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「日米外交の重大事」トランプが繰り返し、バイデンがまだ使っていない外交用語の意味

プレジデントオンライン / 2020年12月9日 15時15分

ベトナムが議長国となってオンラインで開催された東アジア地域包括的経済連携(RCEP)首脳会議での、各国首脳によるRCEP協定署名式(2020年11月15日) - 写真=AAP/アフロ

アメリカと中国という大国のはざまにある日本は難しい外交を迫られている。慶應義塾大学の細谷雄一教授は「日本政府においては、対米政策と対中政策が、それぞれ個別的に進められている。日本の公益と安全を守るために、総合的な視野からの新しい戦略が必要だ」と指摘する——。(後編/全2回)

■中国主導のRCEPに困惑しつつ、TPP復帰も困難なアメリカ

前編で論じたように、バイデン政権が同盟国により大きな責任を突きつけるならば、アメリカ政府と同盟国との間には新しい種類の軋轢が生じることになるかもしれない。

たとえばアメリカの同盟国である日本や韓国が、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に参加してアメリカ抜きで中国との経済関係を深めることになれば、それはアメリカに新しい苦悩をもたらすことになる。アメリカ抜きの中国を中心とした貿易ブロックが東アジアに誕生することに、すでにアメリカ国内からは不安の声が聞こえる。

バイデン次期大統領は、「世界から引きこもるのではなく、世界をリードする準備ができている」と語り、「アメリカは戻った」と高らかに宣言した。だとすれば、アジアやヨーロッパの同盟国やパートナー諸国へと働きかけて、アメリカを中核としたより緊密な自由貿易体制を構築することを目指すはずだ。

しかしながら、上院で共和党が多数派であることからも、また大統領選挙で想像以上にトランプ大統領への支持が広がっていたことからも(2016年よりもトランプ氏の得票数は多い)、アメリカが「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」に参加するハードルはきわめて高い。そこにアメリカ外交の困難が横たわっている。

■アメリカ抜きで回復する東アジアの経済交流

すなわち、インド太平洋地域においてバイデン次期大統領は、RCEPを通じて進行する中国を中心としたより緊密な東アジアの経済的相互依存という現実に直面することになる。その傾向は、コロナ禍の中で先行的に進む日本と近隣アジア諸国とのビジネス往来によって、よりいっそう加速するであろう。

だとすれば、日本の立ち位置はより難しいものとなるであろう。すなわち、アメリカとの関係の緊密化という政治的必要性と、中国との経済関係の緊密化という経済的現実と、その二つの狭間に立たされて、両者からの圧力に接して難しい舵取りが迫られる。現時点では、そのための十分な思考的な準備がなされているとは言いがたい。日本政府においては、対米政策と対中政策が、それぞれ個別的に進められているからだ。

■不安を感じさせた菅首相の「用語のゆらぎ」

それでは、日本はこのような国際情勢の新しい動向の中で、どのような方向へと進んでいくべきなのか。

そのような難しい状況に直面するなか、日本外交の将来を考える上で不安を感じさせるような出来事が起こった。オンラインで行われたASEAN関連首脳会議(11月)を終えた後に、菅義偉首相は記者たちへの取材の対応として、次のように述べていた。

「ASEANと日本で、平和で繁栄したインド太平洋を共に創り上げていくための協力を進めていくことで一致しました。拉致問題については、心強い支援を得ることもできました。明日、RCEP協定に署名します。自由で公正な経済圏を広げるとの日本の立場をしっかりと発信していきます」。

ここで菅首相が、それまで安倍政権以来用いられてきた「自由で開かれたインド太平洋」という用語ではなく、「平和で繁栄したインド太平洋」と述べたことが、安全保障専門家の間で懸念を招いた。というのも、それが従来の立場からの、中国やASEANを配慮した譲歩とみなされたからだ。

■日本と中国の主導権争いの構図

というのも、中国政府は日米が進めてきた「自由で開かれたインド太平洋」構想に対して依然として強い抵抗を示しており、とりわけ「自由(free)」と「開放(open)」という用語が含まれることを好まない。それゆえ、11月14日の第23回ASEAN+3(日中韓)首脳会議や、第15回東アジア首脳会議(EAS)に関する外務省のホームページに記されている概要のなかでは、「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が用いられていない。

いわば、「自由で開かれたインド太平洋」構想という日米両国が進めてきたイニシアティブを、ASEANにも共有してもらい、インド太平洋地域の共通の規範として埋め込みたい日本と、そのような日本のリーダーシップを快く思っていない中国との間で、主導権を争う構図がそこに見て取れる。

他方で、アメリカのトランプ大統領は4年連続で、この東アジア首脳会議を欠席しており、アメリカのプレゼンスは大きく後退した。その「空白」を中国と日本が埋めているのが、現状と言える。

