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"トランプ後"のアメリカは日本にこれまでより大きな負担を求めてくる

プレジデントオンライン / 2020年12月8日 15時15分

デラウェア州ウィルミントンで演説するジョー・バイデン次期大統領(2020年11月24日) - 写真=AFP/時事通信フォト

アメリカの外交政策はバイデン政権への移行で、現実的な国際協調路線への回帰が期待されている。だが慶應義塾大学の細谷雄一教授は「コミュニケーションは改善されるが、同盟国により大きな役割分担を求めてくることが予想される」と分析する——。(前編/全2回)

■安堵感が広がった外交・安全保障人事

現地時間11月23日、ジョー・バイデン次期大統領の政権移行チームが国務長官などの重要閣僚の候補を発表すると、日本の安全保障専門家の間では安堵感が広がった。というのも、トニー・ブリンケン氏が国務長官として、そしてジェイク・サリバン氏が国家安全保障担当の大統領補佐官として名前が上がったからだ。

まだ確定していないが、国防長官には、元中央軍司令官のロイド・オースティン氏を起用する方針が固まっている。バイデン政権の対外政策は、これらの名前を見る限り、日米関係をこれまで通り重視する路線を継続することになるであろう。

これらバイデン政権の外交・安全保障政策を動かす重要閣僚はオバマ前政権時にも要職を占めており、また対中政策について日本政府とおおよそ同様の認識を有している。

中国との「新型大国関係」を摸索して対中宥和派とされていたスーザン・ライス氏とは異なり、より現実主義的な路線をとることが想定されている。だとすれば、バイデン政権において極端に対中宥和的なアジア政策へと転換していく可能性はあまり大きくはない。

■アメリカのアジア政策はどう変わるのか

それでは、来年1月20日に成立するバイデン民主党政権に向けて、日本はどのような外交を示すべきだろうか。はたして、アメリカのアジア政策はどのように変わっていくのか、あるいは変わらないのか。バイデン新政権の対外政策は、どのような性質のものとなるのだろうか。

まだまだ情勢が流動的で、そのような展望をするには時期尚早ではある。だが、最近の動向を視野に入れていくつかのことを想定することが可能であろう。

■予測可能性とともに困難も増す

まず、第一に想定できることとして、すでに述べたように、長年、米上院外交委員会で委員長を務めてきたバイデンが大統領の座に就くことで、日本を含めた世界の主要国にとって、外交はより予測可能性が高いものとなり、国際協調もより容易なものとなるであろう。

それは日本にとっても、国際社会にとっても、歓迎すべきことであろう。よりリベラルな性質が色濃かったオバマ政権時の外交と比べても、バイデン政権の外交はより現実主義的で、軍事力の重要性を強く理解したものとなりそうだ。

第二には、これとは矛盾する見方とも言えるが、日米同盟はこれから、これまでにない困難に直面することになるであろう。そして第三に、それらを前提として、日本は新しい戦略や新しい思考が求められるようになるであろう。そのような思考の準備がなければ、日本はきわめて困難な立場に立たされることになる。

その理由を、以下に述べていきたい。

■日米とも基本的には前政権の方針を踏襲

今年の夏から冬にかけて日米両国で首脳が交代することからも、今後の日米関係の在り方についてさまざまな見解が見られる。日本では、2012年12月以降首相の座にあった安倍晋三氏が辞任をして、その後継となった菅義偉首相は前政権の方針を基本的には踏襲して、外交における継続性を示している。これは好ましいことであり、また賢明な判断と言える。

安倍首相自ら、外交や安全保障政策には多大な関心を示しており、数多くの成果を生み出し海外での安倍外交への評価も高かった。とりわけ、「自由で開かれたインド太平洋」構想と呼ばれる、インド太平洋地域においてルールに基づいた国際秩序の確立を日本が主導していく外交戦略は、国際社会で幅広く支持されている。

他方で、バイデン次期大統領もまた、共和党が多数となっている上院での承認を得るためにも、かつて親中的と評価され、リベラルな外交アジェンダを好むスーザン・ライス氏を、副大統領や国務長官といった重要な役職に就けることを回避した。むしろブリンケン氏やサリバン氏の名前は、対中強硬路線というトランプ政権における外交路線の基調を継続する意向が感じられる。

すなわち、日米両国ともに、基本的には前任者と同様の外交路線を継承することが、大きな方向性として示されたといえる。政治的なレトリックをある程度排除して、その本質に目を向けるならば、「Uターン」のような急進的な変化はおそらく見られないのではないか。

■ポスト「安倍=トランプ時代」の外務省・国務省の復権

他方で、そのような継続性とは異なる新しい変化も見ることができる。その変化とは、対外政策の方向性ではなくて、その政策の形成過程についてである。すなわち、安倍首相、トランプ大統領とも、いずれも「ボトムアップ」で政策形成するよりも、むしろ「トップダウン」、すなわち首相官邸や大統領府を中心として、政策をつくっていく傾向が強かった。これからの、菅首相とバイデン大統領の外交は、むしろ従来の伝統的な、外務省や国務省を中心としたものに回帰するであろう。

