オードリー・タン「限られたマスクを全国民に配るうえで最も重要なこと」
プレジデントオンライン / 2020年12月9日 11時15分
※本稿は、オードリー・タン『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「マスク3枚まで」と制限をかけたら品切れが続出
新型コロナウイルス対策に関して、政府が対処しなければならない大きな問題の一つがマスクの供給でした。SARSのときの反省を踏まえて、医療関係者には独自の流通経路が確保されていましたので問題は起こりませんでしたが、一般の人々に対して「いかにして早くマスクを届けるか」が大きな課題になりました。
当初、政府は「コンビニエンスストアやドラッグストアで誰もがマスクを3枚まで購入できる」という政策を進めました。しかし、一人の人が複数の店舗でマスクを購入するという問題が発生しました。あるコンビニでマスクを購入した人が、隣のコンビニに行ってまたマスクを購入したとしても、店側はチェックのしようがありません。実際、この方法を始めてすぐにマスクが品切れになり、パニックが起こりそうになりました。
台湾でコンビニを管轄している政府機関は「経済部」(日本でいえば経済産業省)であり、マスクの製造も同様に経済部の管轄です。しかし、経済部はいくつかの部局に分かれていて、コンビニについては「商業局」や「中小企業部」「国際貿易局」などが関係し、マスク生産については「工業局」が関係するなど、それぞれ職掌が異なりました。そのため、まず、経済部内で各部門間の調整をする必要があったのです。
■8つの関係部署をつなげなければ解決しない
次に、どのようにマスクを各地に配送するかについてですが、これは経済部だけで対処できる問題ではありません。経済部はビジネスや取引のために存在しているのではなく、各業界や業種それぞれの立場を守るために仕事をしているわけですから。
また、感染症は「衛生福利部」(日本でいえば厚生労働省)の所管ですが、「マスクを疾病対策にいかに利用するか」という政策を担当するのは、その下部組織の「疾病管制署」です。さらに、薬局は同じ衛生福利部の下部にある「食品薬物管理署」、全民健康保険カード(健康保険証)は「健康保険署」の管轄です。
このように、マスク対策に「経済部」と「衛生福利部」という2つの部と少なくとも6つの局が関わっているのです。さらに、毎日マスクの配送を請け負う郵便局は「交通部」(日本でいえば国土交通省)の管轄で、当然ここも関わってきます。
このように、一つの部会では解決できない問題が生じた場合、部会間で異なる価値を調整する必要があります。こうした部会間を横断する問題をデジタル技術を使ってクリアにしていくことが、デジタル担当政務委員としての私の仕事になりました。ちなみに、現在、行政院には私を含め、9人の政治委員がいます。
■ホットラインには市民から想定外の声が
これらの関係部局が集まって何度もマスク対策会議が開かれました。毎回各部門から上がってくる問題について議論しましたが、そのテーマは政府内から上がってくる問題だけでは済みませんでした。
たとえば、1922(政府が新型コロナウイルス対策の一環として設けたホットラインの番号)に、市民から「新しいアイデアを政府の指揮センターに伝えてほしい」という電話が入ってきた際に、そのアイデアについて議論をしたこともあります。また、「小学生の男の子がピンクのマスクを学校にして行ったら、友だちに笑われた」という母親の声が寄せられたときには、これにどう対処するかを話し合いました。
他にも、「マスクは繰り返し使ってよいのか」とか、「電熱釜で加熱すれば殺菌できる」という政府の公告に対して、「本当に水を入れずに加熱してよいのか」といった声が寄せられました。これら民間から上がってきた質問は、政府が想定していた内容をはるかに超えるものでした。
事態が進むにつれて、「マスクを普遍的に行き渡らせ、人々に使用してもらうことは、新型コロナウイルス対策で非常に重要な価値を持つ」という認識が政府内で共有され、私たちは民間の声も重視し、情報を寄せてくれた人たちともコミュニケーションをとるようになりました。
■「マスクの実名販売」に起きた問題
対策会議の結果、台湾の国民皆保険制度を活用して、全民健康保険カードを使った実名販売を始めることにしました。ただし、あるコンビニで誰かがマスクを購入したら、その情報がリアルタイムで別の店舗にも共有される必要があります。「この人はもう購入しているので、これ以上は購入できません」という情報が伝わらなければ、また複数店舗で購入する人が出てきます。
そこで実名販売を実現するために、全民健康保険カードを使うだけでなく、クレジットカードや利用者登録式の「悠遊カード」(日本のSuicaのような非接触型ICカード)を使ったキャッシュレス決済を組み込むことにしました。この方法であれば、誰がマスクを購入したかを確実に把握することができます。
