「毒親に感謝する必要は一切ない」私が両親からの教育虐待を告発した理由
プレジデントオンライン / 2020年12月10日 15時15分
※本稿は、古谷経衡『毒親と絶縁する』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■大学を一〇〇〇万円かけて卒業させてもらったことは幸せなのか
最近「毒親(どくおや)」という造語が流行っている。毒親とは「過干渉や暴言・暴力などで、子供を思い通りに支配したり、自分を優先して子供を構わなかったりする『毒になる親』のことをいう」(NHK「クローズアップ現代+」二〇一九年四月一八日)。まさしく教育虐待とは、この「毒親」にすっぽり包摂される概念である。
過去、あるいは現在においてこの「毒親」の被害に遭っている当事者である子供は、どのようにそれに抵抗したらよいのかを記したい。
筆者は大学を三回の留年の末、七年かかって「卒業させてもらった」。当然この費用は、学費だけで七〇〇万円近くになり、仕送りを含めるとその総額は軽く一〇〇〇万円を超える。
これは厳然たる事実であり、経済苦で大学に通うことができない、あるいは中退せざるをえなかった学生、まして二〇二〇年の新型コロナウイルス禍により、ますますその深刻の度を増した世の中にいて、奨学金返済の義務を負うこともなく大学を卒業した私に対し、「少しぐらい親に感謝したらどうか」という意見があってもおかしくはないと思う。
しかし、これは私の意思ではない。両親の一方的な支配のもと、強制された進路をいやいやながらに私が完結させた結果である。それがいかに私に利益をもたらそうと、当事者である子供の了解を一切得ないで行われたその行為は、「同意を得ていない」という一点においてあらゆる抗弁をもってしても正当化できるものではない。
■ほとんどの被害者は何ら抵抗もしないまま力尽きる
日本国憲法には国民の義務として、「親が子に教育を受けさせる義務」が明記されているが、それは原則義務教育の範囲だけであり、それを超えた親による教育虐待は、「子供の同意を得ていない」「子供の意思を一切無視している」という事実で、全く正当化される要素は無いのである。
この点は、過去そして現在も教育虐待を受けている当事者が、胸を張って主張してよい反論であり正論である。結果としていかに利益を享受していても、当人の意思を無視したそれは、やはり単なる押しつけであり、反発して当然なのである。
私は自発的意思と小さくない行動力によって親による教育虐待に対抗し、その関係性を清算するのに二〇年かかった。しかし、私と同じような行動を取れる被害者は少ないと思う。多分にこれは私の内側に強烈な自立の自我があったためで、むしろ教育虐待の被害者にあって幾分レアともいえる事例だろう。
過去を振り返る時、私の行ったあらゆる両親への抵抗は、少し計画が狂えば即座に頓挫する危険性があった。私が嘘をついたり捏造までして両親に抵抗したのは、私に多少の知恵と「蛮勇」ともいうべき行動力があったからで、ほとんどの被害者は、「毒親」に包摂される教育虐待の犠牲者としてあり続け、何ら抵抗もしないまま力尽きるか、最悪、私よりさらに重い精神的障害を負う羽目になり、そのあとは抵抗する気力すら持ちえない場合も考えられるからである。
■プリンターで印刷した文書で絶縁宣言するだけでもいい
現に「毒親」という言葉がこれだけ認知されている状況を見れば、仮に物理的・経済的に「毒親」との関係性を希薄にしても、その被害の実相を加害者(親)に告知して謝罪を求めることはせず、むしろ、「触れないほうがよい」という判断を下して、苦々しい屈辱の思いとともに沈黙している場合が多いのではないか。
私は、そのような被害者の方々に言いたい。それでも抵抗せよ、と。二一世紀になった現在、かつての列強による植民地のほとんどが独立を果たしたように、同意なき一方的な支配や押しつけは、必ず瓦解し、被支配者の解放が実現されている。個人でもこれは同じで、親による支配は、永遠に続くものではない。長い長い夜は続くが、その後、必ず光明は見えると私は信じている。現に私はそれを実践している。
むろん、抵抗には信じられないほど膨大なエネルギーが必要である。日本においては親と「絶縁」する正式な方法は無いが、精神的に離別する方法はいくらでもある。親につけられた名前の改名や、相続放棄宣言、絶縁宣言書の制作は、驚くほど廉価にすることができるし、何ならこのような手続きをしなくても、単にプリンターで印刷した文書でもって親に「絶縁」を突き付けるだけでも事足りる場合もある。
■忘れることは根本的解決にはならない
教育虐待の加害者は、必ず自らの行為を正当化する。一方、被害を受けた側は、たとえ加害者がそのことをきれいさっぱり忘れたとしても、一生消えることのない傷として屈辱とともにそれを抱き続けている。被害者はこの傷をできるだけ早期に忘れようとすることで、親からの加虐を希薄化したいと思う。
それが最も簡単な方法だからだ。だがそれは根本的解決ではない。一度受けた精神的な傷は、後年心のアンバランスとなって必ず噴出する。私にパニック障害の再発という結果でそれが噴出したように、いかに虐待の傷を忘れようと努力しても、その傷は消えない。だから、被害者はむしろその傷を忘れようと努力するのではなく、その傷と向き合わなければならない。結果として、傷は完全には消えないものの、その傷の修復は、傷そのものと向き合ったほうが早くできる。私が二〇年かかって出した結論はこれだ。
