住民反対運動も"世界一の火葬大国日本"で在日外国人が望む土葬を受け入れられるか
プレジデントオンライン / 2020年12月15日 9時15分
■在日ムスリムは約20万人、土葬文化の彼らをどう受け入れるべきか
今、国内におけるムスリム(イスラム教徒)の「お墓問題」が深刻な状況になっていることをご存じだろうか。
ムスリムの埋葬法は土葬だ。しかし、国内のムスリム墓地は数が少なく、絶対的に不足している。土葬墓地を新規でつくろうとしても、住民の反対運動が起きたり、土葬が条例で禁止されていたりして、そのハードルは高い。今後、人口減少社会における労働力の担い手としてイスラム圏である東南アジアなどからの外国人の流入が見込まれるが、「死後の受け皿」は整っていないのが実情である。
2020年12月4日、大分県日出町議会の定例会において、地域住民がイスラム人墓地の建設に反対する旨の陳情を賛成多数で採択した。反対の理由はムスリムの葬送法が「土葬」であること。住民らは生活用水が汚染され、農業の風評被害につながる可能性がある、などと懸念を示している。
しかし、現地に住むムスリムにとって、九州初となる土葬墓地を整備するのは悲願であった。九州にはムスリムの墓地がひとつもないからだ。現在、わが国におけるムスリム専用墓地は茨城県や埼玉県、山梨県など東日本に6カ所、西日本では和歌山県に1カ所あるだけ。九州から何百キロも離れた埋葬地への遺体を運搬する費用、その後の墓参にかかる旅費などもバカにならない。
■ムスリムと国内で結婚した日本人が改宗するケースも増加
そもそも、ムスリムの墓は日本人のような大きな墓石を置かないが、地下深く掘る必要があり、また、敷地も一般的な墓地の2倍以上必要になる。ムスリムが日本で墓地を求めるときには、コストの面でも相当な負担が強いられているのが実情だ。
現在、ムスリムは日本に20万人ほど存在するといわれている。ムスリムは外国人だけではない。1980年から90年代にかけて労働者として来日したバングラデュ人やイラン人などが国内で日本人と結婚し、配偶者もムスリムに改宗するケースがみられる。彼らの中には、日本で「終活」をする時期を迎えている者もいる。
■欧米先進諸国でも土葬の割合が高い国があるが、日本ではタブー
在日ムスリムは今後、増え続けることが予想される。例えばインドネシア人はすでに日本に5万人以上いるが、近年急増している。そのインドネシア人の約9割がムスリムだ。彼らの中には日本に残り続け、日本で埋葬を希望するケースが今後出現してくることも予想される。
不足するムスリム墓地の整備は待ったなしの状況である。にもかかわらず、日出町のケースのように住民反対運動が起きるなどして、ムスリム墓地の新規造営は困難なのが実情なのだ。ひと言でいえば、日本では土葬はタブー視されている。
だが、土葬は国際的には、禁忌とされている埋葬法では決してない。欧米の先進諸国でも土葬の割合のほうが火葬よりも高い国はいくらでもある。
火葬率を他国と比較すれば、米国45%、英国75%、フランス34%、イタリア18%、中国49%、アラブ首長国連邦(UAE)はわずか1%である。各国にばらつきがあるのは、宗教上の理由が大きい。
イスラムでは死後、肉体の復活が前提となっているので火葬を禁止している。したがって、UAEのようにイスラム教国家の場合、埋葬は土葬が基本となる。死後の復活を信じるキリスト教も同様であり、とくにカトリックでは土葬を選択する割合が高い。
先述のように同じキリスト教国でも米国・英国に比べて、フランスやイタリアで火葬率が低いのは、両国が厳格なカトリック信者が多いからである。国民の宗教性を背景にして火葬場の整備も遅れてきた。
一方、米国などでは比較的自由なプロテスタントが多いため、火葬にするケースも一定数あると考えられる。とはいえ、欧米では近年、衛生の問題(新型コロナの爆発的流行なども相まって)もあり、目下、火葬場の整備が進められ、火葬率も近年上昇傾向にある。
■日本の火葬率は99.9%、土葬は1年間に103件のみ
では日本の火葬率はどうか。厚生労働省「衛生行政報告例」によれば、2017(平成29)年度に火葬された死体数は138万3件だ。土葬はわずかに103件だった。現在、日本の火葬率は99.99%で、世界一の火葬大国といえる。日本で土葬がタブー視されているのはこの火葬率の高さにありそうだ。
なかには「日本では土葬が禁止されているはず」と誤解している人もいるが、墓地埋葬法上は、土葬は禁止されてはいない。土葬が禁止とされているのは、一部の地方自治体の条例で記されている地域に限定されている。
