「安倍政権を引っ張った官邸官僚」を菅首相が一掃した本当の理由
プレジデントオンライン / 2020年12月14日 11時15分
■現職の官房長官が「雑誌で人生相談」という異例
まさか9月に総理になるとは誰も思っていなかった今年の春、菅官房長官が『プレジデント』誌に人生相談の連載を始め、話題になった。自分も若かりし頃、新聞の人生相談のコラムを読むのが好きだったという。
自らの体験を通じて相談者に親身になって答える文章からは、連日の記者会見で見せてきた官房長官の厳しい顔つきとは違う人間味が感じられた。いやそれ以上に、そもそも現職の官房長官が雑誌で人生相談の連載をすること自体が異例である。連載を始めた直後に菅官房長官に会う機会があった。
「なぜプレジデントで人生相談など始めたのか」
尋ねてみよう思っていた矢先に、菅官房長官が「じつはこんなことを始めた」といって嬉しそうに連載のコピーを見せられた。自慢するネタはいくらでもあるだろうに、殊の外、嬉しそうであった。政治家という目指すべき道も見えていなかった悩み多き時代に、新聞の人生相談のコラムが励みになったから、その恩返しのようなものだという答えだった。そこに嘘はないと思う。
自民党の長い歴史の中でも親譲りの「地盤、看板、カバン」のまったくない非世襲議員が総理総裁になるのは約30年ぶりだ。徒手空拳で総理にまで成りあがった菅義偉という政治家はやはり特別な存在だ。人情の機微にふれる一面と、強面の凄みが同居しているのだが、一般的には後者のイメージが強い。
典型的な例は人事権を盾にした菅の霞が関支配だろう。
■「官僚はみな菅さんのことばかり気にしている」
「官僚は誰も安倍さんなどみていない。みな菅さんのことばかり気にしている」と官房長官時代もよく言われたものだ。それがいまや国家の最高権力者となったのだから、その“威光”は尋常ならざるものがある。当然の帰結として、それを不満に思う官僚やOBからはその強権ぶりがマスメディアに流れてくる。
![暗雲が立ち込める国会議事堂](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/f/670/img_1fa939c491bed96bbd51748e0a5860bc419756.jpg)
2020年9月16日に菅内閣が発足する数日前から、菅に左遷させられた官僚の恨み節が複数のメディアで紹介された。
「菅官房長官に意見して“左遷”された元総務官僚が実名告発『役人を押さえつけることがリーダーシップと思っている』」(AERA dot. 2020年9月10日)、「『菅義偉さん、やっぱりあなたは間違っている』…“左遷”された総務省元局長が実名告発【全文公開】」(文春オンライン 2020年9月16日)がある。
事実、菅は第1次安倍政権で総務大臣となりふるさと納税制度を導入する際にも、また官房長官時代にも総務省の局長を左遷している。飛ばされた本人が実名で告発するのだから説得力がある。だがこの元総務局長に対して霞が関から同情の声は聞こえてこない。それどころか取材をしてみると他省庁の局長クラスからは芳しくない評判が伝わってきた。菅に近いある某省の局長は「左遷されて当然の役人だった」という。
■現役の幹部官僚の意外な本音
以下は拙著『冷徹と誠実 令和の平民宰相 菅義偉論』からの抜粋だ。
「実名告白した元総務官僚Hさんは自己正当化のコメントを多数していますが、事実とはかなり違います。菅長官の指示は、寄付先の自治体への申請と、地元の税務署への電子申告と二度手間になっているのは使い勝手が悪すぎるから『ワンストップ化せよ』というものでした。ところが彼はツーステップの現状を何も改めず、さも『ワンストップ化』したかのようにごまかす画づくりをした資料を提出したり、自民党税制調査会の『検討資料』にも一見前向きながらじつは先送りしてしまおうとしたり、これだけでも十分更迭に値する所業ですが、それだけではなかったようです」
この局長は菅との関わりが深いだけに、贔屓(ひいき)の引き倒しというか、忖度(そんたく)感情がまったくないとは言い難い。そこで菅との接点が少ない他省庁のある現役局長にも尋ねてみた。すると、まったく角度の違う返事が返ってきた。
「マスコミは面白おかしく取り上げますからね。この総務官の元局長だけではなく、退官後に政権批判を繰り返す元文部次官とかいますけど、現役官僚はみな呆れていますよ。房長官時代から菅さんが恐れられていたのは事実ですが、ある意味もう慣れっこになってしまった面もあるのです。役人は局長まで昇進すると、長年自分の温めてきた自分の政策ができるぞと思える。それをまっすぐに菅さんにぶつけるのをためらうことはない。少なくとも私はそう考えています」
■単純な二項対立で描くマスコミ
菅の強権ぶりが突出し、あたかも霞が関の官僚たちが萎縮しているという報道が目立つが、霞が関は馬鹿ではない。時代の流れが「官僚主導」から「政治主導」へと変化していることくらい、当たり前に理解している。小泉政権から第1次安倍政権、そして自民党政権を追い落とした民主党政権の看板でもあった。