![寝室の窓の傍に立っている疲れた女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/7/670/img_67d777b510c3fc7abdeb0a76c58286ab262043.jpg)
抵抗の方法は、個別のケースによって様々である。経済的に支配された被害者は、その圧倒的な力関係によって、親に物申すことができないだろう。特に学費や健康保険を親に依存している若者はこのケースに当たり、面と向かっての加虐への抵抗や追及は大変に難しいだろう。
しかしこの経済的支配も、いつしか必ず終わる時が来る。よほど特殊な事例でない限り、親の経済的優位は永遠に続くものではない。子供は経済的に、そして社会的にもいつかは独立する。その時まで、抵抗の炎を秘しておくのも、また戦略としては正しいだろう。
■成人するまでにできるのは「幅広い世界観と教養の獲得」
常に損得を考えることだ。巨大な力を持つ加害者に抵抗する機会は、いつの世でも加害者が相対的に弱くなった時だ。もしあなたが思春期に教育虐待の被害に遭ったのなら、その時に抵抗するすべはほとんど無いだろう。親は無思慮にあなたの人生に介入し、まるで主人のようにあなたの人生を支配しようとし、創造主のようにあなたの人生を設計し、そしてその進路を一方的に強制してくる。
だが、抵抗の意志を持ち続ける限り、やがてあなたが成人して以降、機会は必ず訪れるだろう。問題はそれまで、自分の心の中に抵抗の炎を燃やし続けておくゆるぎない意志があるかどうかである。その意志の炎は、幸いなことに維持費を必要としない、最も経済的な灯台だ。抵抗の炎を燃やし続けるのに一番の方法は、幅広い世界観と教養の獲得だ。知識の蓄積としての教養こそが、抵抗の炎を燃やし続けてくれる一助になる。
視野を広げ、様々な事柄への知識を貪欲に吸収し、体験することだ。そうすれば自らが受けた教育虐待の全体像が俯瞰できるようになり、同時にそれがいかに酷い仕打ちであり、抵抗する正当性が立派に存在するかということを再認識させてくれる。
■「親孝行」するに値しない親には、子供は一切感謝する必要ない
ここに懊悩(おうのう)は消し飛ぶ。自らが被害者として正当な権利を有し、加害者が徹頭徹尾間違っていることを理論的に理解できるようになる。そうすれば、自らの子供にも、同じことを強制する愚を犯すことは無くなるだろう。負の連鎖はここで断ち切ることができる。要するに加虐に打ち勝つためには、自らが加害者より賢く、より利口になるより他無いのである。
![古谷経衡『毒親と絶縁する』(集英社新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/4/200/img_d45070f5d84be9a3c254edeb0735d31a142276.jpg)
「親孝行」という言葉が昔からある。子供は親に感謝すべきもので、親が年を取ったなら子供は親に受けた恩を返さなければならないという、家父長制に基づいた封建的な親子関係を規定した言葉だ。私は「親孝行」を否定するつもりは無い。むしろ、「孝行」に値する親であれば、私はいくらでも親に感謝の念を抱くことができるだろう。
しかし世の中には、「親孝行」するに値しない親、というものが存在するという事実はもっと知らされるべきだ。そして「親孝行」するに値しない親には、子供は一切感謝する必要は無く、むしろ自らが受けた被害の回復や謝罪の要求を正当な権利として有しているという事実を、社会が共有することが重要である。
■「親子関係はいつも良好」という誤解
親子関係は、常に良い関係性として、つまり良好であるという模範的状況を前提として学校や社会やメディアの中で繰り返し喧伝されている。だが、そうではない親子関係がある、ということはもっと広く認知されるべきだ。親による一方的な支配が子供を苦しめていること、親による一方的な押しつけが子供の精神を破壊する場合があることを、社会はもっと知るべきだと思う。
そうすることで、現在ではほぼ不可能だが、「家庭内での過度で非常識な教育方針」が、第三者の手によって矯正される可能性が開けてくる。ただじっと親からの加虐に耐えている未成年の子供にも、第三者による手助けが積極的に行われるようになるかもしれない。
この分野では日本はまだまだ後進国だ。抵抗の炎を自力で維持するのは膨大なエネルギーがいる。外部の助力を求める選択肢があらゆる子供にもたらされる社会制度の確立を、私は願ってやまない。
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文筆家
1982年、札幌市生まれ。立命館大学文学部卒。保守派論客として各紙誌に寄稿するほか、テレビ・ラジオなどでもコメンテーターを務める。オタク文化にも精通する。著書に『「意識高い系」の研究』( 文春新書)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)など。
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(文筆家 古谷 経衡)
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