材の供給が途絶えると、その影響はすぐにハブ企業、そしてハブ企業の膨大な数のサプライヤーや顧客にも影響が波及します。
■海外との取引のある企業は災害の影響を受けづらい
では、国境をまたぐグローバル・サプライチェーンではどうでしょうか。この点については、これまであまりデータがなかったために研究がなされてきませんでしたが、最近になって、各国の上場企業の有価証券報告書や企業のウェブサイト情報などを基にして、グローバル・サプライチェーンに関するデータ構築がなされはじめています。
私は早稲田大学大学院生の柏木柚香らと、こうしたデータを使って2012年にアメリカ東海岸を襲ったハリケーン・サンディによる影響が世界に波及したかどうかを調べました。ハリケーン・サンディは、ニューヨークなどのアメリカの産業の中心地を直撃し、500億ドルに及ぶ経済的な被害を及ぼした、2010年以降では東日本大震災に次ぐ経済被害をもたらした大災害です。
分析の結果、ハリケーンの被災地外のアメリカの企業が被災地企業とサプライチェーンでつながっていれば、その企業の災害後の売上はそうでない企業にくらべて平均で20%も低いことがわかりました。
しかし、意外なことに、アメリカ国外の企業が被災地企業とサプライチェーンでつながっていても、必ずしも災害後の売上が下がるということはありませんでした。これは、ハリケーンの影響が国外には波及しなかったということを示しています。
われわれはさらに、アメリカ国内の企業を海外の企業と取引をしている企業としていない企業とにわけて、波及効果の違いを分析しました。すると、海外企業とつながったアメリカ企業は、被災地企業とつながっていたとしてもそれほど売上を減らしていませんでした。
■密なネットワークが経済への影響を抑え込む
つまり、アメリカ国内にいようが国外にいようが、海外との取引がある企業にはハリケーンの影響がそれほど波及しなかったのです。これはなぜでしょうか。
海外との取引がある企業は、グローバル・サプライチェーンを通じてさまざまな情報を得ており、万一自分の取引先が被災して部材の供給が滞ったり、受注量が減ったりしても、その情報をうまく活用して新たな取引先を見つけることができるのではないかと考えられます。
さらに、アメリカ国内の企業のネットワークが密であるとき、サプライチェーンを通じたハリケーンの波及効果はより大きくなることがわかりました。逆に、アメリカ国外の企業の場合には、そのネットワークが密であると波及効果は小さくなりました。
つまり、国内企業の場合には密なネットワークの中で波及効果が循環して増幅されますが、グローバルな企業の場合には、密なネットワークを持つことでむしろ災害の効果の波及を阻止することができているわけです。
これは、グローバルな企業は海外の「よそ者」ともつながっており、グループ内で密につながっているとしても、波及効果をグループ外にうまく逃すことができるからだと考えられます。つまり、強い絆とよそ者とのつながりを併せ持った多様なネットワークが最強なのです。
■サプライチェーンは災害のショックを軽減もする
経済が災害などのショックに見舞われた場合、その影響はサプライチェーンを通じて波及します。しかし、だからといってサプライチェーンをグローバルに拡大するのはやめたほうがよいというのは短絡的です。サプライチェーンには官民の支援を被災企業に届ける経路になるというプラス面もあるのです。
たとえば、2011年の東日本大震災のときにも、被災直後には自動車メーカーは「年内に正常化ができればよい」という見通しでしたが、実際には7月にはかなりの程度生産が復旧していました。この原因の一つは、顧客企業が被災したサプライヤーを支援したことです。
サプライチェーンが被災後の支援を媒介する働きについて、私はシドニー大学のマトウシュらとデータで検証しました。その結果、被災地外にサプライヤーや顧客企業がいる企業は、他社から復旧支援を受け、操業停止時間が短くなる傾向があることがわかりました。逆に、被災地内の企業とつながっている場合には、他の企業から支援を受けることがむしろ少なくなっていました。被災地内の企業は他社を支援する余力がなかったのです。
といっても、被災地内のつながりが復旧に何の効果もなかったわけではありません。もう少し長期的な影響を分析したところ、被災地内の企業と取引があったほうがむしろ震災後半年間の売上高が大きいことがわかったのです。
■ポストコロナ時代のサプライチェーンのあり方
これらの分析は、グローバル化によって海外から経済ショックが流入しやすくなる問題に対する対処法をはっきりと示しています。キーワードは「多様なつながり」です。
さまざまなグループと多様につながることで、あるグループからショックが流入したとしても、別のグループで代替することでショックを緩和することができます。つまり、グローバル化によって高まるリスクに対しては、グローバル化の逆行ではなく、むしろさらにグローバル化してパートナーを多様化することで対処が可能なのです。
多様につながることで企業が災害に対して強靭になれることは、データで示されています。東日本大震災前に他社との代替生産の取り決めをしたり、部材を分散発注したりしていた被災地企業は、そうでない企業にくらべて震災後の売上高が40%前後が多かったこともわかっています。
多様化は、ポストコロナ時代のサプライチェーン、バリューチェーンのあり方のキーワードでもあるのです。
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早稲田大学政治経済学術院 教授
東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・専攻長などを経て現職。著書に『途上国化する日本』(日経プレミアシリーズ)、『日本経済の底力』(中公新書)、『なぜ「よそ者」』とつながることが最強なのか』(プレジデント社)など。
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(早稲田大学政治経済学術院 教授 戸堂 康之)
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