「ついに英国で接種開始」でも新型コロナワクチンに期待しすぎてはいけない
プレジデントオンライン / 2020年12月11日 15時15分
■来年12月までにイギリス国民の3割に接種する計画
イギリスで12月8日、新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの接種がスタートした。ワクチンはアメリカのファイザーとドイツのビオンテックが共同で開発したもので、国民への大規模な接種は先進国ではイギリスが初めてだ。アメリカも近く接種を始める。同じワクチンは日本へも供給される。
報道によると、イギリスでの接種は重症化しやすい80歳以上の高齢者のほか医療関係者らが優先され、来年12月までに4000万回分(2回接種で2000万人分)の供給を受け、イギリス国民の3割に接種する。この12月中に500万回分が供給される。
イギリスの感染死は6万人に達している。このため政府が早期接種の実現を目指して12月2日にワクチンを緊急承認し、その6日後に接種を始めた。ジョンソン首相は「来年4月のイースター(キリスト教の復活祭)のころには、社会・経済活動の制限から抜け出せる。ワクチンを開発した科学者に感謝したい」と語っていたが、ジョンソン氏の思惑通りにことが運ぶとは限らない。
ワクチンに期待を寄せるのは当然だろう。しかし、ワクチンは人間の体にとって異物だ。多くの人が接種すれば、必ず副反応の訴えが出てくる。
■人体にもたらす作用がすべて解明されているわけではない
とくに今回のワクチンは、人工合成した新型コロナウイルスの遺伝子の一部を使う初めてのワクチンで、人体にもたらす作用がすべて解明されているわけではない。しかも常温だとすぐに効果が失われてしまうため、氷点下70度という超低温での冷凍保存が欠かせない。超低温保存でも保管の有効期限は半年しかない。有効な獲得免疫を得るために接種が2回必要になる。
安全性と有効性を見極め、輸送と保存の冷凍施設をどう確保するか。ワクチン供給という問題はこれからが正念場である。
今回のワクチンは「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」と呼ばれる遺伝子ワクチンである。製造方法などがこれまでのワクチンとはまったく違う新しいタイプのワクチンだ。
病原体のウイルスを複製するメッセンジャーRNAの断片を人体に投与することで、ウイルスの一部のタンパク質(抗体)が細胞内で合成され、発症や重篤化を防ぐ免疫が獲得できる。
製造・開発に5年ほどかかる既存のワクチンと違い、遺伝子ワクチンは製造・開発時間が極めて早く、効き目も高いとされている。インフルエンザやHIV(ヒト免疫不全ウイルス)といった感染症、がん、アルツハイマー型認知症の予防と治療への応用などが期待されている。しかし、これまで遺伝子ワクチンが承認され、実用化に踏み切った例はなかった。今回のイギリスが最初になる。
■英国では2人が、接種直後に「アナフィラキシー」に
注目すべきニュースがある。英メディアによると、12月8日、高齢者らとともに接種したNHS(国民保健サービス)のスタッフ2人が、接種の直後に「アナフィラキシー」と呼ばれる激しいアレルギー反応を示したという。2人は過去にも強いアレルギー反応が出たことがあり、症状を抑える注射薬を所持していた。2人は手当てを受けて回復した。
イギリスの規制当局は「臨床試験(治験)ではアナフィラキシーなどは出なかった」としながらも、医療関係者にこれまでにワクチンや薬、食物でアナフィラキシー症状が出たことがある人には、「ワクチンを投与しない」と一時的な勧告を出した。
なお、ここでは人体の抗原抗体反応を利用するワクチンには「副反応」、ワクチン以外の薬剤には「副作用」という表現を用いる。
■ウイルス自体が大きく変異すると、ワクチンの効き目はなくなる
ファイザーとビオンテックが共同で開発した今回のワクチンは世界各国で臨床試験が実施され、「95%の有効性が見られた」との結果が示される一方で、副反応として倦怠感、頭痛、局所の腫れ、筋肉痛、関節痛などがみられた。臨床試験と違い、今後、接種が進むと世界で何十億人がワクチンの投与を受けることになり、その過程でこれまで見えなかった副反応が出るかもしれない。
新型コロナとウイルス構造がほぼ同じSARS(サーズ)のワクチンは、マウスへの投与で重い副反応が現れて失敗した。それにウイルス自体が大きく変異してしまうと、ワクチンの効き目はなくなる。このためコロナウイルスのワクチン製造は難しいとされてきた。
日本では過去には麻疹、おたふく風邪、風疹の三種混合のMMRワクチンで重度の副反応を引きこした失敗例がある。近年では子宮頸がんワクチンで一部の接種者に重い副反応が出たことから、厚生労働省の「積極的推奨」が中断されたままになっている。