■国際社会に浸透した「自由で開かれたインド太平洋」構想

この、「自由で開かれたインド太平洋」構想は、2016年8月に、安倍晋三首相がケニアのナイロビではじめて言及して以来、アメリカ政府はもちろんのこと、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス、ドイツ、フランスなど、世界の主要な自由民主主義諸国が明確な支持の姿勢を示してきた。

日本政府が世界に示した外交構想として、これほどまでに国際社会で広く深く浸透した構想は明治以来なかったといってよい。さらには、CPTPPや日EU間経済連携協定(EPA)という二つのメガFTA(自由貿易協定)が、そのような「自由で開かれたインド太平洋」構想を支える重要な現実の柱となっている。自由、開放性、繁栄、法の支配といった重要な規範をこの地域に定着させる上での日本のリーダーシップを、国際社会の多くが歓迎しているのだ。

コンテナ船
写真=iStock.com/fotohunter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotohunter

他方で、アメリカの国際社会でのプレゼンスはトランプ政権期の四年間で大きく後退し、代わりに中国の存在感が飛躍的に増している。RCEPは、この地域における中国の存在感をさらに増大させるであろう。

だとすれば、アメリカの大統領が欠席したASEAN関係首脳会議の直後の記者への対応で、RCEP署名に言及する際には、菅首相はむしろ中国への配慮を示すような印象を与える「平和で繁栄したインド太平洋」という言葉ではなく、日本外交の看板となっている「自由で開かれたインド太平洋」という言葉にこだわるべきであった。

幸いにして、その後の11月16日の定例記者会見で、加藤勝信官房長官はそのような疑念を示した記者からの質問に対し、「『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた取り組みを戦略的に推進する立場は何ら変わらない」と強調した。

さらには菅首相自らも、11月20日のビデオ形式で行われたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会談の声明のなかで、「国際的なルールの下での貿易、投資の自由と連結性の強化が『自由で開かれたインド太平洋』を支える」と述べて、日本がこの「自由で開かれたインド太平洋」の促進にリーダーシップを発揮する意欲を示した。

これらの一連の政府首脳の発言で、日本がこの構想を放棄したわけではなく、「自由」と「開放性」を重視してこの地域での指導力を発揮する姿勢があらためて明らかとなったことは、日本外交にとってよいことである。

■日本政府はバイデンを説得せよ

だが問題はそれにとどまらない。バイデン次期大統領が、日本、オーストラリア、韓国の首脳との電話会談において、「繁栄して安定したインド太平洋」を求めると発言し、まだ一度も「自由で開かれたインド太平洋」という言葉を用いていないからだ。

その真意は明らかではないが、おそらくこれは中国に対する配慮というよりは、むしろトランプ政権の外交との差異化を図るために、あえて同じ内容の言葉を、異なる用語により説明しているのであろう。

いずれにせよ、日米が異なる用語を用いることは、その結束を示す上で賢明とは言えないために、日本政府は執拗に、バイデン次期政権の政権移行チーム、さらには政権成立後のカウンターパートに対して、「自由で開かれたインド太平洋」構想がトランプ政権の付属物ではなく、現在では国際社会に広く浸透している日本のイニシアティブであることを説明するべきだ。

■総合的視野からの外交戦略の再構築を

同時に、バイデン次期政権における同盟重視路線が同盟関係に新たな難問と緊張をもたらし、さらには気候変動重視路線と多国間国際機構重視路線が米中対話の拡大をもたらすものであることを想起して、新しい構想力と柔軟性、さらには戦略性を前提にした外交が必要になることを十分に認識せねばならない。個別的に、従来同様の対米政策と対中政策を継続していれば、必ず矛盾や軋轢に帰結することになるであろう。

おそらく、バイデン政権はアメリカの国際的なリーダーシップを回復して、日米同盟強化のために意欲的な姿勢を示すことになるであろう。それ自体は、歓迎すべきことであり、日本の国益にも資するはずである。だが、同時に、矛盾するようであるが、日米関係は新しい困難な時代に突入する。

バイデン大統領とトランプ大統領が、どちらが日本にとって好ましいか、という不毛な問いを続けるようなことはせずに、どのような政権や大統領であろうとも、日本の国益と安全を守るために、総合的な視野からの新しい戦略を構築し、それを提示していくことが求められているのだ。

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細谷 雄一(ほそや・ゆういち)
国際政治学者
1971年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部教授。立教大学法学部卒業。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。博士(法学)。北海道大学専任講師などを経て、現職。主な著書に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(サントリー学芸賞)、『倫理的な戦争』(読売・吉野作造賞)、『外交』、『国際秩序』、『安保論争』、『迷走するイギリス』、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か』など。

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(国際政治学者 細谷 雄一)

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