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歴史が証明“早急すぎるコロナワクチン承認”が招く最悪シナリオ

プレジデントオンライン / 2020年12月7日 18時15分

米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発した新型コロナウイルスワクチンのイメージ写真=2020年11月17日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■ワクチン承認でGDP成長率予想は下方修正の理由

現在、世界全体で新型コロナウイルスの感染再拡大(日米では第3波、欧州では第2波)が深刻だ。わが国では「Go Toトラベル」事業をはじめ人の移動が活発化したことによって感染者が増え、医療のひっ迫懸念が高まっている。その状況が続けば、わが国経済にはかなりのマイナスの影響があるだろう。わが国や世界経済が新型コロナウイルスの感染を克服するために、ワクチンは不可欠だ。

その点に関して、12月2日に英国の医薬品・医療製品規制庁(MHRA)が米ファイザーと独ビオンテックが開発したワクチンを承認したことは重要だ。両社に加え米モデルナも米食品医薬品局(FDA)に承認を申請した。英アストラゼネカもワクチン開発を進めている。ワクチン開発の進展は、世界経済の持ち直し期待を高め、国内外の株価を上昇させた。

ただし、先行きを楽観するのはまだ早い。政治的な思惑が絡み、今回のワクチン開発は急ピッチで進んだ。副作用のリスクは軽視できない。また、ワクチン供給が広がったとしても、一部産業の需要はコロナ禍以前の水準に戻らない恐れがある。

OECDが最新の経済予測において2021年には世界にワクチンの供給が広がるとの前提を置きつつも、足元の感染の深刻さを理由に来年の世界のGDP成長率予想を下方修正したのはそうした懸念が強いからだ。

■ソーシャルディスタンスの強化が経済に与えた影響

新型コロナウイルスというパンデミックの発生によって、世界の実体経済はかなり不安定な状況にある。最も重要なことは、ワクチンがない中で感染拡大を抑えるには、人の移動を制限せざるを得ないことだ。

12月2日に米国のFRB(連邦準備理事会)が公表した“ベージュブック(地区連銀経済報告)”の内容を確認すると、ソーシャルディスタンスの強化が経済に与えた影響が確認できる。10月以降、米国では感染第3波が発生し、飲食店の営業時間の短縮や集会に参加できる人数の制限が実施された。それが米国経済を下押ししている。

その結果、前回のベージュブック報告時(2020年10月)と比べた場合、12地区のうち4地区での経済成長はほとんど、あるいはまったくなかった。また、感染の第3波の影響によってフィラデルフィア連銀の管轄地区をはじめとする中西部地域では景気が減速し始めている。各地区の景況感を産業ごとに見ると、飲食、宿泊、航空をはじめとする非製造業の業況が軟化し、新規採用への慎重姿勢が強まっている。

■中国経済は成長の限界を迎えつつある

感染第3波は米国経済の持ち直しペースの停滞懸念を高めている。FRB内部では仮に景気が回復したとしても、雇用環境がコロナショック発生以前の状態に戻ることは容易ではないとの警戒感が強まっている。2023年までFRBが実質的なゼロ金利政策を継続する姿勢を示しているのは、先行き不安の強さを示している。

グーグルやアマゾンといった成長期待の高い大手ITプラットフォーマーを持つ米国でさえ、動線が絞られることの経済的なインパクトは大きい。それは、世界経済にとって無視できない問題だ。なぜなら、コロナショックが発生するまでの世界経済は、米国の緩やかな景気回復に支えられてそれなりの安定を維持したからだ。

足元、主要国の中で景気の回復が先行している中国では、政府系企業のデフォルト(債務不履行)が発生している。中国経済は経済成長の限界を迎えつつある。それだけに、いつ、どの程度の効果のあるワクチンの供給が世界に広がるかは重要だ。

■日本の株式市場で起きた“ワクチンラリー”

そう考えると、英国でのワクチン承認は、わが国経済にとって大きな福音といえる。米国や中国の経済と比較した場合、わが国にはEC(電子商取引)を支えるITプラットフォーマーが見当たらない。成長期待の高い企業を持たない分、わが国の景気回復には米中以上に時間がかかり、景気の回復ペースはかなり緩慢にならざるを得ない。

