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「中学生が働くキャバクラ」を取り締まるほど、児童売春が増えてしまうワケ

プレジデントオンライン / 2020年12月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/aluxum

沖縄では中学生を働かせていたキャバクラがたびたび摘発されている。なぜ問題が再発するのか。政治学者の藤井達夫氏は「『子どもが働いている店を潰せ』という短絡的な発想では問題は解決しない。それより重要なのは貧困家庭への支援だ。しかし、そのコストが省かれるようになっている」という――。(第3回/全3回)

※本稿は、中村淳彦、藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房)の一部を再編集したものです。

■ネオリベ政策による刑罰の厳罰化

【藤井達夫(政治学者)】ヤクザや風俗は治安に関わる問題です。ネオリベ(新自由主義)的な政府のもとでは治安に関する引き締めは非常に強まる。

規制緩和を行うことで、競争を促すのがネオリベの基本的なやり方ですが、他方で治安は逆に強化される。典型的なのが、アメリカのスリーストライクス・ユーアーアウト法(三振法)、軽犯罪でも三回犯したら終身刑になるという法律が当時、話題になった。

厳罰化への社会の要望が高まってくるのもネオリベの浸透した社会の特徴ともいえるでしょう。

【中村淳彦(ノンフィクションライター)】ネオリベが強化された平成時代に本当にあらゆる刑事罰が厳罰化された。

暴力団関係や性犯罪についてはとくに厳しくなった。僕はヤクザ系雑誌にもかかわっていたので、知り合いが何人も逮捕されていて、無期懲役とか懲役一五年とか。判決はめちゃめちゃ重い。

みんな捕まったのは2000年代半ば、いま思えばちょうど時代の境目だったってことですね。

【藤井】犯罪はなぜ起きるか。そこに貧困や家庭崩壊などがあるから。

少年犯罪が増えているのなら、貧困家庭に経済的支援や教育支援を行って、なるべく貧困を解決し、犯罪を減らす。そうして、治安を守っていく。それが長い歴史のなかで発達してきた社会科学の知見に基づく、福祉国家の考え方。

■かつて犯罪は個人だけの問題だった

【藤井】それまで犯罪は遺伝するとか脳の異常だとか、ともかく個人化する風潮があった。有名なのは19世紀の骨相学。精神異常を頭蓋骨の形態から判断しようとしたのですが、その骨相学は、ヘーゲルの『精神の現象学』にも出てくる。

骨相学
写真=iStock.com/mstroz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mstroz

でも個人を処罰するだけでは、どうも犯罪は減らない。やはり社会全体の問題として取り組んでいく必要があるという考えが徐々に浸透していったわけです。そして、ネオリベの時代、また犯罪の個人化が自己責任の言説とともに復活してきています。

【中村】遺伝するとか顔の傾向があるなどの研究があったのですね。確かにそういう部分はあるでしょう。面白いですね。

【藤井】いや、学術的には、そういう研究は否定されてきたんですけどね。倫理的に言っても、あまりに優生的に過ぎますし。

犯罪を社会問題として集合的に解決しようとすれば、政府の役割が増える。ネオリベ的政府はそれを放棄するので、当然犯罪は増える。仕方ないので警察の取り締まりを強化したり、罰則を重くする形で治安を維持しようとするわけです。

石原都政下の東京は、それが如実に表れていたのではないでしょうか。2章で中学生が水商売や風俗する沖縄の話がありましたが、中学生がキャバクラで働くのは本来なら行政がちゃんと家庭に入って、「ダメだよ、中学生まではちゃんと育ててあげなさいよ」と親を指導して支援すべき。

でも、それをやると行政の仕事が増えてお金がかかる。

だから、全部省略して取り締まりを強化する。子どもが働いている店を潰せ、という短絡的な発想になる。行政としてはそのほうがコストはかかりませんから。

■社会問題に取り組まなければ治安は良くならない

【中村】厳罰化すれば負担や経費は減るので、確かに統治する側は得しますね。厳罰化もネオリベだったとは知らなかった。

【藤井】たとえば子どもの性風俗労働を防ぐためには、もっと大きなパッケージで家庭問題や貧困問題に取り組んでいかなくてはならない。政府がネオリベ的になればなるほど、そうした取り組みは民間やNPOなど団体任せになる。

もちろん、民間の団体や個人のがんばりだけではなんともならないので、結局、子どもたちは闇に潜って売春することになる。やはり、ネオリベには大きな責任がありますね。

【中村】AV業界でもいろいろな人びとを見てきましたが、彼らは違法か合法かはどうでもよくて、捕まるか、捕まらないかだけが行動の基準になる。違法だからやってはいけないという感覚は誰も持っていなくて、捕まるならやらない。一線はそこだけですね。

【藤井】遵法精神ではなくて、治安権力への警戒なんですね。

【中村】なので、彼らがもっとも気をつけるのは、未成年をAVに出演させないこと。もし出演させれば、警察がすぐ動く。だから、仕組みをつくって徹底して手をださないようにしている。