米国国務省
写真=iStock.com/Kiyoshi Tanno
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kiyoshi Tanno

安倍政権においては、元経産省出身の今井尚哉首相補佐官や長谷川榮一補佐官が、外交政策の形成においても重要な役割を担っていた。両氏は、首相秘書官や内閣広報官という通常の役割を超えて、首相補佐官として官僚機構に指示を与える権限を有して、政策形成を主導した。しばしば指摘されるように、安倍政権においては、外務省や防衛省の役割がある程度後退して、経産省出身の上記の二人の補佐官や、杉田和博副長官と北村滋国家安全保障局長という警察庁出身の元官僚が安倍首相とは近い関係にあり、多大な影響力を有していた。

それに対して、菅義偉政権においては、外務省復権の動きが色濃く見て取れる。いわば、安倍政権以前の「通常への復帰(リターン・トゥ・ノーマルシー)」が大きな動向だ。

それは、バイデン政権においても同様である。それまでのアメリカ外交の伝統から大きく逸脱したトランプ政権期においては、国務長官や国防長官という最重要閣僚が大統領と衝突した結果、頻繁に交代させられたり、辞任したりした。

それだけではなく、国務省や国防省のいくつもの重要ポストが空席のままになっており、トランプ大統領がSNSのツイッターを利用して自らの考えを吐露するという意味で、かなりいびつなかたちの政策決定の構図が見られた。ホワイトハウスの内側で、トランプ大統領とその親しい側近との間でそれまでの慣習とは大きく異なるような大胆な政策変更がしばしば行われ、政府高官がそれに追われて対応する光景が何度となく見られた。

それに対してバイデン政権は国務省や国防省を活用する強い意欲を繰り返し示しており、アメリカ外交においても「通常への復帰」が見られるであろう。このように、新しい指導者を迎える日米両国で、「安倍=トランプ時代」のトップダウンの政策決定の方式から大きく方向転換しつつある。

■米中間の通常の外交チャンネルも復活する

このことは、通常の外交ルートが健全に機能するようになる予兆でもあり、またアメリカと主要国とのコミュニケーションもより円滑なものとなることを意味する。それゆえ、「菅=バイデン時代」の日米関係は、安倍晋三首相とトランプ大統領との「ゴルフ外交」に見られるような、親密な個人的な友好関係に依存することになるようなことはないであろう。

むしろ、現在のコロナ禍はそのような首脳間の頻繁な往来を困難にするであろうし、また78歳という高齢なバイデン次期大統領は、安全を考慮すれば、頻繁な外国訪問は避ける必要があるはずだ。

だが、そのことが新たな困難をもたらすかもしれない。第一に、バイデン次期政権の対中政策は、従来の強硬路線が大きく転換されることはないであろうが、他方で危機管理の必要性の観点からも、さらには気候変動のようなグローバル・イシューをめぐる問題への対応の必要性からも、通常の外交ルートを用いた米中間の外交チャンネルが復活して、より緊密なコミュニケーションが行われるはずだ。

そのことは必ずしも米中協調へ急ぐことを意味せず、むしろ米中間のより厳しい外交交渉や、相手への非難の応酬へと帰結するかもしれない。また、しばしば指摘されるように、人権問題や香港の自治に関する問題などでは、トランプ政権よりもバイデン政権の方が、対中強硬姿勢を示す可能性もある。

■同盟国にはより大きな役割分担を求めるか

同時に、バイデン次期政権における同盟重視路線は、同盟国により多くの役割を要求する結果になるかもしれない。トランプ政権下では、トランプ大統領の同盟国への要求は専ら、米軍駐留費の増額の問題に特化していた。

しかも、緊密な「安倍=トランプ時代」において、トランプ大統領はドイツや韓国を「フリーライダー」とみなして批判する一方で、日本はいわば特別視をして、そのような強硬な圧力をかけることはしなかった。そもそもトランプ大統領が同盟関係を重視していなかったということは、同盟国に対して駐留経費の負担の増額以外はあまり大きな要求を突きつけなかったことを意味する。

■就任後1~2年はコロナ対策が優先

しかしながら、バイデン次期大統領は、国際社会の繁栄や安定へ向けて同盟国のより大きな役割を求めるであろう。というのも、第二次世界大戦後の世界とは異なり、21世紀の現代の世界でアメリカ一国の力では、バイデン政権が求めるようなアメリカ中心の国際秩序を構築することは不可能だからだ。

とりわけ、政権成立後の最初の1、2年間は、バイデン政権は新型コロナの感染拡大の抑制や、ワクチンの供給開始、そして失業者対策などに大きなエネルギーを費やさねばならない。世界最大の感染者数と死者数を計上するアメリカにとって、国外の紛争や問題に対して深く関与することは不可能なのだ。(後編に続く)

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細谷 雄一(ほそや・ゆういち)
国際政治学者
1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現職。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』、『迷走するイギリス』、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』など。

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(国際政治学者 細谷 雄一)

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