ビジネスでは「得しますよ」より「実は損してますよ」のほうが効果的なワケ
プレジデントオンライン / 2020年12月12日 15時15分
※本稿は、楠本和矢『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)の一部を再編集したものです。
■「心のスキ」を突くマーケティング
行動経済学の基本的な考え方を踏まえ、各理論からマーケティング施策アイデアを創発するための切り口をご紹介します。
切り口の導出に関しては、理論として、マーケティング戦術に転用可能と想定されるものを選定し、それぞれの理論を活用している(または結果として活用している)と考えられる様々な事例と合わせ、できるだけ直感的にわかりやすいものにまとめたつもりです。
そのなかでも、「新たなニーズを創り出すため」の2つの切り口をご紹介します。
今や全ての市場は成熟化が進んでいます。多種多様な商品/サービスが溢れかえり、生活者の欲求もかなり細かいレベルで満たされている中、調査等を通じて、まだ手つかずのニーズを探し当てるというのは至難の業です。
そんな難しい時代を突破していくためには、「ニーズ自体を新たに創り出す」「ニーズがあったように思わせる」ようなアプローチを検討する以外にありません。現代マーケティングの最重要課題といっても過言ではないでしょう。こんな時こそ、「心のスキを突く」行動経済学の出番です。
時間をかけ、じっくりとニーズを育てていく正攻法ではなく、できるだけ一発でそう思わせることを狙います。
■「得をしますよ」よりも「実は損してますよ」のほうが効果的
▼狙い:リスクを強制想起
生活者に対して、今まで気付いていなかった「今そこにあるリスク」を連想させ、危機感を持って「今やらないとマズイ」と思わせる方法。
▼具体例:電気シェーバー
朝のオフィス街で、行き交うビジネスマンに声をかけ、その場で「この電動シェーバーでもう一度ひげを剃ってください」と依頼。ひげ剃り後、白い板の上に今剃ったひげを落として、どれくらい剃り残しがあるかを表現する、かつての有名なTVCM。間接的ではあるものの、ひょっとしたら自分にも剃り残しがあるかも……という気持ちにさせた。
▼解説
もし現状に何の不満もない状態で、「これには+αのメリットがあります」と伝えられたとしても、まああればいいけど必要もないかな、としか思えません。
しかし、「実は、あなたは損していますよ」「あなたはリスクを抱えていますよ」と言われると、今まで何も問題がないと思っていればいるほどドキッとしてしまいます。
同じ商品/サービスでも、訴求するアングルを変え、問題意識を表出化させるべく、あえて「ネガティブな方向」から攻める方法は、行動経済学的アプローチの典型とも言えます。
▼ベースにある理論:損失回避性
得をすることよりも、損をすること、リスクにさらされることについて、過大に反応しまう傾向のこと。
本アプローチは、ポジからネガにアングルを変えた訴求で、新たなニーズを生み出そうとする、まさにこの心理を使った典型的な方法です。
■現状維持のリスクを可視化させる
▼適用条件:提供する価値が、何かのマイナスを埋めるものであること
それが提供する新しい価値を享受しないことによって、何かの不便が生じる/何かの機会損失が生じる/何らかの将来のリスクが生じる、という説明ができることが必要です。
多くの商品/サービスが検討対象となるでしょう。あまりに強い表現で嫌悪感を抱かせると意味がありません。嫌みを感じさせない程度の言い方にすることも重要です。
▼テーマ:「企業サイトのSEOサービス」の新規顧客を開拓したい
このようなサービスはすでに飽和状態にあり、SEOベンダーの一括比較/見積もり依頼サイトがあるくらいです。
すでにニーズが顕在化している企業を狙っても、価格勝負になるだけです。ここで考えたのは、今までSEO対策に必要性を感じていなかった「潜在層」の開拓です。SEO対策に関するニーズを意識させるにはどうすればいいでしょうか?