子宮頸がんワクチンは、筋肉に届くように垂直に針を深く刺す筋肉内注射の痛みから神経障害などが出るとの見解もある。今回の新型コロナワクチンも同じ筋肉内注射で投与されるため、厚生労働省は同様の障害を懸念している。
■世界で140以上の製薬会社が研究開発を行うワケ
WHO(世界保健機関)によれば、世界で140以上の製薬会社が新型コロナワクチンの研究開発を行っている。これだけ多くの製薬会社がワクチン開発に乗り出すのは、「成功すれば儲かる」という判断があるからだ。製薬では利益よりも安全を優先することが欠かせない。過去の薬害事件はその苦い歴史である。
沙鴎一歩はワクチンがすべて問題だとは考えない。安全で有効なワクチンも多い。しかし、今回の新型コロナのワクチンには未知の部分が多く、どうしても不安が残る。
新型コロナウイルスは日本では8割以上の感染者が他人に感染させていないし、感染しても80%以上が無症状あるいは軽症で治癒している。どのような患者が重症化するのかはわかってきており、重症化を防ぐ治療方法も確立しつつある。しかも日本の人口100万人あたりの感染死者数は欧米の数十分の1~100分の1以下とかなり低い。
こうした観点から見ると、日本に本当に新型コロナのワクチンが必要なのだろうかと思う。
ワクチンは薬と同じく両刃の剣である。役立つ反面、危険なところもある。バランスを取ることが大切だ。日本は欧米の接種動向とそれにともなう副反応の出現を注意深く見ながら、新型コロナに対する今後のワクチン政策を行っていくべきである。ワクチン接種で重い副反応が多く出るようならそれこそ、本末転倒だ。
■朝日社説はワクチンのリスクに正面から触れていない
12月10日付の朝日新聞の社説は「ワクチン接種 国の貧富問わず供給を」の見出しを付け、「暗闇の中にほの見えた光は、世界中の人をあまねく照らさなければなるまい」と書き出す。
通常、社説は冒頭で読者を引き込む必要がある。それだけにこの朝日社説を書いた論説委員は熟慮したのだろうが、見出しも書き出しもこれではいただけない。まるでワクチン礼賛の社説である。なぜ、ワクチンのリスクに正面から触れようとしないのか。
朝日社説は書く。
「新型コロナウイルスの感染者は6800万人を超え、150万人以上の命が奪われた」
「異例の早さで承認されたことから、効果や安全性に対する疑問の声もある。それでも、感染拡大を食い止める切り札となることへの期待は大きい」
感染の拡大を防いで死者の数を減らせれば、副反応は二の次ということなのか。沙鴎一歩にはこの朝日社説が納得できない。
■東京社説は「英ワクチン承認 安全性の確認を慎重に」
東京新聞は朝日社説よりも3日早く、12月7日付の社説で「英ワクチン承認 安全性の確認を慎重に」との見出しを立てた社説を掲載している。
その書きぶりはワクチンを礼賛する朝日社説とは違う。東京社説は日本のワクチン政策についてこう解説する。
「日本政府は、6千万人分の供給を受けることでファイザー社と合意している。今月2日には新型コロナのワクチンの費用を国が全額負担する改正予防接種法が成立した。早ければ年度内にも承認、接種が始まる可能性がある」
「ファイザー社は日本で160人を対象に初期段階の治験を実施している。数万人を対象に最終段階の治験を行うが、欧米に比べ感染者が少なく、十分なデータが集まらない場合、海外の治験結果と合わせ承認申請する方針という」
日本はワクチンの供給を受け、接種を待つばかりの状況ではあるが、問題の副反応への対応はどうなのか。
東京社説は書く。
「厚生労働省は本格的な接種を始める前に、医療従事者ら約1万人を対象として接種後、健康状態を報告してもらう安全調査を実施する予定だが、副作用への不安はぬぐえない。来年に延期された東京五輪開催をにらみ、ワクチン承認に前のめりになりがちだが、英米などの先行例を十分分析し、有効性や安全性を慎重に見極めたい」
その通りだ。日本は英米などの先行例を十分分析してからでも遅くないはずだ。
■世界中で多くの人がワクチンを肯定的に捉えているが…
ところで、スイスでダボス会議を主催する非営利財団の「世界経済フォーラム」などが10月に日本やアメリカなど計15カ国1万8000人に対し、新型コロナワクチンについての意識調査を行ったところ、ワクチン接種に「同意する」と答えた人は15カ国の平均で73%、「同意しない」とした人は27%だった。世界の多くの人々がワクチンを肯定的に捉えている。
ワクチン接種に同意すると答えた人の国別の割合ではインドが87%で、これに中国85%、イギリス79%、日本69%、アメリカ64%、フランス54%だった。
同意しない理由として34%の人が「副反応への懸念」を挙げていた。副反応に対する不安解消は、欠かせない大きな課題である。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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