東京都の「墓地等の構造設備及び管理の基準等に関する条例」をみてみると、「知事は土葬を禁止する地域を指定することができる」(第十四条)としている一方で、「土葬を行う場合の墓穴の深さは、二メートル以上としなければならない」(第十三条)と、土葬を認める条文がある。その一方で品川区や墨田区、荒川区など多くの区条例では土葬を禁止する条文が掲載されている。現実的には都心部では火葬以外の選択肢はない。
しかし、例えば山梨県までいけば土葬が可能になる。山梨県北杜市にある「風の丘霊園」や山梨氏の「神道霊園」では土葬用の区画が整備されている。
■なぜ、日本は世界一の火葬大国になったのか
なぜ、日本は火葬大国になったのか。
やはりそれは日本の宗教が影響している。日本は古来より、仏教と神道が入り混じった信仰形態をとっている。ちなみに仏教式では火葬、神道式の神葬祭では土葬が本来の葬送法である。多くの国民の「臨終時の宗教」は仏教であり、古くから火葬を選択してきた。
日本における火葬の歴史は古い。火葬が庶民の間で普及し出したのは江戸期だといわれている。江戸幕府の政策である檀家制度の下、ムラで死者が出れば、近くの寺の境内で火葬を実施することが多かった。そうした寺は「火葬寺」「火屋」などと呼ばれた。つまり、当時は寺院が葬式、火葬、埋葬(墓)をワンストップで担っていたのである。江戸や大坂などの人口が集中する都市部では火葬の比率が高く、地方都市では土葬が多かったとみられる。
ところが明治維新時、神道と仏教を切り分ける、いわゆる「神仏分離令」が出される。そして国家神道体制下、1873(明治6)年には、全国民は神道式の土葬に切り替えよ、との火葬禁止の太政官布告が出されている。つまり、明治初期の日本はいったん、「100%土葬」に変わったのだ。
この明治政府の土葬政策によって、都内では墓地が不足し、公共霊園が整備された。現在、都内の一等地にある大規模な都営霊園がそれだ。港区の都立青山霊園は「神葬墓地」として、火葬禁止の太政官布告を目前にして土葬墓を整備する目的で造成された経緯がある。同じく雑司ヶ谷、谷中などの霊園が同様の目的で造成されていく。
今でも青山霊園を歩けば、明治初期に造られた土葬墓の名残りを見ることができる。だが、先述のように土葬墓は広い敷地が必要で、なおかつ高い費用が必要になる。伝染病予防の観点からも、土葬は敬遠され、火葬禁止はわずか2年で解かれた。そして、国内に火葬場が続々とつくられていく。
■三重県伊賀のある小集落では今も土葬の風習が残る
1913(大正2)年、日本の火葬率は31%だった。終戦後の1947(昭和22)年には54%、1979(昭和54)年には90%となっている。それでも半世紀ほど前までは地方都市では土葬が結構残っていたのだ。
しかし先に述べたように現在、日本の火葬率は99.99%である。では、残りの0.001%のすべてがムスリムの土葬墓かといえばそうではない。
一部の離島や山村部ではまだ、わずかに土葬が残っている。私も5年ほど前に三重県伊賀のある小集落で、土葬墓を調査したことがあるが、訪れたときには埋葬されたばかりの土葬墓があった。土葬墓といっても、整備された霊園ではない。
同地域では両墓制といわれる墓制が残っている。1遺体につき、墓を2つ造るのだ。ひとつは遺体が埋まる墓、もうひとつは魂が宿る墓である。遺体を埋める墓は「捨て墓」といい、そちらに立ち入ることは禁忌になっている。実際に墓参りするのは、遺体が埋まっていない「参り墓」のほうだけである。「不浄」なる遺体にたいし、「浄(きよ)」い魂のほうを祀るのだ。
こうした両墓制は西日本の一部村落で残っているが、そのほとんどが火葬である。土葬の両墓制をとるのは私の知る限り、私が調査に入った伊賀地域だけだ。同地域には火葬場はあるが、あえて火葬せず(火葬を希望する人も多いが)土葬の風習をいまだに守り続けている。
ムスリム墓地は増やしていかねばならないが、日本古来の土葬は絶滅危惧にあるといえる。土葬の風習は民俗学的にも貴重な史料であり、いまのうちに記録に取っておく必要がある。日本の土葬については、また改めてこの場でレポートしていきたいと思う。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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