もっとも旧民主党は政権誕生後いきなり各省庁の局長以上の幹部に辞表の提出を迫ったあげく、霞が関からサボタージュパージされるという前代未聞の愚行をしでかした。旧民主党政権にかかわった者たちは口が裂けても、人事権を盾に政策を実行していく菅の手法に対して「霞が関が委縮している」などとは言えないはずだ。
■菅首相が嫌う官僚像の3タイプ
一方で、菅の考える「政治主導」とは何か。ある側近の話では、菅はどんな仕事でも決して官僚任せにはしないという。どれほど信頼する相手でも、「あとは頼んだ」「よきに計らえ」ということがない。その強烈な危機管理意識の高さがあったればこそ、安倍政権は7年8カ月の長きにわたり、政権を維持することができた。
つまり、菅はそれだけ自己責任意識と警戒心が強い。政治家は国民から選ばれた時点で民意の体現者であり、国民の幸福のために政策や方針を打ち出し、最後まで全責任を負うと本気で考えている。総理になってもその姿勢はまったくかわらない。
したがって、菅の嫌う官僚像もはっきりしている。分をわきまえず、国家を動かしているのは自分たちだと勘違いしている者、政治家にすり寄って省益を追求しようとする者、その手段として面従腹背する者だ。私は前出の二人の局長に、人事によって霞が関をコントロールする、官房長官時代の菅の手法への率直な思いを尋ねてみた。
![マスクを手にしたスーツの男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/9/670/img_b9cda8de2ac9400dc6d8efd8198dbc5b169638.jpg)
再び拙著から引用する。
「内閣人事局の権能や、菅官房長官の霞が関人事の差配について批判する向きもありますが、そもそも内閣人事局がなくとも局長以上の人事は閣議承認事項であったわけですし、菅官房長官自身も、政権として責任をもって政策を実行していくために人事権が行使できないのはおかしいとの見地に立っていました。そして、菅さんの人物眼に恐れ入るものがあることも事実です。個別に人事をやりすぎだといった批判が残る場面もあったかもしれないが、合理的な人事権の行使であって、決して人事権の濫用ではありません」
■霞が関はメディアが騒ぐほどの弱者でもなければバカでもない
“菅人事”を全面的に擁護するコメントをする彼だが、“霞が関の萎縮”についてはどう見ているのか。
「霞が関の役人たちに萎縮があるとすれば、それは、役人の側の『私心(出世願望、上昇志向)』が『公益(上奏してでも正しいと信ずることを主張しよう)』よりも優っているからです。極端に言えば、萎縮=私心の現れであって、役人のしようもなさを物語っているとも思います」
![財部誠一『冷徹と誠実 令和の平民宰相 菅義偉論』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/200/img_7b45ba7a6b1374dc18013d1874bcb515155513.jpg)
だからといって人事権を振りかざしてよいというものでもないが、人事権の行使を否定・封殺しては、政権として責任ある政策遂行ができないのも事実なのだろう。菅との距離がさほど近くはないもう一人の現役局長にも、同じ質問をしてみた。
「安倍政権では菅さんの人事にばかり世間は焦点を当てていましたが、官邸官僚の存在が事態をややこしくしていました。省内の若手は経産省出身の官邸官僚に対して反発したり、彼らに何も抗弁できない幹部に対する批判もあった。菅政権になり、経産省出身の官邸官僚は一掃されてスッキリしましたが、国交省出身の官邸官僚が一人残った。彼は菅さんの信頼厚い役人で、人事にも少なからぬ影響力をもっています。菅さんの人事の手法よりも、こちらのほうが気になります」
ことほどさように霞が関の菅人事に対する見方も多様なのである。「萎縮=私心」の現れだという考え方は官僚としての矜持だろう。霞が関はメディアが騒ぐほどの弱者でもなければバカでもない。悪しき前例踏襲主義の打破を政権の看板にすえる菅と、前例踏襲が文化になっている霞が関との葛藤だと考えるべきである。
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ジャーナリスト
1956年東京都生まれ。80年、慶應義塾大学法学部を卒業し、野村證券に入社。その後、出版社勤務を経て、95年に経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」を設立。テレビ朝日系「サンデープロジェクト」「報道ステーション」などに長年にわたって出演。金融・経済誌への寄稿も多数。2015年、脳梗塞で倒れるが、リハビリを経て完全復帰。現在、BS11「タカラベnews&talk」に出演中。『 京都企業の実力』『 ローソンの告白』『 農業が日本を救う』『 中国ゴールドラッシュを狙え』など、著書多数。
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(ジャーナリスト 財部 誠一)
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