言い換えれば、わが国の経済成長には国内外で人々が自由に移動できる環境が欠かせない。人の移動は、わが国経済の屋台骨である自動車や機械の生産や販売、さらには国内外の観光や貿易取引の活発化を支える。ワクチン開発は、わが国経済の持ち直しペースを左右する大きな要因だ。

11月9日に米ファイザーのワクチンの有効性が発表されたことは、わが国経済の回復期待を高めた。世界的な低金利環境の継続が見込まれる中で、日本経済がワクチンという大きな追い風に支えられるとの見方が急速に高まった結果、わが国の株式市場では、“ワクチンラリー”が起きた。

■世界経済が上向く展開を過度に楽観している状態

ワクチンの承認が迅速に行われることによって世界経済が上向き、人の動線に頼ってきた日本経済が回復に向かうという期待が高まり、世界の投資家は出遅れ感のあった日本株に資金を振り向けた。それが、日経平均株価の上昇を支えた。

その中で、4月から10月までの期間に旅客数が国内線で76%減、国際線で96%減となったANAなど、コロナショックによって業績と財務内容が大きく悪化した企業の株価が上昇した。

エネルギーや建機をはじめとする世界の景気敏感株や、原油、鉄鉱石、銅の先物価格も上昇した。その一方で、11月は価値が一定の金の価格が下落した。ワクチンへの期待はかなり強い。

抽象的なデジタルネットワーク
写真=iStock.com/DKosig
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DKosig

他方、実体経済に目を向けると、わが国では感染の第3波によって外食や宿泊を中心に実体経済の下振れ懸念が高まっている。それにもかかわらず、株価が上昇していることは、主要投資家が先行きの不確実性を無視し、ワクチン開発によって世界経済が上向く展開を過度に楽観していることを示している。

■短期間のワクチン開発に潜むリスク

ただし、12月初旬の時点で、新型コロナウイルスワクチンの安全性が確認されたわけではない。通常、ワクチン開発には5年から10年の時間が必要だ。その間、複数回の実験や治験が行われてデータが集められ、有効性と安全性が確認される。それに対して、今回のワクチンの開発から承認までは、1年程度と極めて短い時間の中で進んだ。そのため、安全性を中心に不安を示す医療の専門家もいる。

短期間でのワクチン開発の背景には、政治的な思惑があるだろう。米国のドナルド・トランプ大統領が早期のワクチン開発にこだわったのはその一例だ。過去、政治に影響されてワクチン開発が急速に進められた結果、深刻な副作用が発生したケースがある。

1976年2月、米国で豚インフルエンザに感染した患者が死亡した。そのウイルスは1918年に大流行した“スペイン風邪(インフルエンザ)”と抗原性が類似していた。当時のジェラルド・フォード政権はパンデミックの発生を恐れ、早急にワクチン開発を進めた。1976年10月から全国民への接種が始まった。しかし、11月に入ると副作用〔顔や呼吸器官に麻痺が起きるギラン・バレー症候群(希少な自己免疫疾患の一つ)の発症〕が報告され、死者も出た。

その教訓は、入念な実験とデータの確認による客観的な安全性の裏付けが、新しいワクチン開発には欠かせないということだ。反対に、感染症やワクチン開発のプロではない人物が拙速な判断を下してしまうと、副作用のリスクを抑えることは難しくなる。その教訓は、今回の新型コロナウイルスへの対応にも当てはまる。

英国でワクチンが承認され、その他のワクチン承認申請や開発が進んだことは、わが国をはじめ世界経済にとって大きなメリットではある。しかし、それが世界経済の回復を支えると判断するのは早計だ。依然として感染は深刻だ。

また、世界が集団免疫を獲得するためには、コールドチェーンの整備や、ワクチン接種費用などの経済的負担をどうするかという問題もある。もし、副作用への懸念が指摘され始めた場合には、ワクチン供給のタイミングは遅れ、世界経済の回復も後ずれするだろう。そのリスクは頭の中に入れておかねばならない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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