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「理想だけでCO2は減らない」脱原発に突き進むドイツの苦しみを知っているか

プレジデントオンライン / 2020年12月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Buchel

現在のドイツの基幹電源は原発と石炭火力だ。だが、よりによっていま、これら2つを放棄しようとしている。それで産業先進国が成り立つのか? しかし、現在のドイツではこのような問題提起はタブーだ。日本がそこから学ぶべきこととは——。

■再エネはお天気次第だから二重投資が必要で採算が合わない

菅義偉首相が所信表明演説で、2050年までに省エネを徹底、再エネを最大限導入し、脱炭素社会の実現を目指すと宣言した。具体的には、2050年までに温室効果ガス(CO2)の排出をプラスマイナス・ゼロにする。これは、EU諸国が声を揃えて言っていることなので、日本も歩調を合わせざるを得ない事情は容易に想像できる。

しかし問題は、どうやって実行するかだ。省エネと再エネ(再生可能エネルギー)の推進で解決できるほど、事態は単純ではない。

再エネはお天気次第なので、いくら設備が増えても必ず足りなくなる時がある。そのバックアップに化石燃料を使うとあまりCO2は減らないし、そもそも二重投資になるので採算が合わない。お天気に恵まれた時に出来過ぎた再エネ電気を貯められれば世話はないが、大規模で、しかも採算の取れる蓄電装置が2050年までにできるかどうか? おそらく無理だろう。

■期待される水素は実用に程遠く、頼りになるのは火力発電

では、未来のエネルギーと期待される水素はというと、これも、オリンピックの目玉にはできても、一般的な実用には程遠い。しかも、水素は掘れば出てくるものではないから、水を分解して取り出すにもエネルギーがいるし、それを輸送可能な形にするにもエネルギーがいる。一般販売で採算が合う日が来るのは、かなり先の話だ。

水力は、ダム貯水量や水流量の範囲で需要に合わせて発電できるというメリットはあるが、大型ダムの建設には、地形の制約の他、生態系の破壊などの問題も絡むので、これからの大規模な増設はあり得ない。

バイオマスは、日本の場合、木材チップを輸入して使っているような状態なので、こちらも主力となることはないだろう。チップの輸送などを考えたら、どこまで脱炭素に効果的なのかもよくわからない。木はそのまま切らずにおいた方がCO2を吸ってくれて良いと思うのは、素人考えか?

残るのは石炭とガスで、こちらは電源としては頼りになるし、採算も取れる。現在、日本では、抜群に効率の良い火力発電の技術が進んでおり、それらはCO2削減に大いに貢献もできる。ただ、残念ながら、排出はゼロではない。

■核廃棄物は人間と接触しない地下深い場所で貯蔵・処分が可能

結局、脱炭素計画を絵に描いたモチにしたくなければ、おのずと原子力が浮上するだろう。CO2は出さないし、コストも低い。よく原発に関しては「トイレのないマンション」などというホラー話が語られるが、核廃棄物は絶対に人間と接触することのない地下深い場所に貯蔵・処分すべきで、また、それは可能だ。世界の国々がやろうとしていることを、日本だけができないはずもない。

それどころか、青森の六ヶ所村の燃料サイクル(再処理)がようやく許可されたので、これが稼働し始めれば、最終的に残る高レベルの廃棄物の量は劇的に減る。一人の人間が一生のあいだ原発電気を使ったとしても、その量は単1乾電池1個分ほどだというから、これをガラスに閉じ込めて貯蔵・処分すれば良い。

菅政権がそこまで腹を括っているのかどうかはわからないが、しかし、日本の場合、少なくとも、やる気になれば原発はフルに活用できる。これは絶対の強みだ!

ドイツ送電線
写真提供=川口マーン惠美
ドイツの送電線 - 写真提供=川口マーン惠美

■原発を蛇蝎の如く嫌うドイツ国民をひどく怒らせたメルケル首相

ところが、それをやれないのがドイツ。ドイツでは2022年までにすべての原発を止めることになっている。

ちなみに、ドイツの脱原発はCDU(キリスト教民主同盟)のメルケル首相が決めたと思っている人が多いが、実は、布石を敷いたのはSPD(社会民主党)のシュレーダー前首相だ。彼は1998年に政権をとった後、エネルギー転換の青写真を作った。それは、原発の新設はせず、今あるものも一定の発電量に達したら徐々に止めていく。その間に省エネを進め、再エネとガス火力を増やし、無理なく脱原発に移行するという、まことに冷静な計画だった。

ところが2009年に政権を奪取したメルケル首相は、その翌年、シュレーダー前首相の脱原発計画を覆し、各原発の稼働期間を一気に平均12年延長した。そして、これが、原発を蛇蝎の如く嫌うドイツ国民をひどく怒らせたことに気づいて青くなるのだが、奇しくも、間もなく地球の裏側で大地震が起こった。

■メルケル首相が脱原発転換に利用した「福島がすべてを変えた」

その時、津波で大事故を起こした福島第一原発を見たメルケル首相の脳裏に名案がひらめく。脱原発である! ただ、シュレーダーの計画に自分が加えた修正を撤回するだけでは、自分の間違いを認めることになる。やるなら、さらにラディカルな脱原発にしなくてはならない。

