「家族も友達も選んでいい」人間関係に悩んでいる人に読んでほしい小説
プレジデントオンライン / 2020年12月20日 11時15分
■小説に付箋を貼るという読書術
【乙武】岸田さんはいま、どんな肩書きなの?
【岸田】それ難しいんですよ。本当は、ハイパーストーリーテラーみたいな新しい肩書きを名乗りたいんですけど(笑)。いまのところ作家です。ただし、小説を書くとかエッセイを書くから作家というよりは、自分の人生を作品として編集して発表する作家、というふうに意味を持たせてます。
【乙武】なるほどね。僕もこれまで書いてきた小説は車椅子に乗った男性が主人公で、そこには自分の人生を投影させやすかったんだけど、今回初めて、そうではない小説を書くことになったんですよ。
【岸田】はい。『ヒゲとナプキン』という小説ですね。もちろん、読んできましたよ。
【乙武】ちょっと待って! めっちゃ付箋ついてる!
【岸田】私は本を、自分の中に取り込むためのツールとして使っているんですよ。線とかもたくさん引くし、付箋も色をわける。付箋ごとに、感情を分けています。
何回も何回も繰り返し読んで、胸の中に入れるつもりで読む。覚えたらもう最後、誰かに渡したりとか、物置に置いたりといった具合です。
【乙武】なるほどね。ちなみに3色はそれぞれどんな感情を示しているの?
【岸田】赤は私もものを書く人間として、この文章、表現はうらやましい、上手いという色です。だから赤色は、8割憧れ、2割嫉妬ですね。
■「人生の軸にしたい」「つらい」という感情をマークする
この本ですと、「自分を窮屈な牢獄に押し込めている社会そのものに対するもの」という表現に赤をつけています。「自分を窮屈な牢獄に押し込める」というフレーズを、生きづらさを示すために使うのか、と驚きました。
【乙武】ありがたいけど、恥ずかしいね。紫色は?
【岸田】紫は、表現というより、内容として覚えておきたい部分です。自分の中に取り込み、これからの人生の軸にしたいという色です。
続いて青は、つらかったこと、苦しかったこと、です。
【乙武】なるほど。青は1カ所ついていますけど。ちなみにどこかな?
【岸田】大切な登場人物から受け取っていた愛がなくなってしまった、という箇所があります。「愛が、消えた」というふうに1行だけ書かれていて、つらかった。
私は人から愛されることも、自分から愛すことも大好きなので、その愛が消えてしまったということを自分に置きかえて想像したらもうだめだ、となってしまう。ここはあまり読み返したくないんだけど、辛かったという気持ちだけは覚えておこうと付箋を貼っています。
付箋は多ければ多いほど、読み返したときに、読んだときの自分と会話できます。たとえば、青のところ、つらくて読み返せないとさきほど言いましたが、いつか自分の心が成長して、これをちゃんと読み返せるようになったら、それは私が一つ大きくなれたということ。そういう自分の気づきを得られる本をいただきまして、本当にありがとうございます。
■選ぶ基準は「自分の悩みと共通点があるか」
【乙武】うれしいなあ。ありがとうございます。今日は、ぜひ岸田さんにお願いしたいと思っていたことがありました。
どうしても、この『ヒゲとナプキン』が何かに紹介されるときは、「LGBTQ小説」という書かれ方をするんですよ。主人公のイツキはトランスジェンダーという境遇だし、その境遇にまつわる苦悩がストーリーの軸になっているので、そう紹介されることになんの違和感もない。
一方、「LGBTQ小説」とうたわれてしまうと、それだけで敬遠されてしまうということも事実です。LGBTQに興味がなくても、「こういう人におすすめだ」というあたりを語っていただけると、めちゃくちゃうれしい。いきなりで申し訳ないんだけど。
【岸田】お任せあれ。なんでもしゃべれる。私はぱっと出たお題で大喜利ができる女なんです(笑)
【乙武】お願いします!
