「記者を助けた救急隊員が警官から殴られる」クルド人虐殺の現場でカメラマンが撮ったもの
プレジデントオンライン / 2020年12月15日 11時15分
※本稿は、舟越美香『その虐殺は皆で見なかったことにした トルコ南東部ジズレ地下、黙認された惨劇』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■自国民を銃撃する治安部隊
レフィック・テキンは、国軍により封鎖されたジズレで映像を撮り続けた、ただ一人のテレビカメラマンである。
しかし彼の取材活動は封鎖から36日で終わらざるを得なかった。スナイパーに射殺されて、通りに放置されたままの市民の遺体を回収しようと現地に向かった市民一行を同行取材し、その途中で治安部隊に銃撃されたのだ。
レフィックは右足に被弾したが、流血と痛みに耐えながらビデオカメラを回し続けた。白旗を掲げた非武装の市民が銃撃される決定的な映像を収めたカメラは同僚の女性記者に託され、記者は住民の助けを借りて映像をインターネットで本社に送った。
映像は放映され、「軍との交戦で、テロリストが死傷した」とする政府発表を覆し、「テロとの戦い」の名の下で市民が犠牲になっている事実を国内外に知らしめ、大きな衝撃を与えた。
レフィックが同僚とよく口にした言葉がある。
「戦争の最初の犠牲者は真実である」
ジズレで起きているのは、この有名な言葉そのものだった。
■“御用メディア”に任せてはいられない
「対テロ作戦」の名目でトルコ軍が市民を無差別に攻撃している事実が、ジズレの外に知られることはあってはならなかった。だから記者は、政府や軍にとっては邪魔な存在だった。
レフィックが詰めていた市役所はトルコ軍の攻撃対象地域ではなかったが、外に出る時は警察官や兵士に見つからないよう、逃げるように走ったり隠れたりしなければならなかった。見つかれば逮捕されることは明白だった。
政府系メディアやトルコで名の通った大手メディアの記者たちが時折、トルコ軍と共にやって来た。ヘルメットをかぶり防弾チョッキを着て、装甲車に乗っている。
兵士が連れて行く場所では交戦が演出され、それを取材し、彼らは帰って行く。そんなシーンをレフィックは何度も目撃した。
銃声に常時さらされ、スナイパーに無慈悲に殺害される人々を取材してるレフィックには、報道倫理を逸脱し良心を失っているとしか映らなかった。
「政府の望む戦争の叫びを、政府の支援を得ながら報じていた。トルコ軍や警察の側から取材するなら、市民の側からも取材するべきじゃないのか。兵士が撃っている弾丸は誰に命中しているのか。死んでいるのは政府が言うようにテロリストなのかどうなのか。実際に起きていることを市民は知る権利があるはずだ」
■「外出した夫が帰ってこない」
それに現場にいるレフィックには、国際メディアの関心も薄いように感じられた。クルド人の居住区で市民が銃撃され死亡する事態に、外国人記者は新しさを見出せないのかもしれなかった。
外出禁止が始まって1カ月以上が過ぎた。
ジュディ地区周辺に残っている女性から、外出した夫が帰ってこない、とファイサルに相談があったことで、女性の自宅近くの通りに数体の遺体が放置されていることが分かった。
ファイサルは市役所に来ていた市民らと共に遺体を引き取りに向かい、レフィックとサーデット記者、それにジズレ在住の新聞記者が同行取材をすることになった。
ジュディ地区は国軍や治安部隊が重点的に攻撃しており危険性が高い。レフィックに恐怖感はあったが、国会議員のファイサルがいれば銃撃されることはないと、自分に言い聞かせた。
「白旗を掲げて遺体回収に向かう。銃撃しないで欲しい」
ファイサルが、警察に電話で伝えるのをレフィックも聞いた。2016年1月20日。午前10時頃、ファイサルと副市長を含めた30人ほどの一行は荷車と共に市役所を出発した。
レフィックのビデオカメラは白旗を掲げ先頭を歩く年配の女性を捉えている。ヌサイビン大通りを渡りジュディ地区に到着し、その一角で男性3人の遺体を見つけるまでは小一時間ほどだった。
3人は、いずれもスナイパーに射殺され、付近には負傷した人たちもいた。レフィックのビデオカメラは激しく攻撃されている地区の姿を映している。
■国会議員でさえも無警告で銃撃される
瓦礫の山と燃え尽きた自家用車、家屋の壁に残る無数の弾痕、布に包まれた遺体を荷台で運ぶ市民、遺体の側で死んでいる猫。
人々の足音だけが響き、緊張と悲しみが伝わる。一行が再びヌサイビン大通りに差し掛かった時のことだ。100メートルほど離れた所に軍用車両が停められ、武装した数人の男たちがいた。
警察官なのか軍兵士なのかは分からない。レフィックはその状況を撮ってから、中央分離帯の隙間を通り1列になって道を渡る人々にカメラを向けた。銃声が響き渡った。
「落ち着いて。大丈夫だ」
誰かが言った。
ヌサイビン大通りから市役所に向かう地区は、軍が重点的に攻撃している地区ではなかったから、レフィックも「威嚇射撃だろう」と思った。
次の瞬間、激しい銃撃が始まった。不意を突かれ、みんなが逃げ惑った。列の先頭にいて道路を渡り終えていたファイサルやサーデット記者は脇道に逃げ込んだ。カメラを回したままレフィックも走った。
踏み出した右足に何かが当たったと感じた直後、全身を痛みが貫き地面に倒れた。激痛に耐えながら、近くの商店の軒下まで這って行った。誰も乗っていない車椅子が、レフィックの視界をゆっくりと横切った。
地面に倒れた男性から流れ出た鮮血が水のように地面を這って行く。静かに流れるアザーン(礼拝の呼び掛け)を突き破るように、銃声が響き渡る。
ジズレでは、市民はしょっちゅう、こんな目に遭っているのだ。