その時、彼女が挙げた理由が、かの有名な「福島がすべてを変えた」だった。

こうしてメルケル首相は、地震も津波もないドイツという国の、世界一安全と言われていた原発を、2022年までにすべて止めると宣言したのである。

そして、この、ほとんど思いつきに近いエネルギー転換政策が国民を感動させた。彼らにしてみれば、40年来の夢がようやく実現するのである。当然、議員も浮き足立って付和雷同。脱原発法案はあっという間に国会を通過した。

以来、CDUは緑の党よりもグリーンになり、メルケルは惑星を守る指導者だ。こうしてドイツ人は理想に向かって突っ走った。

■原発は減ったが代替の火力発電投入でCO2は減らない

あれから9年の歳月が過ぎ、福島事故当時に17基あったドイツの原発のうち、すでに11基が停止した。しかし、その代替に火力発電が投入されたためCO2は減らない。

一方、再エネ電気は潤沢な補助金のおかげで急増し、全発電量の4割前後を占めるに至ったが、お天気次第なので給電指令に応じられないのが致命的だ。

また、再エネの補助金は一般国民の電気代に乗っているので、今や電気代はEUで一番高い。ドイツの脱原発は、今のところ国益にはあまりつながっていない。物理学者メルケルが、これらを想定していなかったとは思えない。国民も次第に何かおかしいと感じている。それでも、メルケルはいまだに健在だ。

■ドイツの脱原発はポピュリズム政策の最たるもの

ところで、「福島がすべてを変えた」という言葉は何だったのか? これは、日本のような高度な技術を持った国でも事故になるのだから原発はやはり危険だと認識したメルケルが、安全確保のために踏み切った政策と解釈されたが、本当にそうだろうか。

ドイツの周辺には原発国がたくさんあり、ひとたびどこかが事故を起こせばどうなるかは、チェルノブイリが証明している。ドイツから原発が消えても、必ずしもドイツが安全にならないことは中学生でもわかる。

しかもドイツ人は去年、果敢にも、2038年までに石炭火力もすべて止めると宣言した。現在のドイツの基幹電源は原発と石炭火力だ。よりによって、これら二つを放棄して、産業先進国が成り立つのか?

しかし、現在のドイツではこのような問題提起はタブーだ。脱原発は国民の総意なので、政治家は怖くて触れないという理由が大きい。そういう意味では、ドイツの脱原発はポピュリズム政策の最たるものだといえるだろう。

■オランダはCO2削減達成のため、3~10基の原発新設を検討

今年の9月、オランダ政府が、CO2削減目標の達成のため、3~10基の原発の新設を検討すると発表した。現在、オランダの電源は天然ガスと石炭が8割以上を占める。原発は1973年に建設された1基のみが稼働している。

しかし、電気需要は目下のところ、電気自動車の増加や水素エネルギーの振興などで急激に増えつつあり、これを石炭火力で賄っているとパリ協定のCO2削減目標は守れない。そこで原発シフトという抜本的なエネルギー改革が浮上した。

ルッテ首相いわく、「風と太陽で7割の電気を賄うというのは非現実的」。

もちろん、その背景には、ロシアのガスへの過剰な依存を避けたいという強い意志も働いている。

オランダは、国土の4分の1が海抜ゼロメートル以下だが、17世紀以来の治水の歴史がある。だから原発に関しても、高潮や洪水に厳重な対策を施せば安全確保は可能という見解に立っている。地震も津波もないドイツが原発を止めようとしているのとは対照的だ。

しかも人々は、巨大な風車と太陽光パネルで国土が覆われることも好まない。「われわれはオランダをぐちゃぐちゃな風景の国にするつもりはない」。新しい原発は2030年代の稼働を目指し、2025年には建設に取り掛かりたいという。

■ドイツは原発を止めたい一心で敏感だった「景観」も無視

一方のドイツはすでに3万本もの風車を立てているが、まだまだ足りないとして四方八方にハッパをかけている。建設を加速するため、さまざまな工夫がなされており、国土はおのずと“ぐちゃぐちゃ”になりつつある。あれほど景観に敏感な人たちだったのに、なぜ、こんなことになっているのか理解に苦しむ。ひたすら原発を止めたい一心だ。

ドイツ風力発電
写真提供=川口マーン惠美
ドイツの風力発電 - 写真提供=川口マーン惠美

日本では今、3年に一度の「エネルギー基本政策」の見直しが始まり、産業界の代表から原発を重視すべきという声が上がった。今までにはなかったことだ。

エネルギーは安全保障という国の根幹に関わる分野だ。なのに、これまで日本の世論は、エネルギーの重要さをあまりにも軽視し続けてきた。しかし、エネルギー貧国の日本、ここらへんで目を覚まさなければ、国富がさらに失われるばかりか、いずれ国の独立さえ保てなくなる。

政治家は票を失わないよう「民意を尊重」と言っていれば良いかもしれないが、国富が損なわれたり、国の独立が危ぶまれたりして困るのは国民だ。だから、エネルギーに関しては、ドイツではなく、オランダに理があることに私たち自身が気づき、正しい「民意」を形成していかなければならないと思う。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。85年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。90年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)など著書多数。最新刊は『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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