日本が経済大国であり続ける絶対条件「オールジャパンに固執してはいけない」
プレジデントオンライン / 2020年12月8日 9時15分
■中国との経済関係につきまとう3つのリスク
大統領選前から、日本にとって最大の経済的課題の1つは、今後中国と貿易や投資、技術移転などの経済面でのつながりをどうすべきかということであった。中国との経済関係に様々なリスクが伴うことがはっきりしてきたからだ。
第1に、コロナ前から米中の分断(デカップリング)が進んでいた。アメリカは安全保障上の脅威を理由にファーウェイなど中国のハイテク企業に対する輸出を実質的に禁止し、中国からの投資や中国との技術連携を強く規制したからだ。中国のハイテク企業と多くの取引を行う日本企業もこれらの規制とは無縁ではいられない。
第2に、コロナ感染初期には中国からの部品の供給が滞り、中国での需要が縮小したことでグローバルなサプライチェーンが途絶して、日本国内の生産に大きな影響が出た。
第3に、中国との経済関係には常に政治問題に起因するリスクがあることが再認識された。コロナ感染拡大後に、オーストラリアが中国に対してコロナ発生源の調査を要求したことに対して、中国はオーストラリアから大麦、ワイン、牛肉、石炭などの輸入を制限した。このことは、2010年に尖閣諸島沖での中国漁船体当たり事件を契機に、中国がレアアースの対日輸出を規制したことを思い起こさせる。
これらのリスクは、バイデン新政権になっても変わらない。アメリカの対中強硬姿勢に大きな転換があるとは考えにくい。また、中国もそれに対して強く対抗し続けるだろう。そもそも、米中分断は中国の経済力、軍事力がアメリカに拮抗しようとするところまで迫ってきた中での覇権争いが背景にあり、今後長期にわたって続くと予想される。
■中国依存脱却は「自由で開かれたインド太平洋」がカギ
これらのリスクは、中国が日本の貿易総額の約2割を占める最大の貿易相手国であることで、増幅されている。リスクを減らすためには、まずは貿易や対外投資における中国依存を減らすべきだ。
ただし、生産拠点の国内回帰では、国内の大災害によるサプライチェーンの途絶に対応できず、必ずしもリスクを下げることにならない。取引相手の多様化こそがリスクを軽減する。日本はこれまで貿易・投資の関係が必ずしも十分でなかったASEAN後発国やインドをはじめとする南アジア、アフリカ諸国などにも生産拠点や輸出を拡充していくべきである。
そのためには、日本政府が主導する「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想をさらに進展させることが1つの方法だ。FOIPは、環太平洋地域、環インド洋地域(アフリカ東海岸を含む)で、民主主義と法の支配、市場経済、自由貿易などに基づく平和と繁栄を目指すもので、米豪印にも支持されている。バイデン新政権も、これを支持し続けることは間違いない。
![若いビジネスチームが地球儀を持ち上げる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/c/670/img_fc33476b5ed59642b6310226a104bf3d694941.jpg)
■経済と安全保障を切り分けてつきあう
とは言え、中国は現在世界の生産量の約2割を占めている隣国である。中国依存を減らしながらも、相当程度の経済的なつながりを保つことも日本経済にとっては不可欠だ。そのためには、経済と安全保障を切り分けるための国際ルールを構築し、どのような貿易や投資、技術移転が安全保障を理由として規制されうるのかを、できるだけ明確にすることだ。
この点では、バイデン新政権はトランプ現政権よりもはるかに期待が持てる。バイデン新政権は国際協調の重視をはっきりさせているからだ。トランプ大統領は、WTO(世界貿易機関)の紛争解決手続きに対して強い不満を抱き、その上級委員会を機能停止に追い込んだ。オバマ前政権下で署名されたTPP、気候変動に関するパリ協定、WHO(世界保健機関)などの国際的枠組みからは実際に離脱している。バイデン新政権では、WTOの機能を回復させ、WHOやパリ協定に復帰することが期待されている。
経済と安全保障を切り分ける国際ルールはすでにWTOで規定されているが、条文があいまいなために、広い解釈が可能だ。しかもこれまでは、安全保障を理由とした貿易規制はWTOの紛争解決手続きではほとんど審査されていない。バイデン新政権下でWTOの紛争解決手続きが再開されることで、近年拡大している安全保障を理由とした貿易規制がどこまで認められるかについてのルールが明確になっていく可能性がある。
