「日本人が知らない世界の常識」ネットにはそんな陳腐なタイトルが多すぎる
プレジデントオンライン / 2020年12月17日 9時15分
■「地球の密度を測る」はなぜ優れたタイトルなのか
読み手は忙しく、他方で、書籍は毎年多数刊行されています。競争者が多いのですから、いかにして興味を持ってもらうかが、きわめて重要な課題です。そのための手段がタイトルです。
これまでの最高傑作は、18世紀後半から19世紀初頭にかけて、産業革命が進行するイギリスで活躍した物理学者、ヘンリー・キャベンディッシュが付けた「地球の密度を測る」というタイトルです。
これは、ニュートンの法則にある「重力定数」を測定する実験の報告なのですが、「重力定数の測定」という無味乾燥なタイトルではなく、「地球の密度を測る」といっているのです。重力定数の値が分かれば地球の密度が分かるのでこうなるのですが、「地球の密度」という具体的なイメージが提示されているので、大変興味が湧きます。
これと対照的なのが、「無題」、「最近考えていること」などといったタイトルです。これでは「内容は面白くありません」といっているようなものです。読もうという気持ちにはなれないでしょう。
■羊頭狗肉はある程度許される
これらは論外としても、あまりに一般的なタイトルでは、興味を引かないでしょう。例えば、「人生をいかに生きるべきか?」、「これから世界はどうなるか?」などというタイトルでは、空気のように通り過ぎていってしまいます。
もっと具体的なタイトルが必要です。それによって、内容を的確に伝える必要があります。しかし、具体的であるだけでは、なお、読み手の意識を素通りしてしまう危険があります。
タイトルが読み手の意識に引っかかることが必要です。そのためには、強力なメッセージ、読んで印象に残る表現、月並みではない内容が必要です。羊頭狗肉は推奨できませんが、ある程度は許されるでしょう。
そして、「この文章が私の生活にどう関係があるのか?」という問いに答えなければなりません。
■辟易するウエブ記事のタイトル
タイトルをどう付けるかは、昔からきわめて重要な課題であったのですが、インターネットの普及によって文書の供給量が爆発的に増えたため、タイトルの付け方がさらに重要になりました。いかにしてタイトルによって読者に興味を持ってもらうかが、一層強く意識されるようになったのです。
![野口悠紀雄『書くことについて』(角川新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/f/200/img_2f1eb804279c4a46fe64d6c2f4b28397253907.jpg)
ウエブの記事では、印刷物と違って全体を一覧しにくいため、「タイトルで勝負をする」必要性が高いという事情もあります。このため、ある種のバイアスが生じています。ウエブの記事によくあるスタイルは、つぎのようなものです。
第1は、ショッキングな事実を示す(ショッキングでなくても、そう見られるような表現にする)。そして、つぎに「その理由」などと書くスタイルです。例えば、「中国が貿易戦争で勝てない意外な理由」など。
第2は、「○○事件で新聞が報道しない3つの重大事」、「内輪の関係者だけが知る驚愕の事実」などです。「ここだけの話だから、決して他言しないでほしい」という触れ込みで始まる口伝えのメッセージが、昔からありました。それと同類です。
第3は、「日本人が知らない世界の常識」、「日本人が知らない本当の世界経済の授業」などというもの。つまり、「よその世界では常識になっているのに、あなたが知らない」というものです。
確かに、こうした書き方は好奇心を喚起し、読みたいという気を起こさせます。しかし、あまりこのような陳腐なタイトルばかりが現れると、鼻につくし、うんざりします。
ウエブでのタイトルの陳腐さには、本当に嫌な気持ちになります。実をいうと、私が書いた記事にこうしたタイトルが付けられてしまう場合があるのです。「助けてほしい」と泣き出したい気持ちです。
■名前によって爆発的に売れる商品もある
さまざまな対象に名前を付けるべきです。抽象的な概念や新しい概念の場合には、とりわけ重要なことです。
![NAME](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/2/670/img_327a07d76faaa957b44ff90a31eb23d9524078.jpg)
私は、これまで、「超」整理法、押し出しファイリング、こうもり問題、1940年体制などの名前を「発明」してきました。名前を付け、それを定義し、説明しておけば、あとは、いちいち内容を説明しなくても、その名前を提示するだけで済みます。
日常生活においても、名前、またはタイトルが必要です。タイトルをうまく付けることができると、さまざまな場合に効果的です。
物事や企画などの抽象的な対象に、そのコンセプトを的確に表すタイトルを付けると、それだけで、直接的に訴求できます。
キャッチコピーや商品名を変えるだけで、商品が爆発的に売れることがあります。商品名にはいくつも例があります。最高傑作は、「ごきぶりホイホイ」でしょう。憎いゴキブリ、しかも素早くて捕まえられないゴキブリが、「ホイホイ入ってくる」というのです。これこそ、万人が求めているものでしょう。
■とにかく一度つけてみて試行錯誤するしかない
ただし、問題は、そうしたタイトルなり商品名なりを、どうすれば思いつくかです。これは難題だと考えざるをえません。このウエブ連載の第2回で解説した「クリエイティング・バイ・ドゥーイング」は、ここでも役に立つでしょう。
文章を書く際のクリエイティング・バイ・ドゥーイングとは、例えば、テーマが確定していなくても、仮のテーマで作業を進めることです。仮のテーマに沿っていろいろ調べたところ、別のもっと適切なテーマが見つかり、それが大量の金が埋蔵された金鉱となることもあります。
タイトルも同じです。とにかくタイトルを付けてみて、それがベストとは思えなかったら別のタイトルを付けてみる。その試行錯誤の繰り返しによって、ゴールにたどり着くのです。
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一橋大学名誉教授
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2017年9月より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経験なき経済危機――日本はこの試練を成長への転機になしうるか?』(ダイヤモンド社)、『中国が世界を攪乱する―AI・コロナ・デジタル人民元』(東洋経済新報社)ほか。 ◇野口悠紀雄Online
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(一橋大学名誉教授 野口 悠紀雄)
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