【岸田】私は、人が本を選ぶときの基準は、自分の日常の悩みと共通点があるかということだと考えています。ですので、「LGBTQ小説」と言われてしまうと、LGBTQの当事者の方、もしくは周囲にそうした方がいない場合、自分には関係ないと思う方がいると思います。
■どんなしがらみがあっても愛情を注けば家族になれる
【岸田】それ、残念ですよね、私はこの本のこと、新時代の家族の本だと思っています。家族のことでちょっと悩んでいるとか、結婚をされて新しい家族を大事にしていきたいとか、もしくはちょっと孤独を感じていて、家族にも理解されないという悩みを感じてる人に、ぜひとも薦めたい小説だと思っています。
それがなにかといえば、イツキは、トランスジェンダーじゃないですか。つき合っているパートナーと結婚をするという話があるんですけど、結婚するためには家族の理解とか、性転換の話とか、たくさんのハードルがあるわけです。
しかし、最終的にハッピーエンドなんです。ネタバレになるから詳しくは言えないけど、家族のあり方に結論がついていて、それが「愛」なんです。
「家族、それはすなわち愛」。どういうことかというと、血がつながってるとか、法律上どうとか、そんなことは関係ない。大事なのは愛情を注ぐこと。それを貫くことができれば、いくらだって“家族”になれるというのが、この本のメッセージなんです。
【乙武】おお、その通り。
■「家族は選べるんだよ」
【岸田】家族とは血のつながり、もしくは男性・女性で法律婚をするということだと思っている方々。いや、私もそうだったんです。私自身、その家族のあり方にこの数年めちゃくちゃ悩んでいました。
私の家族観を変えたのが、写真家の幡野広志さんとの出会いでした。彼にこう言われたんです、「奈美ちゃん、家族は選べるんだよ」と。つまり、自分がこの人が大事、家族だ、愛情を注げる人だと思ったら、それは家族ということです。逆にこの人は、血縁上は親だけど、この人といたら自分は苦しいとか、つらいとか、嫌なことばかり思い出すという相手とは距離をとってもいい――。
家族という定義で参考にしたいのがNASAです。宇宙飛行士がロケットで月に行くときに、それを見守ることができる特別室というのがあります。そこに入れる家族として、NASAが定めるのは、親や兄弟といった血のつながっている家族ではなくて、自分が選んだパートナーと、その子どもと、その子どもが選んだパートナーまでなんです。
■トランスジェンダーを番組に呼んだ日のこと
【乙武】なるほどね。ちなみに、その考えに接して、岸田さんはどう変わったの?
【岸田】私も、家族に障害があって、「すごく大変だね」と言われるんです。さらに「岸田さんは、障害がある家族がいるからこんなにしっかりしているんだね」「家族の面倒見て偉いね」とも。そこに違和感を覚えていました。現在は胸を張って「違う」と言えます。
たまたま家族に障害があっただけです。そして家族だから愛したわけではない。人として、血のつながり以前に私がめちゃくちゃ愛情を注げるから、この人たちを私は胸を張って「家族にしよう」と。そう思って選んだ結果、いまの私があるんだということに気づけました。
そのときと同じ感触を、この本を読んだときに抱きました。血のつながりとか、性別による法律婚とかじゃなくて、愛情を注ぐことができればそれは家族なんだと。
【乙武】詳しくは読んでもらいたいけど、いまの話は、『ヒゲとナプキン』の主人公たちの最後の選択に関わっている話だね。
今回の小説の主人公・イツキには、モデルがいます。杉山文野というトランスジェンダー活動家です。文野は、女性として生を享けたけど、現在は男性として生きている。
こないだ文野を、僕のYouTubeの番組に招いたんです。そこで文野がいま一緒に暮らしてるパートナーの説明をするために、「文野のパートナーはいわゆるストレートで、LGBTQの非当事者なんだよね」という言い方をしたら、文野が「うーん」となったんですよ。そしてこう語ったんです。
■「自分はストレートだから非当事者」といえるのか
「確かにストレートではあるんですけど、彼女がたまたま好きになった相手が僕、つまりトランスジェンダーで、いま一緒に家族として暮らしている。そんな中で、彼女もそれにまつわる苦労をたくさん経験しました。その彼女が、非当事者と果たして言えるのかというと、僕の中でも結論出ていません」
【乙武】この言葉、すごく刺さったんですよ。つまり、岸田さんがおっしゃったように、彼は、戸籍上は女性なので、法律上の家族をつくろうと思えば男性としか結婚できない。だけれど、本人は男性として生きているので、同じ戸籍上女性である方をパートナーとして選んだ。だから法律上はいまでも家族にはなれない。