■三菱重工スペースジェット開発凍結の教訓
うまく経済と安全保障を切り分けられたとしても、ハイテク分野では米中の分断が続くだろう。中国のハイテク企業がアメリカ経済から分断されると、世界的にイノベーションが停滞することが予想される。中国のハイテク企業は、すでに5G、AI(人工知能)、フィンテックなど様々な分野で世界の最先端を走っているからだ。アメリカの対中政策には、中国企業に対する技術移転や中国の企業や大学との共同研究に対する規制も含まれており、その影響は大きい。
この状況はある意味で日本にとってチャンスでもある。アメリカは、中国に代わって独自の5Gを開発するなど高度なイノベーションのための知的連携のパートナーを探している。日本がその一端を担うことは十分に可能性がある。
とは言え、もともと日本は他国との知的連携が十分でなく、「オールジャパン」を重視する風潮がある。各国の特許で海外との共同研究が占める割合で見ると、日本は主要国の中で極端に低い。グローバルな知的連携の欠如から、新しい情報や知識を海外から取り入れられていないことが、近年顕著な日本の技術力の低下の1つの原因でもある。
先日「いったん立ち止まる」ことが発表された三菱重工業のスペースジェット(旧MRJ)開発のケースは示唆的だ。
もともと2013年に初号機納入の予定が遅れに遅れ、もともとは日本人中心で開発を行っていたものが、2016年に航空機開発の経験の多い外国人エンジニアを最高開発責任者に据えて300人以上の外国人エンジニアも開発に携わる体制に変わった。しかし、外国人と日本人エンジニアとの軋轢のために、この体制もうまくいかなかったことが事実上の開発凍結につながったという。
■日米豪印を中心とした知的ネットワークを強化せよ
本来、組織内の仲間と強くつながりつつ外国人などの「よそ者」ともつながることで、企業や個人のパフォーマンスは大きく向上するはずだ。よそ者から新しい知識を吸収し、それを仲間内で共有することでイノベーションが起きるからだ。このことについては多くのエビデンスがあるが、紙幅の関係上ここで紹介することはできない。興味のある方は拙著『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか―生存戦略としてのネットワーク経済学入門』をお読みいただきたい。
![戸堂康之『なぜ「よそ者」とつながることが最強なのか』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/e/200/img_1e0ba4bf6cad84fc52cff80965522457339031.jpg)
オールジャパンにこだわらず多様なネットワークを構築し、様々なよそ者から柔軟に知識を取り入れて活用できるようにすることが、日本の企業や大学には求められている。むろん、その相手はアメリカだけではない。ヨーロッパ諸国やオーストラリア、シンガポール、台湾などグローバルな技術先進国と多様につながることが必要なのだ。
そのためには、政府の支援も必要だ。特にこの状況では、日米豪印を中心とした国際的な知的ネットワークのプラットフォームを整備することが有効であろう。コロナ感染拡大後には、日豪印でサプライチェーンの強靭化に向けた新たなイニシアチブの立ち上げが提唱されている。
グローバル・サプライチェーンの途絶のリスクに備えることは必要だ。しかし、それ以上にグローバルな知的ネットワークの中心の1つとなってイノベーションを活性化させることは、日本にとって死活問題である。例えば、インド太平洋地域に貿易やインフラネットワークだけではなく、研究開発や技術移転での連携による知的ネットワークを構築することをFOIPのもう1つの柱に据えるなど、本腰を入れた政策を期待したい。
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早稲田大学政治経済学術院 教授
東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授・専攻長などを経て現職。著書に『途上国化する日本』(日経プレミアシリーズ)、『日本経済の底力』(中公新書)、『なぜ「よそ者」』とつながることが最強なのか』(プレジデント社)など。
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(早稲田大学政治経済学術院 教授 戸堂 康之)
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