ところが、いざスタートしてみると、この方法でマスクを購入した人は全体の4割しかいないことがわかりました。つまり、現金や無記名式の「悠遊カード」を使い慣れていた高齢者には不便な方法だったのです。これは単にデジタルディバイド(情報格差)の問題ではありません。防疫政策の綻(ほころ)びです。マスクを購入できた人と購入できなかった人の割合が半々では、防疫の意味をなしません。
■現金派とキャッシュレス派、どちらも買えるように
かといって、高齢者に使い慣れた現金や無記名式の悠遊カードを使うのをやめてもらい、「これからは記名制の『悠遊カード』を使いなさい」「キャッシュレス決済を学びなさい」と迫るのはナンセンスです。
そこで、この方法はとりあえず停止して、まずは全民健康保険カードを持って薬局に並んでマスクを購入してもらうことにしました。これなら高齢者には慣れたやり方ですし、彼らには並ぶ時間的な余裕もあります。また、家族の全民健康保険カードを預かって一緒に買ってあげることもできるので、自分が家族に貢献しているという感覚も持てたようです。
並んで購入することは高齢者にとって負担となりますし、コンビニでの購入と比べれば時間的コストもかかります。しかし、結果として70~80%の人がマスクを購入することができ、台湾での防疫に大きな役割を果たしたのです。
その次に、今度は並んでマスクを購入する時間的余裕がない人のために、スマホを使ってコンビニでマスクを購入するシステムを設計しました。また、台北では自動販売機でマスクをキャッシュレス決済で購入できるようにしました。ただし、「誰がマスクを購入した」という情報は、中央健康保険署にリンクされるようにしました。また、中央健康保険署は台北市政府とリンクされ、さらに台北市政府内の衛生局や情報技術局ともリンクされて、情報共有が図られました。
■最も重要なのは「どの問題から先に処理するか」
一連のマスク対策で重要だったのは、“問題を処理する順序”でした。我々はまず対面式あるいは紙ベースでしか対応できない人について処理を行い、その方式を進める中で「もっと便利で早い方法を使いたい」という声に対応していきました。その結果、中央部会の各部局、外局、自治体のスマートシティ事務局、薬局、民間の科学技術関連企業など、あらゆる分野、機関を跨(また)いで全体を統合することで、マスク政策は一歩進んだものになりました。
マスクの実名販売制を進めた際、最初はコンビニでマスクを販売し、後に薬局での販売に切り替えました。コンビニでの販売期間はわずか3~4日だったと思いますが、この間に大きな混乱が起こりました。どこのコンビニにどれだけの在庫があるのかがわからなかったことが、この混乱の原因でした。海外でも大きな話題となった台湾のマスクマップのアイデアは、こんな状況から生まれてきたのです。
■マスクマップをどうやって作ったか
マスクマップができるきっかけは、台湾南部に住む一人の市民が、近隣店舗のマスク在庫状況を調べて地図アプリで公開したことから始まりました。私はそれをチャットアプリ「Slack(スラック)」で知りました。政府の情報公開やデジタル化を推進するスラック上のチャンネルには、8000人以上のシビックハッカー(政府が公開したデータを活用してアプリやサービスを開発する市井のプログラマー)が参加しており、コロナ対策に限っても、当時500人以上のシビックハッカーがいました。
私がマスクマップを作ることを提案し、行政がマスクの流通・在庫データを一般公開すると、シビックハッカーたちが協力して、どこの店舗にどれだけのマスクの在庫があるかがリアルタイムでわかる地図アプリを次々に開発しました。これによって、誰もが安心して効率的にマスクを購入できるようになったのです。
このような経緯で、台湾における新型コロナウイルス感染症防止の重要なポイントだったマスク対策は成功を収めることができたのです。
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台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
1981年台湾台北市生まれ。幼い頃からコンピュータに興味を示し、12歳でPerlを学び始める。15歳で中学校を中退、プログラマーとしてスタートアップ企業数社を設立。2005年、トランスジェンダーであることを公表し、女性への性別移行を始める(現在は「無性別」)。米アップルのデジタル顧問などを経て、2016年10月より史上最年少で台湾行政院に入閣、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)に登用され、部門を超えて行政や政治のデジタル化を主導する役割を担っている。
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(台湾デジタル担当政務委員(閣僚) オードリー・タン)
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