だけど誰もそれを目撃していない。今、世界はこの事実を目撃するべきだ。
■テロリスト扱いされ射殺される市民たち
政府はおそらく、今回もテロリストを銃撃したと発表するだろう。
そんなことはさせない。
1分ほど、レフィックは仰向けのまま、体が痛みに慣れるのを待った。それから左手を腰の辺りにあるビデオカメラにそっと伸ばした。生きていると兵士に気づかれれば、銃撃されるかもしれなかった。
片手で操作しようとしたが、被弾した右脛の激しい痛みでカメラを支えられず、右手を添えてゆっくりと周囲を撮影した。映像は当局者の手に渡ってしまうかもしれない。そうなれば、映像は永久に闇に葬られてしまう。
その恐れはあったが、カメラを回し続けスチールカメラのシャッターも切った。向こうの方から、救急車が近づいて来るのが見えた。銃声がまた響く。
「レフィック! レフィック!」
ファイサルが叫びながら駆け寄って来た。
「僕は大丈夫。他の人の方がひどい」
ファイサルに起こされるレフィックを地元記者が携帯電話で撮影した。
「大丈夫?」と泣き叫ぶサーデット記者に、レフィックはスチールカメラとビデオカメラの両方を託した。
ファイサルが電話で要請し到着した救急車に、レフィックは抱き抱えられて乗った。人々の悲鳴とレフィックのうめき声も記録しているこの映像は、今もインターネット上で公開されている。
この銃撃で2人が死亡、10人が負傷した。
■市民を助けた救急隊員が警察から殴られる
負傷者は救急車と遺体搬送車に分乗した。病院までは1、2分しかかからない距離だったが、途中の検問で軍に指示され、救急車は郡知事庁舎に向かった。
郡知事は、選挙で選ばれる市長や県庁といった地方行政のトップではなく、中央政府から派遣された治安担当のような仕事をしている。庁舎に着くと、警察官が運転手を引きずり下ろし激しく殴り付けた。
「お前はなぜ、あの現場に行ったんだ。何の用で行ったんだ」
複数の警察官がレフィックら3人の負傷者の襟ぐりをつかんで引きずり下ろして、殴る蹴るの暴行を始めた。
「僕は報道機関で働いている」
レフィックは、首から下げていた記者証を見せて叫んだが、警察官はそのカードを引っ張り外した。
「トルコの本当の力を見せてやる」
「お前ら全員、テロリストだ」
警察官たちは言い返すのを待っている、とレフィックは感じた。
何か言ったところで、何の意味もない。彼の沈黙が男たちをさらに焚きつけた。
「俺の顔を見るな、目をつぶれ」
警察官はそう命じた。
自分たちがいつか告発されるかもしれないと恐れている、とレフィックは殴られながら思った。警察官は、レフィックら3人をしばらくその場所に放置した後、自分で救急車に乗るよう命じた。
■負傷したカメラマンに暴力をふるう兵士たち
足から流血しているレフィックは這うしかなかった。
殺されるかもしれない。救急車が遠回りをしながら走っている時に、そう覚悟した。
到着したのは、国立病院だった。だが病院は軍の基地になっており、待っていたのは多数の警察官と兵士だった。救急車は病院入り口の25メートルほど手前で止まり3人が車椅子に乗せられると、携帯電話を持った兵士が群がってきた。
「テロリストめ」
寄ってたかって顔を殴られ、携帯電話で写真を撮られた。レフィックは顔を覆ったが、無駄だった。運転手も殴られていた。レフィックはここでも叫び声も上げず沈黙を守ったが、心理的には打撃を受けていた。
血を流し痛みに苦しんでいる者を見せ物にして侮辱し、「テロリスト」と呼んで集団で暴力を振るう。一般市民であってもカメラマンであっても、クルド人は兵士にとって敵であり「死ぬべき存在」と考えているのだ。兵士の憎悪と敵意をレフィックは感じた。
「どんなに言葉を尽くしてもあの時の気持ちは説明できない。僕には殺されるよりたまらないことだった。人間が人間に対し、なぜあんなことができるのか」
銃撃による痛みなんて、侮辱されることに比べれば取るに足りなかった、とレフィックは言う。
病院の医療従事者にはジズレの住民もいれば、首都アンカラから派遣された者もいたが、誰もが悪態をつきレフィックをテロリストのように扱った。傷の具合を診断した医師は、約150キロ離れた町マルディンの病院にレフィックを搬送すると決めた。
「この足は切断するしかないな」
車の中で、兵士が笑った。
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ジャーナリスト
福岡県生まれ。上智大学ロシア語学科卒。1989年共同通信社入社。秋田、福岡、北九州各支社局を経て、97年から金融証券部、経済部。99年外信部。2001年からプノンペン、ハノイ、マニラ各支局長を歴任し、その間にカンボジアの元ポル・ポト派最高幹部、アフガニスタン戦争、スマトラ沖地震津波、ミャンマーの反政府デモ、ベトナムの枯葉剤被害などを取材した。09年に本社に戻り、外信部、デジタル編成部に所属する傍ら、世界各国で取材。米オバマ政権誕生に尽力した若者ら、チェチェン紛争に派遣された元ロシア軍特殊部隊兵士、などテーマは多岐にわたる。著書に『人はなぜ人を殺したのか―ポル・ポト派、語る』(毎日新聞出版)、『愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった』(河出書房新社)、『その虐殺は皆で見なかったことにした トルコ南東部ジズレ地下、黙認された惨劇』(河出書房新社)などがある。
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(ジャーナリスト 舟越 美夏)
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