たまに事件になるのは女の子側が身分証明を偽造して出演したとか、確認を怠ったとかのミスです。逆にAVに無理やり出演させていた出演強要は、脅したり、騙したりして出演させても逮捕されることはなかったから。だから、まかり通った。

■恣意的に権力を行使する警察

【藤井】店舗型の性サービス店は、もう歌舞伎町にはないんですか。

パトカー
写真=iStock.com/akiyoko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/akiyoko

【中村】まったくないわけではなく、一部の老舗は残っています。たぶん、警察との関係で摘発や営業停止を免れたのでしょう。吉原とか飛田新地などの歴史的な風俗街は壊滅的な摘発はされません。

それは歴史的に認めてきたのと組合が強いからで、警察と交渉できる関係性がある。組合は摘発を免れる代わりに、上の言うことは聞きます、という姿勢なので、今回の休業要請もいち早く応じていました。

【藤井】限定したエリアだけは一応許すという形、行政裁量なのですね。これがあるから治安の問題は厄介ですね。法律と警察権力とは区別して考えなくてはいけません。

法律違反をしていなくても、警察は簡単に嫌がらせをすることができる。逆に法律違反をしていても、警察は目をつむることができる。実はこれは非常に怖いことなんですけどね。治安を維持するために権力は、法律に縛られつつも、それを超えて行使されることが多々ある。

【中村】今アメリカで起きている反人種差別運動のきっかけとなった黒人を逮捕して路上で首を長時間圧迫して殺してしまった事件も、非常に恣意的な警察権力の適用でしょう。

■法律を逸脱しても市民は黙認

【藤井】身体的拘束を受けるのはほとんどが黒人。何が起こるかわからない実際の取り締まりには、治安当局の裁量によるところが大きくなる。そのため、法律を逸脱するケースも当然出てくる。

それでも、市民は黙認しがち。治安が悪くて危険なのは嫌だから仕方がない、と。治安の強化っていうのは、ネオリベを推し進める政府や一部のエリートだけが望んでいるのではない。社会自体もそれを受け入れていくというところに問題がある。

治安悪化はみんな体感していることなんですね。たとえば貧困問題を放置しているせいで路上にホームレスが増えていると、なんとなくみんな不安になる。

見えなくしてくれということで、ホームレスの排除が始まる。でも、それではなんの解決にもなりません。

【中村】先日、新宿を歩いて驚きましたが、ホームレスが明らかに増えていますね。東京にホームレスがたくさんいた90年代以前に戻りそうな雰囲気がある。新宿には高齢女性のホームレスも複数いました。嫌な予感がします。

【藤井】雇用が不安定で住む家のない若者たちはネットカフェに行き、不愉快な現実が見えなくはなっていた。見えていれば、彼らのことも排除しろという話になっていたでしょう。

ところがコロナ禍でネットカフェが使えなくなった今、彼らだって路上に出てくる可能性がある。つまり、警察の取り締まり強化は社会が求めた結果なのです。

ホームレスの例は典型ですが、路上生活者がいると何をされるかわからなくて嫌、という市民の身勝手な妄想が警察を動かしている。お互いが支え合うのです。

■右も左も福祉国家を批判していた

【中村】結局、日本のネオリベ化も民営化も、国民が求めていたということなのでしょうか。

【藤井】貧困問題にせよ少年犯罪にせよ、一般に、福祉国家の下での政府は福祉事業、ソーシャルワークという形で積極的に介入した。当時はその弊害が強く現れた。

家族に政府が易々と介入すれば、プライバシーは損なわれるし、いったん目をつけられたシングルマザーは子どもを簡単に奪われちゃう。

これはヨーロッパのある国の話ですが、遊びに行っている間に子どもが怪我をしたり問題を起こすようなことがあれば、その母親はもう我が子を育てられなくなる可能性さえあった。大きな政府、介入主義的な政府にはそうした問題があった。ここは強調しておきたいですね。

【中村】児童相談所は小さな一つの失敗でマスコミが扇動する袋叩きにあって、逆に介入しすぎても文句をいわれる。何人もの児童福祉関係者の嘆きや愚痴を聞いたことがありますが、彼らは気の毒ですね。

【藤井】公権力の家族への介入は左派やリベラルな人権団体も問題視し始める。政府があまりに巨大化すると、ネオリベを主張する人たちがいる一方で、左派の人たちもこれはよくないだろうということになる。

そして、右も左も福祉国家批判をするようになった。

■「変わらなきゃいけない」という気持ちが小泉政権を誕生させた

【藤井】そうしたなかで、いち早く福祉国家を続けられなくなったアメリカやヨーロッパでは80年代にネオリベ的な改革が始まり、当時まだ経済的に調子のよかった日本に市場開放を迫った。

日本郵政グループの発足式であいさつする小泉純一郎元首相(東京・霞が関の日本郵政株式会社)=2007年10月1日
写真=時事通信フォト
日本郵政グループの発足式であいさつする小泉純一郎元首相(東京・霞が関の日本郵政株式会社)=2007年10月1日 - 写真=時事通信フォト