【岸田】でも文野さんは、パートナーの彼女を家族として選んだということですよね。
【乙武】そう。それは、誰の話にもなりうると思うんです。つまり、僕らがこうして生きていれば、今後自分が好きになる、パートナーとして選ぶ相手がトランスジェンダーであることは十分ありえる。自分が築いた家族の子どもがトランスジェンダーである可能性もある。
そう考えると、自分もいつでも当事者になる可能性はあるんだと思いました。だからこれは、「ああ、LGBTの話でしょ」という、遠い誰かの物語じゃなくて、いま言ってくれたように家族の話だし、自分ごとになりうる話だと、文野の話や岸田さんの話を聞いて改めて思ったんですよね。
■自分の解釈を多く持っていたほうがいい
【岸田】世の中に、ふわっとした常識のようなものはあると思うんですよ。それが、非当事者の方の話であったりとか、法律婚がどうとか、の話だったりするかもしれないんですけど、やっぱり常識とか慣習にとらわれるとどこかでつらくなります。
私はそのつらさを軽減するために、自分の解釈というのをできるだけ多く持っていたほうがいいと思っています。家族ではないけど、友達だってそうなんですよ。
私、7歳のときに、お父さんがパソコン、しかもMacを買ってきて、「おまえな、学校で友達おらんとか言うてるけど、おまえの友達はこの箱の向こうになんぼでもおる」と言ってくれた。当時パソコンの普及率7%の時代。私はパソコンを電話回線につないで、ローマ字の打ち方とか1個1個調べながら打っていたんです。
お父さんがよく言っていたとおり、私、学校で友達となじめなくて寂しかったんです。でも、チャットをしたら、画面の向こうの人たちがみんな話を聞いてくれて、笑ってくれたんですよ。年齢も違うし、性別も、住んでいるところも違う人たちですよ。
それが衝撃で、学校行ってもちっとも友達としゃべっていても面白くないけど、家に帰ってチャットで相談に乗ってもらったり、趣味の話をしたりするのが楽しかったんです。
■愛のあり方は、自分でつくっていい
【岸田】当時は「チャットで知り合った人なんて危ないでしょ」と思われていました。でも私にとっては、身近にいる学校にいる友達よりも、顔も見たことない、会ったこともないその人のほうが心の支えだったんですよ。「それは友達じゃない」というふうに周りから言われたのがつらかったんです。
【乙武】だけど、いまならそれ普通だよね。
【岸田】そう。コロナで、一回も学校に登校してなくて、一回も会ったことなくても、オンラインで会ったことだけある友達や、一回も会ってないのに同僚というのは珍しくはないですよね。
これからは一回も会ってないし、顔も見たことないのに親友だったり、一回も顔を見てないのに家族だと思えるという例が出てくると思います。愛のあり方とか関係性のあり方は、自分でつくっていいんだと思ってほしい。
【乙武】いつも岸田さんとおしゃべりすると本当に楽しい気持ちになるんだけど、まさか今回こんなに深い話になるとは……。でも、本当にそうだよね。これからの時代は、そういう新しい家族や関係性のあり方をできるだけ多く知っておいたほうが人は幸せになるんじゃないかなと思います。
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作家
大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など著書多数。
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作家
1991年生まれ。兵庫県神戸市出身。2014年関西学院大学人間福祉学部卒業。在学中に創業メンバーとして株式会社ミライロへ加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。2020年1月「文藝春秋」巻頭随筆を担当。2020年2月から講談社「小説現代」でエッセイ連載。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。2020年9月初の自著『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を発売。
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(作家 乙武 洋匡、作家 岸田 奈美)
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