▼活用例
単純に、「ウチのサービスを使えばもっと集客できます」とか、「もっと歩留まりが良くなります」というアピールをしても、その時点でニーズを感じていない対象者にとっては、響きません。
そこでこのアプローチ。まずは「あなたの会社のWebサイトを診断します」という無料の解析ツールをつくり、そのページにコンタクトさせます。
そして、自分たちの企業サイトのURLを分析ツールにコピー&ペーストし、分析ボタンを押すと、自分たちがSEO対策の不備で、どれだけ客を取り逃がしているのかということがスコア化されるという仕組みです。
そこでSEO対策の必要性に気付き、問い合わせボタンを押す……という流れです。これは、あるMA(マーケティングのオートメーション)ツールのベンダーが実際に行った手法です。
■「消費者の習慣」にチャンスを見いだす
▼狙い:新習慣の創出
ターゲットが、日常の中で頻繁に行う行動や、頻繁に直面する状況に新たな「習慣」を紐付ける方法
▼具体例:あるトクホのお茶
多くの生活者が経験する「脂っこい食事」。そのような食事を摂る際に、一緒に飲むべきもの(脂肪の吸収を抑えてくれるもの)として訴求。
その結果、「脂っこい食事→○○茶」という連想を形成し、その状況に直面した際に、容易にその商品について思い出し、利用したいという気持ちにさせた。
![生の肉、ウーロン茶とサラダの盛り合わせ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/c/670/img_4ca762005d40c519d089de7ff253c6f4283885.jpg)
▼解説
ターゲットの、ある「日常行動」が発生した時、それを記憶のトリガーとして、ある商品/サービスのことを思い出してもらうことで、その度ごとに習慣的に使ってもらうことを目論むアプローチです。
日々の当たり前の行動とセットになっているので、「全く新しい行動を提案する」ことよりも自分ごと化しやすく、ニーズを喚起する非常にいいきっかけになります。
なぜ、その行動の際に使わなければいけないのか、という理屈の説明も重要ですが、「ヒューリスティクス」(短絡的に判断する傾向)を加味すると、前述の事例のように、あまり複雑な情報処理をさせず、感覚的に想起させる方法も考えるべきでしょう。
▼ベースにある理論:プライミング効果
先に与えられた情報や印象が、無意識に後の行動や判断に対して影響をもたらしてしまう傾向のこと。
本アプローチでは、ある特定状況での行動を想起させる「印象的な言葉や映像」をプライマーとして位置付け、自然に意識に刷り込み、行動させることを狙います。
■「シンプルなフレーズ」でメリットを訴える
▼適用条件:何らかの方法で、「よくある日常行動や状況」に紐付けられること
今まで、そのような訴求をしていなかったとしても、対象となる商品/サービスを、何らかの日常行動や状況に紐付け、メリットが生まれそうであれば、検討してみる価値はあります。
メリットとは、その日常行動に伴う「不安や不満」を解消できたり、より「利便性」が高まったり、何か「+αの便益」があったりするなど、ネガポジ両方の視点で検討してみましょう。
対象となる日常行動と、その商品を紐付ける連想構造をつくるために、生活者がその場で想起しやすい「シンプルなフレーズ」をつくることも必要となります。
▼テーマ:「男性用フェイシャルクリーム」を広めたい
ある化粧品メーカーが、男性ビジネスパーソンをターゲットにした、肌のハリやツヤを良くすることができるフェイシャルクリームを開発しました。
男性は女性と比べて、毎日の肌のケアに興味を持つ人はまだそれほど多くはありません。ですので、女性向けと同じような訴求の仕方をしても、上手く浸透はしないでしょう。
ここで知恵を絞って、男性にゼロからニーズを創り出す方法を考えてみましょう。
■将来ではなく「いまこの瞬間」の利益にフォーカスする
▼活用例
ターゲットである男性ビジネスパーソンの日常生活の中にある、「見た目」を気にする場面にはどのようなものがあるでしょうか。
例えば「大切な商談の前」や、アフター5の「デートの前」などは、少しでもパフォーマンスを高めようとスイッチが切り替わります。
![楠本和矢『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/4/200/img_74dc3d356cc4d538aad1a5882a143024144546.jpg)
そこで、これらの状況に紐付けてみます。例えば、「大切な時間の前には、印象を良くするために、肌を引き締めよう」と訴求してみるのはいかがでしょうか。
「10年後の肌」という訴求ももちろんありですが、ずっと美しくいたい、という気持ちを持っている男性はまだそれほど多くない気がしますし、行動経済学的に言えば、将来得られるメリットに対しては過小評価しがちです。
ゆえに、思い切って「その瞬間を成功させたい」という顕在化している短期的な便益にフォーカスしてみるというチャレンジです。
このように、フェイシャルクリームを使うべき状況を明確に提示し、重要な約束の前にはそれを必ず塗って出かける、という習慣を作るのです。
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HR Design Lab.代表 株式会社博報堂コンサルティング執行役員
大阪府立茨木高校、神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は、「マーケティングとHRの融合」をテーマに、行動経済学をはじめとした、現場での実践に基づいた様々なソリューションを開発提供している。企業内研修やセミナー、講演等は、直近3年で300回以上実施し、平均満足度は98%を超える。「一人一人の知恵や経験が存分に引き出され、活用されている社会をつくること」をミッションとする。青山学院大学専門職大学院国際マネジメント研究科非常勤講師(2015年度、2016年度)。
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(HR Design Lab.代表 株式会社博報堂コンサルティング執行役員 楠本 和矢)
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