【中村】80年代、日本は大きな政府、福祉国家型政府が続いていました。繰り返しますが、いま思えば夢みたいな本当にいい時代だった。

【藤井】しかし、2000年代から民間・行政両方でのネオリベ化が一気に進んだ。八〇年代のネオリベ化の発端が外圧だったとすれば、20世紀末の不況で国内からの声によって一気に変わった。その象徴が小泉純一郎という「変人」首相の誕生ですね。

【中村】小泉純一郎首相の構造改革は、すごく魅力的に見えた。個人的にはX‐JAPANのファンってことに親近感を覚えたり。郵政民営化することになんのメリットがあるのかわからないけど、きっと民営化したほうがいいんだろうという空気があった。わからないけど、「変わらなきゃ!」みたいな。

【藤井】「変えなきゃいけない」という気持ちは、日本社会において大きかったと思います。

小泉はいわゆる旧体制としての自民党を敵にした。アンシャン・レジームです。福祉国家や日本型雇用といった古いシンボルを自民党というパッケージにして叩く。もちろん小泉自身のうまさもあったけど、やっぱりみんなのなかで「変わらなきゃいけない」という気持ちが強かった。

■「昭和の幸せな生活」は失ってみないと気づけない

【中村】でも今思うと、昭和はあんなに幸せだったのに、なんの文句があったのだろうと。

中村淳彦、藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房)
中村淳彦、藤井達夫『日本が壊れる前に 「貧困」の現場から見えるネオリベの構造』(亜紀書房)

【藤井】実は僕は昭和の時代は理想化され過ぎの感があると思っています。ただ、裏を返せば、いまがひど過ぎるということなのでしょう。

それはともかく、幸福というものは手放した時に、その価値がわかるもの。どんな小さな町にも日本全国津々浦々に郵便局があった。今回のコロナは民営化の流れで潰されていたかもしれないものが、残っていたからこそ助かった、ともいえる。だから、小泉政権のときの民営化が郵便局ぐらいで止まってよかった。

2000年前後、すでに一部の人たちはネオリベはまずいと主張していた。

でも、ほとんどの日本人は、やっぱり変化を求めていた。半世紀も自民党がずっと支配していれば、飽き飽きするでしょう。社会自体がうまくいっていればいいけど、どこもうまくいかなくなってきた。

誰もが知る大企業は潰れるし、リストラも起きる。地下鉄サリン事件もあって終末感が強かった。そこで自民党的なもの、一言で言えば昭和が標的になったのだと。

【中村】昭和が幸せだったことは、終わって失ってみないとわからなかった。

■この30年で進んだのは「ネオリベ的な政治改革」

【藤井】昭和的な日本の民主主義、自民党的な統治を変えなきゃいけない。建前はいいわけす。石原都知事の風俗店を潰す政策も、普通の主婦が聞けば、「これはいいことだ」と思うでしょう。

さらに性奴隷として使われていた女性を解放すると言えば、ああ、いいよね、と誰もが思う。ただ、結局は潰すことしかしないで、その後どうするかをまったく考えていなかった。典型的なネオリベ的やり方です。

【中村】選挙も大きく変わりましたね。

【藤井】小選挙区制の導入にしても、日本の民主主義は不十分なのだと、小沢と手を組んだ日本を代表する優秀な政治学者たちが進めた。彼らのなかには、民主主義は政権が交代するなかでこそ健全に機能するという考えがあった。

だから日本の民主主義を改善するため、小選挙区制が必要だ、と。その結果が安倍政権ですよ(笑)。平成が終わる頃、佐々木毅といった改革の中心人物たちはみんな、「こんなはずじゃなかった」と言っていたのを記憶しています。

【中村】昭和的なものから脱却しなくてはともがいた平成の30年間は、結局なにがよかったのでしょうか。

【藤井】政治改革は進んだけれど、結果としては政治も社会もネオリベ化しただけでした。

つまり、政治も社会も貧困化した。もちろん昭和には昭和の悲惨さがあった。けど、中村さんのお話を聞いていると、現在の日本は、もう手の施しようがない、落ちるところまで落ちるしかないという絶望的な気持ちになりますね。

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藤井 達夫(ふじい・たつお)
政治学者
1973年岐阜県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科政治学専攻博士後期課程退学(単位取得)。現在、同大学院ほかで非常勤講師として教鞭をとる。近年の研究の関心は、現代民主主義理論。共著に『公共性の政治理論』(ナカニシヤ出版)、共訳に『熟議民主主義ハンドブック』(現代人文社)など。

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中村 淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター
1972年生まれ。主著に『名前のない女たち』『ワタミ渡邉美樹 日本を崩壊させるブラックモンスター』など。新潮新書『日本の風俗嬢』は1位書店が続出してベストセラーに。

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(政治学者 藤井 達夫、ノンフィクションライター 中村 淳彦)

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